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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
8/42

real#1 2

「……あ」

 ふと我に返ると、暁の家が遠くに見えるまでに近づいていた。

 彼は家の側に車を止め、そして門の方に歩む。

「どうしたんだ、暁? お母さんは?」

 呼び鈴を押すまでもなく飛びだしてきた暁に、村山は開口一番そう尋ねた。

「お父さんとお母さんはホージで伯母ちゃんのところに行ってて、夜まで帰ってこないんだ」

 それを聞いて、内心村山はほっとした。

 正直、暁の母親は苦手である。

 目鼻立ちの整った美人だったが、それだけに睨まれると思わず足がすくんだ。

「そんなことより、早く来てよっ!」

 半泣きで彼の袖を引っ張る暁の頭に村山は手を乗せた。

「わかったから心配しないで。そのために俺は来たんだから」

 何もわかってなどいなかったが、とりあえず慰めながら玄関で靴を脱ぐ。

「それより、さっきの話だけど、産業廃棄の箱って何だ?」

「裏山で拾ったんだ、綺麗だったから。それでみんなに見せようと思って萌姉ちゃんたちを呼んだんだけど、僕がお菓子とジュースを台所から持って来て部屋に入った時に、箱に吸い込まれちゃったのが見えて」

 村山は重々しく頷く。仕事柄、どんな荒唐無稽な事でも人の話は最後まで聞くように訓練されていた。

「で、おろおろしてたらペンギンが来て、箱を持って帰るって言うんだ。で、僕が中に人が三人いるから出してって言ったんだけど、それはできないって。……ねえ、どうしよう」

「ペンギンはどこにいるんだい?」

 階段を上がりながら尋ねると、暁は扉を指さした。

「僕の部屋」

「そうか。じゃあ……」

 村山はドアを開ける。

 すると、そこにいた得体の知れない何かが二匹、瞠目して村山を見つめたのが目に入った。

「!」

 思わずびっくりしてドアを一度閉める。

(な、何だ、今のは……)

 少し気息を整え、再度彼はそれを開けた。

(うわっ!)

 ドアを開けた村山は、再びその奇妙な生物としっかり目を合わせてしまった。

 そこにいる二体のそれは、ぬいぐるみでないなら確かに地球の者ではなさそうだ。だが理性がなかなかそれを認めない。

 体長は一メートル弱ほどで、形はどちらかと言えばずんぐりしたペンギンに似ていなくもない。

 色も顔の部分はクリーム色だが、肩より下は濃い紺色だった。

 大きな二つの目が顔の中央付近にあり、人の鼻に相当する器官はなかったが、まるで肛門を思わすような逆止弁的穴が口の辺りに小さくついている。

 むろん肛門とは逆で、IN側が体外側、OUT側が体内側の弁である。

 手は長い六本の指が、肩の辺りから、それもペンギンの退化した翼のような格好で斜め下へ向かってついていた。

 だが、足に当たるものは村山が見た限りでは見あたらない。

「は、はじめまして」

 言葉にしてから、英語の方が良かったかと思ったが、それはどうやら杞憂だったらしい。相手も両手を上げて日本語で返答する。

「いえ、こちらこそ。お会いできてこーえーです」

 少しイントネーションは違うが理解は出来た。口の動きにあったシューシューという音と日本語が同時に聞こえるので、何らかの翻訳装置を使っているのだろう。

 村山は暁と一緒に部屋に入り、ドアを後ろ手で閉めた。

「大変やっかいなことが起こったのですが、貴方が来てくださって助かりました。そちらの小さい方には決定権がないそうで、我々としても少々困っていたところなのです」

 村山はフローリングの上にあぐらをかいた。正座では相手を見下ろす感じになりそうだったのだ。

 暁はというと、二段ベッドの下の段に腰をかけた。

「実は、この辺りで不法投棄事件がありまして」

 ペンギン宇宙人はその手を暁の机に乗った小さな銀の立方体へと向けた。

 それは一辺が七十ミリほどの箱で、特に突起や装飾はない。

「ブツはあれです。子供用の娯楽ソフトなんですが、重大な欠陥があったことからメーカーが回収しました。ところが頼んだ産廃業者がたちの悪い奴らで、原子分解できないと見るや、この辺りの星域に捨ててしまったんですよ。まあ、大抵はアステロイドベルトあたりを周回していたので回収できたんですけど、最後の一台であるこいつだけが、どういう偶然かこの星に落ち、原住民である貴方たちに拾われてしまったんです」

 よく見ると、彼の紺色の部分は身体にぴったりした服らしい。ペンギンもどきとはいえ、さすがに裸で歩いている訳ではないのだ。

「子供用娯楽ソフト、というと?」

「スイッチを入れると、その周辺、今回は半径一メートル以内にいる高等生物の情報が全てゲーム機にデータ変換されるという、よくあるタイプのRPGです。ソフトはその個体の情報に基づいて、ゲーマーが望むストーリーを適当に選択し、バーチャル空間で心ゆくまで遊ぶ、という内容なんですが」

「では、三人が吸い込まれたというのは……」

 声が震えぬように、それを抑える努力をする。

「はい。ここが金色に光っている時は使用中です」

 話をしているのとは違うペンギンが、机の上から器用に箱を取って側面の一つを指し示した。確かに言われた通り、ぼおっと光っている。

「どうやったら彼らを取り出すことができます?」

「現時点では、かなり難しいかと……」

 村山が黙って見つめると、慌ててペンギンは首を振った。

「ご説明します。一般的にこのソフトで遊ぶ子供たちは、ゲーム機のスイッチを切る方法を知っています。しかし、この中に入った三人は、以前に同様の機種を使用した経験がないにも関わらず、取り扱い説明書を読まずに入ってしまいました。もちろん、正規ユーザーならヘルプ機構を利用して大体の操作を知ることが可能ですが、彼らがユーザー登録をしている可能性は全くありませんので……」

「強制終了は?」

「使用者以外は終了できないようにガードがかかっています。そもそも強制終了は高い技術がいるのですよ」

「じゃあ、ここにいる暁に終了の仕方を教えてくれないか? そしたらあちらにいる夕貴にテレパシーでそれを伝えることができるから」

 ペンギンは済まなさそうな顔をして、村山を見つめる。

「私どもも、貴方がここに到着されるまでの時間を無為に過ごしていた訳ではありません。その方法は既に試し、先方に全く意味が伝わらないという結果で終わっているのです。強制終了してもソフトが壊れないようにするためのガードが結構幾重にも敷かれていて、かつ単語一つ取っても先方には不明確らしく…」

 村山は低くうなった。

「しかし、物心つかない赤ん坊が間違って入ってしまったら? そんな場合はどうするんです?」

「年齢制限指定ソフトですから、幼児レベルの個体は使用できないということを前提にお話しますが、普通は親が取りに行きます。一度に三個体まで入れますから。それが不可能な場合は、亜空間移動でメーカーに直送すれば、サポートセンターでログオフして、リアルパターンに戻してもらえるはずです」

 思わずほっと息をつく。

「なんだ、それなら問題はない。今すぐこれをそのサポートセンターに持って行ってくれれば……」

「だから最初に申し上げたはずです。これは重大な欠点を持つ不良品だと。この機種には少なくとも大きな欠陥が三つあります。そのうちの一つが、亜空間移動したとき、中のデータに歪みが生じる可能性が高いと言うことで……」

 ペンギンは一度言葉を切った。

「実はこの機種を使用中にワープすると、中に入っているユーザーがかなりのストレスを感じ、高い確率で死亡するという事故が多発しているのです。特にこの星、地球の生物は環境変化によるストレスに耐える指数が低い。間違いなく死んでしまいますよ」

「じゃあ、非常時だと言って、サポートセンターの職員を連れてきてくれないか?」

「それはできません。こういう玩具を専門に作る種族は限られていて、そのほとんどがやはりストレスに弱く、通常の船によるワープすら耐えられないのです。仮に耐えられたとしても、しばらくは疲労で動けず、回復に一ヶ月はかかります。つまり、そうなると中に入っているユーザーも同じ期間の間、栄養補給ができないということになります」

「だったら、君たちがサポートセンターに行って、彼らを出す方法を聞いてくればいいじゃないか」

 するとペンギンは少しむっとした顔をした。

「生物にはそれぞれ得手不得手ってものがあるんですよ、確かに私は船を使わなくてもワープができる特殊能力を持っていますが、そういう種族は逆にメカには弱いって欠点がある。絶対に無理なんです。第一それは法律違反ですよ」

「法律違反?」

「そうです。こういう意識をばらして変換するようなソフトをいじる資格がない。もちろん技術もないし」

 ペンギンは溜息をついた。

「……そんなことができるなら、こんな処で不法投棄された産業廃棄物なんぞを集めてやしません。今どきの公務員なんて、辛い割には手当も少ないし、頑張って働いても雲の上の奴らが不正をしたら、末端の我々が意味もなく叩かれるしで……」

 村山は眉をひそめる。この話の結論が見えたのだ。

 しかし、それをこちらから言うことはできない。

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