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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
7/42

real#1 1

 車を走らせながら、村山はふと眉をひそめる。

 思い起こせば修造は、村山にとって厳しい父親だった。

 そして、その命令には理不尽なことも幾分含まれていたような気もする。

 卒後研修を終え、臨床のおもしろさを知った彼に学位は持っていた方がいいと言ったのは父だった。

 仕方なしに勤務していた病院をやめて大学に戻ったが、その年の正月、院に残るならこちらに一生帰ってこなくていいと言われて彼は困った。

 言われたことをやるのは得意だが、どっちか選べと言われるとどうしていいかわからなくなる。

 とはいえ、実のところ人前に出るのが苦手な彼は学会発表が怖かった。

 しかも、研究テーマには執着なく、放って平気な程度のモチベーションである。

 それに数年で父も七十歳だ。

 安心させた方がいいと周りも言うので、それならばとあっさり大学院をやめて実家に戻ると宣言し、ついでに詩織と結婚したいと打ち明けた。

 (……あのタイミングは絶妙だったよな)

 実は、詩織と彼の交際については許可がずっとおりていないままだった。

 だから院の話は、父に対して結婚のことをどう切り出そうかを悩んでいた彼にとって渡りに船だったと言えなくもない。

 (……そう、あれは)

 まだ彼が高校三年で、志望大学に願書を出す前後くらいの時期。

 詩織の父である桐原の前で、彼と詩織を婚約させる話をしつこく持ち出したのは父である。

 だが桐原ははっきりと反対し、その話は完全に流れた。

 もちろん、村山は殊更詩織が好きだったという訳ではない。

 中高一貫の男子校で女子と付き合った経験もなく人見知りの強い彼は、よくわからない世間の女と意思の疎通をする苦労等を考えると、詩織なら面倒がなくていい、ぐらいは多分考えた。

 あと、姉が詩織を大好きだったというのも大きな理由である。

 (……でも)

 断られて彼が傷ついたのは確かである。

 それ故、父の意向があったにしても、彼があのとき詩織に交際を申し込んだのは、自分のちっぽけな誇りを守るためだった。

 しかも、それからすぐに彼は京都の大学に合格し、完全に遠恋状態に突入する。

 彼らの交際は当面は親に内緒という事で進行していたこともあり、それ故周りはまったく彼らの関係に気づかなかった。

 そうしてその件をあやふやにしているうちに、桐原は他界してしまった。

 (……だけど)

 本当に大変だったのは、実はそれからである。

 医師国家試験に合格したぐらいからだったろうか。

 彼の元にいくつもの縁談が舞い込んでくるようになったのは。

 びっくりした彼はようやく父に詩織と付き合っていることを説明したが、死んだ桐原の意志に背くという理由で反対され、逆に見合いを強要された。

 あの頃の盆や正月は、罠にかからないようにすることに神経の全てを使い果たした記憶のみが残る。

 知らないところで勝手にまとまりかけていた代議士の娘との見合いには、そうと気づかぬ振りをして京都に逃げ帰って事なきを得たが、後で紹介した親戚からも散々叱られ大変だった。

 姉は詩織が好きだったので、この件については良き理解者であったが、それでも父の気持ちを変えることはできなかったらしい。

 そうして、気づけばだらだらと十年あまり。

 詩織とは相性の良さと気楽さゆえに続いたが、期間と距離の長さのため何度も破綻の憂き目にあっている。

 だが、別れ話を切り出せないほどの忙しさや彼自身の気の弱さ、あるいはお節介な友人のお陰で危機を乗り越え今に至った。

 それだからこそちゃんと形にしたいと思ったし、もちろん新しい恋愛を一から始めるほどの気力も時間もない。

 大学院をやめて実家に帰る、ということに結婚をちらつかせたのはそういう理由による。

 (……そうでもなければ、絶対に言い出せなかったろう)

 しかし、今となっては駄目もとで告白したとは言え、勇気を出してよかったと思う。

 強烈な反対を予想した彼に対し、姉の根回しがあったお陰か親戚中が諸手を挙げて賛成したので父も意外にあっさり折れた。

 元々は自分が言い出したという後ろめたさがあったのかもしれないが……

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