scenario#1 2
「何か、家というよりは山小屋ね」
近づくにつれて建物がはっきりと見えてきた。一番手前にあるのは萌の言う通り、まさにログハウスだ。
「何だろう、これ?」
小屋の前には見たことのない文字が書かれている。だが高津には何故かその意味がわかった。
「お助け魔法使い?」
意味はわかるが中身はわからない。彼は萌と夕貴を見つめた。
すると二人は同時に彼に頷きを返す。どうやら彼らもその文字が読めるようだ。
「よし」
高津はドアをノックし、二人を庇うようにしてそれを開けた。
「いらっしゃい」
と、そこには年取った男がどっかりと椅子に座っていた。
「あの……」
言いかけて高津は慄然となる。男は良く見ると、耳が肩の辺りまで垂れており、皮膚の色もくすんだ黄緑だったのだ。
「何かお困りですかな。もし、わからないことがあれば、ユーザーIDをご提示ください。出来る限りのお手伝いをさせていただきます。」
男はほとんど両頬が裂けるほど大きな一文字の口を開けた。
「ユーザーIDって?」
恐る恐る萌が尋ねる。
「それはこちらで自動的に読み取ります。右手を貸しなさい」
すると萌は不用心にも、すっと男に向かって手を差し出した。
「……貴方は正規ユーザーではありませんね? 不正に使用されている場合には私の機能はストップします」
「何を言ってる?」
だが、その後は何を言おうが魔法使いは何も答えない。試しに夕貴を前に出したが、一連の流れの後、機能がストップ(?)するのは同様だった。
「……ふう」
仕方なしに彼らはその家を後にした。
「何だったんだ、今のは?」
しかし、文句を言いかけた高津は絶句した。少し離れた位置に立っている家の中から、すっと煙のようなものが出てきたのだ。
そして、それは見る間に人の形に変化する。
「な、何だ、お前は!」
萌が声も上げずに口だけをぽかんと開けたのを見て、彼のパニックは少し収まった。
「ここの住人だよ、いけないかね?」
「いけなくはないけど、何か怪しいよ」
しかし、高津の言葉を気にも留めず、煙は心配そうな声で尋ねた。
「あんたらはどうしてここにいるのかね?」
「わからないんだ。気がついたら変な森にいて、そこの白い穴に落ちたらここに立ってたんだ」
「それは不思議な話だな。昔話にそういうのがあるが」
人の形をした煙は首をかしげた。
「……それぞれの球をおびし者達は、暗き森にて彷徨いこの世に現る。伝説の白き剣は、闇が二つに割れしときのみ、闇と融合して灰になり、そしてそのとき彼らは再び還る」
「……はあ」
「もちろん昔話だよ。だが、あんたらは変わっている。ここらじゃ見かけないタイプだね」
「……はあ」
俺はどこか打ち所が悪くて、きっと夢でも見ているんだ……と高津は思おうとした。
だが、つい最近にも気味の悪い異星人に会っていた彼は、必ずしもこれが現実でないと言い切る自信も持てない。
「まあ、立ち話も何だから家に入らないか? ばあさんの手料理は大勢で食べた方がうまいんだ」
他に選択肢もなかったので、三人は親切な煙の家の中に入った。
「まあまあ、お客さんとは珍しいわ。すぐにお食事を用意しましょうね」
ばあさんというには煙そのものだったが、とにかく彼らはテーブルについた。
「まあ、おいしそう!」
萌が目を輝かして、目の前に並べられたミートパイやフルーツサラダを見た。
煙が作ったにしては、ヒトの食べ物に類似している。
「おいしい……」
一口食べたが本当に美味い。彼らはしばらくの間、黙々と食べ続けた。
「……で、あんたらはどこへ行こうと思っているんだね?」
一息ついた頃、ばあさんが萌に尋ねた。
「できれば家に帰りたいんだけど、どっちへ行っていいのかわからないのよ」
言った途端に萌は哀しそうな顔をした。慌ててじいさんが慰める。
「大丈夫だ、来たものなら必ず戻れる。どれ、地図をもってきてやるから少し待っていろ」
しかし想像通り、彼の持ってきた地図には見たこともない地名や、地形が載っている。
「……ここ、どこ?」
萌が眉間にしわをよせると、じいさんが棒のような手を伸ばして一点を指さす。
「ここが現在地じゃ」
「そうじゃなくって、ここは一体どこなのよ!」
「……すまんな、わしではどうやら力になれんようだ。だが、この先を北へ進んだところに大きな町があり、そこには何でも知っている優秀な占い師が住んでいるとのことだ。彼に今の状況を尋ねてみるといいだろう」
なんだか、最近やった安物のロールプレイングゲームのようだと高津は思った。
「ねえ、この地図を何かに書き写していい?」
「いいよ、持って行け。どうせわしらがここから動くことはないんだから」
煙はほっほと笑った。
「そうだ、ばあさん、あの薬、まだあったかね?」
彼女は頷いて立ち上がり、戸棚から巾着を出した。中には乾いた木の葉のようなものが入っている。
「薬草を持って行きなさい。これはどんな怪我でもたちどころに効くから」
ばあさんはさっきのミートパイの残りをタッパにつめたものも一緒に高津に差し出した。
「動けなくなったら、これを食べれば回復するよ」
じいさんが煙の割には重々しく頷いた。
「気をつけてな。それから、魔物には充分注意するんだ。相手の方が強いと思ったら、すぐに逃げた方が体力を消耗しなくて済む。ただ、必ずしもうまく逃げられるとは限らんから、一番運の良い人間を先頭にするのも手段ではある。だが、逃げてばかりだといつまで経っても強くなれないし、お金も入らない」
「お金……って?」
「ああ、魔物を倒すと魔物の身体のあった処に宝石が現れる。それを集めて道具屋で売れば、金に換えてくれるよ」
「おじいさん、そんなわかりきったことを言ってないで、早くお見送りをしましょう。この方たちも早く旅に出たいだろうし」
「え、いや、その……」
今度はまるで追い出されるように家から出された三人は、仕方なしに北へと向かった。
煙の言っていた占い師というのがなんなのかはわからないが、それに頼るしか今は方法がない。
(くよくよしたって仕方ないし……)
とにかく前に進むしかない。かつて彼らはそうやって勝利を勝ち取ったのだ。