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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
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scenario#1 1

 (……ここはどこだ?)

 高津は辺りを見回した。昼間なのに、ひどく暗い。

 (……何で俺はこんな森の中にいるんだろ?)

 密集した木々が、彼の立つ一本道の両側に威嚇するように迫っていた。風もなく、鳥の声も聞こえない。

 (……まずい、な)

 彼の研ぎ澄まされた感覚に、しきりに危険というシグナルが点滅する……

 「圭ちゃん!」

 よく知ったその声に振り向くと、当惑した表情の萌と夕貴が並んでこちらを見ていた。

 「……ここは」

 同時にそう声を出し、同時に口をつぐむ。

 (……確か俺たちは、暁が見つけてきた変な箱をいじってたんだ)

 一昨日、暁から電話があり、面白いものを見つけたから遊びにこないかという誘いがあった。

 高津にしても、公然と萌を誘い出す口実ができるのは嬉しい。

 一も二もなく承諾し、日曜日の朝からバスに乗って、はるばる隣町にある彼と夕貴の家までやってきたのだ。

 (なのに、何故?)

 さっきまで確かに彼らは暁の部屋にいたのだ。

 「一体、俺たちは……」

 しかし、高津が言いかけたその時だった。

 「きゃあっ!」

 萌が悲鳴を上げて地面に転がる。

 「なっ!」

 突然、周りの木が彼らの頭上にその枝を伸ばしてきたのだ。

 「何だっ?!」

 高津は呆然と立っていた夕貴を抱えた。そして萌と一緒に走り出す。

 「くそっ!」

 森の木は一斉にその幹を大きく振り子のように揺らしながら、枝を彼らに突き立てた。

 時にはそれは鋭い刃先のように彼らに迫り、彼のセーターにいくつもの穴を開ける。

 「萌、大丈夫かっ!」

 夕貴を抱いているので、萌まで面倒を見ることができない。そしてそれは高津の不安をかき立てる。

 萌は守ってやらねばならない大事な女の子なのだ……

 「だ、大丈夫、今のところは。……あれ、圭ちゃん、あそこっ!」

 萌の声に、高津が彼女の指さした方向を見ると、ぽっかりと白い穴が見える。多分、あそこに行けばこの森を出られる。

 (……はずだ)

 「よし、行こうっ!」

 高津は頷いて走った。

 時々耳元でびゅんという音が鳴る。ちらりと見やるとツタのような草が、鞭のようにしなって彼らに襲いかかっていた。

 「きゃっ!」

 萌の声がした。

 彼女の足にはくだんのツタが絡んでいる。それで転んだらしい。

 高津は側に落ちていた細い棒で、そのツタを薙ぎ払った。そして、萌の手を掴んで立たせ、再び走る。

 「あっ!」

 だが、目指していた白い光の側に近づいた彼らは、一様に声を上げた。

 森の切れ目のように見えていたそれは、文字通り白い穴だったのだ。

 そう、空間にぽかりと開いた不自然な穴……

 (……どうしよう)

 高津は逡巡した。立ち止まっている彼らを、木々はなおも敵意を込めた一撃でしとめようとする。かろうじてかわしてはいるが、いずれ致命的な傷を負うだろう。

 とはいえ、こんな得たいの知れない穴に飛び込む勇気の持ち合わせはない……

 「行くよ、夕貴、圭ちゃん!」

 「え、でも……」

 「でももくそもないわ! 今よりきっとましよっ!」

 「ちょ、ちょっと待てって」

 「待ってたら死んじゃう!」

 萌は後先をあまり考えない性格だった。率先して穴に向かって走っていくのを見て、高津もそんなところで策を練っている訳にも行かなくなった。

 「お、おい、待てったら!」

 萌に続いて高津も穴に飛び込む。

 「うわっ!」

 途端に視界は濃い霧に覆われた。何か下へと落下する感覚。

 (……い、いけない!)

 だが身体は既に言うことを聴かなかった。重力の働く方向へと、高津はただ落ちていく。

 せめて、怪我がないようにと夕貴を抱く手に力を込める……

 「圭ちゃん!」

 萌の声が意外に近くで聞こえた。彼が慌ててそちらの方へと右手を伸ばすと、何か感触がある。どうやらそれは萌のカーディガンらしい。

 「うわっ!」

 と、突然それは終わりを告げた。

 まるでフリーホールにでも乗ったような感じで、彼らは地面にすとんと落ちる。

 「……あいてて」

 少し肘をすりむいた高津が腕をさすると、腹の上に乗っていた夕貴がそっと地面に降り立ち、彼の顔を心配そうに見つめた。

 〈大丈夫?〉

 彼女はこの半年の間に教わった手話で彼に問うた。

 そして口もほぼその形に動いている。それも大分練習したのだ。

 (村山さんが頑張ってるって暁、言ってたよな)

 聞くところによると夕貴の母は、専門家の下で夕貴が声を出したりする訓練を受けることを渋っているという。

 村山が相当通い詰め、説得に当たっていると言うがまだいい答えをもらっていない。

 だが夕貴は村山が教えることを喜び、自ら進んで訓練しようとしているので、母親もそれを止められないのだろう。

 〈どっか痛くない?〉

 だが、今日はことのほか夕貴の言葉の意味がよくわかる気がする。まるで、心にそのまま意味が流れ込んでいるかのように。

 「大丈夫だよ」

 高津も手で夕貴に返事を返す。

 暁がいなくても急遽会話をしなければならない場合に備えて、彼らは必死で手話を勉強したのだ。そしてこの夏から秋にかけては急いでそうしなければならない理由もあった……

 「ここ、どこ?」

 と、三メートルほど離れた場所に、ぺたんと座っていた萌がようやく我に返ったように立ち上がった。

 高津も辺りを見回す。どうやら森の危機は回避できたらしいが、ここも彼が見たことのない土地である。

 広々とした野原は、丈の短い草が一面に生え、中には黄色や濃紺の花が混じっている。

 遠くに赤紫の山が見え、薄紅の空に美しく映えていた。

 「何だか印象派の絵みたい」

 萌の呟きに彼も頷く。何か異様な場所だった。だが、さっき感じたような悪意の存在はない。

 「萌、あれ見ろよ、」

 視力の良い高津が、はるか向こうに何か集落めいたものを見つけて指さした。萌は目を細めてそれを見つめる。

 「家なのかな、何だろうね」

 「とにかく行ってみよう」

 夕貴の手を引き、高津は歩き出した。もちろん頭の中は混迷状態だが、毅然とした態度を取らねばならないことはわかっている。

 彼がおろおろすれば、萌や夕貴に影響を及ぼす。それはこの訳のわからぬ状態においては避けねばらならない事態だった。

 (それに……)

 実際彼はかつて見た夢の中でその態度を貫き通すことによって、自分が自分を評価していたよりもはるかに優れた行動を示せたのだ。

それは彼に自信を植え付け、自らを律する強さをもたらして今に至っている。

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