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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
41/42

scenario#9 6

「おい、圭介、どうなっているんだ?」

 闇を押さえ込んでいた高津は、その言葉を理解するのに数秒を要する。

「……あ、ああ、何だか赤いのが一杯こっちにやってきてるね」

〈そう、闇は魔物も人も呼び寄せる。さながら炎に小虫が焼かれるように、その誘惑に抗しきれるものはいない。そして絶対的な空間の死がこの世界に訪れ、決して復活することはない……〉

「悲観的ね、貴方って。それよりさっきの言葉の意味を考えましょう。でないと圭ちゃんが疲れるわ」

 みどりんは茶化さず、素直に触手を五本絡めた。

「それぞれの珠輝くとき、その刃は純白の光持ちて闇を断つ。ってことは、萌、お前の剣を出せ」

「……こう?」

 みどりんはその剣に自分の持つ雫型の珠の光を当てた。夕貴、萌、そして高津もその真似をする。

 と、萌の手に握られた透明な剣はにわかに白い閃光を放ち、洞窟の中で燦然と輝いた。

「次は、忍る信頼の心は闇を裂き、白き剣に道を示す。忍る信頼っていうと青っぽいな。よし圭介、闇を裂いて道を示せ」

「……どうやって?」

「俺が知るかよ。俺の守護石は緑なんだから」

 実は高津の忍耐力も限界に達しようとしていた。このままでは全員呑み込まれるという恐怖だけが、今の彼を支えていると言ってよい。

(……闇を裂いて、道を示す?)

「よおし、圭介が考えている間に、次行こうぜ」

「……誠実は勇気の守りなり。勇気は剣を振るう資格なり。これって要するに、あたしが剣を振るうことができる人間であり、かつみどりんはあたしのボディガードってことなんでしょうね」

「馬鹿な! 俺がそんな真似するかよっ!」

「だって神託にそう出たんだからしょうがないでしょ?」

「いやだあっ、お前なんかの陰に隠れて活躍できないなんてごめんだあっ!」

 そう、かつては高津もそれに近いことを考えていた。だが、今は違う。

 彼はもっと重要なものを手にしていた。

(負けるものか)

 今まで感じていた恐怖が彼ら三人に対する友情と信頼の気持に押されて消えたために、闇は少し速度を上げて近づいてきた。

(……俺は闇を裂いて道を示さねばならない)

 彼の心の中から恐怖が去った後、奇妙なほどの静寂が彼の精神に訪れた。冷静でいながら心は熱い。

(……どうやって?)

 闇が徐々に迫ってくる。しかし、さっきまでは漠然とした存在だった闇に、なぜか彼は核を感じた。

「いやだあ! いくら従者でもお前の専属になるのは絶対に嫌だあっ!」

 言いながらみどりんがやってきた魔物を片っ端から舌のような触手で絡め取っているのが目の隅に映る。

 高津は静かに笑った。

 彼らはもうやるべきことを知っている。

(俺は俺のすべきことをすればいい)

 高津は核に目をやった。

 恐らく、これこそが萌が切り裂くべき闇の中心なのだろう。

 彼が信頼してやまない少女のために、彼はそこまで道をつけなければならない。

「!」

 と、突然闇が裂けた。それは高津の前で二つに分かれ、闇に幅三メートルほどの道を造る。

「行くわよっ、みどりん!」

「待てっ、俺が先だ、一番乗りだっ!」

 高津が精神力で支えている道を、萌、みどりん、夕貴が走っていく。

 まるで高津が力尽きて手を離すことなど端から考えていないように。

(信頼の道、だ)

 それはうっすらと青い光に縁取られているようにも見える。

「あっ!」

 しかし、その不意に現れた道に向かって、萌たちだけでなく、蛆のように湧いた魔物たちも突っ込んで行く。

「危ないっ!」

 高津の声が聞こえたのかどうか、萌に遅れまいと走っていたみどりんが、彼女を守るように振り向きざま立ちふさがり、まるで橋の上の弁慶よろしく魔物たちを仕留めていく。

 そしてその間に萌と夕貴はさらに遠く目的地まで走っていき、魔物たちの壁によって視野から消えた。

「あれ?」

 だが、高津の心の中には、走る彼女たちの姿がまだ見えている。

〈……私が手伝えることは少ないが、お前も仲間の姿を見たいだろう?〉

 疑問に応えるかのような声に、高津は頷く。

「ああ、ありがとう」

 萌たちはさらに走っていた。深い闇が両側に迫っているが、彼女らはそれすら気づいていないかのようだ。

「!」

 やがて萌は、道の突き当たりにやってきた。しかし、そこには高津が想像していたような核にあたるようなものはない。

「ここなの?」

 きょろきょろと辺り見回す萌に高津は頷く。

「ああ、そこだよ」

 何もない。核の実体も何も。

 だが、萌がこの場所で剣を振り下ろすことが重要なのだ。

「ま、いいか。ここが終点だしね」

 萌は手に持った抜き身の剣を上段に構えた。

 白銀の剣がさらなる輝きを増す。そしてその光は萌を包んだ。

「ええいっ!」

 彼女がそれを振り下ろした途端、辺りは純白の光に一瞬支配される。

 みどりんと戦っていた魔物たちも白い光に呑まれて消えた。

「あっ!」

 高津は目を閉じた。その豊かな光は長い洞窟の旅に慣れた彼の両目には刺激が強すぎる。

 閉じてもなお、視野の中心に光源が眩しい。

 だが、両手を動かすと闇の壁が萌たちを押し潰すだろうため、腕で顔を覆うことができない。

(……頑張れっ!)

 あの閃光があってから、萌たちの姿は心の映像に映らなくなっていた。

 だが、彼らがちゃんとやっていることを高津は知っている。

(……あ)

 少しずつ、少しずつ、彼の手が感じていた圧力が消えていった。

 そうしてとてつもなく長い一分ほどの時間が過ぎる……

「……?」

 ふと清涼な風を身体に感じ、高津はそっと目を開ける。

「あっ!」

 地下にいたはずの彼の頭上には空があった。そして、風とともに灰色の雪が音もなく舞っている。

 後ろを振り向くと、彼らが今まで彷徨っていた洞窟はそのまま残っていた。

 どうやら闇に浸食された部分だけが闇と共に消えてしまったらしい。

「萌、夕貴、みどりん!」

 両手を突き出したままだった彼は、それを降ろして駆けだした。

 雪は降り積む。

 そのため視野が遮られ、彼らの安否がわからない。

「みどりんっ! どこだっ?」

 みどりんはさっき魔物と戦っていた場所にはいなかった。

「おおーい」

 雪は益々多くなる。

 と、突然彼は遠くに緑色の丸いものを雪越しに見つけた。そちらの方に全速力で駆け寄る。

「……!」

 だが、声をかけようとした彼は口をつぐんで萌の横に並んだ。

 目の前には、ほとんど柄の部分しか残っていない白の剣を高く挙げた夕貴がいる。

 白い剣は夕貴の前に少し残っていた闇を引き寄せていたが、その闇の黒と剣の白が触れあうと、それは灰色の雪になって背後に流れていった。

 剣は少しずつ短くなっていく。

 高津はその幻想的な光景にしばし見とれていたが、いつか剣も闇も消え、再び声が頭の中に聞こえてきたので、そちらの方に意識を向けた。

 〈ありがとう。これで世界は本来の姿を取り戻し、闇の浸食に怯えることもなくなった。これも皆、お前たち、いや貴方達のお陰だ〉

 雪が消えると地平近くの空に小さな太陽が現れた。それはまだ青い空に一つだけ灯る朱色の宝石のようであり、流れる黄金色の雲や緑の地面にも優しい愛を注いでいるように見える。

〈今、白と黒の世界は再び融合し、本来の姿を取り戻しつつある。そして貴方達はきっとこの新たなる世界の門出の象徴として、永遠に語り継がれることになるだろう。この世界から消えた後も〉

 萌が首を傾ける。

「この世界から消えるってどういうこと?」

〈もうすぐ灰色の雪が世界に行き渡り、真の意味での融合が行われる時、凄まじいエネルギーが生まれる。私はそれを他の宇宙に放出しなければならないが、その時にそれを使って貴方達を元の世界に戻そう〉

「……戻れるって、本当に?」

 高津も半信半疑で声の言葉を待つ。

 それを願って頑張ってきたはずなのに、いざそう言われると実感は沸かない。

〈本当だとも。それが私にできる小さなお礼だ。さて、みどりん、お前はこの世界の者だ。仲間に別れを言うがいい〉

 みどりんがなんとなく照れくさそうにこちらを向いた。

「短い間だったけど、楽しかった。一生忘れないと思うし、これからの人生は今日が出発点だと思う半面、今までの経験が俺の基礎だとも思う」

〈みどりん、お別れしたくない〉

「うん、夕貴は大好きだった。もちろん圭介も」

「……どうせあたしは嫌いなんでしょ」

 萌がみどりんの方を見ないで、そっぽを向きながら怒ったような声を出した。

「あたしだってあんたの顔をこれから一生見ないでいいと思ったらせいせいする」

「よくわかってるじゃないか。俺が言うことを先回りしてくれてありがとう」

 みどりんは軽く夕貴の肩にその触手を乗せた。

「ふんっだ、その性格の悪さを直さない限り、これからの人生だって踏まれたり蹴られたりよ」

「お前もその口の悪いのを直さないと、人から嫌われるぞ」

「大きなお世話様。元の世界に戻ったら、あんたに会わなくて済むから大丈夫。そしたらこんな口を利くような不愉快な相手もいなくなるもん」

 萌はあかんべえをした。

 すると負けずにみどりんもたくさんの触手から赤い小さな舌を無数に出した。

 しかし、見ようによってはそれは花びらのようでもあり、みどりんにしては少し可愛いような気もする。

「まったく、お前のことなんて明日っから、すっかり忘れて生きていきたいんだが、強烈すぎて忘れようがない気がする。だけど、どんな嫌なことや辛いことがあっても、お前のことを思い出したら耐えられるような気がするからそれはそれでいいけどな」

「あ、あたしだって、あんたと過ごしたこの何ヶ月かを思い出したら、どんな苦労だってきっと我慢できる」

 萌の声が半泣きだったので、高津も少し哀しくなった。

 元の世界に帰りたいという気持はもちろん強い。

 だが、みどりんと別れるのも寂しい。

 本当にこの四人のチームワークは最高だったのだ。精神的なつながりもしっかりしていたし、何よりも実際に何かをやり遂げる力が相乗効果で大きくなっていく爽快感は何にも勝った。

〈……別れは済んだか? もう時間だ〉

〈みどりん〉

 夕貴がみどりんをじっと見つめた。

「ば、い、ば、い」

 はっきりと、一言一句を大事にするように、夕貴は声を出した。

「ありがとう、夕貴、圭介、……馬鹿萌、元気でな」

 すっと周りが無彩色になっていく。

「みどりんも元気で」

 高津が言うと、彼は触手をちらりと肯定の意に動かした。

 そのみどりんも色が失われていく。そして辺りは深い濃紺に覆われた。

 あの人食い森の逃避行、煙じいさん、果てはノイミ・ツンチたち、起こった出来事やそれぞれの人々の顔が走馬燈のように浮かんでは消えた。

 やがて、それらも無彩色になり、彼らの周りの濃紺に溶け込んでしまったとき、何故か今までの感動をぶち壊すような声が脳裏に響く。

〈……みなさん、ゲームクリア、おめでとうございます! 楽しんで頂けましたでしょうか。さて、ここでスペシャルボーナスとして、この中のお一人にプレゼントを差し上げます。さあ、そこの貴方、目の前のボタンを好きな時に押して下さい〉

 何だかよくわからないまま、不意に現れた三色の光の渦とボタンを見比べ何気なしに押すと、それと同時に光の渦がゆっくりと収縮し、やがて琥珀色の光だけがそこに残った。

〈はい、貴女が当選です。貴女が作中で最も気に入ったと思われるキャラクターの壁紙を当社が作成しましたので、ご自由にお使いください。使用方法は貴女の声紋で、キャラクターの名前とその場に現れるようにという指示を出して頂ければすぐにご使用可能となります。もちろん消したい時はその逆です。……さて、それでは本当に長時間お疲れ様でした。ソフトはこのまま自動終了いたしますので、終了操作は必要ありません。ありがとうございました〉

 再び、濃紺の世界が薄れ、見たことのある空間が彼らの前に現れた…………


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