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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
40/42

scenario#9 5

「おい、俺もどこかに遊撃として飛ばしてくれ、せめて誰かの手伝いをしたい!」

〈無駄だ。お前の行ける場所は三点のどこにもない。……それより一つ忠告をしよう。さっき、お前たちが破った私の結界を`これ`が越えれば、あとはもう物理的な意味で奴を止めることはできない〉

「何だって?」

〈この場所は幸い、`これ`が拡散しにくい構造になっている。だが、一度あの地点を越えれば闇は広がり、倒すどころか再び封じることすらできなくなってしまうのだ〉

 後ずさりをしていた高津は言われて後ろを振り向いた。

 すると、彼の立っている位置よりほぼ一メートルほど後ろがバリヤの張られていた場所であることがわかった。

「くそっ!」

 新たな恐怖が彼を襲った。

 もう、何もかもお仕舞いなのだ。ここに彼がこうして立ちすくむ間にも、闇は……

(……待て)

 不意に脳裏に新たな疑問が湧く。

「そう言う忠告をするということは、貴方も全てを諦めてはいないんだね」

〈…………〉

 高津はその沈黙を肯定の意に取った。

「じゃあ、手伝ってくれ。感性と忍耐の石を守護に持つ貴方がこの闇を封じ込めたのなら、俺にも少しは手伝えるかもしれない。二人で力を合わせれば、みんなが帰ってくるまでこいつを足止めすることができるかもしれない」

〈皆が帰ってくると思っているのか?〉

「もちろんさ」

〈嫌になって逃げる者もいるかもしれん〉

「いない」

〈力及ばず土に還る者がいるかもしれん〉

「いない」

 高津は天を仰ぐ。

「いい、構わない。貴方がやらないなら俺が一人でやる。皆が帰ってきたときに恥ずかしくないようにっ!」

 と、急にまばゆい青色の光が目の前に走る。

〈……わかった。だがこれは他の三人同様、辛く苦しい戦いになる〉

「俺一人何もせずに待つよりも辛いことなんてない」

 青い光が再び煌めくと、闇の速度が心なしか遅くなった。

〈……感覚を研ぎ澄ませろ。そして`これ`の全体を意識の中で把握せよ〉

「それから?」

 そこまでは先の戦いで会得した要領で簡単にできる。

〈次に、`これ`に対して壁を作る。こちらに入って来ないようにと念じるのだ〉

 だがやっては見たものの、言われた通りの効果はまったく見られなかった。

 相変わらす、満潮時の海のように、闇は黙ってその範囲を広げていく。

(……どうしたらいい?)

 焦りながら横をみた高津は、自分の足が例の結界の縁にかかっていることに気づいてぞっとした。

 と、途端に闇が少し後ろへ下がる。

〈そうだ、今の気持を強くしろ。それが闇には効果的だ。ただ、あまり急激にやるとお前自身の心のバランスを崩すことになる。パニックにならぬよう、ゆっくり慌てずに〉

 それは口で言うほど簡単なものではなかった。

 元々恐怖はパニックと対である。

 怖さが増大すると、全てを放って逃げ出したくなる衝動に駆られる。かといって、そんな自分を叱咤すると、闇は力を得てこちらに戻ってくるのだ。

(みんな……)

 闇が自分を消滅させることを想像して震えた途端、圧力がすっと弱まった。

(消えるときは、きっとこの前に出ている手から順番に存在が消えるんだろうな)

 さらに闇は後退する。

(だけどそれって、病気や事故よりも楽な死に方なんじゃ……)

 すっと闇が迫ってきたので、慌てて彼は手を引っ込める。

(でももし、突きだした両手が消えたところでみんなが帰ってきたら、おれは一生涯手首の断面をみんなに見せながら生きていかなきゃならなくなる……)

 `これ`が再び後ろに下がっていったので、高津は一つ息をついた。

 と、またじわじわと闇がこちらにやってくる。

(……みんな、早く……俺、変になりそうだ)

 何度となくそんな小競り合いを繰り返す。

 どうでもよくなると、闇が強くなった。

(捨て鉢は禁物だ)

 怖さのコントロールは、無我夢中で戦うよりもずっと難しい。

 毅然とした理性を心の隅に残しながら、相手の力量に怯えねばならなかった。

 がむしゃらや捨て鉢は今の高津からは最も遠い位置にある。

(みんな……)

 やがて、時間の感覚さえなくしかけた時だった。

「圭介っ、待たせた!」

 まず、みどりんが、そして夕貴が横に現れる。

 一瞬、高津のほっとした心に乗じて闇が迫る。だが、

「……萌は?」

 さっと脇の下から汗が流れる。

「萌は……」

 そうだった。必ずしも勝って帰ってくるとは限らないのだ。返り討ちに遭うことだって充分あり得る……

(……まさか、萌は……)

 なぜか凄まじい勢いで闇が後退していったが、その間隙をついて、ふっと萌が高津の横に現れた。

「あら、あたしが最後?」

 心配したことが馬鹿みたいに思えるほど、その口調は軽かった。

「ふん、のろまなんだよ、お前は」

「のたのた歩いてるあんたに言われたくない!」

 その相変わらずな姿に、高津は急激な怒りを感じる。

「いい加減にしろっ! こっちはずっと`これ`を支えてんだっ!」

「あ、ご、ごめん」

 萌とみどりん、そして夕貴は慌てて手に持つ何かを掲げた。見ると、それぞれ琥珀色、新緑色、そして夕焼け色の珠である。

 〈本当にやるとは思わなかった。お前たちはこの世の者ではないのか?〉

「多分ね」

〈そうか、それで納得はした。だが、だからと言って、私のお前たちに対する畏敬の念は変わらない〉

 不意に高津の首のペンダントが雫の形から球に変わる。

 触るとそれは彼の手のひらの中で、見たこともない程鋭い瑠璃色の光を放った。

〈それをお前に託そう。お前たちのいいようにするがいい〉

「いいようにって、どうするんだ?」

〈私が知っているのはこれだけだ。いわく、それぞれの珠輝くとき、その刃は純白の光持ちて闇を断つ〉

 みどりんが触手を三本ばかり振った。

「俺が別れの泉で聞いたのはこういう言葉だ。忍る信頼の心は闇を裂き、白き剣に道を示す」

 萌がこちらに向かって飛んできた粘つく生き物を剣で真っ二つにした。

「あたしのはこう。誠実は勇気の守りなり。勇気は剣を振るう資格なり」

 すると夕貴がスカートのポケットからハンカチを出した。

〈がっちゃんこが何か言ったけど、わからなかったの。だからお願いして書いてもらったの〉

 萌がハンカチを受取りながら興味深げに夕貴に問う。

「ねえ、がっちゃんこって何だったの?」

 `これ`を未だ支えている高津は正直、そんなことは後でもいいと思わないでもなかったが、聞きたい気持ちも少しはあった。

〈がっちゃんこはがっちゃんこだったよ〉

 しかしさすがに萌もそれ以上無駄な時間を費やしはしなかった。彼女はちらりと迫り来る闇を見つめ、そしてハンカチに目をおとす。

「博愛の力は闇を包み、新たなる再生を促す」

 萌が言うと同時に、急に地面が盛り上がって、みどりんが足下をすくわれた。

「わっ!」

 持っていたハンカチを萌が丸めて投げると、地面から伸びた三本の指はみどりんの代わりにそれをつまんで地面に引きずり込む。

「脅かすなっ!」

 みどりんが地面に火炎放射をぶち込むと、指は大声を上げて空中に飛びだし、あっさりみどりんの餌となった。

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