scenario#9 3
〈圭兄ちゃん〉
不意に流れ込んできた声のような思念に驚いた高津は夕貴を見る。
「え?」
声を発していないことはわかる。すると、
「今の、テレパシー?」
〈あのね、おててを繋いでいたら、お話できるみたい〉
「それは凄い」
高津は微笑んだ。
「いい力が備わったな」
萌たちにも伝えねばと思った時だった。
再び夕貴の声がする。
〈……圭兄ちゃん、怖い?〉
「どうして?」
思わず聞き返してから彼は首を振る。
「怖くなんてないよ」
夕貴は下から高津の顔を覗き込んだ。
その澄んだまなざしで見つめられると、途端に自分が恥ずかしくなる。
「……いや、少しは怖いかも」
〈良かった〉
「え?」
〈暁兄ちゃんも怖がりなの。でもね、怖い時の方が強いの。萌姉ちゃんと逆〉
高津が黙って夕貴を見ると、彼女はにこりと笑う。
〈男の子はみんなそうなの?〉
「……それは人によるだろうけどね」
誰のことを考えたのかは知らないが、夕貴は素直に頷いた。
〈でもね、怖がりの人はいつも怖がっているから、本当に怖いことがあっても平気なんだって〉
「なぞなぞみたいだ」
〈萌姉ちゃんは怖いと思ったら、頭が真っ白になって何もできなくなるから、怖くないように頑張ってるんだよ〉
「それは知らなかった」
夕貴は高津の手をぎゅっと握った。
だからね、萌姉ちゃんが怖くなって頭が真っ白になったら、絶対に助けてあげてね〉
「もちろんだよ。……ありがとう」
夕貴は不思議だと改めて思う。
相手の心が読めるというよりは、相手の気持ちを知るというのに近いテレパス。
(それで年齢よりも随分しっかりしてるのかもな)
はっきり言って、兄よりもよっぽど大人に見える。
聡明さと思いやり、そして愛らしさの同居した小さな器。
(……これって持って生まれた性質なんだろうな)
多分、夕貴が嫁に行くときはもめるだろうと高津は思った。きっと暁は相手がどんな男でも許さないだろう。
村山にべったりの彼女を、時折小学生らしい嫉妬心で無理矢理引き離していた彼のことを、高津は懐かしく思い出した。
「ねえ、圭ちゃん、どっちだと思う?」
道が二つに分かれている場所で、萌とみどりんが立ち止まって彼を呼んだ。
高津はしばし目をつぶり、敵の位置を確かめる。
「……右が敵。だから俺たちは左に行くべきだと思う」
「どうしてさ? ここまで来て経験値上げもないだろ?」
高津は不平そうなみどりんに首を振った。
「こういう強い敵がいるダンジョンでは、回り道をしたときに見つかる宝箱から質の高いアイテムが出る確率が高い」
「なるほど、さすが圭介」
別に誉められるようなことを言った訳ではなかったが、左へ進んだ彼らが袋小路で見つけたのは、防御スプレートリプルSや究極の栄養ドリンク一ダースなどだったので、彼の株はさらに上がった。
「よし、これで準備は整った。後は敵の所までまっしぐらだ」
威勢良くみどりんがずるずるという音を起てながら前へ進むと、その後ろに萌、夕貴、高津が続く。
時折、後ろから襲ってくるやっかいな魔物もいたが、大方は一瞬で片づき、彼らはそのまま前進する。だが、
「ちょっと待って」
超ボスキャラ級の魔物の気配がかなり濃厚になった所で、高津はみどりんを止めた。
「敵に会う前に一度点検だ。体力やスタミナは満杯か? 精神力は充実してるか?」
夕貴が全員にヒーリングを行い、体力を回復させた。そしてマズイのを我慢して栄養ドリンクで精神力を最大まで充実させる。
(懐かしいな)
そう言えば昔お金が無かった頃、誰かが傷ついたりスタミナを切らしたりしても宿屋に泊まらず、夕貴の超能力で体力を回復してもらい、そして夕貴だけ馬小屋に宿泊させて精神力、いわゆるマジックポイントを回復させるという時期もあった。
その場合は萌と二人っきりで野宿という心臓ばくばくのシチュエーションになったが、現実には夜でも町は岩や扇風機がひっきりなしに歩いているのであまりロマンチックな雰囲気にもならず……。




