real#8
「何で起こしてくれないんだっ!」
村山が目を覚ますと、あれから四十分近くも経っていた。
「機械の目覚ましで起きなかったんです。余程お疲れだったんですよ」
「それだったら、君が起こしてくれても良かったんだ。時間がないことはわかってるんだから」
言いながら彼は気ぜわしく缶コーヒーのプルタブを開け、液体を喉に流し込んだ。
冷めてはいたが、そのお陰で一気に飲める。
「言っておきますが、貴方が倒れたら中の三人もお仕舞いなのです。少し休んだからって誰も文句は言いませんよ」
「しかし……」
缶を振ると、もう中身はわずかだった。
村山はそれをぐいっと飲み干すと、チョコレートに手を伸ばす。
「あ、ごめんなさい、チョコレート味のチョコはそれしかなかったから……」
不機嫌そうな彼に暁が申し訳なさそうに謝ったので、彼は違うという風に手を振ってビターチョコの銀紙を破く。
「これも好きだよ、ありがとう」
「あ、ちょっと待って下さい」
チョコを左手に持ってかじりながら、再び装置に手を伸ばそうとした彼の腕をペンギンががばっと押さえる。
「もう少しインターバルを開けて下さい。気になって確認したら、初心者は最低二時間に一回、一時間程度の休憩を取らないといけないそうです。身体に悪い影響がでるから……」
「今更身体に悪いとかって関係ないさ。それは俺が一番良くわかってるから……」
不意にすっと背筋に寒気が走り、さっきの恐怖が心に甦った。
(……だから早く仕事に入りたかったのに……思い出してしまったら機械に入るのが怖くなるじゃないか)
そんな彼の躊躇を自分の言葉への賛同と受け止めたらしいペンギンは、重々しく頷いてぽんとゲーム機を両手で覆った。
「何か明るい話題で軽薄になったところで、機械に向かうときっと成果が上がると思います」
「日本語がおかしい」
しかし、翻訳機に文句を言っても仕方がない。彼は言葉を止めてコーヒーの缶を口に持っていき、空なのを思い出して下に置いた。
「はい、次のコーヒー。他にもあるから好きなの取って」
手回しの良い暁が空の缶を回収し、代わりに他の飲み物を五本ほど彼の横に並べた。
その中には栄養ドリンクなんかも含まれている。
「お前、本当に気が利くよな」
村山はありがたく、一番効果のありそうな栄養ドリンクを取った。
飲むと暁の思いやりの分、少し重たい気分が薄れたような気がする。
手に持ったチョコレートをかじると、さらにそれは強くなった。
「……ねえ、私は思うんですが、もうおやめになってもいいんじゃないですか?」
「え?」
暁の学習机にもたれかかっていた村山は、突然の言葉に慌てて身を起こした。
「さっきゲーム機を見たら、パーティはもう結構最後のところまで来ているみたいだったし……」
「ゲーム機を見たらって?」
「ゲームの進捗度ゲージですよ」
一瞬目眩を覚える。彼が機械の中で大分経ってから発見したそれは、誰にでも見ることのできる三次元ディスプレイの設定モードに最初から備わっていたとペンギンは言うのだ。
考えてみれば、彼はこのゲームの取扱説明書を読んでいなかった。
それは相当情けない話であるが、ゲーム修復のヘルプで引っかからなかったことの方が大きな問題だ。
「もちろんそれが貴方の操作によるものだってことは承知しています。だからこそ、私はもう貴方が十分すぎるほど彼らのために尽くしたと思っているのです」
ペンギンは目を伏せた。
「さっき貴方が寝ている間、ひょっとしてそのまま死んでしまうんじゃないかと思って、時々バイタルサインを確認しました。それぐらい貴方はお疲れで」
「考えすぎさ」
村山は笑った。
「それに俺はどうしてもあと一つやらなけりゃいけないことを残している」
「と、言いますと?」
「フェニックスの尻尾というか、世界樹の葉っぱというか、はたまたレザレクションというか……」
「意味が全くわかりません」
「とにかく、主人公たちが死んだときに生き返るアイテムを作らなければいけない」
村山もこれでなかなか苦労はしているのだ。
例えばユーザーIDがなくてもお助け魔法使いに手助けを頼めるようにしたり、パーティが全滅したときのためのバックアップファイルを作ろうと試みもした。
だが、前者は成功したものの、どんなに暁が夕貴に頼んでも、高津たちはどうしてもそこに入ってくれなかった。
また、後者は努力の甲斐なく、どうしても機械内部にバックアップのための容量確保ができなかった。
だからせめて、戦闘中に誰かが死んでも、全滅でない限り生き返れるようなアイテムやイベントを用意したかったのだ。
とはいうものの、ゲーマーの失われた命を復活させるアイテムというのを一から作るのは至難の業であり、すぐにできるようなものではない。
「だけど、このゲームの中にそういうアイテムが最初から用意されているのを見つけたんだ。そいつは何かプログラムにミスがあるようで、うまく働かないんだが、それを何とか修正してコピーして、彼らが現在持っているアイテムにその機能を持たせることができればと思って」
「ほう、それはすごい。……でも、お願いですからご自分の身体はいたわって下さいよ」
「それは大丈夫。こういうことには慣れてるから」
一旦手術室に入ったら、余程の長時間手術でない限りは手を降ろすことはない。
「貴方、この星でもエンジニアなんですね」
「……まあ、な」
ペンギンを相手に話をしていると、またやる気がでてきた。
頭の中にどんどんアイデアがわき出し、それが一つのまとまりのある形に変化する。
そうなるとあとはただ打ち込むだけだ。
「よし、やるぞ」
彼の目の色をしばらく見つめてから、ペンギンは安心したように機械をそっと差し出した。