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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
34/42

scenario#8 3

「やっぱ地獄だ」

 高津の神経は破裂寸前だった。

 それらが美味そうな匂いをしているだけに始末も悪い。

「まあ、そのうちに慣れるって。白の世界だって考えようによっては酷かったじゃない」

 萌の言葉に高津は力なく首を振る。

「前はまだ何とかなったけど、俺はこの世界、どうしても駄目だ」

 高津は少し恨めしげに、平然と立っている萌を見つめた。

「……君は平気そうだね」

「なわけないでしょ? ちっとも平気じゃないわよ」

 しかし、言いながら萌は微笑む。

「でもね、暁の部屋からここに落ちてきちゃった時に比べたら全然まし。あの時はほんとに気がおかしくなるかって思った。でもね、圭ちゃんがしっかりしていてくれたから、あたし頑張れたの」

(……しっかりしてたっけ、俺?)

 覚えはないが、あのときは誰にも余裕がなかったので、そんな風に見えたのかもしれない。

「地球と白の世界との落差を比べれば、白と黒の世界の差なんて知れてるわ」

 その瞬間、高津は本当に萌を尊敬した。

「……大したもんだな、君は」

「夕貴も圭ちゃんもしっかりしてるんだもん。ちゃんとしてないと恥ずかしいから」

「……確かに夕貴もすごいけど」

 高津はしばし黙って歩き続けた。

 一体、萌や夕貴がいなければ、彼は今のように正常な神経を保つことができただろうか。

「どうした、圭介? やけに暗いじゃないか」

 ふと気づくと、みどりんが彼の横をひたひたと進んでいる。

 逆にさっきまで彼の隣にいた萌は、夕貴の手を引いて元気よく前を歩いていた。

「この頃何だか自分がわからなくなってきて……。そう、俺って学校では外向的って言われてたんだ。でもお前が言う通りやっぱり暗いだろ? 逆に萌は内向的って言われてたのに、あんなに明るいし、環境にはすぐ順応するし……」

「間違うなよ、外向的、内向的と明るい暗いは別の尺度だ」

 みどりんが肩を……いや、身体をすくめた。

「確かに社会的外向の中に明るいってのはあるけど、そういう奴は躁鬱そううつが交互にくるから落ち込むときはとことん暗い。それから知らない人とすぐ友達になるっていうのは社交性だから外向的の要素に含まれるけど、環境順応力は柔軟性のあるなしで判断すべきものだ」

「そうなんだ」

 それからすると高津は外向的で柔軟性がないということか。

「明快だね」

「まあね。でも性格なんて変わるものだし、自分を知るのはいいけど、あんまり自分はこうだと決めつけるのはよせよ。特に柔軟性に欠ける圭介は」

「ありがとう、覚えておくよ」

 みどりんは長い触手を三本振った。

「でもな、ここだけの話だが、柔軟性があるってことは計画性がないってことなんだ。だからあの馬鹿と比べて自分を卑下する必要は全然無いんだぜ?」

「……何か言った? みどりん」

 顔を上げると萌がこちらを振り向いて仁王立ちになっていた。

「何だ、人の話を立ち聞きするなんて嫌な奴だな」

「でかい声だしてれば嫌でも耳に入るわ。……馬鹿とはなによ、馬鹿とは」

「知らないのか? 愚か者って意味だ」

「どうしても焼かれたいって言うのなら仕方ないわね」

「頭の悪い奴ほど、すぐ暴力で解決しようとする。あーやだやだ」

「あんたに頭悪いなんて言われたくない」

「言っておくが、俺の守護石は知性と誠実だからな。お前みたいな筋肉馬鹿とは違うんだ」

 萌が言い返そうとしたときだった。夕貴が彼女のカーディガンを引っ張った。

〈あれ、見て〉

 夕貴の指す方向を彼らは同時に見る。すると大地がそこで終わっており、ぱっくりと口を開けた大きな穴が黒く広がっているのが遠目に見渡せた。

「あれ、何だろ」

 萌の言葉にみどりんが溜息をついた。

「馬鹿だな、地獄に決まってるだろ」

「何ですって」

「……萌」

 高津は彼女らの遊びを止めた。

「穴の底から何か来る。赤いものが、全部で十二」

 萌が黙って鞘から剣を抜いた。みどりんも軽口をやめて触手を緊張させる。

 高津は夕貴を後ろ手に庇い、両足を踏ん張った。

「来るっ!」

 それは奇妙な模様をつけた蝶のような生物だった。羽ばたくとその羽からきらきらと光る粉が落ちる。

 夕貴が手を挙げて風を呼ぶと、粉は上へと舞い上がり、空を一瞬銀褐色に染めた。

 だが、蝶自身は夕貴の起こした風をものともせずに、彼らの方に突っ込んでくる。

「みどりん、気をつけろ! 奴らはお前を狙っている!」

 高津が叫んですぐに、十二頭の蝶がみどりんめがけて襲いかかった。

 触手を天高く伸ばし、みどりんは最初に突っ込んできた三体をマヒさせる。

 同時にみどりんの触手に向かってその鋭い羽を刃物のように滑らせてきた二頭の蝶が、萌の放った光線によって瞬時に蒸発した。

 近くで見ると蝶は巨大で、羽を広げれば優に一メートルはある。

「今度は俺か」

 蝶はどうやら集団で同じ相手を狙う。蝶を引き寄せつつ、彼が突然気配を消すと、彼らは目標を失って編隊を乱した。

 そこを萌の剣が一閃し、後列にいた蝶が三頭落下する。さらにみどりんがカメレオンの舌のように触手を伸縮させて二頭を食った。

(この方法が一番いいな)

 高津は囮になり、蝶を他の二人が攻撃しやすい位置へと誘導する。また、夕貴は蝶が撒き散らした毒々しい粉を風で遠くへ吹き飛ばした。

「十一!」

 萌が剣を振るうと、みどりんも呼応して触手で敵を絡め取る。

「十二! ごちそうさま!」

 彼は一瞬のうちに、もがく蝶を消化した。

「食べるのはいいけど、お腹をこわさないでくれよ」

 言いながら高津は満足感を持って仲間を見つめる。

 かつてバレー部のコーチが言っていた。

 一人一人の仲間の役割を全員が完全に把握し、それが臨機応変に動きながらも統一性が崩れないとき、チームは強い。

 確かに高津の力は派手ではない。だが、それはパーティには不可欠な力だ。

(何にも恥ずかしがることなんかない)

 そう思うと少し自分に自信が持てる。そしてそれがスキルの上昇に繋がる気がするから人とは不思議なものだ。

「ね、圭ちゃん、この穴、どうやって降りるんだろ?」

「穴の側にいけば、階段かエレベーターがあるかもしれない」

 そこへみどりんが宝箱を二つ抱えてやってきた。

「おい、蝶を食ったらこんなものが出来てきた」

 見ると、右が青くて左が赤い。

「開けるなら右だけ。赤は化け物宝箱だ」

「OK!」

 みどりんが右の宝箱を開ける。と、

「なにこれ?」

 箱から出てきたのは、先にフックのついた異常に長い銀の鎖だった。それには人の胴体程度の輪が二つ、それより大きいのと小さい輪が二つついている。

「まさかこれで降りろとか?」

 彼らは穴の側に行った。しかし残念なことに階段もエレベーターもなく、岩に明らかにフックを止めるために存在している輪が出ているだけだった。

「でも、あたしにできるかな、ロッククライミングなんてやったことないのに」

「何ならお前だけ残れば? その方がスムーズに行ったりしてな」

「何よ、ちょっと言ってみただけじゃない!」

 夕貴が穴を覗き込んだ。

〈ちょっと降りたらお休みできるところがあるよ〉

 見ると、十メートルおきぐらいに棚がでている。しかも降りる壁には手で掴み易そうな突起が等間隔にあった。

「よし、みんな、準備はいいか?」

 全員が頷いたのを見て、高津はフックを岩に取り付けた。

 輪っかを頭からかぶって身体に装着すると、それらは自動的にきゅっと締まって彼らを保持する。

「……行くぞ」

 そして彼らは地獄に向かって降りていった。

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