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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
33/42

scenario#8 2

 化け物は彼らに濁った黄緑色の液体を吐きかけた。

「うわっ!」

 慌てて跳び退ったが、みどりんが地面に落ちた小指に気を取られたため、触手の何本かを溶かされてしまう。

「この野郎っ!」

 高津は気配を消し、怪物の背後にまわった。そして明星のメイスをその肉塊に突き刺す。

「!!!」

 怪物が悲鳴を上げて背中らしき場所をのけぞらせると、すかさず萌が無色の剣を突き刺した。

 化け物は断末魔の叫びを上げると霧のように消えた。後には白い真珠のような珠が一つ残る。

「ふう……」

 見ると、みどりんが夕貴に治療してもらっている。

「あああ……指、大事に舐めてたのに……」

 萌がこれみよがしな溜息をついた。

「あんなものに気を取られてるから怪我するのよ」

「ふん、お前みたいに油断が日常になっているやつに言われたかあない」

「注意力が散漫なの。全くどこに目をつけてるんだか。……ああ、あんたには最初っからそんなものなかったか」

「必要ないからつけてないだけさ」

「強がり言っちゃって」

 するとみどりんは触手を身体中の突起から出し、その先端全てにパチンコ玉くらいの目玉を出した。

「ほら、これでどうだ?」

 萌の手から、理性では抑えきれなかったらしい光線がほとばしる。

「う、うあっったあああ!」

 みどりんがぴょんと跳ねて夕貴に抱きつく。

「た、頼む、あいつを止めてくれ!」

「夕貴、どきなさい、そいつを成敗するから!」

 すると夕貴は少し首を傾けて萌を見つめる。

 〈先にどっちに行くか決めて、みどりんと遊ぶのはそれからにしよ?〉

 萌が振り上げた剣を地面に突き刺し、ぐったりとした顔でそれに体重を乗せる。

「遊び……ね」

 みどりんも当惑したように、石畳の上にぺちゃりと座った。

「俺はいつも真剣なんだけどな。……ま、いいか。とりあえずどっちに行くかは圭介に任せる。俺はあんたについてくよ」

 高津はうろたえた。

「え!」

 萌は優しく彼を見る。

「ほんとはあたしもそれが一番いいと思うけど、どうかな?」

 夕貴もうなずく。

「……え、でも」

「圭ちゃんがサイコロ振るだけのことよ。責任は四分割。ただ、サイコロ振るのがあたしたちより、良い目が出る確率が高いからお願いしてるの」

 彼は仕方なしに頷く。

「じゃあ、地獄にでも行こうか」

「よおし、しゅっぱーつ!」

 みどりんが明るく叫ぶと、萌と夕貴が右手を挙げた。

 別に根拠があって地獄を選んだ訳ではない。なんとなく一番そこがましと言う気がしたのだ。

「……あれ、いいにおい」

 しばらく歩くと道に屋台が見えた。そこから何か香ばしい匂いが漂ってくる。

「そういえば、お腹がすいたね」

 四人は吸い寄せられるように屋台の側までやってきた。

「うまそうだな」

 大きな鉄板の上には、焼きそばとお好み焼きがじゅうじゅうと音を起てている。

「いらっしゃい、何にしましょう?」

 七人のこびとに似た親父が焼きそばを菜箸で混ぜ合わせると、高津の腹がきゅるると鳴った。

「焼きそば四人前と、お好み焼き四人前でいくら?」

「八千円になります」

 少し高いなとは思ったが、彼らの懐には使い道のない金が潤沢にある。

「お願いします」

 そう高津が言ったときである。

「きゃあああっ!」

 突然の悲鳴に驚いて振り返ると、萌が真っ青な顔で高津のシャツを引っ張った。

「……ごめん、いい。なし、全部なし。あたしそれいらないから……」

「なんでさ?」

 高津は振り返り、焼きそばをじっと見つめる。

「っ!」

 良く見ると、焼きそばの中の細いもやしは、ミミズのようにのたくっている。キャベツは微かに羽ばたいていたし、何より不気味なのは焼きそばそのもので……

 高津は形容を考えるのをやめた。とにかくそれは酷くおぞましい何かだ。

 彼らは空腹を抱えてその場を後にした。

「……魔物が出ないのはいいけど、何かこの世界って妙に神経がすり切れるよね。……あ、また何か売ってる」

 イカ焼きの香りが鼻腔をくすぐる。

「ちょっと覗いてみる?」

「慎重にね」

 だが、焼きそばと同じくとても食べられるような代物ではない。彼らは早々にそこを離れた。

「ほら、あっちにベビーカステラがあるよ」

「これが駄目なら、ここは本当に地獄だな」

 しかし、ベビーカステラは一見したところ、本物のカステラのように見える。

 作り方も日本と一緒だ。

「駄目もとで買うか」

 高津はとりあえず五百円の紙袋を一つ買った。

「みどりん、ちょっと食べてみない?」

 萌が言ったが、みどりんは触手を振る。

「俺の趣味じゃない」

「え、でも、こういう時のためにだけ、あたしたちはみどりんを飼っているのよ」

「俺はペットじゃないし」

 本当は少し怖くはあったが、二人の係争が長引きそうだったので仕方なしに高津は袋を開けた。

 萌の言うとおり、今や高津はこういう時しか良い格好ができない。

 任意にカステラを一つ取り出す。

 そして、手で二つに割ってみる……

「うわっ!」

 突然、割ったカステラの中からカステラ色の小さなダニ様の虫が山のように現れた。

 それは高津の手のひらから足下に落ち、わやわやという音を起てながら塵のように辺りに消える。

「……うわ」

 高津は手に残ったカステラのかすも慌てて地面に捨てた。それは風に吹かれて虫が舞うように遠くへ流れていった。

「きもちわる……」

 紙袋の方もどこかへ放り投げようと思ったが、幸い近くにゴミ箱があったので、彼は十歩ほど歩いてそこにそのおぞましいものを投げ入れた。

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