表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男たちの日曜日  作者: 中島 遼
32/42

scenario#8 1

 人食い森で何とか黒い穴を見つけ、鍵で新しい空間を開いた彼らは、遂に敵の総本山と思われる大地に立った。

 そこは賢者たちが言うほど嫌な世界と言うわけではない。

 しかしほんの少しの微妙な差が、高津の感覚を負の方向に刺激した。

 曇天の都会のビル街を思わせる無彩色の世界。

 だが、煉瓦の隙間に生えている植物だけはビビッドカラーだ。

 青と黄色と紫が鮮やかなその草は、花の部分にカエルの顔がついているので、踏むとぎゃあぎゃあ鳴いてうるさく、今までの様にのんびりと散策を楽しむ訳には行かなかった。

「悪意に満ちた世界ってノイミ・ツンチは言ってたけど、でも何かちょっと違うよね。どっちかって言うと常識が違うって感じ」

「まあ、白の世界も大概常識はずれではあったけど」

 しかし萌は高津ほどこの世界を嫌がっているようには見えない。

(夢魔のようなのに……)

 高津の神経は苛立つ。

 さっきは飛んできたカブトムシが彼の服に留まったので指でつまむと、それはぐちゃりと嫌な音を起てて弾け、彼の手のひらを汁で汚した。

 その前には倒れている生物を助け起こそうとしたら、胴と首がいきなり離れ、けたけたと笑いながら飛んでいったりした。

「あれ、誰か来るよ?」

 萌の言葉に高津は頷く。

「大丈夫、彼女は青い」

 彼女と言ったのは外見から判断してのことだった。珍しく人型のその姿は美しい。金の長い髪は腰まであり、服から少し覗いている白い肌は薄くピンクがかってすべすべしていた。

 長いまつげに覆われた魅力的な緑の瞳は、くびれたウエストに巻かれたベルトの色と同じである。

「あら、こんなところで知的な有機物に会うのは珍しいわね」

 彼女の方から友好的な声をかけてきたことに内心ほっとしながら高津は頷く。

「俺たちもそう思います。貴女に会えて良かった。実は道がわからなくて困っていたところなんです」

「……どこに行きたいの? 気持のいいところ? 悪いところ?」

「両方教えてください」

 女は天使のように微笑んだ。

「どっちか一つよ。そうでなければ耳鳴りが止まらないわ」

「……え?」

「何て顔するの、もののたとえよ。いいわ、私が選んであげる。その素敵なペットちゃんに免じて」

 みどりんがむっとした声をあげる。

「ペットじゃない。従者だ」

「あらごめんなさい、貴方があんまり可愛いからてっきりそうかと思って」

 萌が目を見開く。

「どこが可愛いって?」

「見る目のある人間とそうでない人間の差ってことか。こういうことで人格の高低がわかる」

「あら、あたしは単に素直なだけ。不気味なものを不気味と言って何が悪いのよ」

「お前の主観なんて、この宇宙ではn数が一って言うんだよ。それを傲慢にも世間も自分と一緒って勝手に思いこんでるから質が悪い」

「あたしはあんたよりは世間ってものを知ってるわ」

「嘘をつけ、たかだか地球標準時で十六年ぽっちだろ? 俺なんか百五十四年と八ヶ月だ」

「ああ、だから頭が固いのね。」

 二人の会話を興味深そうに聞いていた女は、突然高津がどきりとするほど美しい笑みを浮かべた。

「じゃあ、時間がないから私はこれで失礼するわ」

「え!」

 萌とみどりんは同時に声を上げた。

「ち、ちょっと待って、その前にどっちに何があるのか教えてちょうだい」

「真っすぐ行ったら地獄、右に行ったら貴方の墓場、左に行ったらお別れで、後ろに戻ればがっちゃんこ。……それにつけても今日は暑いわ」

「……はあ?」

 女はみどりんを見つめて婉然と笑う。

「そうそう、貴方お名前は?」

「みどりん」

「そう、じゃあ、みどりん、可愛い貴方にプレゼントよ」

 言うや否や、彼女は右手で自分の左手の小指をぽきりと折った。

「どうぞ、ちゃんとニューロンの多いとこを選んであげたわよ」

「わあい、ありがとう!」

 みどりんが嬉しそうに触手を伸ばして小指を受け取ると、彼女は青い血の吹き出している手を軽く振った。

「温かいうちに食べてね」

「うん、でも冷めたのもそれなりに美味しいんだよ」

 呆然と立ちすくむ萌と高津を他所に、彼女は来たとき同様にすっと去っていった。

「ああ……幸せ」

「ええいっ! やめい、気味の悪いっ!」

 最初に我に返った萌が、指を弄ぶみどりんに怒鳴った。

「n数一が何か言ってるう~」

 平然と答えたみどりんの横を光線が二連飛んだ。

「あちっち、こら、味方を攻撃する奴があるか!」

「いらいらするから早く食べてお仕舞いっ!」

「いいじゃないか、俺だってたまにはおやつをゆっくり味わいたい時もあるんだ」

 高津は目眩を感じる。

 彼に比べて萌は明らかにこの世界に順応しつつある。夕貴は元々こちらもあちらもさして変わらないと思っているようだし、ここでは彼だけが異邦人のようだ。

 女というのは男よりも環境順応力があるのだろうか。それともこの二人が単に鈍感なのか。

〈ねえ、どっちに行く?〉

 夕貴がみどりんたちの喧噪がまるでないかのように高津に問う。

「そうだな、今の話じゃ八方ふさがりだね」

「四方だろ?」

 みどりんを無視して高津は考える。

(……地獄、墓場、お別れ、がっちゃんこ……どれが正しい道なんだろう)

 多分あまり意味のない言葉の羅列なのだろうが、それでも選択をするとなったら命がけだ。

(……あの人だったらどうするだろ)

 高津は久しぶりに村山のことを思い出した。

「村山さん、今頃何してるんだろ」

 口にして言ってみると、夕貴はしばらく考え、そして心配そうな顔をした。

〈先生はずっと寝てるって。でも疲れてるから起こさないようにしてるってお兄ちゃんが言ってる〉

 高津はまたもやむっとする。

 彼らがこんな目に遭ってるのに、どうしていつもいつも彼は休んでばかりいるのだろう。

 疲れてるって言っても、どうせ彼のことだから、何か大きい手術をして開放感で眠ってるだけなのに違いない。

 もちろん、それが言いがかりであることも承知している。

 村山にだって生活はあった。

 あれから何ヶ月も経っているのだ。彼が既に高津たちのことを諦めていたって仕方がない。

(……寂しいけど、しょうがないや)

「そう、村山さん、疲れて寝てるのね?」

 萌がしんみり言うと、夕貴も哀しげに頷いた。

〈そうなの、可哀想なの〉

 もちろん女たちが彼に甘すぎることもしゃくに障る原因の一つではある。

「まあ、あの人の事はいいとして、これからどうするかだけど」

 自分から振った話題であることを棚に上げ、高津は話を戻した。

「結局、どっちへ行こうと一緒ってことかな?」

「やっぱりがっちゃんこよ、それが一番わかんないだけに安全そう」

「訳がわからないだけに一番危ないって気もするね」

 するとみどりんがたくさんの触手をさっきの小指に絡ませながら言った。

「多分、圭介が決めるのが一番なんだろう。何たって、感性を司る預言者なんだから」

「そういうなよ」

 高津が表情を曇らせると、萌がみどりんを睨んだ。

「あんたって本当に思いやりがないのね、圭ちゃんに妙なプレッシャー与えるんじゃないわよ」

「ふん、いつも圭介に圧力かけてんのはお前だろ」

「うるさいわね、ほら、さっさと指を消化してしまいなさい!」

「やだね、代わりに何か別のものをくれるって言うなら別だけど」

 萌はにやりと笑った。

「なら、あたしを消化してみる? あんたが死ぬまで朝晩、頭の中で呪いの言葉を唱えてあげるわ」

 みどりんは身体中から肉色の触手を出してびりびりと震わせ、全身で恐怖を表した。

「な、なんだい、脅かせばいいと思って。リソカリトなんて大っ嫌いだ」

「嫌いで結構、好かれちゃ困るわ」

 萌がみどりんに舌を思いきりつきだした時だった。

「わあっ!」

 急に地面がぱっくりと口を開けた。そしてその中からスペアリブ状の巨大な化け物が現れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ