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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
30/42

scenario#7 3

「……ふう」

 萌が手強かった魔物のなれの果てと一緒に高津のメイスを拾い上げる。

「ありがと、圭ちゃん」

 荒い息を吐きながら萌を見ると、彼女はにっこりと笑った。

「すごく格好良かった」

「萌だってそうさ」

 奇妙な充足感が身体を満たす。

 それは仲間とともに一つのことをやり遂げたという喜びであろうか。それともまた一つレべルアップしたという事なのだろうか。

「それはそうと……」

 唯一冷静なみどりんが触手を一本立てて、死体のような男を指した。

「エナジーを感じる。彼はまだ生きてる」

 高津も頷く。

「うん、少しずつだけど、青くなってきた」

 干からびたミカンが二つ繋がったような男を四人は囲んだ。

「もしもし?」

「大丈夫ですか?」

「自称賢者さん?」

 口々に呼びかけると彼は不意に目を開き、いきなりすっくと起きあがった。

「おおっ! これは我が肉体。永遠に魂だけで彷徨う宿命が今、終わりを告げたのだっ!」

 立ち上がるとまるでオレンジのだるまだった。良く見ると足はないが、地面から一センチほど浮き上がっているので移動は問題なさそうだ。

「そうか、伝説の勇者が私を救ってくれたのか。……そう、私は知っている。貴方たちがどれほどの長い間、苦難を耐え忍んできたかを。……この世界に降りたって以来、感覚時間ではかれこれ二年近く経っていることだろう」

「……そんなに経ってはいないわ。せいぜい五ヶ月くらいかしら」

「無理はしなくていい。私は魂だけの存在となりながら、ずっと貴方たちを見続けてきた。青の洞窟、緑の塔に赤い沼。茶の畑に紫の山、黄色の砂漠に橙の海……どれも苦しかったろうし、失うものも多かったはず。だが、ついにここまで来たのだ。黒の世界に入る資格ができたのだよ」

「お言葉ですが、行ってないところの方が多い気が……」

 ミカンだるまは高津の言葉に首を振る。

「そうか、茶の畑事件でわしの偽物に騙されたことで疑い深くなっているようだな。心配はいらん、私は正真正銘のノイミ・ツンチ・トチニだ。貴方たちが解放した賢者三人衆の長として、ここで全ての力を放出しよう」

 一向に要領を得なかったが、彼らは黙って成り行きを見守る。

「いでよ、我がともがら、時は満ち、我らの力を勇者のために使うときがやってきた」

 彼がそう唱えた途端、なんとノイミ・ツンチ・ニカニとノイミ・ツンチ・ミニが空間を裂くように現れ、トチミの横に並んだ。

「この世を守る聖なる力よ、我らに力を貸したまえ!」

 突然、彼らの首あるいは頭にかかっていたペンダントが眩しい光を放った。

 そしてそれらはすっと彼らから離れて上昇する。

 石は賢者たちの頭上に止まり、そして一段と強い光をはなったとみるや、ひとかたまりになってトチミの手の上に落ちた。

 そこには透明の剣がある。

「これを持って黒き森に入り、黒き穴でこの鍵をかざせ。そうすれば黒き世界への扉が開く」

 ニカニが哀しそうな顔でこちらを見た。

「だがそこは一度入れば二度とこちらに戻れぬ世界。人の心もすさみ、苦難もこの白の世界の比ではない。……だが、それでも行くのだな?」

 何も言ってないのにミニが頷いた。

「お前達の決意、しかとわかった。ではこれを与えよう」

 ニカニとミニは手を上にかざし、両の手のひらに光が宿ったと見るや、四人に向かって光の珠を投げる。

「え?」

 するとさっきとは違う雫の形のペンダントが再び胸の上で輝いた。

「それは我らの力の一部。いつか役に立つ時が来るだろう」

 トチミは自分の手にあった剣を萌に握らせる。

「これは鍵としてだけでなく、貴方の力を引き出す剣としても有効だ」

 高津は息を吸い込んだ。

「あの」

 そして控えめに、だが断固として言う。

「勝手に決めないで下さい。俺たちはまだ行くと決めた訳じゃないんです」

「何を今更? それでは何のために貴方はここに来たのだね?」

「成り行きです」

「ならばそれは運命だったのだよ。この先も貴方に与えられた道は一本だ。この世を救う、これほど崇高な道はない」

「しかし、そのために俺は仲間を危険にさらす訳にはいかない。辞退も含めてみんなと考える時間をください」

「……そんな暇はない。こうしている間にも闇の影はこの世を覆いつつあるのだ」

「知らないわよ、そんなこと」

 だが驚いたことに萌が賢者に文句を言った。

「ここでたかだか十五分くらいの時間を費やしたくらいで駄目になるような世界なら、きっとどう手を尽くそうが助からないのよ。それより全員の見解を統一させておいた方が今後のためには絶対いいの」

 萌は優しい目で高津を見つめる。

「そうよね?」

「ありがとう、萌」

 思わず高津は彼女に惚れ直した。

「あたしは行ってもいいと思ってるの。だけど圭ちゃんがあたしたちの命に責任を感じてくれているなら考え直すわ。でないと圭ちゃんが一人で辛いだけだから」

 さらに高津はぐっときた。

 高津が勝手に感じている責任感など、本当は今の萌たちには余計なお世話かもしれない。

 だのに彼の気持ちを真摯に受け止め、そして彼のために考えてくれているのだ。

「夕貴は?」

 夕貴は少し考えて、そして頷いた。

〈行く。行かないとおうちに帰れないから〉

 萌が彼女を見つめる。

「そうなの?」

〈暁お兄ちゃんがそう言ってるの〉

 高津はみどりんに視線を移す。

「俺は元々しもべという設定だから選択権はない。だけど、できたら前に進みたいな。それが命ある者のロマンって奴だからな」

 選択権など本当は四人とも持ってはいない。

 だけど、自ら進んで前に行くのと、先に追いやられるのではモチベーションが違った。

「じゃあ、先に進もう。俺もみんなと同じ気持ちだから」

 萌が透明の剣を鞘に収め、そして背に負う。

 みどりんはたすきの紐を締め直した。

 夕貴が高津の手を握る。

 それを合図に彼らは黒い帯の方へ歩き出した。

 再びあの人食い森に入るために。

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