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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
29/42

scenario#7 2

「……うまくないな。これ」

 みどりんがチョコを触手で吸収しながら文句を言うのも何だか哀しい。

「だったら食べなきゃいいでしょ? あんたにはもったいないわよ!」

「食べないなんて言ってない。マズいって感想を言っただけだ」

「屁理屈ばっかりこねるんじゃないの!」

 萌とみどりんは余程相性が悪いのか、またケンカをしている。

 そしてその間に挟まれるように、微笑みを浮かべた夕貴がマイペースで歩んでいた。

 耳が聞こえないから萌とみどりんをうるさく感じることもないのだとは思うが、それでも懐の広さが垣間見える。

「みんな、止まって」

 周りの岩が錆び色に鈍く輝き、洞窟の奥になにやら人影が見える。そして彼らとその人影の間には、あの黒い帯が川のようにこちらと彼岸を分けていた。

「どうする?」

「ここで黒い帯に入ったら、この間の二の舞だな」

「……またナスチ・ミチニに会うのは疲れるよね」

 高津は頷いて辺りを見回した。本当に手だてはないのだろうか……

「……?」

 高津は洞窟の右の通路の壁に、きらりと光る何かをみつけた。

「この前、こんなものあったかな?」

 言いながらそれに近づくと、光るものは直径五センチくらいの茶筒の蓋状ボタンである。

「すごい、さすが圭ちゃん、遂に発見したのね?」

「いや、まだよくわからないんだけど……」

「あそこに繋がる道に決まってるじゃない。押してよ」

 他に術もないので、高津はぽちっとそれを押してみる。

 すると、ボタンの下にあったゲージの光の帯がぐんと上がり、まるで合格とでも言うようにきらきら光った。

「線は四本あるから、これって全員押さないと駄目なんじゃないかな」

 何のテストかわからないが、幸い全員合格と判定され、地面がごおっという音を起てて岩盤が左右に割れた。

 中には人が一人立って通れるほどの穴がある。

「行こう」

 四人は新しい穴に身を滑り込ませ、そして歩き出した。

 今まで歩いていた穴よりは狭いが、壁が近いのでみどりんの蛍光色の反射が強く、随分明るい。

(こんなところで敵に会ったらやっかいだ)

 とは言え、かつて先頭を歩いていた高津は今はしんがりだ。

 この頃ではみどりん、萌の大抵どちらかが先頭を歩く。

 もちろん、これは高津の感応力の増大にともなうところも大きいが、有り体に言えば戦闘力と体力の大小だった。

 悔しいことだが、もう彼もそれを認めない訳にはいかない。

「ん?」

 不意にすっと周りが暗くなったので、みどりんの後ろにいた萌が一瞬立ち止まった。

 しかし、それはどうやら穴から出たためにみどりんの乱反射の効力が弱まったかららしい。

 彼女は再び歩き出した。

「見ろよ、後ろにあの黒い帯が見える」

「ほんとだ、ということは、やっぱりこちらが正規の道だったのね」

 そのまま真っ直ぐに進んでいくと、つららのように垂れ下がった鍾乳石の間から、あのときにみた人影が見えた。

 いや、人影というだけなので、同じものかどうかはわからないが……

「……よく、ここまで来た」

 低い声が響き、高津は身体をこわばらせる。

 それはまぎれもなく敵だ。だのにその所在がつかめない。

「どこにいる? でてこいっ!」

 高津が叫ぶと洞窟内に彼の声が反響した。

「お前たちのようなちっぽけな存在がここに至るまでにはさぞや苦労があったろう。だがそれも今日で終わりだ。お前たちが一度は救ったこの自称賢者を見よ。こいつと同じように魂を抜き、その情報を永遠にこの空間を彷徨うようにしてやろう……」

(……一度は救った?)

 自称賢者を見たが、干からびたミカンのような容貌に記憶はない。

「その人、殺したの?」

「見たとおりだ、お前たちもすぐにこうなる」

 突然閃光が煌めき、眩しさに手で目を覆う。

「きゃっ!」

 萌とみどりんが何かの力によって弾き飛ばされた。夕貴が慌てて右腕を振り、彼らの落ちる場所に見えないクッションを置いた。

 岩盤に打ち付けられることを免れた二人は同時に跳ね起き、次の攻撃に備えて身を低くする。

「圭ちゃん、敵はどこにいるの?」

 しかし高津は当惑の中にいた。

「わからない。この洞窟中が赤く感じはするけど……」

 こんなことは初めてだった。急に今まで見えていたものが見えなくなったような不安を感じる。

「ということは、この洞窟自体が敵だということか?」

 みどりんが言いながらずるずると高津の側に寄る。

「いや、そういうのではないと思う。どちらかと言えば、煙幕を張られてレーダーが効かないって言う方が近い」

「いずれにしても、敵の位置が……うわっ!」

 突然、予期せぬ方向から燐が燃えるような色をした矢が彼らの上に注ぐ。幸いみどりんが盾になって高津には当たらなかったが、そうでなければ彼は今頃穴だらけになっていただろう。

「大丈夫か、みどりん!」

「ああ、何とかサイコシールドが間に合った」

 高津の脇を汗が流れた。もちろん恐怖のためである。

 今まで彼はその鋭敏な感覚のために命を永らえてきた。敵が繰り出す技の数々も、ある程度方向や規模が予測できたらからこそ避けられたのだ。

 だが今は全くの無防備だった。

 みどりんや夕貴のようにサイコシールドを張ることもできないし、萌のようにうまく盾を扱うこともできない。

(……俺は)

 と、新たな衝撃波が彼を襲った。

「うわっ!」

 途中で夕貴のエアクッションが働いたので、高津は地面に降り立つ前に体勢を立て直す。

「卑怯者、出てきなさいっ!」

 萌がやみくもに剣を振り回したが、空を切るばかりだ。

(……足でまといだな、俺)

 敵が燐の矢を繰り出すたびに、彼が手に持つメイスが明星のように輝く。

 だが、高津にはそれすら疎ましい。

(肝心なときに必要な力が出せないなんて……)

 と、

「危ないっ!」

 萌が高津を跳ね飛ばすと、そこにいくつもの光の軌跡が現れ消える。

(くそっ!)

 情けなさに思わず唇を噛む。萌に守ってもらうなんて本末転倒だ。

 いや、とにかく萌の足を引っ張らないだけの力が欲しかった。

(俺は、みんなに迷惑をかけたくないっ!)

「!」

 高津の心の何かが悔しさからやるせなさに変わった時だった。手に少し電気が走ったような感覚があり、同時にメイスが一瞬青く光る。

(……右前方)

 不愉快な悪意の存在を彼は垣間見た。

「あっ!」

 また多段攻撃だ。

 萌も夕貴もみどりんも、それらを跳ね飛ばし、避けることはできている。

 だが、相手がどこにいるかわからないので防戦一方だ。

(……さっきのは)

 彼は敵の攻撃をびくびくしながら待つのをやめた。大地に足をつけ、両足を踏ん張る。

 そして、メイスを上段に構える。

(せめて、俺のために皆が苦戦を強いられるような状況を打破するくらいの力が欲しい)

 さっきと同じような心の状態になるように自分を律する。

「圭ちゃんっ!」

 萌が彼の前に立ちふさがり、左手の燃えるような盾で彼を庇った。

(……力が)

 少しメイスが青く光る。高津はそれを慎重に、消えないように、そして強くなるように感情を操作する。

 徐々に青い光は彼の右手を中心に大きくなり、魔物の位置がはっきりと彼の目に映った。

「萌、みどりんっ! 敵の位置がわかった!」

「え!」

「俺がメイスを投げるから、そこに力を集中してっ!」

 再び敵の攻撃が暴風雨のように降り注ぐ。

「くうっ!」

 夕貴が彼の前にシールドを張ったが、それでも光のいくつかはそれを越えて高津の肩や頬を削いだ。

 しかし、高津は動かなかった。

 集中し、敵の位置を見定める。

「いけえっ!」

 投げたメイスは目の覚めるような青い光を放ちながら、魔物の姿を浮かび上がらせる。

「そこねっ!」

 萌とみどりんが息のあったコンビネーションで、青い光の中の魔物に必殺の一撃を繰り出した。

「ぐぎゃあああああっ!」

 魔物は大きな悲鳴を上げ、そしてぱっくりと二つに裂けた。

 すかさずみどりんが汚い色をした粘液をびしゃりとかける。

「やった!」

 魔物は皮から順番にぶくぶくと泡を出しながら溶解していく。

 そして、からんという透明な音が洞窟内に響き渡った。

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