scenario#7 1
最初の頃はあれほど苦労したのに、二巡目ともなると魔物は萌が手を振っただけでハエのように落ち、そして石になった。
もちろんほとんど休まなくても、前にクリアした場所はさくさく通りすぎることができ、彼らはたちまちサボテン王の城にやってきた。
「ねえ、圭ちゃん、お城で偽王に謁見しに行く前に、道具屋に行ってみてもいい?」
「夕貴のヒーリングがあればもう薬草はいらないよ?」
しかし萌は言いにくそうに首を振った。
「前に来た時にお金がなくて言いそびれてたけど、店の奥に可愛い帽子があったの。あれが欲しくて。……でも、緑の塔から帰ってきたら、ノイミ・ツンチを探しに行けって、あっという間にお城の外に出されちゃったでしょ?」
萌のレベルならそんなものいらない、と言いかけたが、そんな楽しみすら奪っては彼女もやってられないだろうと思い、高津は頷いた。
「手持ちのお金で買えるならいいんじゃない? どうせ緑の塔から帰ってきたら、山のようにお金がもらえるわけだしさ」
「ありがとう!」
心の底から嬉しそうな笑顔にきゅんとなる。
彼らは城に入ると、謁見を申し出る前に城内にある道具屋に行った。
「いらっしゃいませ。」
前と同じように生気のないトンビ顔の女主人が、決まった言葉を繰り返す。
しかし、操られているためなのか、元々ボキャブラリーが貧困なのかの判別はつかない。
「あの帽子はいくらですか?」
萌と道具屋が会話しているのを聞きながら、高津はショーウインドウを眺める。
(……あれ?)
見ると、チョコレートでコーティングされた木の実が置かれているのが目に入る。
「レベルアップチョコ? こんなの前にあったっけ」
値段を確認するとそこそこ高い。
(一個二十万円のチョコレートが全部で八個……)
少し眉根をよせて考える。
(……でもま、この値段だったら、食べた途端に呪われたりとか、食べてもさほど効果がない、なんてことはなさそうだな)
「どう、圭ちゃん?」
萌が嬉しそうに帽子をかぶって側に来たので、高津は頷いた。
「似合う、似合う。それより、今、お金はいくらある?」
「そんないかにもお愛想っぽく言わなくったって……」
言いながら萌はぱんぱんに膨れあがった巾着を取りだして点棒を数えた。
「今回は武器を買わずに、宝箱の中のアイテムだけでやりくりしてるから割とたまってる。二百万円ぐらい?」
結構ぎりぎりだ。
「ねえ、このチョコレート買ってもいいかな?」
「いいわよ、おいしそうだし……ええっ! 一つ二十万円っ!」
萌は恐ろしげに高津を見やる。
「……こんなものに二十万も払うの?」
「いや、できれば三個で六十万」
「でも、そんなことしたら防御スプレーBが買えなくなるよ?」
そう言われると高津は少し弱気になった。
「何となくだけど、これを食べるとスプレーBがいらないぐらいの力が入るような気が……」
萌は首を縦だか横だかわからない微妙な角度で振った。
「とりあえず一個にしない? そして劇的な変化が見られたらまた買ったらいいじゃない」
「そういわれればそうだな。……済みません、これください」
「はい、毎度ありがとうございます」
高津は品物を受け取ると、銀紙を破いてチョコを取りだした。そしてまずかじってみる。
「……うーん、あんまりおいしくない」
ビター系の好きな高津の趣味よりはかなり甘ったるい。
(……でも)
なんとなく自分の力が上がったような気がした。感覚はさっきよりも鋭敏であり、こんなに離れているのに玉座にいるのがボスキャラだとわかるのだ。
「これ、君たちも食べなよ」
全部買っても安い買い物だ。
「うん……でも」
萌は眉間にしわをよせる。
「おいしくないんなら、炎のバックラーを買った方がいいような気がする」
「え、ああ、でも……」
高津が少し逡巡したそのときだった。
夕貴が高津のシャツを引っ張る。
〈夕貴、それ、欲しい!〉
「あ、食べる?」
ちょっとほっとして高津が下を見ると、夕貴は瞳をきらきらさせてこちらを見上げた。
〈前にお兄ちゃんとお話してたんだけど、それ、先生が作ったんだって〉
「先生って、村山さん?」
〈そう〉
萌も夕貴を見つめる。
「どういうこと?」
「……どういうことだろうね。そもそもあの人がチョコを作ってるとこが想像できない」
「あたしたち、まだ手話に不慣れだから、根本的に間違ってるんじゃないかな。例えば先生が作ったじゃなくて、先生が好きなブランドとか」
「随分違うとは思うけど、本質はついてるかもしれない」
高津はかじったチョコを見つめる。
「これ、無茶苦茶甘いんだ。で、村山さんは甘いチョコが大好きだし、ひょっとしたら……」
「済みません、これ、全部ください」
「ええっ!」
「毎度ありがとうございます」
呆然と立ちつくす高津の前で、女二人がはしゃいでいた。
(……炎のバックラーはどうした?)
こんなくだらないものにどうして百六十万も払う気になれるのだ?
「はい、夕貴に二個、圭ちゃんに一個。……あれ、そうなると二つ余っちゃうね。……どうする、じゃんけんする?」
「いや、その二つは俺が預かっておくよ」
高津は萌が持っていたチョコを箱ごと受け取ってハンカチで包んだ。
「みどりんにあげなきゃ。そのために八つあるんだと思う」
「ええっ!」
萌があからさまに非難の声を上げた。
「あいつはこんなもの食べないと思うよ。食人鬼だし」
「それでも、そうしなきゃ勝てないんだと思う。今回は四人そろって敵を倒すらしいし」
「予知能力でわかるの?」
「そうじゃないけど」
今までの会話をちゃんと聞いていれば、そうとしか思えないではないか。
「ま、圭ちゃんの言うことに間違いはないわ。何たって守護石が感性を司る瑠璃色の石なんだもの」
「あのな……」
城に向かって歩きながら、高津は溜息をつく。
どうしてこう萌と自分の間には、変なずれがあるのだろう。
(……それで嫌いになれるんなら、いっそ楽なんだろうけど)
門をくぐり、前回同様、岩石王の紹介状を衛兵に渡すと、待合いの部屋に通された。
好きなだけ果物を食べたあと、三人はさっさと降りる階段を使って真の王に会う。
(……こんなに簡単だっけ?)
そのあとは本当に一瞬だった。
なんだかんだと言いながらもみどりんは仲間になったし、ボスキャラも倒した。
城を追い出されるようにして北の山に向かうことになったのも一緒だ。
ただ、彼らの能力が飛躍的に上がっていることが唯一の違いか。
萌は睨んだだけでコウモリを落としたし、夕貴は知らない間にマヒ回復や毒消しまでできるようになっていた。
もちろん高津も能力は上がった。
(だけど……)
それはしゃくに触るほど地味なものだったのだ。
例えば、戦っていても彼だけは何故か敵から襲われない。
どうやら自分の気配を敵から消すことができるようになったようなのだが、
(それでも……なあ)
雷を相手の上に落とすとか、氷の刃を敵集団にぶちかますとか、目で見てわかるような成長をしたかった彼は少なからず落胆した。