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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
26/42

scenario#6 2

「あっ!」

 と、突然高津は地面にしたたかに身体を打ち付ける。

「いてえっ!」

 幸い外傷はないが、打った足が結構痛い。

(……ここはどこだ?)

 高津は辺りを見回した。昼間なのだろうが、ひどく暗い。

(……何で俺はこんな森の中にいるんだろ?)

 密集した木々が、彼の立つ一本道の両側に威嚇するように迫っていた。風もなく、鳥の声も聞こえない。

(……まずい、な)

 彼の研ぎ澄まされた感覚に、しきりに危険というシグナルが点滅する……

「圭ちゃん!」

 よく知ったその声に振り向くと、当惑した表情の萌と夕貴が並んでこちらを見ていた。

「……ここは」

 同時にそう声を出し、同時に口をつぐむ。

(……確か俺たちは、三人目のノイミ・ツンチを探して北の山に登っていたはずだ。)

 なのに、何故?

 さっきまで確かに彼らは洞窟にいたのだ。しかもあの時持っていた武器もなく、みどりんもいない。もちろんペンダントも見あたらなかった。

「一体、俺たちは……」

 しかし、高津が言いかけたその時だった。

「きゃあっ!」

 萌が悲鳴を上げて地面に転がる。

「なっ!」

 突然、周りの木が彼らの頭上にその枝を伸ばしてきたのだ。

「何だっ?!」

 高津は呆然と立っていた夕貴を抱えた。そして萌と一緒に走り出す。

「くそっ!」

 森の木は一斉にその幹を大きく振り子のように揺らしながら、枝を彼らに突き立てた。

 時にはそれは鋭い刃先のように彼らに迫り、彼のセーターにいくつもの穴を開ける。

「萌、大丈夫かっ!」

 夕貴を抱いているので、萌まで面倒を見ることができない。しかし彼女は自分のことぐらい何とかするだろう。

 それなりの力を備えているのだから……

「だ、大丈夫、今のところは。……あれ、圭ちゃん、あそこっ!」

 萌の声に、高津が彼女の指さした方向を見ると、ぽっかりと白い穴が見える。多分、あそこに行けばこの森を出られるのだ。それは前に経験済みだった。

「よし、行こうっ!」

 高津は頷いて走った。

 時々耳元でびゅんという音が鳴る。ちらりと見やるとツタのような草が、鞭のようにしなって彼らに襲いかかっていた。

「きゃっ!」

 萌の声がした。

 彼女の足にはくだんのツタが絡んでいる。それでこけたらしい。

 高津は側に落ちていた細い棒で、そのツタを薙ぎ払った。そして、萌の手を掴んで立たせ、再び走る。

「あっ!」

 だが、目指していた白い光の側に近づいた彼らは、やはり戸惑って顔を見合わせた。

 森の切れ目のように見えていたそれは、文字通り白い穴だ。

 そう、空間にぽかりと開いた不自然な穴……

「この展開、まさか……」

 高津は逡巡した。立ち止まっている彼らを、木々はなおも敵意を込めた一撃でしとめようとする。かろうじてかわしてはいるが、いずれ致命的な傷を負うだろう。

 とはいえ、同じ事を何度も繰り返していいものかどうか……

「行くよ、夕貴、圭ちゃん!」

「え、でも……」

「でももくそもないわ! 今よりきっとましよっ!」

「ちょ、ちょっと待てって」

「待ってたら死んじゃう!」

 萌は後先をあまり考えない性格だった。率先して穴に向かって走っていくのを見て、高津もそんなところで策を練っている訳にも行かなくなった。

「お、おい、待てったら!」

 萌に続いて高津も穴に飛び込む。

「うわっ!」

 途端に視界は濃い霧に覆われた。何か下へと落下する感覚。

(……い、いけない!)

 だが身体は既に言うことをきかなかった。重力の働く方向へと、高津はただ落ちていく。

 せめて、怪我がないようにと夕貴を抱く手に力を込める……

「圭ちゃん!」

 萌の声が意外に近くで聞こえた。彼が慌ててそちらの方へと右手を伸ばすと、何か感触がある。どうやらそれは萌のカーディガンらしい。

「うわっ!」

 と、突然それは終わりを告げた。

 まるでフリーホールにでも乗ったような感じで、彼らは地面にすとんと落ちる。

「……あいてて」

 少し肘をすりむいた高津が腕をさすると、彼の腹の上に乗っていた夕貴がそっと地面に降り立ち、彼の顔を心配そうに見つめた。

 〈大丈夫?〉

「大丈夫だよ」

 高津も手で夕貴に返事を返す。

「ここ、どこ?」

 と、三メートルほど離れた場所に、ぺたんと座っていた萌がようやく我に返ったように立ち上がった。

 高津も辺りを見回す。どうやら森の危機は回避できたらしいが、ここも彼が前に見たのと同じ風景である。

 広々とした野原は、丈の短い草が一面に生え、中には黄色や濃紺の花が混じっている。

 遠くに赤紫の山が見え、薄紅の空に美しく映えていた。

「何だか同じ事を繰り返しているみたい」

 萌の呟きに彼も頷く。何か異様な事態だった。だが、さっき感じたような悪意の存在はない。

「萌、あれ見ろよ」

 視力の良い高津が、はるか向こうに何か集落めいたものを見つけて指さした。萌は目を細めてそれを見つめる。

「あれってひょっとして……」

「とにかく行ってみよう」

 夕貴の手を引き、高津は歩き出した。もちろん頭の中は混迷状態だが、毅然とした態度を取らねばならないことはわかっている。

 彼がおろおろすれば、萌や夕貴に対して恥ずかしいだけである。それはこの訳のわからぬ状態においては避けねばらならない事態だった。

(それに……)

 実際彼はついさっきまで、その態度を貫き通すことによってのみ、自分で自分を律する強さを保たせることができたのだ。

「あの、家というよりは山小屋な感じのあれって……」

 近づくにつれて建物がはっきりと見えてきた。一番手前にあるのは……

「お助け魔法使いだ」

 平然としている夕貴はともかく、萌と高津は思わずその場に座り込んでしまった。

「ひょっとして……」

「認めたくないけど、どうやらそうらしいね」

〈ねえ〉

 夕貴が萌のカーディガンを引っ張った。

〈ここに入ろ?〉

 萌はぶるぶると頭を振る。

「こんなとこ、一回入ったら充分よ」

「そうだよ夕貴、時間の無駄ってやつだ」

 彼らが口を揃えて言うと、夕貴はしょげかえった。

〈でも、お兄ちゃんがどうしても入れって〉

 二人は顔を見合わせた。

「暁が? どうして?」

〈わかんないけど、魔法使いと喋って欲しいって〉

 仕方なしに高津はドアをノックし、家の中に足を踏み入れt。

「いらっしゃい」

 と、そこには年取った男がどっかりと椅子に座っていた。

「あの……」

 言いかけて高津は悄然となる。男はあのときのまんま、耳が肩の辺りまで垂れた黄緑の魔法使いだ。

「何かお困りですかな。もし、わからないことがあれば、ユーザーIDをご提示ください。出来る限りのお手伝いをさせていただきます」

 男はほとんど両頬が避けるほど大きな一文字の口を開けた。

「ユーザーIDって?」

 恐る恐る萌が尋ねる。

「それはこちらで自動的に読み取ります。右手を貸しなさい」

 二人は溜息をつき、そしてまだ何か未練が残っていそうな夕貴の手を両側から無理矢理引っ張って外に出た。

「何で暁はここに入れなんて言ったのかな?」

「魔法使いって言葉を聞いて、どんなのか知りたいって思ったんじゃないの?」

 高津は頷く。

「……さて、この家を出たということは、今度は……」

 少し離れた位置に立っている家の中から、すっと煙のようなものが出てきた。

 そして、それは見る間に人の形に変化する。

「……やっぱり出たか」

「やっぱり出てきたらいけないかね?」

「いけなくはないけど、何か怪しいよ」

 しかし、高津の言葉を気にも留めず、煙は心配そうな声で尋ねた。

「あんたらはどうしてここにいるのかね?」

「わからないんだ。気がついたら変な森にいて、そこの白い穴に落ちたらここに立ってたんだ」

「それは不思議な話だな。昔話にそういうのがあるが」

 人の形をした煙は首をかしげた。

「……それぞれの球をおびし者達は、暗き森にて彷徨いこの世に現る。伝説の白き剣は、闇が二つに割れしときのみ、闇と融合して灰になり、そしてそのとき彼らは再び還る」

「……はあ」

「もちろん昔話だよ。だが、あんたらは変わっている。ここらじゃ見かけないタイプだね」

「……はあ」

 俺はどこか打ち所が悪くて、きっと夢でも見ているんだ……と高津は思おうとした。

「まあ、立ち話も何だから家に入らないか? ばあさんの手料理は大勢で食べた方がうまいんだ」

 他に選択肢もなかったので、三人は親切な煙の家の中に入った。

「まあまあ、お客さんとは珍しいわ。すぐにお食事を用意しましょうね」

 ばあさんというには煙そのものだったが、とにかく彼らはテーブルについた。

「またいただけるなんて思ってもみなかったわ!」

 萌が目を輝かして、目の前に並べられたミートパイやフルーツサラダを見た。

「おいしい……」

 一口食べたが本当に美味い。彼らはしばらくの間、黙々と食べ続けた。

「……で、あんたらはどこへ行こうと思っているんだね?」

 一息ついた頃、ばあさんが萌に尋ねた。

「ノイミ・ツンチに会うつもりだったんだけど、どうしてかこんな所に来ちゃって」

 言った途端に萌は疲れた顔をした。慌ててじいさんが慰める。

「大丈夫だ、来たものなら必ず戻れる。どれ、地図をもってきてやるから少し待っていろ」

 しかし想像通り、彼の持ってきた地図は範囲が狭すぎて使い物にならない。

「……すまんな、わしではどうやら力になれんようだ。だが、この先を北へ進んだところに大きな町があり、そこには何でも知っている優秀な占い師が住んでいるとのことだ。彼に今の状況を尋ねてみるといいだろう」

 高津は眉間を指で押さえた。

「よければこの地図を持っていくといい」

 いらないと言っても渡されるのだろう。

「……ああ、頭が痛い」

 煙はほっほと笑った。

「そうだ、ばあさん、あの薬、まだあったかね?」

 彼女は頷いて立ち上がり、戸棚から巾着を出した。中には乾いた木の葉のようなものが入っている。

「薬草を持って行きなさい。これはどんな怪我でもたちどころに効くから」

 ばあさんはさっきのミートパイの残りをタッパにつめたものも一緒に高津に差し出した。

「動けなくなったら、これを食べれば回復するよ」

 じいさんが煙の割には重々しく頷いた。

「気をつけてな。それから、魔物には充分注意するんだ。相手の方が強いと思ったら、すぐに逃げた方が体力を消耗しなくて済む。ただ、必ずしもうまく逃げられるとは限らんから、一番運の良い人間を先頭にするのも手段ではある。だが、逃げてばかりだといつまで経っても強くなれないし、お金も入らない」

「あ、そういえば、あのお金……って」

 せっかく後生大事に担いでいた高津をあざ笑うかのように、点棒はどこにもない。

「ああ、魔物を倒すと魔物の身体のあった処に宝石が現れる。それを集めて道具屋で売れば、金に換えてくれるよ」

「おじいさん、そんなわかりきったことを言ってないで、早くお見送りをしましょう。この方たちも早く旅に出たいだろうし」

「え、いや、その……」

 今度はまるで追い出されるように家から出された三人は、仕方なしに北へと向かった。

 煙の言っていた占い師というのがエキセントリックなカンガルーであることは想像に難くない。

(だけど……)

 とにかく前に進むしかない。かつて彼らはそうやって勝利を勝ち取ったのだ。

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