scenario#6 1
あれから城に戻った彼らは、玉座にいた化け物を倒して水晶の石を砕いた。
「この状態で石を使えと言っていたな」
言いながらみどりんが緑の石を触手を伸ばして上に掲げると、一瞬のうちに場内にいた兵隊たちは我に返る。
地下にいた真の王も無事救出され、彼ら四人は英雄扱いでその日一日お祭り騒ぎが繰り広げられた。
その翌日。
「何とお礼を言っていいかわからないくらい、感謝している」
トカゲの顔をした綺麗どころの踊りを見ながらごちそうを食べていると、サボテン王がやってきた。
「そこでだ、勇者諸君に耳寄りの情報を教えよう」
反射的に高津は身構える。
「この先に見える北の山で、賢者三人衆の一人、ノイミ・ツンチ・トチミが修行しているという。彼は君たちが持つ伝説の石についての第一人者で、それが四つそろえば何かの鍵ができると言っていたそうだ」
「……はあ」
「そうか、もう行くというのか。本当はいつまでもこの城でゆっくりしていて欲しいのだが、君たちには使命がある。止めるわけにも行くまい」
「またですか、せわしない」
高津は目の前のステーキをナイフで切って口に入れた。今度はいつ食べられるかわからないので真剣である。
「ねえ、圭ちゃん。なんだか食べても食べてもお腹が膨れないんだけど、これって胃が大きくなったのかな」
「俺もそうだ。前の夢とは正反対だ」
「あのときは寝てる間の出来事だったから、そんなにお腹はすかなかったんだろうけど」
ふと高津の皿の上に影ができたので横を向くと、いつの間にか宝箱を抱えた兵士とともにサボテン王が立っていた。
「さあ、君たちにこれらを与えよう。この城の秘宝だが、魔物を倒すためならば先祖も何も言うまい。いや、むしろ喜んでくれることだろう」
萌が興味深そうにテーブルの上に取り出されるお宝を見つめる。
そこには虹色に輝く剣と、明けの明星を模したメイス、夕焼け色の指輪、そして緑のたすきがあった。
「それと少ないが金も用意した。持てるだけ持っていくがいい」
一万点の点棒が、サンタクロースが持つような袋にどっさりと入っている。
(……俺が持つんだろうな、やっぱり)
金はあるに越したことはないが、こうかさばると少し考えてしまう。やはり銀行を考え出した先人は偉大だったのだ。
「皆の者、お見送りだっ!」
慌てて高津たちはもらった武器を装備し、追い立てられるように城を後にした。
「……ほんと、落ち着かないったらありゃしないわ」
「全くだ、俺たちの安住の地はどこにあるんだろう」
ゆっくり休みたいなと呟いた高津の気分は、前からやってきた赤い塊のせいでさらに滅入る。
「……萌、お客さんだよ」
頷いて彼女は虹色の剣を抜き放つ。すると辺りに虹色の光がきらきらと落ちた。
そしてその中を一つ目をした紫色の雲が三つ飛んでくる。
しかし、それが到着する前に萌は地を蹴って剣を振るった。雲は一度に二体が塵となって消える。
だが、残っていた雲が突然膨れてガスを吐き出すと、ひどい眠気が襲ってきた。
(しま……った)
瞼が重い。でも身体は動かずに……
「!」
突然身体が軽くなる。
緑のお化けが息を吸い込むようにして雲を食ったのだ。
みどりんはぺっと石を吐き出した。
「見たこともない敵に当たるのに、考えなしで突っ込んでいくのは考え物だぜ?」
「うるさいわね、ピンクの雲の時はこれでいけたんだから」
「色が違えば違う技を使う。そんなこともわかってなくて、よく今までやってこれたな?」
萌が反論を口にしようとしたとき、夕貴が驚いたような顔をしてみどりんの側に寄った。
〈怪我してるときは言ってね?〉
みどりんの触手を手に取り、夕貴は治療を始める。
高津はあっけに取られてその光景を見つめた。
(夕貴もただ者じゃないな)
頭では仲間だとわかっていても、そのグロテスクな容姿は目を背けざるを得ない。
ステーキを食べている時も、実は高津は彼から目を逸らしていた。
「うーん、夕貴は優しいな」
みどりんもうっとりとした声を出した。
「誰かさんとは大違い。リソカリトでなければ頭から食べてしまいたいぐらい可愛い……うわっ!」
ばしっと言う音とともに、みどりんの横にあった草が黒こげになった。
「あ、危ないじゃないか、何を考えてる?!」
手のひらから光線を発した萌にみどりんが非難の声を浴びせる。
「何言ってんのよ、夕貴にちょっとでも手を出したらただじゃ置かないからねっ!」
「食べる訳ないだろ? 冗談もわからないのか?」
「信用できない。あんたの場合、前科があるから」
「あれは操られていたんだから……」
みどりんが身体中の突起から一斉に肉色の触手を出して抗議の意を表すと、萌は虹色の剣の柄を握った。
「おやめっ、気味の悪い! あんたを信じられないのはそればかりじゃないわよ。この間も汚い手を使って地球の人を全員餌にしようとしたじゃない!」
「それは俺じゃない。それに仮にそれが俺だとしても、非難されるいわれはない。お前だって食べ物を捕まえるときは頭を使うだろ?」
萌は肩をすくめた。
「あたしは食べ物のしもべになるようなお馬鹿さんじゃないし」
「ふん、口の減らない奴」
「どっちが」
高津と夕貴はどちらからともなく顔を見合わせて頷いた。
「……みどりん、萌、先は長いから歩きながら喋ってくれよ」
「ちょっと圭ちゃん、あたしより先にこんな奴の名前を呼ばないで!」
「圭介はお前と違ってものの道理がわかってるんだ」
「……なんですって」
何か、萌のイメージががらがらと崩れて行くのがわかる。もちろんそれで嫌いになる訳ではないが、それにしても落差は大きい。
確かに以前から内弁慶のきらいはあった。知らない人の前に出ると、途端に口数が少なくなる。
あの夢の中であれだけ一緒にいたから彼女は高津と普通に話をするが、そうでなければ高津がどんなに努力しようと、きっと今でも彼らは赤の他人だ。
(……あれ?)
思えば萌はこの世界の住民たちにそれほど気を遣っていただろうか。
(全くしてない)
彼らの容姿が人間離れしているため、人見知りする必要がないのかそれとも……
(リソカリトになって、力を得たから性格も変わっちゃったとか)
それとも本来の萌自身の性質が、自信をつけることによって表層に現れてきたというべきか。
(俺はどうなんだろ)
やっぱり変わったのだろうか。
確かに自分に対する自信は相当養われたと思う。夢の中であれ、好きな子を最後まで守り通せたという事実は何物にも代え難い。
しかしそれとは逆に、この世界に入ってからは自分がひどく矮小な人格しか持っていないような気がするのだ。
それはあの緑のお化け事件の時には考えもしなかったことだった。
(俺の力なんてたかがしれてる)
萌や従者のみどりんまでがいとも簡単に敵を倒すのに、彼はほとんど戦力になっていない。
(……それだけじゃない)
この世界に対する考え方も、萌や夕貴のように前向きではいられない自分が嫌だ。
そしてそれを萌に気づかれないようにするのも至難の業だった。
とにかく物事に対して後ろ向きの男がモテる訳がない。
彼のライバルと比較した時も、そこだけは少し高津が勝っていると思いたかった。
(別に村山さんが暗いって訳じゃないけど)
あれだけ周到に計画を立てるあの男が、悲観論者でないはずがない。
(……それとも、萌が明るすぎるのかな?)
村山や暁のいないこの世界で、高津は萌と夕貴の凄まじいまでの楽観論的発想を目の当たりにしてきた。
だから余計にそう思うのか。
「圭ちゃん、見て、あんなとこに洞窟がある」
高津が顔を上げると、十メートルほど上に上がったところに大きな穴が見えた。
(どうやらこの洞窟の奥に、三人目のノイミ・ツンチがいるに違いない)
これは今までの展開から読めそうなことだった。
「行こう」
近づくとそれは二メートル四方もある大きな洞窟であり、内部もどうやらかなり入り組んでいるらしい事が見て取れた。
(……どうしようか)
場所がわかったのなら、昨日ここに来るまでに通った村で一泊し、それからもう一度ここに来た方がいいか。
しかし、みどりんの参入でさほどダメージなくここまで来ていることもあり……
「どうしたの、圭ちゃん?」
「萌は体力大丈夫?」
「平気。あたしスタミナだけは一杯あるから」
高津は頷く。
「魔物が多そうな洞窟だから気をつけて」
萌を先頭に彼らは洞窟に足を踏み入れた。灯りはなかったが、みどりんが蛍光色にぼおっと光るので視界は悪くない。
「!」
高津の思った通り、魔物は洞窟内にうじゃうじゃいた。幸い小物ばかりではあるが、角を曲がるたびに戦わねばならないといった状態は精神的に参る。
途中わき水を飲んでリフレッシュし、なおも奥に進んだ高津たちは、やがて周りの岩が錆び色に染まる地点までやってきた。
(……ん?)
何かが洞窟の突き当たりに座っているのが見える。
しかしそこに行くまでの間に黒っぽい帯のようなものがあり、高津の感性はそれに警鐘を鳴らした。
「ちょっと待って、萌」
歩きかけていた萌は帯の側で立ち止まった。
「何? これって危険?」
「危険はないけど、不快な感じはある」
「でも、これを抜けないとあっちには行けそうにないよ?」
四人は相談し、もう一度洞窟内を探検した。
宝箱を三個見つけたことはラッキーだったが、黒い帯を迂回する手だては見つからなかった。
「……俺がこの中に入ってみるよ。萌たちはそこで待ってて」
「でも……」
言いかけた萌を手で制し、何かを言われる前に自ら足を踏み出す。が、
「うわっ!」
途端に何か下の方に身体が落ちていった。
「圭ちゃん!」
「来るなっ!」
叫んでは見たが、萌と夕貴、そしてみどりんも彼を追って入ってきたらしい。
「うわっ!」
意識が遠くなっていく。それと同時に萌たちが側にいるのかどうかも判別がつかなくなった。