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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
23/42

scenario#5 3

 頭の重い高津とは対照的に、他の二人は今日もまた使命感に燃えて明るく道を進んでいる。

 心なしか、バックに音楽のようなものすら流れているような気がする。

「……ん?」

 いや、本当にそれは鳴っていた。彼らが通るたびに周りの木々が揺れ、その葉連れの音が楽を奏でているのだ。

「何か聴いたことがある曲だ」

 高津の言葉に萌が頷く。

「ほら、あれ、ディズニーのファンタジアじゃない? ミッキーマウスが魔法使いの弟子になって、ホウキに魔法をかけるやつ」

「何でそんなものがこの場面で鳴るんだろ」

 萌は少し考え込む。

「何かの警告かな?」

 考えてもわからないので、彼らはそのまま先へと進む。

 そして何匹かの魔物を倒した後、彼らはようやく緑の塔へと到着した。

「なんだかやだな。緑って」

 萌が本当に嫌そうな顔で呟く。もちろん高津も同感だ。それは彼らの共通の夢に現れた化け物の色だった。

「夕貴、だっこしようか?」

 一段が三十センチ近くある階段で高津が言うと、夕貴は力強く首を横に振った。

 意外にも、夕貴は結構負けず嫌いだ。

 暁がいれば本当に大丈夫なのか、それとも虚勢を張っているのかを判別してくれるが、高津と萌だとついその辺りの管理がおろそかになってしまうのが気になるところだ。

「!」

 上の階に上がった時だった。高津は三方から赤い何かが近づいて来るのに気がついた。

「萌、囲まれたようだ、どうする?」

「後ろは空いてる?」

「敵はいない。でも……」

 だが背後は急な階段である。夕貴を連れて敵に背を見せるのは自殺行為だ。

 萌もそう思ったのか、鞘から剣を抜いた。

「夕貴、お前は階段をちょっとだけ下がって待ってろ」

 高津も萌の隣に立ち、メイスを持ち直す。彼は小学校のときに剣道を習っていたことがあるので、メイスなのに正眼の構えだ。

「来たっ!」

 ひゅうという風とともに何かが飛んできた。高津はそれを避けながら右に棒を振る。

 ぐんという感覚が腕に伝わったが、それと同時に左肩に何かがかする。

「うっ!」

 敵から離れてから、痛みは強烈になった。見ると竹串が彼の肩に突き刺さり、まるで生き物のようにくねりながら彼の身体に入り込もうとしている。

 しかし抜いている暇などなかった。敵はさらにイガ栗のような頭から吹き矢のように竹串を飛ばした。

「ええいっ!」

 一か八かで魔物の下に入ると、思った通りそこには吹き矢は飛んでこない。

 小学校では禁じ手であったが、こっそり練習した突きを、高津は相手にぶちこんだ。

 会心の一撃、敵は四散して黒ずんだ石がからりと落ちる。

「圭ちゃんっ!」

 すでに二匹始末したらしい萌が駆け寄ってきた。よほど蒼白な顔をしていたのだろう。

 彼はほとんど彼の肩にのめりこんでいた竹串を引き抜いた。途端に血がそこから噴き出す。

 〈乱暴しちゃ、だめ!〉

 しゃがみ込んだ彼の肩に夕貴が走り寄って手を当てた。

 痛みはものの一分ほどですっと薄らぎ、やがて肩も軽くなる。

「待ちなさいっ!」

 逃げようとする竹串を、萌が剣で地面に縫いつけた。するとそれもまた親指大の茶色い石に変わる。

「ありがとう、もう大丈夫だ」

 高津は夕貴に礼を言って立ち上がる。が、再び前方から極めつけに赤い気配を感じて総毛立った。

「萌っ! 気をつけろっ! ボスキャラ級の思念だっ!」

 だが、その言葉を受けて彼の視線の先を見つめた萌は、姿を現した化け物の姿に絹をつんざくような悲鳴を上げた。

 高津も恐怖に足をすくませる。

「み、緑のお化け……」

 ぶよぶよしたゼリー状の身体。円盤のような形。それは紛うことなき彼らの宿敵だった。

「遂にでたな、お前がこのゲームを仕組んだんだろっ?」

 そいつは前に見た奴よりはずっと小さい。直径は五十センチ程度であり、高さも萌の膝より低かった。

 そして奇妙な事に、水晶のように透明な石のついたペンダントを頭の部分にかけている。

 だがその特徴である緑の色彩と無数のイボは同じであり、見ただけで吐き気を催すような不気味さは小型になっても変わらない。

「お化けだとっ!」

 だが、怪物は以前と違って言葉を発した。

「餌のくせに生意気なっ! ええい、三人まとめて食ってやる!」

 緑のお化けは身体中にあるイボから、一斉に肉色の触手を吐き出した。

 それらはさながらイソギンチャクのように空気に揺れ、そして三人を捉えようとするように先端をこちらに向けた。

「えいっ!」

 近寄りたくなかったのか、萌が遠くから剣を投げつける。しかしそれはぶよぶよの肉に一旦刺さりはしたが、やがて弾力をもった身体に弾かれてぽとりと下に落ちる。

「間違いない……」

 萌の顔に怒りがみなぎる。

「一体、何度あたしたちを苦しめたら気が済むの? 覚悟しなさいっ! リソカリトの力をみせてあげるわっ!」

 と、ぎょっとしたように緑の化け物はその触手を止めた。

「り、リソカリト?」

「そうよ、あたしはお前を焼き尽くして原子に戻すためにこの力を授かったのっ!」

 正確には原子でなくて分子ぐらいが正しい表現だと高津は思ったが、所詮決め台詞なんてそんなものだ。

「ち、ちょっと、ちょっと待てっ!」

 萌は一度その両手を胸前で組み、それからおもむろに前に突きだした。

 閃光が煌めき、光の矢が化け物に向かって飛んでいく。だが間一髪、異星人は右に転がったので、光線は当たらなかった。

 頭についていたペンダントの鎖は熱のために溶け、石がぱんという音を起てて砕ける。

「うわああっっ!」

 怪物は叫び、少し長めの五本の触手で、さっきまで石がついていた場所を押さえた。

「逃がすかっ!」

 またもや萌は光線を繰り出す。

「や、やめろっ、助けてくれっ!」

「やだっ!」

 緑のお化けはぴょんぴょん跳び上がって光の矢を避け、そして悲痛な叫び声を上げた。

「ま、待てっ! 話を聞いてくれ!」

「いやよ、お前の話なんて聞きたくないっ!」

 慌てて高津は萌を止めに入った。

「やめろ、萌っ!」

 この光線技を二発撃ったということだけでも初めての経験なのに、威力は落ちたといえ連続技で数発も繰り返せば萌がどうなるかわからない。

「離してよ、圭ちゃん!」

 羽交い締めにして止めると、ようやく萌はキャパオーバーだったことに気づいたのか、がっくりと床に膝を突いた。

 しかし、顔を上げると、萌と同じくらい肩で息するお化けがぶるぶる震えながらこちらを見ている。

 高津はびっくりまなこの夕貴と顔を見合わせた。

 何か妙だという気はする。

「……あの、萌」

「や、やだ」

「……気持はわかるけど、話くらいは聞いてやってもいいんじゃないかな」

「やだ」

 高津がそう言ったのには理由がある。あの水晶のペンダントが外れた瞬間に、緑のお化けは赤くなくなった。いや、むしろ青い……

「いやっほー!」

 得たりとばかりに怪物は喜びの叫びを放つ。

「あ、ありがとう、話のわかる少年だ、君はっ!」

「うわっ!」

 緑のお化けがぴょんと跳ねて、彼に触手を巻き付けようとしたので、鳥肌の立った高津は慌ててメイスでそれを払う。

 瞬間、彼と緑のお化けの間に、眩しい光が横切った。

「わあっ!」

「ほら! 油断も隙もないんだから!」

 萌が厳しい目で化け物を睨み、手のひらを再び攻撃の構えに持って行こうとしたとき、

「待つのだ、勇者たちよ……」

 いきなり頭上から声がした。

「なんだ?」

 ぼおっという光に包まれながら、何かが天井からゆっくりと降りてくるのが見える。

 そして呆然をそれを眺めていた彼らの前でそれは実体化し、トカゲのように精悍な顔を持つすらりとした体躯の男に変化した。

「私の名はノイミ・ツンチ・ミニ。この塔に囚われていた賢者三人衆の一人だ」

(……自分で自分を賢者って言うなよ)

 しかし、この世界には謙譲の美徳というものがそもそもありえないかもしれないと高津は思い直し、黙ってその声に耳を傾ける。

「遥か昔、闇の世界から何かが飛来したと聞き、私はこの地にやってきた。だが闇の力によって自我を失った城の兵たちによって捕らわれてしまったのだ。もちろん彼らを傷つければ逃げることも可能だったが、操られているとわかっていて、どうして彼らを傷つけられようか」

 ノイミ・ツンチは手に持った杖を床にあて、それに体重をかけた。

「彼らは狡猾だった。あろうことか、この白の世界で最も気高く、そして誠実な勇者を呪いによって操り、私の見張りに置いたのだ」

 その、最も気高く誠実な勇者と言われた緑の化け物はしゅんとし、頭を垂れるような感じでぺたっと床に張り付いた。

「申し訳ございません、ノイミ・ツンチよ! 本意でないとはいえ、貴方をこのような目に遭わせてしまった罪は消えません。どうか私に自害の許可をお与え下さい」

 しかし残念ながらノイミ・ツンチは首を振る。

「お前には死よりも辛く、困難な試練を与えよう。そしてそれを乗り越えれば罪は自ずと清められ、お前も新たな人生を歩むことができる。……そう、お前は今からこの三人の供をして、闇と戦うのだ」

「わ、私が闇と?」

「そうだ、できるか?」

「もちろんですとも、この世界の役に立てるなら……」

 高津の腕を払い、萌が立ち上がる。

「勝手な事を言わないでっ! だれがこんな化け物と一緒に旅なんかするもんですかっ!」

「何をっ!」

 化け物は切れた。

「黙って聞いてれば酷い言い方だ。俺だってお前なんかとは行きたくない。でも、そうするしかないから従ってるんだろ?」

「……行きたくないんならここで自害しなさいよ。介錯ぐらいはしてあげるわ」

 化け物は溜息を右前方に吐き出した。

「まったく、こんな馬鹿なユーザーに使役される予定の俺って不幸だ」

「なんですって!」

 萌が激高して両手を前に突き出そうとすると、ノイミ・ツンチが慌ててその間に割って入った。

「これは運命なのだ。仲間割れは闇に味方するだけ。とにかく仲良くな?」

 彼は緑のお化けの方を向いた。

「これがどれだけ辛い試練であるかはお前が一番わかるだろう。しかし、罪を清めるためと思って、日々精進するがよい」

「はい」

 ノイミ・ツンチは再びこちらを向いた。

「……という訳なので、彼に名前をつけなさい。そうすれば彼は君たちの忠実なしもべとして、最後まで従い続けるだろう」

「嫌よ、化け物に名前なんてちゃんちゃらおかしいわっ!」

「そうは言っても、名前が決まらねば初期ステータスも決まらない」

 賢者はそこで初めて夕貴を見つめた。

「どうだ、そこの子供よ。何か名前を思いつかないか?」

 夕貴はしばらく考えこんでいたが、ゆっくりと頷く。

 〈みどりん〉

「よし、決定じゃ。お前の名はみどりん。勇者のしもべに相応しい名である」

 ノイミ・ツンチ・ミニは三人の気が変わってはならないと思ってか、すっくと立ち上がって宣言し、緑のお化けの側まで寄った。

「みどりん、お前には私からこの若葉色の石を授けよう」

 彼は首にかかったペンダントを外した。

「これはお前の身を守ると共に、城の兵士たちをも治癒する。しかしそれを使うのは、城の奥に潜む魔物を倒し、奴が持つ無色の宝石を粉砕した後だ。わかるな?」

「ははっ」

 殊勝げに身体を前に倒して頭にペンダントをかけてもらう化け物と、それを吐きそうな顔で見やる萌を交互に見て、高津の頭痛はピークに達した。

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