scenario#5 2
高津は慌てて夕貴の側に走り寄り、彼女を揺すった。
「夕貴、起きろっ!」
眠い目をこすりながら、夕貴が身を起こしたそのときだった。ばたんと大きな音を起てて扉が開く。
「反逆者の三名だな、上意により逮捕するっ!」
「は?」
小首をかしげた萌を慌てて引き寄せ、高津は持っていたメイスを振った。
「刃向かうかっ!」
怒鳴る兵隊に武器を突きつけて外に追い出し、彼は扉を閉めた。そして中から鍵をかける。
「こら、開けろっ、無駄な抵抗はよせ!」
「け、圭ちゃん……」
目を見開いた萌に、高津は口に指を当てながらさっき見つけた出っ張りを引き、現れた階段を指し示す。
「すごーい!」
感嘆しながら萌は頷き、夕貴の手を握ってその階段を降り始めた。
高津はすぐその後に続き、階段を降りたところにあったレバーを同じように引く。
すると床は再び元のように階段を隠すように静かに閉まった。先へ続く細い通路は一瞬真っ暗になったが、すぐに周りの壁から出る薄明るい光が彼らを包む。
「まったく……」
そんな予感はしていた。展開が見え見えなのだ。多分この次は……
「萌っ! 伏せろっ!」
右上から来る強い悪意の放射に叫ぶと、萌と夕貴が頭を低くする。
そのすぐ上を大きな鎌が一閃した。
二人はすぐに起きあがり、夕貴は高津の方に走って彼の後ろにつく。
「ほんとに礼儀知らずが多いわね」
萌が金色の剣を振りかざすと、大型のコウモリヤモリは魅入られたようにじっと立ち止まる。その隙を逃さずに彼女は魔物の懐に飛び込んだ。
「ギヤッ!」
ざくりという小気味よい音がして化け物は消え、いつものように小さな石がひとつ落ちる。
「このタイプって、身体が大きいのに石はしょぼーい」
言いながら巾着を開ける萌を、高津は少し顔をしかめて見つめる。
何かが違う、そんな気がした。
かつて高津が知っていた萌はこんな萌だったろうか。
そうだと思えばそうだし、そうでないと思えばそうでもあるし……
〈お兄ちゃん〉
夕貴が彼の服の裾を引っ張った。
〈あれ、何?〉
彼女が指さした先には、わずかな光が揺れている。
「多分、この城の本当の王様が地下に幽閉されているんだと思う」
〈ゆーへーって何?〉
「閉じこめられるってこと」
〈王様が閉じこめられてるの?〉
「……そうだな、ひょっとしたらこの城のみんなが誰かに操られている事を知って、こっそり避難してきた人の隠れ家かもしれない。でも俺は王様がいる方に百円」
〈どっちがほんと?〉
「行って、聞いてみようか」
三人が近づくと、光の側にいる人影も鮮明になった。
なんとなく花の咲いていないシャコバサボテン様の生物が、彼らの足音に気づいてあっという驚きの声を上げた。
こっちを向くと、茎に見えていたのが髪で、顔は下の方にあるのだとわかる。
「ついにわしの居場所を発見したか。くそ、どうにでもするがいい。だが、この世に光のある限り、いつか呪いは解け、平和が訪れることをわしは信じる」
「貴方、誰?」
サボテンはじっと萌を見つめた。
「わしを知らんのか?」
「残念ながら」
彼は値踏みするように三人を眺め渡した。
「そう言えばお前さんたちには実体がある。あの呪われた者たちのような印象の薄さもない」
「呪われた? あの兵隊さんたちが?」
「そう、彼らは本当の彼らではない。呪われ、操られたあの者たちはその実体を盗まれ、永遠に自分の意志なしに生きていくのだ。それの証拠にお前さんたち、彼らの顔や姿を思い出せるか?」
言われてみれば思い出せない。
「で、貴方は誰なの?」
萌がしびれを切らしたように尋ねた。
「まさかここの王様なんて言わないでしょうね」
「そうとも、わしはここの王だ。わしは魔物が城の者達に呪いをかけて操った時、唯一奴の術中にはまらなかった人間である。そして、いつか彼らを解放に導く勇者が現れる日まで、ここに隠れて彼らの動向をさぐっておったのじゃ」
萌と夕貴は顔を見合わせ、大袈裟に驚いた。
「圭ちゃんの予知能力、すごーい」
「これは予知なんかじゃないよ」
溜息をついた高津の前に、突然王様がサボテンの枝みたいな腕を突き出した。
「いや、君にはそういう能力がある」
「は?」
「それは忍耐と感性を司る石。わしが知っている限りでは、遠い遠い昔からその瑠璃色の石は優れた予言者にのみ所有が許された」
「ノイミ・ツンチさんが造ったって言ってたから最近じゃないの?」
矛盾には気づかなかったのか、サボテンは高津を無視して話し続けた。
「その石の持ち主は災厄を予言し、それを防ぐ術を知る。そして自然と一体化してその気配を消すことができる」
「すごーい、すごーい!」
頭痛がする。萌の声すら痛みを増幅するかのようだ。
「君たちなら、この城を救うことができるだろう。ああ、ここで待っていた甲斐があった」
「どうやったら皆を元に戻せるの?」
「それはわからない。ただ、この城の北東にある緑の塔に囚われている賢者が唯一それを知ると聞いている。どうか彼を救いだし、我らを助けてくれないか?」
「どうする、圭ちゃん?」
「どうか彼をを救いだし、我らを助けてくれないか?」
「どうするってもちろん」
「どうか彼をを救いだし、我らを助けてくれないか?」
「…………」
仕方なしに彼らは緑の塔へと向かった。




