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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
21/42

scenario#5 1

 高津の不安は増大していた。

 確かに岩石王から紹介状ももらっている。また、青の洞窟でたくさん魔物を倒したお陰で、思い切って武器や防御スプレーも張り込めたので準備も万端だ。

 しかし、何となくこの城は妙な感じがする。

「そうかな、あたしには普通のお城に見えるけど」

 首席大臣とやらにまず面会し、岩石王の紹介状をここの王に届けてもらうように頼んだが、大臣が少しお待ちをと言って下がったきり、彼らはその部屋で一時間近くも待たされていた。

「なんだか、ここの兵隊は青くないんだ」

「え、じゃあ赤い?」

「それだったら最初から入らないよ」

 普通、敵意あるものは赤く感じ、そうでない者は青く感じる。しかしこの城の者たちはどちらの色も感じられない。

「……逃げた方がいいかもしれない」

 しかしテーブルにあった果物をつまんでいた萌が消極的に反対した。

「でも、別に何も起こってないし、ここで逃げ出しちゃったら、岩の王様の顔に泥を塗っちゃうことになるかも」

 萌は少し首を傾ける。 

「でも、岩の王様の顔に泥を塗っても、ちゃんと塗れたかどうかはわかんないけど……」

 高津は思案した。

 ここは念のためにも逃げ道は確保しておいた方がいいような気がする。

〈お兄ちゃん、このふわふわブドウ、おいしいよ〉

「ありがと、後でもらうよ」

 彼はもしもの時のためにと一応部屋の中をうろうろと歩き回り、何か目につくものはないかと探し回った。

(ん?)

 と、部屋の隅に妙なでっぱりを彼は発見した。そっと前に引くと、出っ張りの横の床が音もなく開き、降りる階段が現れる。

 でっぱりを後ろに倒すと、再び階段は元の床に覆われて見えなくなった。

(これはすごい発見だ!)

 高津は嬉しくなって他の二人にそれを告げようとした。

 だが、そんな彼の姿を他所に、萌はぼおっと窓の外を眺めながら紅茶を飲んでいるし、いつの間にか夕貴はソファに移動して昼寝をしていた。

 しかも萌は微かに鼻歌なんかを歌っている。

(……ちぇ、馬鹿馬鹿しい)

 高津はむっとした。

 別に誰が悪いわけではないが、萌の口ずさむ歌が気に入らなかったのだ。

 それは以前村山の家に行ったときに部屋に置かれていたアルバムの中の一曲であり、それが萌自身の趣味でないことは充分予想できる。

「……無駄だと思うよ」

 思わず言葉に出してから、しまったと思う。

 萌がびくりと怯えた目でこちらを見たからだ。

「あ、いや、そうそう、この城の話でさ」

 慌てて言い添えたが、萌は騙されなかった。

「……あたしも、わかってるんだけど」

「いや、その……」

 これは、高津が一番避けたい展開だった。

「ええっと」

 何を言おうかと思い悩んだが、しばらくしたら萌が先に口を開いた。

「村山さんの欠点って何だと思う?」

「え?」

「この前ね、嫌なところを毎日数えていれば、好きな人でも嫌いになるって百合子が言ってたの」

 百合子は萌の中学校からの友人だ。

「……欠点ね」

 高津は肩をすくめる。

「そりゃ、鈍いとこだろ」

「鈍い? どうして?」

「萌の気持に気づかないってことだけで充分鈍い」

 萌は少し哀しそうな顔をした。高津は思わずどきりとする。

「それはあたしが眼中にないからよ。大体、村山さんみたいに賢い人が鈍いわけないじゃない」

「こういう事って知識よりも経験が大事だから、萌がどうのって言うより、本当に気づいてないだけなんだと思う」

 自らの立場を忘れ、思わず真実を告げてしまう。

 案の定、萌は不審気な顔でこちらを見た。だが、さすがにそれ以上何も言わないのは高津に対する思いやりなのだろう。

「……いや、男同士でそういう話はたまにするだろ、そのときに言ってたんだ、俺はまだモテ期を体験してないって」

「まさか」

 萌をきっぱり諦めさせるべきなのに、どうして自分は彼女を応援するような事を話しているのだろう。

 もちろん高津はわかっていた。

 萌の哀しそうな顔をを見るのが辛いのだ。

「多分モテてるの、あの人は気づいてないだけだとは思うけど」

「基準が違うのかも。一日に十人以上から告られてやっとモテ期とか」

 高津も当初はそんな風に考えた。

 村山ほどの容姿と人当たりの良さがあれば、さぞかしそっちの方は経験豊富だろうと思い、色々指南してもらうために話を聴きだそうとしたのだ。

「……でも実際には可哀想なぐらい、貧しい経験しかしてなくてさ」

 問うような眼差しを向けつつ、それでも口に出さない萌がいじらしい。

「……中学、高校と男子校だし」

「下校時に他校の女の子が待ち伏せしてたりとか、手紙もらったりとかは?」

 こんなことをべらべら喋って良い訳はなかったが、落ち込む萌を励ますためなら仕方ないと高津は思った。

(そうだ、全部村山さんが悪い)

 責任の一端があの男にあるのは間違いないことだ……

「会話もしたことがないような相手を好きだと言える人間の気が知れないって言ってたから、まったくなかった訳ではないと思う」

「やっぱ、あるんだ」

「あるけど何にも発展しなかったってことがその一言でわかるだろ?」

 それは村山の情緒の方に問題があると高津が言うと、彼はガキみたいに膨れっ面をした。

 初恋はと聞くと、片思いのまま終わったと答えたので、学校の先生かと問うと珍しく顔を赤らめたので図星とわかった。

(精神年齢、低っ)

 あまりにもったいないと思う。

 宝の持ち腐れとはこのことだ。

 能動的にいけば、一ヶ月で百人切りも夢ではないだろうに……

「でも、どうせずっと詩織さんが好きだったって落ちでしょ?」

「初恋は高校の英語の先生」

「……詩織さんじゃないの? ほんとに?」

「そうみたい。授業で使ったビートルズのCD、全部揃えて暗記したって」

 さっき萌が口ずさんでいたのもそうだ。

 ……で、どうなったのか、という眼差しに首を振る。

「テストでいい点を取って、目立とうって考える時点で終わってるだろ」

「村山さんたら、可愛い!」

 男から見ればただの腑抜けである。

 だがそう言ったら、本物の「腑抜け」にしてやろうかと、彼は高津の腹の辺りをじっと見た……

「それで、大学三年からは今度こそ詩織さん一筋になるのよね」

「大学一年だろ?」

「だって詩織さん、付き合った時期を聞いたらそう言ってたよ?」

「村山さんは高校卒業前後ぐらいって言ってたけどな」

 二人は一瞬顔を見合わせた。

「まあ、よくある見解の相違みたいなもの……よね?」

 萌の言葉に高津は首をかしげる。

 普通、つきあい始めた時期がカップルの間でずれることなどあるのだろうか?

「いずれにしたって一途だわ」

 一筋とか一応とか、女というのはどうも一のつく言葉が大好きらしい。

 高津にすれば、十四年間も遠恋を続けさせられた相手が気の毒だ。

「あれだけ格好よかったら、彼女がいるって知ってても周りの女の人は放っておかないと思う。それなのに初志を貫き通すなんて凄いわ」

「……そこは、好みの問題もあるかも」

 村山ほどの男に声をかけることができる女性は、きっと自分に自信のあるかなりの美人か可愛い子に違いない。

(そう言えば、大学時代は遊び半分の派手な子ばかりアプローチしてきたとか言ってたな)

 つまりそれは告ってきた女性が彼の趣味でなかっただけのことかもしれない。

「ねえ、村山さんってどんなタイプが好きなの?」

 目をきらきらさせて俺に聞くな……と言う言葉を呑み込む。

「年上の落ち着いた人」

 若くて可愛いのにはまるで関心がない。

「どっちかって言うと、会ってほっとするようなタイプかな」

「詩織さんは一つ下でしょ?」

「そこが難だと村山さんも言ってた。でもさ、そこ以外は難じゃないってのろけかもしれない」

 一応、釘は刺しておく。

「……まあ、詩織さん見てたらわからなくもないな。年下だけど落ち着いてるし、賢そうだし」

 詩織の容姿はまあ十人並で、村山の相手にしては多少見劣りがしないでもない。

 しかし笑顔は魅力的であり、優しい口もとはお嫁さんにするには申し分なく、色白でどことなくふんわりしていて包容力もありそうだった。

「それでこの春めでたくゴールインなんだから、ほんとにハッピーエンドよね」

「……まあ、そうだな」

 そう思えば、ハッピーエンドの四ヶ月後に花嫁を刺殺してしまった彼の悲惨さの一端がわかる気がした。

「……でも十四年前っていうと、あたし、まだ三歳、か」

「確かに萌に手を出したら犯罪だって感じはあるよな」

 心の内で微かに溜息をつく。

 実のところ、ここまでの話を聞き出すのに、高津は非常な努力と時間を費やしている。

 ファーストキスの話などは、高津が自分の経験を話したにも関わらず、余程嫌な思い出があるのか、口を固くつぐんで一言も教えてくれなかった。

 つまり投資したほど回収が進んでいない。それどころか萌に話してしまったことで、負債まで抱えてしまったような気分である。

「……ん?」

 と、何かどかどかという足音が聞こえてくる。

(……やばい)

 理由は定かではないが、嫌な予感がする。

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