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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
19/42

scenario#4 2

(……この展開で、敵がくることはないよ、な?)

 赤い感じはなかったので、ドアを開けてみると、細い蝋燭の明かりの中、部屋の隅にいた痩せて死にそうなカマキリ様の生物がこちらを振り向いた。

「あ、貴方は……」

 死にそうな顔の割には、カマキリは結構なスピードで走り寄ってきた。

「貴方達が私を助けてくれたのですか?」

「ひょっとして、ノイミ・ツンチさん?」

「おお、やはり耐えていればいつかは助けがくると信じていました。ありがとう、本当にありがとう」

 ノイミ・ツンチが縋り付かんばかりに迫ってきたので、高津は数歩後ろに退いた。

 するとカマキリは扉から出てくる。

「ああ、何年ぶりだろう。この忌まわしい牢獄から出るのは」

「確か五年ぶりだと思います」

「だが、私はそれを悔やんではいない。耐えれば予言の通りに勇者たちが来てくれる、それだけを信じて……」

 彼はうるうると複眼から水をこぼした。

 そして急にがばっと顔を上げ、高津の胸を見つめる。

「……貴方、瑠璃色の石は? この段階では三つそろっていないとおかしいんですけど」

「探したんだけど見つからなくて」

 ノイミ・ツンチは疑い深そうな目で彼を見つめた。

「でも、それならどうやって青の魔物を倒したのです? 貴方がたのレベルではまだ彼を倒せるだけの魔力は育っていないはず」

「それが一発で倒せたんだよ。だから彼女、伸びちゃってるだろ?」

「……ま、まさか、すでにスペシャルサイコレイの技を会得しているというのですか? それははっきり言って情けないです。ここはレベル五でクリアできる場面のはず」

 カマキリはじっと高津を睨む。

「これからは小物ばかり倒して経験値を上げる暇があるのなら、さっさと先のシナリオに進みなさい。それは私からの忠告です」

「……圭ちゃん、この人何を言ってるの?」

「余迷い事さ」

 高津は肩をすくめ、ノイミ・ツンチを見た。

「とりあえず、この洞窟を出ましょう。王様も待っていることだし、貴方も早く日の目が見たいでしょう?」

「それはなりません」

「え?」

「私の役目は、ここで瑠璃色の石を見ないと終わらないのです。さあ、早く探してきてください」

 高津は困って後ろの二人を仰ぎ見た。個人的にはこんなカマキリ男など放っておいて、とりあえず宿屋に泊まりたいと思っている。

〈お兄ちゃんと一緒にそれを探してくるから、おじさんはここで萌姉ちゃんと待っててくれる?〉

 だが優しい夕貴がそう言ってしまった。

 それに確かに萌には休息が必要だった。

「そうだな、そうするか」

 高津は頷き、再び不毛な石探しを夕貴と続けることにした。

〈あのね、萌姉ちゃんが言ってた。圭兄ちゃんはすごいって〉

「え?」

 歩きながら夕貴は高津を見上げる。

〈さっきも夕貴たちを庇ってくれた〉

「……ああ、そのことか」

 高津はむすっとした顔で答える。

 バレーボールだったら、それくらいでちょうどだ。

 ここだと思う場所に手を出せば、ボールがそこに落ちてくる。

 だが、戦闘で相手を叩くならともかく、味方を突き飛ばして逃げるには若干時間が足りない。

(……俺、動作が鈍いんだよな)

 別段いつだって、高津は自分が犠牲になろうと飛び込んでいるわけではなかった。自分が頭で思い描くよりもいささか反応が遅く、いつも気づけば背中を切り裂かれたり、緑のお化けに食われてしまったりするのだ。

〈それでね、萌姉ちゃん言ってたの、本当に圭兄ちゃんをそんけーしてるって〉

「……何で?」

〈とっても優しくて、萌姉ちゃんがどんなに酷いことしても許してくれたからって〉

「へえ?」

 あの夢以来、萌が何となく高津のことを誤解しているような気はしていた。

(……酷いことって何だろう? 俺は一体何を許したんだろう?)

 いくら考えてもわからない。だが、向こうがそう思っているのをわざわざ否定することはないと高津は思っている。

 それで彼のポイントが上がるならそれに越したことはないのだ。

「そんな大したこと、やってないんだけどね」

 今までの憂鬱な気分が吹っ飛んだ。

 夕貴はにっこりと笑い、そしてふと天井をじっと見つめる。

「どうした?」

 彼女はしばらくじっとしていたが、やがて大きく頷いた。

〈あのね、お兄ちゃんと話してたの〉

「え、暁は元気なのか? どこにいるんだ?」

〈ぺんぎんさんと一緒にいるって。それで、先生がこれは夢でも遊びでもなくって、本当のことだから絶対に死なないでって伝えてって〉

「村山さんが?」

 高津はしばし考えた。村山がそう言うからには彼は何かを知ってるのかもしれない。

「でも夢でも遊びでもないってことは、当事者が一番わかってることなのに、何を今更?」

 単なる「みんな頑張れ」という励ましのお便りなのかもしれない。

 多分、村山は暁から夕貴がテレパシーで伝えたこっちの世界の話を聞いて、妙なことに巻き込まれたと思って慌てているに違いない。

「……村山さんがこっちに来てくれたらいいのに」

 〈それは駄目。三人だけしか入れないんだって〉

「どうして?」

〈ぺんぎんさんがそう言うから〉

 夕貴はしばらく暁と話をしていたが、やがて諦めたように首を振った。

〈暁お兄ちゃん、何か一杯話をしてくれるんだけど、夕貴全然わかんない。だからもう一回言ってって言ったら、お兄ちゃんもわからないから二回同じ事は言えないって〉

「そっか。でも向こうは俺たちよりももっとわかってないだろうから、わざわざ話を聞くまでもないさ。……おや?」

 ふと壁の模様が気になり、高津は立ち止まった。

「そういえば、この模様って怪しげだ」

 渦巻きと三角形を組み合わせたような図形は、見ようによっては向きを現しているようにも見える。

 彼は直感に従って、模様が指し示していると思われる方向に歩いていった。

「?」

 と、洞窟は行き止まりになっている。

(大抵こういう壁には何か仕掛けがあるんだよな)

 彼は丹念に土を払いながら何か隠されたトラップはないかと探す。

〈圭お兄ちゃん、これっ!〉

 一緒になって探していた夕貴が指さした壁には、さっきの渦巻きから三角形を差っ引いた模様が浮き出ており、何となくボタンに見えなくもない。

 高津はそれに慎重に触れた。

「おっ」

 何かカタンという音がして、岩の一部がぽろりと落ちる。そしてそこには何か青っぽい石があった。

〈出たね、お兄ちゃん〉

 夕貴が大事そうにポケットに入れ、二人は再びノイミ・ツンチ・ニカニの元に戻る。

「ああ、これこそが瑠璃色の石! 感性を意味し、忍耐を司るもの!」

 カマキリは鎌の先で、夕貴の手にあったそれをもぎ取った。

「よく、これを見つけましたね」

〈圭兄ちゃんが見つけたんだよ〉

 ノイミ・ツンチは重々しく頷き、自分がつけていたペンダントのトップを外すと瑠璃色の石に付け替えた。

 そしてそれを高津の首にかける。

「見つけた貴方は石に選ばれた者」

 ノイミ・ツンチはいつの間に手配したのか、手に長い杖を持っていた。そしてそれをどんと地面に突き立てる。

「!」

 何か風景が揺らいだ。そして暗闇を光が浸食したと思った瞬間、彼らは洞窟の入り口に立っていた。

「な、何が起こったの?」

 萌が口をぽかんと開けた。

「これはダンジョンテレポという技。魔物が倒れ、力の一部が解放されたため、また前のような魔力が私にも戻ったのだ」

「すごい、そんな力があったら学校も遅刻しないし、疲れたときに歩かなくてもいいわ!」

「残念ながら、貴方達の職業では、この力を得られる者はいません」

「さっきもあの青い怪獣がそんなこと言ってた。その技はお前の職業では使えないはずなのにって」

「はて、それはどういう意味なのでしょうな。ひょっとして元々持ってる能力が、たまたま設定上、使用不可の技とかぶってたという事ですかね。それとも制作者の思いも寄らないバグのせいで、偶然力を持つことができてしまったとか……まあ、ささいなことはどうでもいい。この世界での貴方達の真の姿は既に確定したもの。多少初期設定に高低差があっても、結局その心に輝く光は同じ」

 カマキリは幸せそうに空を見上げた。

「そう、そして私にはわかる。やがて私と同じように魔物に捕らわれて力を封じられている残りの二人がそろえば、完全なる力の融合の時にいたり、時空の鍵が現れるのです」

 彼は萌の首にかかった琥珀色のペンダントを見つめた。

「その石は力と勇気、貴方を守護している」

「……は?」

「そして、夕貴と言ったね」

 〈まだお名前言ってない〉

「いいのだ、そう登録されているから。ともかく夕貴よ、貴方が身につけているその石は、恢復と安息。貴方の守護石です」

 〈すごい、よく知ってるね〉

「もちろん、私が造ったものだから」

 ノイミ・ツンチは胸を張った。

「あと一つ、若葉色の石がある。それは知性を意味し、誠実を司る最後の石」

 彼は遠い目をした。と言ってもカンガルー同様にカマキリも複眼なので、どこに焦点があっているかわからないだけかもしれない。

「私には未来が見える。最後の邪悪の主と戦うのは四人。そう、貴方達はその緑の石を持つ味方にどこかで出会うのです。彼はしもべとして貴方達に従うが、その精神は偉大で気高く、同士と呼ぶに相応しい」

「……あの、立ち話も何だから、歩きながら話しませんか?」

 さりげなく高津は彼を促した。放っておくといつまでもここで話を続けそうだったからだ。

「ああ、失礼。それっ、フィールドテレポっ!」

 また風景が揺らぎ、今度は目の前に城が見えた。

「いいなあ、この技。一番欲しいなあ」

 羨ましがる萌を先頭に、すでに顔見知りになっている衛兵に挨拶しながら彼らは城に入った。

「あ、そう言えば、ノイミ・ツンチさんによろしくって、ナスチさんって言う占いカンガルーさんが言ってたわよ」

「おお、ナスチ・ミチニは息災でしたか。そうか、その安らぎのペンダントは彼から譲り受けたのか……」

 彼は懐かしそうに夕貴のペンダントに目をやった……ように見えた。

「彼は優秀な占い師。貴方がたも彼の占いに導かれてここにやってきたのでしょう? それはきっと……」

 と、

「おおっ! ノイミ・ツンチ・ニカニ殿!」

 突然、大きな影が光を遮った。

「お、王様っ!!」

 岩石とカマキリはしっかと抱き合う。

「よく、よく生きて戻ってきてくれた」

「この選ばれし、三人のお陰でございます」

 岩石王はうるうるとした目をこちらに向けて、感慨深げに頷いた。

「余にはわかっておった。彼らがきっとやり遂げてくれることを」

「王よ、彼らの旅はまだ始まったばかり。何もやり遂げてはおりませぬ。ですからどうかお力添えを。ノイミ・ツンチを救うための助けをお与えください」

「わかっておる。そなたに言われなくてもそのつもりでおった」

 王様は萌の前に立った。

「わが宝石を授けし者よ。それは力の頂点に立ち、また正義の剣で悪を断つことができる者の胸にのみ輝くと聞く。……どうか、囚われのノイミ・ツンチを救いだし、この世を終焉から救ってくれ」

「……つかぬ事を聞くけど、ノイミ・ツンチってその人じゃないの?」

「ノイミ・ツンチは賢者の称号。こちらはノイミ・ツンチ・ニカニ、囚われている二人の賢者はノイミ・ツンチ・ミニとノイミ・ツンチ・トチミだ」

「頭がこんがらがるね」

「舌ももつれるけど」

 萌と高津を優しく見つめ、王様は威厳のある声で言った。

「旅の吟遊詩人が言った。彼によると、ノイミ・ツンチ・ミニはこの城の北西にある、河を渡った先にある隣国の城で姿を消したという。そこで余は隣国の王に紹介状を書いた。そなたたちを頼むということと、賢者救出に力を貸して欲しいということをな。もちろん河を渡るための船も用意してあるぞ」

「さすが我が君、手回しの良い方だ」

「はっはっは」

 盛り上がる彼らの会話を聞きながら、高津はそこに座り込みたい衝動に駆られていた。

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