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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
17/42

real#3

「う、うーん」

 重い頭を振りながら、村山は身体を起こした。

 まるで、神経使いまくりでかつ長丁場の手術の助手をした後のような疲労感だ。

「お疲れ様でした」

 側に寄ってきたペンギンを眺め、彼はようやく小一時間前の事を思い出す。そう、彼はこれからゲーム機の虫取りをしなければならないのだ。

「……頭はすごく使った気はするけど、特にものを覚えたという感じじゃないな」

「実際に仕事をやりはじめれば、必要な情報が全て揃ってることに気づきますよ」

 村山は眉間を指で押した。

「……で、俺は次に何をすればいい?」

「鍵は既に開けてありますので」

 ペンギンは大事そうに小さな銀の箱を取りだし、不法投棄された例のゲーム機の上面に取り付けた。

 そして、そっとそれを村山の側に置く。

「ここに刻印があるでしょう? そこに身体の一部を接触させれば、ゲーム機とアクセスできます。あとは貴方が好きなようにソフトをいじればいいのです」

「好きなようにって言われても……」

 言いかけて村山は黙った。この件に関しては、恐らくペンギンも彼と同じくらい素人なのだ。

 彼はそっと右手の人差し指を刻印に当てる。

「……えっ!」

 何かだだっ広い場所に放り出されたような感覚があった。

(こ、ここは……)

 右も左も、もちろん上下すらない虚無。

 何も頼りにするものはなく、ひたすら深くて暗い場所。

 宇宙空間に独りぼっちで漂っていたら、こんな感じになるのだろうか。しかし、ここには星のような明かりはなく、闇が広がるだけの空間だ。

(……っ!)

 気づけば彼の意識は深淵に吸い込まれつつあった。もがこうとするが無駄な努力で……

 相手はひどくキャパの大きな何者かだった。

 彼は抵抗一つできず、ばらばらにされてその中に吸収される。

 だが、彼の存在など相手にとってはミクロな何かで、きっと何事もなかったように営みは続けられるのだと村山にはわかった……

「う、うわっ!」

 恐怖の余りに機械から手を離してしまった彼は、目の前にペンギンのアップがあったので二度驚いた。

 弾みで少し転がった銀の箱をそのままに、座ったまま後ずさりする。

「どうされました?」

 ペンギンも目を丸くして村山を見つめる。

「どうしたも、こうしたも……」

 彼は額の汗を袖でぬぐった。心臓がまだ大きく波打っている。

「……これは、何だ?」

「何って、子供用ゲームソフトですよ」

 村山はしばしペンギンを、視線を移して銀の箱を見つめた。そうして大きく息をつく。

「……俺には無理だ」

 ペンギンは不思議そうな顔で彼を見た。

「私の気のせいかもしれませんが、まだ貴方は何もしてらっしゃらないような……」

「そうだよ、中に入ることさえできなかった。俺の常識にあるプログラムとはまったく異質なものだ」

 彼は小さく身震いした。

「恐らく、俺には何もできない」

「そんなことはありません。テストで貴方はできると出たのですから」

「国試に通ったからと言って、血管縫合が上手にできるとは限らないだろうが」

「……意味不明なローカル話で誤魔化さないでください」

 ペンギンは落ち着いていた。

「ものの本によると、この機械は貴方ご自身の脳も端末の一部として使用しながら情報処理をしていくため、その過程でどうしても内的宇宙にトリップするような幻覚が現れることがあるそうです」

「内的宇宙?」

「なので、無視してればそのうち気にならなくなりますよ、所詮、それは自分自身なのですから。それにさっきのテストにはそういう現象にその個体が耐えられるかどうかの検査も含まれています。そもそももっと危険視すべき学習スーパーソフトを滞りなく終了している貴方が、こんなところでつまづくはずがありません」

 村山は眉を上げた。

「学習ソフトが危険視されているってどういうことだ?」

「ええまあ。内的ストレス検査がボーダーすれすれの場合だと、二人に一人は後で心身に何らかの障害が残ると……」

「何でそれを先に言わない? リスクの説明義務とかそういった観念が君たちにはないのか?」

「大丈夫ですって。この星の生物は外的ストレスには極端に弱いですが、内的ストレスは標準以上です。特に貴方の内的ストレス耐性は最高レベルだという結果もでてますし」

(……嘘だ)

 村山は苦い唾を飲み込む。自分は誰よりも……

「まさか、ここまで来て尻込みしてるんじゃないでしょうね?」

 ペンギンが少し憤った声を出した。

「これだけの物を揃えるのに、私がどれだけの苦労をしたと思っているんです? 上司には出任せすれすれの報告をし、ソフト会社には半ば特権乱用とも取れるような脅迫まがいのことまでして貴方のために奔走したのです。結果を出せとは言いませんが、努力ぐらいしてもらわないと、私も後で申し開きができないじゃないですかっ!」

 ペンギンは両手を腰らしいものにあて、胸を張った。

「それとも地球人はいつもそうやってできもしないことをやると啖呵を切って、やる段になった途端に尻尾を巻いて逃げ出すような生物なんですか?」

「済みません、俺が悪かったです」

 気がつけば村山は謝っていた。

 相手に強く出られると反射的に頭を下げてしまう性癖が、確かに自分にはあるかもしれない。

「まあいいですけどね。貴方がここで止めるというのならそれはそれで。気の毒な中の三人はこのままこの箱に入ったままにはなりますが」

「……本当に申し訳ありませんでした」

 村山はようやくパニックから立ち直り、自分の役目を思い出した。

(……そうだ、俺はもう逃げないと誓ったはずだ)

 あの夢の中で、彼は実に四度も逃げようとした。

 一度は詩織を殺した時。

 窓の外、途方にくれて悄然とうつむく高津と、それを凛として励ます萌を見なければ、彼は間違いなくあの段階でリタイアしていた。

 次は町に戻って逃避行を続けていた時。

 彼は再び他人をその手にかけてしまった。

 そのショックは余りに大きくて。別の男に首を絞められ、現実逃避することを誘惑と感じるほどに。

 だが、気を失う寸前、彼を見つめる萌の視線が卑怯な彼を裁くように射抜いた。

 我に返って相手を倒し、とにかくその場を後にはしたが、あの瞬間に彼は気づいてしまったのだ。

 彼が自分の命に対してどれほど執着なしに生きてきたかを。

 三度目は岩岳。

 設備も器具も薬もない状態では、自分のできることなどたかが知れているとは思っていたし、そこまで傲慢でもない。銃で撃たれてショック症状を呈していた男たちに、やれることなどそこにはなかった事もわかっている。

 しかし、それでも彼はあまりに役に立たなさすぎた。

 知識があればもっとできることがあったろう。あるいはリーダーとしての資質があれば、まだ何とかなったかもしれない。

 なのに彼には何もなかった。

 下僕のように人に従いながら生きてきた彼には、逆風を自分の身体で受け止めて後ろの者を守るような器量はなかった。

 そしてそればかりではない。優柔不断で考えなしで、あんなときにまでいい子であろうとして、そして暁を失った。

(だけど)

 激しい無力感にさいなまれ、自暴自棄になりかけていた彼を救ったのはやはり仲間だ。

 何もかもがどうでもよくなった彼の前で、萌は泣いた。

 責めるでもなく、許すでもなく。

 そうやって何度も彼を現世に踏みとどまらせた大らかな強さは彼に生きる活力を与えた。

 気を張りつめ、へとへとになりながらも萌を守るために必死だった高津。

 自分が殺されかけていてさえ、夕貴のことばかり気にしていた暁。

 人一倍怖がりなのに彼らは強く、格好良くあろうとして、最後までそれを貫いた。

 そんな彼らを村山は尊敬し、自分もそうありたいと願ったのではなかったか。

(それに)

 彼が落ち込むたびに抱きついてなぐさめてくれた、優しい夕貴にもらった恵み。

 闇の中、月の光のようにそれはゆっくりと彼を癒して……

(なのに……)

 それなのに、四度目。

 ヘリに狙撃手が乗っていることに気づいたあのとき。

 確かに逃げるのは不可能ではあったが、死ぬ瞬間に全ての重荷を萌たちに預けてほっとしている自分がいたことをはっきりと覚えている。

 そう、夢から覚めた後の彼の羞恥はどれほどのものだったか。

 最初から最後まで逃げ続けた卑怯な男をそれでも受け入れてくれる仲間に対し、これからは決して逃げないと心に誓ったのではなかったか。

(もっともっと、ねばり強くないと駄目だ)

 正義感の強い萌は、あの時完全に悪役だった井上を蛇蝎だかつのように嫌っていたが、村山はどうしても彼を憎めない。

 井上を立派な男だとすら思う。

 どんな手段を講じても生き延びようとする真剣な態度。それは簡単に命を捨てても平気な村山の対極にある。

(でもどうして……)

 彼はふと考える。どうして自分がそれほど命に固執しないかを。それは生物として極めて不自然な形ではないか。

 そう、あの夢は今まで気がついていなかった彼のいびつさを見事にあぶり出していたのだ……

「……ですか、どうなんですか?」

「え?」

 顔を上げると、これまた真剣な眼差しのペンギンが彼をじっと見つめている。

「だからあ、やるんですか、やめるんですか?」

 宇宙人の丸い目を見つめ、村山は微かに微笑む。

「もちろん、やるさ」

 彼はもう一度銀の箱にある刻印に指を当てた。

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