scenario#3 2
彼らはまず道具屋を探し、そこで換金をする。
「綺麗な町ね」
道具屋も今までに比べて数段立派で都会的だった。
「ね、見てよ、これ」
隣にある瀟洒な建物を萌が指さした。見るとお助け魔法使いの看板がある。
「ちょっと覗いてみようか?」
「ちょっとだけ、ね?」
だが入ってみると、例のログハウスで見たのと同じ顔の魔法使いが座っていた。
「何かお困りですかな。もし、わからないことがあれば、ユーザーIDをご提示ください。出来る限りのお手伝いをさせていただきます」
彼らは何も言わずに戸を閉めた。
「大きいな、この町は」
と言っても、彼らが地球で住んでいた町の方が遥かに大きいのだが、この世界では五キロ四方ほどあるような町は大都市に分類される。
「お城があるからには、王様もいるのよね」
「城跡かもしれないけど」
しかし高津の予知能力から来る勘は、ここに王様がいるだろうことを疑わなかった。
(……いや)
予知ではないかもしれない。何故かこの世界は、かつて彼が経験したことのある何かのパターンによく似ている。
〈わあ、お花が踊ってる!〉
夕貴が言うのでそちらを見ると、人面を持つ朝顔に似た花が、長く青い舌を出しながらふわふわと歩いているのが目に入った。
平和な風景だったが、高津には他に考えることがあった。
「ね、武器屋に行ってもいいかな?」
〈いいよ〉
萌も頷く。
「でもね、チェックインしておいた方がいいんじゃないかな。部屋がないなんて言われたら嫌だな」
さっきと同じ理由でそれはないと高津は思う。
だが体力の回復は確かに優先的に行うべきかもしれない。いつ、いかなるイベントが強制的に発生しないとも限らないのだから。
「そうだな。そうしよう」
彼らは宿屋に行き、前金で四千五百円を払う。
「まだ夕食まで時間があるから、散歩してきます」
イベントの発生はなさそうだと見て、高津は二人を連れて涼しい風の吹く大通りに出た。
(……よし、剣が買える)
高津は武器にこだわっていた。しかし彼の立場からすると仕方のない事なのだ。
さっき会ったキマイラなどは、槍で一度突いたぐらいでは死なない。何かもっと強い武器が欲しいと思うのは必然だ。
「楽しみだね、圭ちゃん。どんなの売ってるかな」
武器屋の看板を見上げた高津に、萌が微笑む。
多分、彼の気持ちをわかっているのだろう。
「とりあえず、今は見るだけにしておくよ。武器屋はここ一軒とは限らないし」
ドアの側に店の主人が立っていたので、彼は驚いて一歩下がった。武器屋は身長が二メートル近くの扇風機と言った風貌である。
「武器の店はここだけだ。防具の店はこの隣だ」
「それはどうも」
高津は店内を見回した。思った通り、ブロンズ色の剣は前の町と同じ値段で売られている。ただ、武器はそれ以外にもブドウ色の剣や、赤に黒いぶちのついたメイスなどがあり、一目でそちらの方が良い品物とわかった。
(……でも、それを買うにはお金が足りない)
彼はひとまずそこを出て、防具屋に入ってショーウインドウを物色した。
(……よし、剣を一振りと防御用スプレーのBを一本、それに萌の護身用にナイフを一本。あとは道具屋で買えるだけ薬草を買って……)
素早く頭で計算をする。
「済みません、この子にBスプレーを」
今度は萌が何も言わなかったので、すんなりと商品は使用された。そして再び彼らは武器屋に戻る。
「ブロンズ色の剣が欲しいんだけど」
「お買いあげありがとう、ここで装備するかい?」
「うん」
「誰が装備するかい?」
(……そうか、槍を売れば、隣で帽子くらい買えるかも)
そんなことを考えながら、高津は主人に自分が装備する旨を伝えた。
だが、
「残念だが、君はこの武器を装備できないよ」
「え?」
高津は扇風機のプロペラにあたる部分を見つめた。
「何でさ?」
「君の職業では剣の装備ができないからさ」
「俺の職業? 高校生は駄目ってこと?」
「そう言うわけではないんだが、誰か他に装備するかい?」
ふっと萌が好奇心を露わにして剣を見つめる。
「君が装備するかい?」
「あたしならできるの?」
「お買いあげありがとう」
「ええ!」
高津は驚き、そして怒った。
「ちょっと待てよ、この子も俺も同じ高校生なのに、どうして萌だけが装備できるんだ?」
「いやあ」
主人は困ったような声をだした。
「人は全て、その人に相応しい職を持つ。それは君たちが名前を持った日から決まっていることなんだよ」
「そんな馬鹿な、どうして名前なんかでそんな重要なことが決まるんだ?」
「そりゃ、色々な案も出されたさ。網膜パターンで決めようとか、核酸の塩基配列で決めようとか。でも、目のない市民はどうするのかとか、無機生物はどうするのかって考えた時に、古典的だが名前でステータスを決定するしかないという結論に達したんだ。名前のない生物もいるが、その時は一時的にでも何かつければいいだけのことだからね」
扇風機は呆気にとられた高津を無視して、萌に剣を渡した。
「お、おい、ちょっと」
しかし、萌と夕貴が彼に向かって首を振る。
「ホントはね、こういうの欲しかったの。だって、圭ちゃんばっかり戦わせて申し訳なかったし」
〈夕貴も何か欲しい、買って、お兄ちゃん!〉
高津はぷいっと首を振った。
「駄目、あとは薬草を買ったら終わり。第一、夕貴に刃物なんて持たせたら却って危ない」
〈お薬は少しでいいよ。夕貴がお手伝いするから〉
ふっと夕貴が高津の擦りむいた肘に手を当てる。
「え?」
するとどうだろう、彼の血のにじんだ皮膚がすっと治っていったのだ。
「ほう、お嬢ちゃんはヒーリングができるんだ」
扇風機は微笑むようにプロペラを緩く回転させた。
「簡単な魔法だが、これを使えて且つ杖以外の武器の装備が可能なのは珍しいよ。例えばだな………え、あれ、そもそもそんな職業あったかな……」
〈あれはいくら? 夕貴に使える?〉
夕貴が指さした先には、カーテンレールのような銀の輪っかがあった。
「使えるよ、ここで装備するかい?」
「おい、おい」
しかし高津の意志とは関係なく商談は成立し、萌は巾着からお金を出す。
「それにしても、このお金、どこかで見たことがあるね」
反対する気力もなくて、高津はただ頷いた。
(……麻雀の点棒そのものだよ。なんでか知らないけど)
異次元に飛ばされたにしても、どうしてこんなに奇妙な世界なのだろう。いっそ、彼らの身近にあるものが何もなければもっとわかりやすいのに。
(……だけど)
それがこの怪しげな世界の謎を解く鍵かもしれない。