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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
14/42

scenario#3 1

「あっ!」

 萌が高津の腕に薬草を当てたので、高津は声を上げた。

 戦いの数だけ負傷も多く、薬のストックは底をつこうとしている。

「大丈夫だから、薬草は使わないでくれ」

「大丈夫なんかじゃないよ、こんなに酷い傷で」

 萌は割と考えなしに薬草を多用した。

 そんなに安い物ではでないのだが、最初にただでもらった印象が強いのかもしれない。

「ホントに大丈夫だから」

 もちろん高津も木槍を持ち、少しずつではあるが要領もよくなっているのだが、比例して強い敵が出てくるので疲労度はさほど変わらない。

(……やっぱり、こんなおもちゃみたいな槍じゃだめだな)

 どうしてしばらくお金を稼いで、あのときブロンズ色の剣を買っておかなかったのかと彼はまた後悔した。

 だが、彼らはもう引き返すにはかなり遠い処に来ている。それならあの町よりも大きいという噂の城下町へ行き、そこで武器を買うのが上策だろう。

「あ、お城だっ!」

 萌が指さした右斜め前方の木々の間から、中世風の城の尖塔が垣間見えている。

 もちろん近眼の萌が言うよりも早くに高津はその存在に気づいてはいた。ただ疲れて口を利くのがおっくうだったのだ。

〈お城、お城っ!〉

 嬉しそうな夕貴に高津は疲れた笑みを向けた。

「うん、もう少しだな」

 頷きながら、その実自分にその言葉を言い聞かせている。頼むから、もう魔物よ出ないでくれと言いたい。

(……村山さんがいたらどうだったろう)

 今までいかに彼に頼っていたかが、こうなって初めて思い知らされる。

 とにかくこの世界の言うがままに動いているが、彼には先の展望など見えなかったし、これからも思いつきそうにない。

 だが村山の聡明さがあれば、こんな中でも彼らを納得させる答えを見つけ出し、そして有効な解決策を提示してくれるはずだ……

「そう言えば暁と村山さん、どうしてるのかな」

 萌がぼそっと呟いたので、高津はどきりとする。

「……別に、元気にやってるんじゃないかな」

 少し無愛想に高津は答えた。彼が村山を必要に思うのは構わないが、萌が彼を慕うのは許せない。それが男心というものだ。

〈先生はお昼寝してる〉

「え?」

 夕貴の手話に、高津は思わず大声で反応した。

「人がこんなに大変なのに寝てるって?」

 萌が微笑んだ。

「しょうがないって。村山さんはあたしたちがどうなってるかなんて事、知らないんだもの」

 そんなことは高津だってわかっている。だが、萌が彼を庇うという行為が彼を少しくさらせた。

(……いいんだ。村山さんがいなくったって、俺はこの状況を打破してみせる)

 だが、そう思った途端の事だった。彼の右背後に何か赤くて嫌な敵意を感じたのは。

「!」

 飛びかかる化け物……高津がキマイラとあだ名をつけた、鳥と獣のあいのこの様な生物をすんでのところでかわして地に転がる。

 だが、その弾みで彼は木槍を取り落としてしまった。

「あっ!」

 言ったときにはキマイラは彼の首を引き裂かんとばかりに長い爪を伸ばし、こっちに向かって飛んでくる。

(……やられるっ!)

 高津は目をつぶった。

「ギャアッ!」

 が、耳元で大きな叫び声がし、キマイラは瞬時で灰になった。

「萌っ!」

 何が起こったかはすぐにわかった。彼女がエネルギー弾を手のひらから発射したのだ。

「だ、大丈夫か?」

「それはこっちの台詞よ、怪我はない?」

 意外に彼女は元気である。

「俺は何ともない。それより君は? 少し休まないと大変だよな」

 萌は頷いた。

「全然平気。なんだかわからないけど、力を小出しにする技が身に付いたみたい。緑のお化けならともかく、あんな雑魚ならこれからは簡単に始末できるわ」

「……雑魚?」

 少し引っかかりはあったが、ここは頼もしい味方が増えたようなものだと割り切って、彼は再び歩き出した。

 それにしても道は遠い。

「……どうしてこの世界には車がないんだろ」

「本当にそうね。夢の中ではそれほど疲れなかったから気にしなかったけど、実際に歩くとそれなりに堪えるもんね」

 高津は眉をしかめる。

 あの夢の中で、彼は想像を絶するほどの疲労を体験していた。

(……萌ってちょっと鈍いかもしれない)

 それはそれで可愛いのだが、高津と違いすぎて驚くことが多すぎる。

 彼は少し伸びをした。

「あーあ、車がどっかに落ちてたらいいのに」

「意味ないって。タクシーの運転手ごと落ちてればそれなりに使えるけど、車だけあっても使えないんだから」

「俺、運転できるよ」

「え!」

 萌の羨望と尊敬のまなざしを見て、高津は満足した。

「従兄弟が時々貸してくれるんだ。田舎で対向車もいないから好き放題だよ」

「……なんだ、てっきり村山さんから手ほどきを受けたのかと思った」

 高津は我知らずむっとする。萌の羨望の眼差しの意味はそこだったのか。

「だめだめ、あの人は運転席に他人を座らせたこと、きっとないと思うよ。車に関してはものすごーくケチだから」

 萌は首を傾けた。

「ケチっていうのとは少し違うんじゃない? 大事にしてるだけよ」

 案の定、萌は村山を庇う。

「こだわってるのはわかるわ。なんだかお医者様らしくない車だし、内装も思いきり殺風景で乗り心地もひどく悪いけど」

 村山の車はレトロな国産の大衆車であり、今どき珍しく、カーナビどころかステレオなどの装備も一切ついていない。

 漠然と、大病院の跡取り息子はオプションマックスの外車に乗るものだと思いこんでいた高津も、萌と同じように当初は怪訝に思いもした。

 だが村山と話をしていて知ったことだが、実際には彼は車に相当金をつぎ込んでいる。

(……パーツ類に関しては好き放題みたいだし)

 車の機構にも詳しく、こっそりと自分でチューニングしているような気配もあった。

「やっぱり乗せてもらって、運転が上手だってわかるもの。だから他人に車を触らせたくないのも仕方ないわ。きっと、他の人が触ったら変な癖がついちゃうのよ」

 萌の言葉に夕貴までがにこにこ笑いながら頷いたので、高津のむかつきはさらにアップした。

「学生時代に何台も廃車にしてたら、うまくもなるよ」

「え?」

 高津は道に落ちていた石を蹴った。萌にも村山にも、そしてこんな陰口をたたく自分にも腹が立ったのだ。

「どういうこと、それ?」

 仕方なしに説明する。

「詩織さんに聞いたんだ。親に買ってもらったアウディを一回生の時に壁にぶつけてぺたんこにして、その半年後に親戚からお下がりでもらったボルボと共に崖から転がり落ちたって」

「ええっ!」

 萌と夕貴が同時に口を大きく開けた。

「で、それでどうなったの?」

「そりゃ、大目玉くらったに決まってるよ」

「じゃなくて、村山さんは大丈夫だったのかって聞いてるの」

「……何ともなかったから、今、あんなに元気でいるんじゃないの?」

「そ、そうよね、確かにそう」

〈よかったね、萌姉ちゃん〉

「ほんと、よかったあ」

 疲れが倍増した気がして、高津は黙り込んだ。

 後ろで女たちが笑いさざめいているが、それに参加する気力などない。

(……まったく、何か言ったら村山さんだ)

 再び石を蹴飛ばすと、それは近くの木の幹に当たって草の中に見えなくなった。

(……あーあ、早くゆっくり休みたいな。疲れるとささいなことでいらいらしちまう)

 幸い、その後は魔物に出くわすこともなく、彼らは思ったよりは早く城下町に着いた。

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