表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男たちの日曜日  作者: 中島 遼
13/42

real#2

 しばらくして、ペンギンは自分の半分ほどの大きさもある機械を持って現れた。

 それは縦にわずかに長い直方体であり、側面には何か聴診器に似たものがついている。

「お待たせしました。それではテストに入ります」

「ちょっと待ってくれ」

 村山は組んでいた腕を解いた。

「その前に一つだけ確認したい。君たちは暁を通じて夕貴にリセット方法を伝えたが、意味が通じなくて諦めたと言ったな?」

「はい」

「それをもう一度試したい」

 つまり、暁よりは村山の方がペンギンの言葉を理解できるので、うまくかみ砕いて夕貴に伝える方法があるかもしれないと思ったのだ。

「我々を信用なさってないんですね」

 ペンギンはため息を一つつき、そして暁を見た。

「私がお小さい方に言ったのは、一番簡単な方法です。中の生物に何かあった場合に働く安全装置を動かせばいいので、とりあえず仮死状態になって三分ほど待てば出られるわけで」

「仮死状態?」

「貴方たちの身体に特化して説明するなら、酸素の摂取をやめるとか、電気信号をオフにして心筋の収縮を止めるとか、そういうことです」

 暁が情けなさそうに村山を見つめる。

「ごめんなさい、本当に意味がわかんなくて」

「簡単に言うと、三分ほど息をしないとか心臓を止めるとかいうことらしい」

 今度は村山がため息をついた。

「済まない、それは我々には無理だ。他に簡単な方法は?」

「ヘルプ機能を使って、リセットしてもらうという方法がありますが、これはIDを持っていないと無理だし……」

 ペンギンは考え込んだ。

「仮死状態がほんとに一番早いんですが、それができないとなると誰か一人が犠牲になって死んでくれるのを待つ以外に方法は……」

 村山は再度深いため息をつく。

「時間を取らせて悪かった。すぐにテストに入ってくれ」

 気落ちした彼の心を知ってか知らずか、ペンギンは重々しく頷いた。

「わかりました。それでは始めましょう」

 言いつつペンギンは上目遣いに彼を見つめる。

「でも、結果がよくなくて合格しなかったとしても、我々を責めないでくださいね。こればかりは嘘をついてやらせる訳にはいかないのです。貴方の命にも関わってくることですし」

「その時には、改めて君の上司と他の方策について話をするだけだ」

 ペンギンは情けなさそうな顔で、彼に聴診器の一端を握らせた。

「いいですか、行きますよ。絶対に離さないでくださいね」

「っ!」

 ペンギンの声が終わると同時に、村山の手のひらにはまるで刃物で刺したような激痛が走った。

 彼はかろうじて奥歯をかみしめ、それが行きすぎるのを待つ。

「はい、いいですよ、離してください」

 宇宙人はしばらくその箱を色々といじっていたが、やがてその顔に驚きが表れる。

「たまげましたな、これは」

 まだ手のひらに嫌な感じが残っていた村山は、不機嫌な顔でペンギンを見つめる。

「こんな遅れた地域の生物が、まさかクリアするとは」

 彼は何度も何度も同じ操作を繰り返し、上の面に浮かぶ光の筋や何かを確認している。

「メモリーも演算速度も基準を遥かに超えてますね。……いやあ、何かの間違いかと思ったけど確かです。貴方には資格がありますよ」

「……あれ?」

 と、今まで黙っていた方のペンギンが珍しく声を出した。

「二倍クロックだ」

「ま、まさか、いや、でもホントだ、外付けの跡がある!」

 二頭の、いや二人のペンギンが同時に村山の顔をじっと見つめたので、彼は少し気味が悪くて上体を後ろにそらした。

「な、何か?」

「いや、これで貴方がクリアした理由がわかりましたよ。貴方は二倍クロックなんです」

「二倍クロックって?」

「後天的神経伝達速度異常とでも言いましょうか、一種の病気ですね」

「病気? そんなものに罹った覚えはないが」

「本人に自覚症状がなければ病気ではないというのがこの星での定義なら、翻訳機が適当な単語を見いだし得なかったのだと思います」

 村山は自分を恥じた。

「済まない。どんな病気なのか教えてもらっていいだろうか」

「一般的なことしか知りませんが、何でもこの病気にかかると、発症後さほど経たないうちに死亡すると聞きます。しかし、助かった個体は必ず神経の伝達速度や記憶容量が増加する。あ、もちろん全部が全部二倍増えるというのではなく、一割増しもあれば五倍もありますが、最初の患者が二倍だったのでそう呼ばれているそうです。なお最近の学説では、本来持っているその個体の能力を超えないということですから、元々賢い生物が自分の能力に目覚めただけ、という話もあります。あと、記憶容量については適宜最適化を脳が行って容量確保をするため、通常よりも覚えていられる量が多くなるそうです」

 村山は眉をひそめた。確かに身に覚えがないこともない。

「症状が同じでも、メカニズムは罹る生物によって全然違ったりするので貴方の病気がどんなものなのかはわかりませんが、通常生存率が十万分の一って言うので怖いような、でも天才になりたいようなで一時話題になったんですよ」

 だが、そんな危ない橋を渡ったという記憶はない。

「そうそう、この間やっていた脅威の宇宙生物っていう特集番組でも紹介されてましたね。何でもある種の生物の中には被食生物を捕獲するのに、餌たちが自分の命令に従うようにする病気を撒き散らし、良い時分に降りてきてゆっくり料理するっていうのがいるらしく……」

 いるらしいどころではない。危うく自分たちはそいつのために星を壊滅させられるところだったのだ。

「その場合、感染した被捕食者の中に平均一万分の一の割合で超能力者が生まれ、そしてさらに超超レアケースではあるけれど、その中に二倍クロックが稀に出ることがあると学者は言ってました。だからそのメカニズムを確認すれば、この謎の病気の解明も……」

 ペンギンは言葉を止めて村山を見た。

「……どうされました? ご気分でも悪いのですか?」

「いや、別に……」

 ペンギンは頷いた。

「そうですね、今はそんな話をしている場合ではありませんでした。ただ、言いたかったのは、二倍クロックになって生き残った個体っていうのは、もともと総じて自制心やストレス耐性に優れているって事なんです」

 誰よりも自分が弱い人間であることを知っていたので、その言葉に村山は深く傷ついた。

「……検査はこれで終わり?」

「あ、ちょっと待ってください、もう少しだけ……」

 ペンギンは慌てて機械をいじり、再び解析をはじめた。そしてしばらくまた沈黙が続く。

「……あれ?」

 ペンギンはしかし、ふとある数値の処で動きを止めた。

「これは、どうかな」

 もう一頭のペンギンもそれを覗き込む。

「うーん。この簡易型検査キットではちょっと判別が難しいですね。でも、自制力と客観性がそれだけの値を示しているのだから、まあいいんじゃないでしょうか」

 他人に自分の知能検査の結果を審議されているようで、彼は少し不愉快になった。

「こそこそ言ってないで、はっきり言ったらどうだ?」

 ペンギンはぎくりとした顔で跳び上がった。

「ええ……っと、結論からすると、貴方にはこれをいじるだけの力があります。ただ……」

 ペンギンは数値に目をやり、村山の視線をかわした。

「貴方の幼児の頃のトラウマが治療されずに放置されているのが見つかりました。ストレスが高まるにつれ、それが貴方を追いつめる可能性があるので……」

 村山は首をひねった。

「幼児の頃? それは違う。何かトラウマがあるとすれば、最近、それも四ヶ月くらい前の事のはずだ」

「確かに最近、強い傷を負ったような跡はあります。が、それは切れ味鋭いナイフで切ったようなもので、しかも処置がよかったから割と綺麗に癒着してます」

 ペンギンは気の毒そうな顔で村山を見る。

「奥の方のは裂傷で、しかもまだひどく膿んでいる。……でも、こんなものを治療していたら数ヶ月はかかるだろうし」

 村山は首を振った。

「だからそんなものは俺の過去にはない」

「本当にあるんですって。例えば貴方の性格には多分に被虐的かつ従属的な傾向がありますが、それも元を正せばこれの痛みが原因で……」

 ひどい言われように、さすがの村山もキレた。

「俺がマゾで奴隷根性の持ち主だって?」

 ペンギンが一歩後ずさりをする。

「……落ち着いてください。例えば貴方が何かを決定あるいは選択する場合の行動を思い出していただければ、ご理解をたまえると思います」

「何だって?」

 瞬時、村山の頭に色々な場面が交錯した。

 何故、これほど血が嫌いなのに外科医……医師を選んでしまったのか。

(いや、それは親父や姉さんがそれを望んだから……)

 親孝行、良いではないか。

 それを誰に恥じる必要がある?

(……だけど)

 ふと、高校時代の悪友の言葉が思い出される。

 ……お前、いい加減、いじめられっ子体質から脱却しろ。

 一番村山をいじめていたのは実は当の友人だったが、何故かそのときだけは真面目な顔だったので今でもはっきりと覚えていた。

 ふと、携帯を父に壊されたときの惨めさと諦めを思い出す。

 あの日彼にかかってきた電話は、級友からの深刻な悩み相談だった。

(どうして俺は言い訳一つできないんだろ)

 思えば、何故彼はいつも父親に逆らえないのか。時には理不尽だと思うこともあるのに。

 そして、どうして彼はああも簡単に、夢の中で何度も繰り返し命を捨てようとしたのだろうか……

「まあ、貴方の場合はストレス耐性が異様に高いですから、傷を痛みとして感じなくなるように無意識のうちに自己訓練していると言えなくもないですが、それはそれでやはり危険な行動です。貴方の持つ相当に高い自尊心も、よく見ると奇妙にねじ曲がった形でそれに拍車をかけているような……もっともそういう性質だからこそ、二倍クロックとして生き残れたのかもしれませんが」

「……わかった風な口を利くんじゃない」

 村山は肩をすくめた。

「俺を尻込みさせようと思って言ってるなら大きな間違いだ。こうなったらやるだけやってやるから、君たちも相応の覚悟をするんだな」

 ペンギンはふるふると身体を震わせた。

「ち、ちょっと待ってください、実はまだ我々はこの件をメーカーに報告していないんです。だからまだ彼らを説得するという難問が残っていて、そしてそれが非常に難しく……」

 村山がにっこりと微笑むと、ペンギンはぞっとしたように彼から目を逸らした。

「い、今から亜空間通信で、サポートセンターに連絡を取ってみます」

 ペンギンは後ろを向き、指の先についたリングを口元に持ってきた。そして何やらシューシューと聞こえる発音で、相手と何か話を始めた。

(……翻訳機を切ったな)

 彼に内容を聞かせたくないのだろう。

 脅しをかけるべきかどうかを少し迷う。だが、彼は結局成り行きを見守ることにした。

 夢の中では、そういう彼のやり方が悪い方へばかり働いて、結果的に仲間を殺してしまうことになったというのに、どうしてもこの性格は変えられない。

(……この辺りから俺は自分を変えるよう努力すべきなのかな)

 ぼんやりとペンギンを見ると、何となく激高したような調子で話をしている。

「シャーシャーシ、シュアシュソシィーショシーシ!」

(……あれ?)

 時々わかる構文がある。

 恐らく翻訳機が同時通訳だったので、会話の間に耳で覚えたのだろう。

(……おいおい)

 ペンギンが先方に向かって上司を呼べと言ったときには、さすがの彼も必死で笑いをこらえねばらなかった。

「シーシー、ショシャシーシュワシュッテ」

 しかし、しばらくすると機嫌を取るような感じに変わった。そう言うところは彼らも地球人とあまり変わらないのかもしれない。

「シャシヤーシャッシャー」

 ようやく彼は通話を切った。

「ここだけの話にしてやるということで、何とか話はまとまりました」

 ペンギンは胸を張った。その全てを理解したわけではないがかなりの努力をしてくれたということはわかる。

「鍵をくれるそうです。それと学習ソフトも借りられますから、それも併せて持ってきますね」

「学習ソフト?」

「そうです、貴方もいきなりプログラムを直せと言われたって、さっきいみじくもご自身で言われたように、全く違う言語体系からできているものを理解することはできないでしょ? だからOS及びプログラミング言語徹底理解スーパーソフトって言うのを持ってきます。それを使えば、あなた方の時間四十五分ぐらいで、このゲームに関する必要最小限の知識が得られるのです」

「そんなものがあるなら、どうして君が使わないんだ?」

 ペンギンは自尊心を甚だしく傷つけられたような表情で彼を睨んだ。

「……記憶容量が足りないのです」

 彼はしまったと思い、慌てて言い添える。

「俺は覚えることが少なくて、脳みそが余ってるんだ。それだけのことさ」

 するとペンギンは気を取り直したような顔で頷いた。

「そんなにご自分を卑下なさることはありません。では、行って参ります」

 彼らはシュンという音と共に再び消えた。

「……全く、話をするだけでこんなに疲れるなんて」

 しかし、彼はペンギンの態度についてはそれなりに感嘆してはいた。

 彼らは不利なことも隠さず村山に話す。

 逃げ隠れしようともしない。

「……ねえ、おじさ、じゃなくて先生、僕はペンギンと先生が言ってること、全然わかんない」

「さっきペンギンがいなくなった時に、俺が簡単に説明した所まではわかってるんだよな?」

「あ、えーと、うん」

「ちゃんと夕貴に伝えてくれた?」

「あ、うん」

 何となく心許ない感じだが、頼りになるのは暁だけだ。

「……で、夕貴たちは元気か?」

「うん、馬小屋で馬に顔をなめられたって喜んでた」

「そうか」

 と、また空間を裂くようにペンギンが二体、忽然と現れた。

「お待ちどうさまでした」

 彼は二センチくらいの薄く細い棒を村山に握らせた。それが例の学習ソフトらしい。

「スタートって念じれば、頭にデータが流れ込みますから」

「持ってるだけで?」

「ご希望なら、頭蓋骨に穴を開けて、直接脳に接触させることもできますが、貴方の場合だと時間的には十分程度縮まるだけなので、手に持つのとそれほど大差はないはずです」

「……いや、いい。ありがとう」

 村山はごろんと床に仰向けに寝ころび、そして目をつぶってから小さくスタートと呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ