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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
12/42

scenario#2 3

「あの……」

 気がつけば、萌が道を歩くカンガルーを呼び止めていた。

「何だね?」

「ナスチ・ミチニという名前の占い師の店はこっちでいいですか?」

「そこを真っ直ぐ行って、最初の角を左に折れたらいるよ。そうだな、もうそんな時間なのか」

 カンガルーはふっと空を見た。

「毎日、日は昇り、日は沈む。我々はそれを当たり前のことだと思っている。だが、遠くから来る旅人は、この世の終わりが近いという噂を流しにやってくる。ナスチもそういった奴らの感化を受けて、暗いことしか言わないんだ。明るい気持で人生を楽しむなら、占いなんてしない方がいい」

「でも、よく当たるって評判……あ、ちょっと」

 何故かカンガルーは言いたいことだけ言うと、こっちの話は聞かずに去っていった。

(変な奴)

 高津は少し溜息をつく。確かにここの連中に悪意はない。だが、思いっきり自分の都合だけで生きてはいないか?

 〈占いのお店、あった!〉

 夕貴が指さした方向を二人は見つめた。それは店と言うよりは町の片隅の四柱推命のように椅子と机があるだけのものである。

 そして、そこには少し小柄で色がオレンジの複眼カンガルーが座っていた。

「いらっしゃい、占いはどうかな? 一回五千円で見るよ」

(しまった!)

 今、手持ちのお金は六千円である。引けば残りは千円しかない。

 かと言って、これが目的で夕方まで待ったのだから、彼も後にはひけなかった。

(……馬小屋が一人二百円って言ってたけど……)

 振り返ると萌が頷き、夕貴が嬉しそうに笑った。

 〈あたし、お馬さんと一緒に寝たい〉

「わかった、占ってもらおう」

 ナスチ・ミチニは高津の言葉に重々しく頷いた。

「よし、三人とも、右手を出しなさい」

 彼らが言うとおりにすると、ナスチはその指先を見つめ、あろうことか大きな口を開けて一番近くにあった萌の手を舐めた。

「ちょっと、何するのっ!」

 萌が驚いてその手を横に振ったので、カンガルーは弾かれて横へとつんのめった。

「な、何をするとはこっちの台詞だ!」

 カンガルーは怒って萌を見つめる。

「こうしないとわからんだろうが!」

「どこの世界にこんな占いがあるって言うのよ!」

「無知をさらけだしたな、これはトムソヤ星に古くから伝わる秘術だ。ビッグバンで飛んでいった粒子の進む方向は変えられない。そして我々の運命もそこから始まった。だからこうやって飛んできたクオークの名残を確かめ、君たちの運勢を調べるのだよ。さあ、右手を出しなさい」

「嫌よ、変態っ! 訳わかんないこと言わないで!」

 しかし、怒る萌のスカートを夕貴がそっと引っ張った。

 〈お姉ちゃん、お金、もったいない〉

 萌がぐっと言葉に詰まったので、高津はフォローのために仕方なく自分の手を出した。

「俺ので占ってくれ。三人とも近未来についてはそう大差ないだろ?」

「……まあ、そう言われればそうだが」

 カンガルーは表情こそ変わらなかったが幾分憮然とした声を出し、それでも高津の指を慎重に舐めた。

「おお!」

 と、突然彼は大声を出し、三人を代わる代わる見つめた。

「な、何だよ」

 少し上体をのけぞらせた高津に、ナスチは七色に輝く瞳を向けた。

「お前たちは次元の裂け目を越えて来たものたちだな?」

「え?」

 彼は厳かな声で言った。

「今、この世界は滅亡の危機に瀕している。そして、それはこの世の者では救えないというお告げがあり、人々は嘆き、自暴自棄な生活に浸っている」

「……別に、みんな幸せそうに見えるけど」

「それはこの町がまだ闇の力から遠くに位置しているからだ。その証拠にこの平和な町の周辺ですら魔物が現れるだろう? ここから遠くへ旅をすればわかる。光と愛を失った町の周りでは、魔物のレベルも数も大違いだ」

 ぽかんと口を開けていた高津をカンガルーは指さした。

「だが、神託にあったこの世の外から現れた者たちが今、私の目の前にいる。そうとも、お前たちだけがこの世界を救える救世主なのだ!」

 高津は萌と顔を見合わせた。

「圭ちゃん、どう思う?」

「よくわかんないけど、とにかく異次元に迷い込んだのは間違いなさそうだ」

 萌は視線をカンガルーに移す。

「ねえ、あたしたちが元の世界に帰るにはどうしたらいいの?」

「馬鹿なことを言うな。この世を救えるのはお前たちだけだというのに、見捨てて帰るというのか」

 ナスチのテンションが上がった。

「お前たちは白き世界にて鍵を得る。そしてその鍵で黒き穴に入り、迷宮に巣くう災いの虫を倒すのだ」

「黒き穴?」

「それは伝説の人食い森の奥にあるという。そしてお前たちがそこに行くのは運命なのだ」

 高津は少し腹が立った。あまりにも物の言い方が強制的過ぎる。

「嫌だと言ったら?」

 するとカンガルーはしばし黙り、彼を凝視した。

「それも選択肢の一つではある。だが、そうなったらこの世は終わりだ」

 彼は沈み行く太陽を見つめる。

「力を持つ者はそれだけの義務を負う。しかしお前たちの心がその程度であればいたしかたはない。確かに辛い旅だ、弱い人間には耐えられぬだろう」

「圭ちゃん……」

 萌が毒気を抜かれたような顔で彼を見つめた。彼女もこの芝居がかった台詞に目眩がしたのだろう。

 〈……虫取りだったら行ってもいいよ、カンガルーのおじさん〉

「私はナスチ・ミチニ。カンガルーという名では……」

 そこで彼は言葉を止めた。

 そして夕貴に一度舌を差し出してから次の言葉に移った。

「そうか、行ってくれるのか!」

「……夕貴、安請け合いしちゃ駄目よ。いかがわしいから」

 しかしナスチは萌を無視して夕貴を抱き上げた。

「そうか、ありがとうっ! これで世界に希望が芽生えた。私はこの日を一生忘れないだろう」

 彼はそっと夕貴を地面に降ろすと、側に置いてあった小箱から、夕暮れ色の石がついたペンダントを取りだして彼女の首にかけた。

「餞別だ。力のない私でも、何か少しは世界の役に立ちたい」

 〈ありがとう〉

「礼などいらぬ。行くがいい。この世を救う者達よ。まずは鍵の在処を知る賢者に会うことだ。彼らは三人おり、その全ての賢者に会えば、自ずと答えは得られよう」

「あの……」

「私はかつて、ここから東に行ったところにある城下町で、その賢者の一人にあった。彼の名は、ノイミ・ツンチ・ニカニ。もしも会ったら、私がよろしく言っていたと伝えて欲しい」

「あの……」

「行くがいい。この世を救う者達よ。まずは鍵の在処を知る賢者に会うことだ。彼らは三人おり、その全ての賢者に会えば、自ずと答えは得られよう」

 ちらりと萌を見ると、彼女も何だか疲れた顔でこちらを見ている。

「私はかつて、ここから東に……」

「……行こうか、みんな」

「うん」

 三人はその場を離れた。


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