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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
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scenario#2 1

 必死で歩き、時には弱そうな怪物をやっつけながら、ようやく高津たち三人が北の町についたのは夕暮れ間近にせまる時だった。

「占い師は明日にして、とりあえずは宿屋を探そう」

 しかし萌は、少し不安そうな顔でデニムスカートのポケットに入れた石ころを見つめる。

「だけど、お金がないの。魔物は三匹ほど倒したけど、宝石じゃなくて落ちてたのは石ころだし」

「まあ、言われたとおりに道具屋で換金できるか聞いてみよう。駄目ならまた考えればいい」

 正直な処、高津はくたくただった。

 魔物が出ても、萌や夕貴に戦わせる訳にはいかないので、森で拾った棒きれを片手に一人で奮闘したからだ。

 もちろん萌も何度か手を出そうとしたが、彼女が例のサイコキネシスを使うと、その後は立てないほど疲労することを知っていたので、彼は丁重に、しかしはっきりと加勢を断っていた。

「可愛い町!」

 門をくぐるなり、萌は嬉しそうな声で辺りを見回す。

 ここへ来るまでは、家へ本当に帰れるのだろうかとか、何かの陰謀に巻き込まれたのだろうかとか、もの凄く不安そうに言っていたのに、町を見た途端に気持が切り替わったらしく、くりっとした大きな瞳を見開いて好奇心一杯きょろきょろしている。

「そうだな……」

 そこはまるで絵本の中のお伽の町のようだった。

 石畳が町の中央に一本通っており、それ以外は明るい色をした農道が左右に走っている。

 家は煉瓦建てで、それらはパステルカラーを基調とした淡い色合いだ。

「あれって宿屋さんじゃないかな?」

 萌が指を指した方向に、確かにそういう意味にとれる看板がある。そして、小川を挟んだ向かい側に道具屋が見えた。

 彼らは長さ二メートルぐらいの橋を渡り、そのひときわ小さい建物に足を踏み入れる。

「こんばんは……」

 要件を言う前に高津は硬直した。

 カウンターのような処に座っていたのは、全身がうろこで覆われた皮膚の青いカンガルーのような生物だったのだ。

「いらっしゃい」

 カンガルーはまぶたのない複眼をこちらへ向けた。

「あの、これって換金してもらえる?」

 萌が恐る恐る例の石を出すと、カンガルーはしげしげとそれを眺めた。

「ほう、スケールタイトですね」

 カンガルーはすぐにレジから五センチ程度の白く細い棒を五本出した。

「はいどうぞ。他にご用はありますか?」

「これが、お金?」

「そうですよ、点が八つあるのが百円。一つしかないのが千円。だから合計四千百円になります」

 目眩のした高津の後ろで、萌が驚いたような声を出した。

「……たったそれだけ?」

「ここでは値切りは意味ないですよ、お嬢さん。それだけの働きしかしてないんだから」

「値切るつもりはないけど、宿屋さんに泊まるお金もないなって思って」

「この町の宿屋は一泊二食付きで一人千円です。あと、持ち金の少ない人のために二百円で馬小屋も開放されているので、ご利用ください」

 高津は念のために聞いてみた。

「一円や百円はどんな棒?」

「昨年のデノミで最低通貨は百円になりましたので、一円などはございません」

「ちなみに一万円は点が九つあるとか?」

「その通りです」

「……やっぱり」

 萌と夕貴が怪訝な顔でこっちを見ているので、高津は慌てて会話をやめる。

「ありがとう、じゃあまた」

 とにかく早く布団に入りたくて、彼は真っ直ぐ宿屋に向かう。

 そして、疲労困憊していた高津は、六畳一間くらいの部屋しかなかったにもかかわらず、即金で三千円を払うと晩ご飯も食べずに寝てしまった。

 翌日になって、女たちから夕食がどれだけ美味しかったかを聞かされても何とも思わないほど彼は疲れていたのだ。

「済みません、この辺りに有名な占い師がいるって聞いたんだけど、その人の家を教えてもらえますか?」

 朝食のアジの開きを食べながら、萌が宿屋の女将さんに尋ねる。

「ああ、ナスチ・ミチニさんだね。彼は日が沈んでから町の西の外れで客を取るから、昼間は会えないよ。まあ、夜になるまで暇だろうし、町の人から色々な話を聞いて時間をつぶせばいい」

 ということは、またここに一泊する必要があるということだ。

(……ってことは、また魔物を二、三匹倒さなければならないってことか)

 少しうんざりしたが、最初の頃に比べて要領も良くなっているし、現れる魔物も初めて会う奴でなければ弱点もわかっている。少しは楽に倒せるだろう。

 高津は二人と相談し、先にお金を稼ぐことにした。

 備えあれば憂いなしである。

(それに、道具屋の隣に武器屋があった)

 彼は刃物が欲しかった。

 たとえ果物ナイフでも、今みたいに棒きれを振り回しているよりはましであろう。

「君らは町の人たちと話でもしていて。俺は一人で大丈夫だから」

 実のところ、魔物狩りならその方が楽だ。

「何言ってんのよ、こんな訳のわからないところで離ればなれになったら取り返しがつかないよ!」

 〈それにお兄ちゃん一人じゃ心配〉

 高津はやんわりと彼らが足手まといであることを説明したが、二人は納得しなかった。

「しょうがないな」

 戦力だと思いこんでいる彼女らを説得するのは容易ではない。

 仕方なく高津は二人を連れて町の外に出た。

 しかし、あくまでもお金を稼ぐのが目的なので、遠くへ行かずに町の周りとぐるぐると廻る。

「もうちょっとあっちに行ってみない?」

 〈……あっちのお花、可愛い〉

 たまに萌や夕貴がそう言っても、高津は断固として首を振った。

「遠くに行けば、強い魔物が出る可能性がある。そしたら全滅してしまうだろ?」

「そんな予感がするの?」

 高津は頷いた。予感はしなかったが過去の経験がそう告げる。

「それにしてもここは本当にどこなんだろうな」

「何言ってるの、昨日あたしがそう言うたびに、占い師に会えばわかるって言ってたじゃない」

「まあそうだけどさ、それで萌は納得した訳?」

「もちろんよ、だって圭ちゃんの言うとおりなんだもの」

 何か別の生き物を見るような気持ちで、高津は萌を見つめる。

 彼はどちらかと言えば優柔不断で、さっき決心してもすぐに同じ事で迷ったりくよくよしたりするところがある。

 だが萌は物事が決まるまではかなりうだうだ悩み、時には怖いと言ってべそをかいたりするくせに、一旦方針に納得すると、それがどれだけ怪しげな話であっても猪突猛進する。

 そうなると、彼女の頭に疑問を挟む余地はなく、また開き直りからくる奇妙な余裕が身体にみなぎるのだ。

「!」

 と、突然茂みから小さい魔物が飛びだしてきた。

 この辺りに生息するひまわりに顔がついているようなこの生物は、比較的楽に始末が出来る。

 飛びかかってきたそれに棒を一振りすると、ひまわりはすっと砂のように崩れ、後にはいつもの石ころが一つ落ちた。

「ふう」

 高津は額の汗をぬぐう。

「これくらいにしておこうか」

「うん、これだけあれば一週間は宿泊できるよ」

 萌が薬草の入っていた巾着袋にそれをしまうのを見ながら、彼は夕貴の手を引いて歩き出した。

 太陽は彼らが西と呼ぶ方向にある。夕暮れまで二時間ぐらいというところか。


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