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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
9章 眞鬼の里
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5 儀式の朝

 朝方長老衆に呼び出された多由は訝し気に何用か尋ねた。

「多由よ。名無姫の儀式を本日中に執り行え」

 思いもよらないことに多由は慌てた。

「お待ちください。まだ準備が」

「準備は名無姫さえいればいかようになる」

「何があったのですか?」

 様子がおかしいと多由は理由を尋ねた。

「古き神が思いの他はやく近づいてきている。今の名無姫が珍しいのか興味を抱いているようだ。急ぎ禊を済ませ、儀式をとり行え」

 すでに巫女たちには伝令が伝わっているのか千紘を禊へと連れて行っていた。

 思いの他早くて多由は慌てた。

 一番動揺しているのは千紘のようであった。

 まだ数日の猶予は与えられると思ったのに。


 ぼうっとしながら巫女たちに衣装を着せられていた。


「姫よ。その………」

 多由は心配そうに千紘に声をかけた。千紘はにこりと笑った。

「私、がんばるよ」

 お父様と最後まで言わなかったが、そういわれているのに感じ取り多由は悔し気に唇を噛んだ。


 今回もただ奪われるのを黙ってみていくしかないのか。

 いや、自分が代わりに身を差し出せばよい。


 考えているのが千紘にはわかっているのか、悲しげに首を横に振った。


「多由様」


 巫女が多由を千紘から遠ざけさせ、報告を述べる。里への訪問者が現れたという。

「わかった。確認しよう」

「いいえ、確認するまでもなくその者を排除するようにと長老衆から命じられています」

 それを聞き誰が来たかを納得した。



 深い森の奥を進んでいくとようやく里の入り口がみえた。

「ほう、こんなところにあったのか」

 陽凪は驚いた表情をみせ、目の前の里の門に感嘆した。

「もう二度と来ることはないだろうと思っていたが」

 須洛は眞鬼の里に足を踏み入れることを禁じられていた。

 かつて贄に選ばれた姫をたぶらかし儀式を邪魔した罪により。

 須洛としては里に入る必要性は感じられず、特に気にとめていなかった。

「ふふ、儂に感謝せよ」

 老人の姿をした犀輪は鼻を高くして高らかに言った。

 天狗の一族である犀輪は風とともに島国を飛び回っては修行を繰り返す日々であった。そのため、各所の見識が深い。そこを見込まれ、眞鬼の里から里の外の情報を持ってくるようにに依頼を受けていた。

 いくら外と遮断しているとはいえ、全く情報がないままであるのは危険である。

 島国が今どのような情勢なのか、大陸からはどのようなものが流れてきているのかはある程度知識として得る必要があった。しかし、眞鬼の一族は里の外を出たがらない。幼い頃から清浄な空気の中で過ごしてきた為、外の空気の中に入ると寿命が縮まるからだ。彼らにとって外は穢れの多い世界なのだ。罰を受け里から追い出された陽凪の父親と耶麻禰の母親が弱っていったのはそのためであった。

 だから彼らは外の者から情報を仕入れるようにしていたのだ。


「おう、儂は犀輪坊だ。開けておくれ」


 門にそういうと、門扉が開かれたがそこにいるのは一人の鬼であった。

 多由である。

 彼は紅葉色の髪の男をみてじっと凝視していた。

「お初にお目にかかります、御暈の長よ。私は巫覡の者で多由と申します」

 恭しく礼をとる。

 一瞬歓迎されたのかと思ったが、彼の手に持っているのは弓矢であった。

「申し訳ありませんが、そこから一歩でも近づけば射貫きます」

 多由はそういい、矢を番えた。

「ずいぶんな出迎えだな」

 陽凪は呆れたようにため息をついた。

「ええ、すみません。ですが、里の取り決めでそこの男を中に入れるわけにはいきません」

「別に里に入りたくなんかない」

 須洛は髪をかきわけながら面倒そうに呟いた。

「だが、この里に俺の妻がいるかどうか確かめにきた」

「いるとすればどうします?」

「無論、連れて帰る。こんなところにいてもどうしようもないだろう」

 それを聞き多由はため息をついた。

「なるほど。ますます中に入れるわけにはいきませんね」

「そういうことはいるということだな」

 多由は否定せずに言った。

「彼女は大事な贄です。今またあなたに邪魔されてはたまりません」

「儀式?」

 里周辺の重苦しさを感じ取り、須洛ははっとした。

「古き神」

「そうです。何百年もの歳月を経て今またかの神はこの世に近づいてきている」

 眞鬼の一族はこれを慰め元の世界へ還さなければならない。

 そのために必要なのが、贄の姫・名無姫である。

 彼女は神に捧げられる供物であり、神とともにこの世ではない場所へ行かなければならない。

 そして身も心も、魂もすべてを捧げなければならない。

「ならばますます彼女を連れ戻さなければならない。あいつはすでに儀式を終えた身だ。代わりの供物も与えたから二度もする必要はない」

「する必要があります。今、新しい名無姫は生まれず、彼女が戻ってきました。では、彼女が儀式を行う責務があります」

 須洛が一歩前に出ようとすると弓が引かれる。首を横にそらさなければ脳天に矢が刺さっていた。

 どうあってもこの先を通さないという構えの巫覡に須洛はため息をついた。

「お前らはどうも感じないのだな。島国を守るためなら一人の娘を犠牲にしてもいいと」

「当然でしょう。島国にある数多の命と一人の贄………選ぶなら犠牲の少ない方を選びます」

 長い間、一族はそうしてきたのだ。それにより彼らはこの島国の安寧を守ってきた。

 本来ならそういうものだ。

 そうはいっても先ほどまで自分の目の前で笑っていた少女が脳裏に浮かんでくる。

 今言ったことが本心ではないということが痛く感じられる。

「ばかばかしい」

 須洛ははぁとため息をついた。

「贄の姫を与えても何百年後かはまた古き神はやってくるのだろう。永劫来なくすむようにするというわけでもない。ほんの何百年の為に俺の姫を犠牲にされちゃ敵わない」

 それに。と須洛は付け加えた。

「現に俺の角でどれだけ時間を稼げた。名無姫の命、というよりは神の満足のいくものを与えられるならそれで十分だろう」

「では、何を捧げると?」

「そんなの知らない。今まで神様の意見を聞かず贄の姫を与えて追い払ってきていたならだれも知るわけないだろう。というかお前らの怠惰さが今まで少女を犠牲にしてきたんだろう」

「どうやって話を聞くというのだ。あの神がこの世界に来れば島は崩れ落ちる。では扉の向こうの世界にいけば戻って来れない」

「戻ってきた人間が現にここにいるぞ」

 須洛はにやと笑った。

 それをじっと見つめ、多由はさらに尋ねた。

「御暈の棟梁よ。ひとつだけ。何故、あの姫がよいのです? あなたであれば多くの美姫を愛でることが可能でしょう。何もしなくとも一族や連なる者らが姫を用意してくれますし」

「そうなんだよなぁ………」

 この五百年の間、須洛は名無姫をただひたすら想い、あてがわれた姫にそこまで執着を示せなかった。

 本来の彼であれば豊満な肉体を持つ美しい姫がよいと感じたはずである。

 例えるならば、朱音や陽凪のような。

 一度は一線を越えることもあったのだが、あくまでそれ以上の関係を築くことはなかった。

 妻にと望んだのは名無姫、千紘のみであった。

「何がそこまで執着させるのです?」

「理由は特にないな。ああ、はじめて会った時はあの姫は泣いていた」

 名無姫だった頃、はじめて出会った時に須洛は傷を負ってしまった。そのことで名無姫は涙を流した。

 その姿をみてから忘れることができなかった。

 泣いてほしくないと思った。

 再び出会ったときは外の話を聞き目をきらきら輝かせて笑っていた。

 それをみて彼女には笑っておいてほしいと願った。

「姫が笑うのであればそれはよし。泣いているのであれば傍まで駆けつけてやり抱きしめてやりたい。そう思ったのはあの姫が初めてであった」

 理由などない。

 ただ恋しく感じるようになったのだ。

 そう答える須洛に多由は目を伏せて弓を下した。

「そうですか。では、行って古き神に話をつけてください。贄の代わりにご所望のものを」

「良いのか?」

「構いません。他の巫覡は今は姫の見送りで人手を割かれているところです。まにあわなくなる前にどうぞ」

 今まさに儀式は執り行われていると聞き須洛は慌てて門を通った。陽凪も後を追う。

 後ろを射抜かれるのではないかと警戒しながら走るが、多由が弓を構えることはなかった。

「良いのか?」

 同じ問を犀輪がする。

「ここであいつを通せばお前は裏切り者として誹りを受ける。悪くて死罪、良くて追放だ」

 どちらも死につながることである。

「構いません。娘を奪われ、妻を亡くした頃よりこの命はもうないものと考えていましたので」


「ではその命を私に預けていただけませんか?」


 女性の声がして二人はその方へ視線を向けた。

 しゃらんと音を奏で、白い髪の巫女が森から現れていた。

「おお、空閑御殿」

 犀輪は意外な人物に声をあげていすまいをただした。

「お久しぶりです。犀輪坊」

 空閑御はにこりと微笑んだ。

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