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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
【1】鬼に嫁いだ姫
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5.散策

 一夜目、あんなに怖いと感じることだと思わなかった。あまりの怖さに頭が混乱し、標的を寝所から追い出すという失態を犯す。

 二夜目、標的に介抱をしてもらった上に添い寝をしてもらう。だが、酔いが強すぎてその絶好の機会をみすみす逃す。

 三夜目、標的が仕事で忙しく部屋を訪れたのはかなり遅かった。その為自分は深い眠りについており、標的と添い寝という絶好の機会を逃す。

 四夜目、標的が仕事で忙しく訪れることがなかった。

「といった経験を生かし、次は決して逃さないようにしなきゃ」

「何を逃さぬのです?」

 お茶と茶菓子をもってきた小鬼たちは小首を傾げて三の姫に質問してくる。

「うぅん、こっちの話よ」

 三の姫はさっと文机に書いていた紙を隠す。

「姫さま、きょうのごよていは?」

「うぅん、ないわね」

 婚儀で行うことはだいたい終わったようで三の姫のすることは何もなかった。だからこそ鬼の首をとるという本来の目的に集中しなければならない。

(そういえば綱様、遅いなぁ)

 三の姫が大江山を登った後必ず後を追うといっていた武士を思い出す。

 彼の性格を考えるとすぐに来てくれると思ったのだが。


「ならば姫さま」


 小鬼はひとつ提案があるというようにびしっと両手をあげる。

「何かしら?」

「せっかくですから里をさんさくしてみてはどうでしょう?」

「え? でも、外を出歩くなど」

「何かわるいのでしょうか?」


 そうであった。ここは都ではないのだ。

 女性が部屋の奥で閉じこもって夫が来るのを待ちわびなければならないわけではない。

「でも、勝手に外を出歩いていいのかしら?」

「いちおう門の鬼にひとこと伝えた方がぶなんでしょう。とーりょは姫さまが好きなようにしていいと言っていました」

 一応夫の須洛がそう言うのだ。

 三の姫が外を出歩いても何の問題はないということらしい。

「あんないはお任せを」

 小鬼は三の姫の道案内をかってでようという。

 ならば道に迷う心配もないし、他の人よりは安心して同行できるだろう。

「じゃぁ準備するから手伝って」

 そう言い三の姫はたちあがる。

 小鬼たちはわぁっと三の姫の衣装にまとわりつく。

 衣装にまとわりついたものは袿を腰のあたりでつぼ折りにする。これで裾で歩きづらいということはなくなった。

 髪も三の姫の背あたりにくりり元結いで結う。

 これで外を出歩きやすくなった。

「じゃぁ、行きましょう。行きましょう」

 道案内を買ってでた小鬼は両手を広げはしゃいでいる。人とおでかけするのが楽しみな様子である。

「ちょっと待って。まだ準備したいものがあるから先に外を出ててね」

 そう言うと小鬼たちは一斉に三の姫の部屋を出た。本当によく働き素直な小さい生き物たちである。

「さてと………」

 三の姫は寝所の中で隠している例の小刀を取り出す。

 鬼を討つ為にいただいた品である。いざとなればどこかで絶好の機会に巡り合えるかもしれない。

 それに外を出るのだからちょうど里に入った綱に出会えるかもしれない。

 部屋の外を出ると階で待っていた小鬼が三の姫に草鞋を差し出した。

「ありがとう」

 三の姫は草鞋を履き、小鬼を抱えあげる。そして自分の肩にちょんと座らせた。

「じゃぁ、行きましょう。え、と門はどこかしら?」

 実を言うとあまり庭も歩いたことがない為どこに門があるか三の姫はわからなかった。だってこの館はかなり広いのだ。

「こっちです」

 小鬼は指をひとつの方向へ示す。三の姫はそれを信じて先を歩く。しばらくして確かに門らしきものに辿りつけたのだ。

「おや、姫様?」

 門の番をしている鬼は三の姫を見てどうしたのだろうと首を傾げる。

「ちょっと外を散策してみたいの。だめ?」

 三の姫の言葉に門番の鬼はにこりと笑った。

「いいですよ。小鬼がいるし、迷うこともないでしょう。ですが、夕暮れ前には絶対帰ってきてください。あと、里の外へ出てはいけませんよ」

「わかったわ」

 三の姫はにこりと笑って頷き、門の外を出た。

「姫さまとおでかけおでかけ」

 小鬼ははしゃぎながら声を躍らせる。

「でも、いちいち誰かに言付けするのは面倒ね」

「姫さまをしんぱいして故なのです」

 小鬼の声に三の姫はぎくりとした。

 今の呟きはいざ鬼の棟梁の首をとって逃げる時の算段で悩んでのことだった。寝所から出て館を出るにはあの門番をどうかわせばいいのか。

 そんなことはつぶらな瞳をした可愛い生き物に言えることではない。三の姫は頭の中でいろいろ考えて、適等なことを言って見せた。

「えーと………一人気晴らししたいなって時はどうすればいいの? 館の部屋の中で閉じこもるだけ?」

「うぅん? そう言う時があるのですか?」

「あ、あるのよ。女の子の心は複雑なの」


(さっきから本当に適当なことを言っているな、大丈夫かな)


 三の姫は内心不安に思いながらも小鬼に強く言った。

「ならば良いことを教えましょう!」

 小鬼はぴょんと三の姫の肩から下りて館の塀周辺をぐるりと回らされる。

「ここに穴があります。こっそり小鬼用の出入り口にしているのです」

 小鬼が連れて来てくれたのは塀に穴がひとつ空いてしまっている場所である。犬が通りそうな場所だなと三の姫は思った。

(この大きさなら私でも通れそう)

 試しにその穴を通ってみるとするりと通り抜けることができた。朱音に痩せすぎと評価された体が意外に役に立つものだと感じられた。三の姫はまたするりと抜け穴を通り外に出る。小鬼を抱き上げぎゅっととした。

「ありがとう、いつか活用させてもらうわ」

 三の姫に抱きしめられた小鬼はぽっと頬を赤く染め照れているようであった。

「お、お役に立てたのならば」

「さて、里の中を案内してくれる?」

「はい。もちろんです」

 小鬼はぴょんと三の姫の肩に乗り、早速里の案内を開始した。

 そして一面に広がる田畑の姿を改めてみる。三の姫はほうっと溜息を吐いた。


(相変わらず見事な景色ね)


 田畑といえば山の麓の村にもあったのだが、山の中の田畑の景色はどこか雰囲気が違う。

「一体ここでは何を作っているの?」

「稲ですよ。あとはやさい。あと、川に大きな建物があります」

 田畑のずっと向こうに館並に大きな建物がたっている。どうやらあれを言っているようだ。

「あれは蹈鞴場と呼んでいます。鉄や銅など金属を加工する場所です」

 そういえばこの里の収益のひとつは金属加工だと言っていたような気がする。

「へぇ、どんな場所なのかしら」

「ちょっとあつくるしいばしょですよ。姫の衣が汚れるおそれがありますし」

 小鬼は困ったように三の姫があの中に入るのを思いとどまらせようとしている。

「私は入っては駄目なの?」

 そう聞くと小鬼は慌ててあれこれと言ってくる。

「そ、そうではなく。えーっと、あそこは里のだいじなぎじゅつの集まりでもあるし、ああ、でも姫はとーりょの奥がただからもんだいはないかも……でも、とーりょのきょかがない限りあんないするのはちょっと」

 随分な慌てようである。

 何だか可哀想になってきたので、話題を変えてやった。

 別にそこまで行きたい場所というわけでもなかったし。

 田畑を歩きながら、小鬼は三の姫の質問に次々と答える。

 道を歩くと、働く農夫が三の姫にうやうやしく頭をさげた。

「?」

「姫さまはとーりょのだいじな人だからみんな姫さまにけいいを払っています」

 自覚はなかったのだが、確かに三の姫はこの里の鬼の棟梁の妻ということになっている。この里の者にとっては棟梁の次くらいに大事な人ということになるのだろう。

 歩いていると気になるものを見つけ三の姫はそれを見に近くまで寄った。

「これは? ふもとの村でも見たけど」

「すいしゃです。これでたんぼの水を揚げるのです」

 どういう仕組みで水を揚げるのか三の姫は首を傾げる。おそらく今聞いても理解できないだろう。

 次へ進もうと三の姫は里の散策を続けた。

 里を見ればそれはふもとの村で見たことあるものがいくつかある。気になって質問すれば小鬼はひとつずつ名前を教えてくれた。

 時折、田畑の中に散在する家の中を覗いてみる。中には誰もおらず今は仕事に出ているようである。それはあの製鉄場で働いているのか。

 いくつかの家の中を覗けば、中年の女性が驚いて中へ迎え入れてくれた。そして餅をふるまわれてしまった。

 家の中は館に比べると粗末な竪穴式である。

 三の姫にとって珍しく感じぐるりと中を見渡す。

 こんな狭い家に家族が五人ぎゅうぎゅうに暮らしているというのだからさらに驚いてしまった。

 女性はくすくす笑って言った。

 別にそのことは不満に思っておらずむしろ日々の生活を楽しんでいるようである。

 女性の家を出た後、小鬼は次はどこへ行きましょうかと尋ねてくる。もう田畑をぐるりと見てだいたいの様子は見れた気がする。

 まだ行っていない場所はいくつかあったらしいが、三の姫はそういえばこの里の出入り口がどこにあるのだろうかと思った。

 この里に来て里を一望できた場所だったはずだ。

 だが、それをどのように行けばいいのかわからない。

 ここで小鬼に案内してもらい、棟梁の館と里の出入り口までの道のりは把握しておきたい。

「ねぇ、里の出入り口に行きたいわ。里を一望できたと思うの………ちょっともう一度見てみたい」

 そう言われ小鬼は喜んで三の姫を里の出入り口まで案内した。

 出入り口と言われた場所はまるで木の門のようだと三の姫は思った。

 山の木々が里を取り囲むように生い茂っている中そこだけ木がよけているような気がする。

 くるりと後ろを振り向けば里を一望できる。

 三の姫は里の姿を改めてみてみると外周は堀と柵で囲われており、その内側に棲む人や鬼の家が点在し、田畑が広がっている。奥には棟梁の館があり、そこで里の行く末を話し合ったりしている。


(はじめてこの里に入ったときも思ったけど、まるでひとつの小さな国のよう)


「そういえばこの里に外から人は来ないの?」

「はて?」

 小鬼は首を傾げる。そして三の姫をじっと見つめる。

 ああ、そういえば自分も外から来たのだった。

 数日前のことだというのに何だか長くここにいたような心地がした。

「私の前によ。ほら、山のふもとの村の人がうっかりこの里に迷い込むとかあったんじゃないの?」

「昔はよくあったと聞きますが、今はあまりそういったことは………」

「どういうこと?」

 山の中を彷徨えばふらふらっと誰か迷い込むのではなかろうか。

 今は大江山の鬼を恐れてそうする者が少ないとは思うが、鬼退治に躍起になる僧侶や陰陽師たちがこの大江山を調べたことがあったと思う。

 それらが未だにこの里へ辿りついたことがないというのは不思議でならない。

「姫さま、ここは鬼の一族がちえを以て造った里です。そして、鬼はこの里にひとつのけっかいを施しました」

「結界?」

 首を傾げる三の姫に小鬼はこくりと頷いた。

「それは外の者が勝手にこの里に入ってこれない為の結界。里の一部の者だけが使える術やどうぐいがいではこの里を行き来できないのです」

 もし、外の者がこの里を目指して来ようとも、深い山奥をあちこち行き来するのみだという。何度も同じ道を通ったりとまるで狐に化かされたような現象が起きるらしい。

 ひょっとして綱がなかなかこの里にやってこないのはそのせいなのだろうか。

 彼は今もこの大江山の中をうろうろしているのかもしれない。

 もしかするともう諦めて都へ帰ろうとしているのかも。

 だとするとまずい。

 このままでは応援が来ないということだ。

「あ、じゃぁ、術や道具を持たない里の者が外へ出たらどうなるの?」

「どうもなりません。ちょっと出る程度ならすぐに戻って来れます」

 だが、あまりに里から離れすぎると帰れなくなる。術や道具を持つ里の者と共にでなければこの里へ戻ることができない。


(ちょっとか………)


 それではそのちょっと出た先で綱に出会ってこの里へ誘導するというのはできないものであろうか。

「ねぇ、この里を行き来する為の道具てどうしたら貰えるの?」

「姫さまは里を出たいのですか?」

 つぶらの瞳でこちらを見られ三の姫は一瞬うっとたじろぐ。そのつぶらな瞳が何だか寂しげなものに見えたからだ。


 この里は楽しくないのでしょうか?


 そう訴えかけられているような気がした。

 何だか悪いことを言ってしまったような気がする。

「たまにね。山の麓の村にお世話になったし、自分は元気にしていますって伝えられたらなぁて」

 何とか取り繕ってみる。ああ、そういえばもう五日も経つのか。

 もう村人たちは私のことなど鬼にこっぴどく扱われて食われたものだと思っているだろう。

 とてももてなされてしまっています。

 むしろ大事にされてしまっています。

「山の麓の人たちに会いたいのですか?」

「ええ」

「どうぐをかんりしているのは空閑御さまです」

「空閑御さんが?」

「空閑御さまはこの里のけっかいを張るおしごともしています。だから里を行き来するどうぐをさくせいしているのも空閑御さまなのです」

 それははじめて聞いた。

 この里に来て出会った社の巫女を思い出す。真っ白い髪に神秘的な容貌を待つ巫女。

 彼女に頼めばこの里を行き来する道具を手に入れることができるだろうか。

 そう考えても何故必要かを説明するのが大変そうだ。今小鬼に言った説明では納得はしないだろう。

 おそらく文などを鬼に持たせ使いに出せば良いと言われるだろう。

 まさか鬼退治をしようとする渡辺綱への文を鬼に渡せるはずがない。

「困ったなぁ………せめて文をどうやって届ければ」

「それならば、呼鳥ことりさんに頼むと良いです」

「こ、小鳥さん?」

「あっちです」

 小鬼は三の姫にまた案内を始めた。小鬼の言われる通りの道を歩くとひとつの家に辿りついた。里の外れにある家である。竪穴式の家に、その隣には小さな小屋が建てられている。

「ここは?」

「呼鳥さんの家です」

 確かに鳥の家である。小屋からぽっぽっと鳴き声が聞こえてくるのだから。


「おや、お客さん?」


 三の姫より二つ程年下の幼い少年が後ろから声をかけてきた。桶を抱え、その中には鳥の餌と思われるものをぎっしりと詰め込んでいる。

「呼鳥さん、姫さま連れて来た」

「見ればわかるよ。こんな里外れにお姫様が何の用だい?」

「文を出したいのです」

「文?」

 呼鳥と呼ばれる少年は首を傾げた。

「都の知り合いにでも文を出したいの?」

「ええ、そうです」

「ふぅん、まぁ………文くらいなら鬼たちが運んでくれるだろうと思うけど、鬼に運ばれちゃ人は驚くだろうね」

 そう言いながら呼鳥は小屋から一匹の鳩を取り出す。小さな白い鳩である。

「呼鳥さんの育てた鳩はすごいんですよ。この鳩さんは人の心を読み、文を届けたい人の元へ飛んで行けるんです」

「へぇ」

 小鬼の説明が本当ならば確かにそれはすごいことだろう。神話に出てきそうな能力である。

「それで姫様、文は?」

「あっ、ちょ………ちょっと待って、えと」

 実を言えばまだ書いていない。

 三の姫がそう言えば呼鳥は家の中に紙と硯があるから使って良いと言ってくれた。

「ありがとう。すぐに書くわね」

 三の姫はそう言い呼鳥の家の中へ入った。竪穴式の家の奥に粗末な文机と硯箱があった。硯箱をあけて中を見れば綺麗に手入れされている。随分と大事に使っているようである。

「えーと」

 三の姫は筆をとり、とにかく綱に渡す文を書く。

 まずは里の様子、鬼のこと、この里に入るには特殊な術か道具が必要だということ、そして自分の今の身の置き場。

 それらを書き連ね、小さく折りたたむ。

「書いて来たわ」

 そう言い、三の姫は文を呼鳥に見せた。

「じゃぁ、こいつの足に結んで。結ぶ間に届けたい人のことを考えれば鳩はその人の元へ飛ぶ」

 言われるままに三の姫は綱に運んでくれと念じながら鳩の足に文を結びつけた。

「お願いね」

 三の姫がそう言うと鳩はばさばさっと音を立て、遠くへと飛び立った。

「もし返事が届いたら館に持って行くよ」

「うん、お願いね。あ、何かあげた方がいいのかな」

 都では文を頼む際童に駄賃をあげたりしていたが、生憎今三の姫は何も持っていない。館に置いてきた葛篭の中に良い品がいくつかあると思うのだが。

「いや、いいよ。あんたは棟梁の妻だから特別だ」

「ありがとう」

 三の姫はにっこりとほほ笑む。

 だが、呼鳥の言う棟梁の妻というのに少しひっかけるがある。

 未だに三の姫は実感が湧かないのだ。

 元はその棟梁の首を取る為にこの里にやってきたのだから。

 三の姫にとって棟梁の妻というのは実行に必要な手段のようなものだ。


(なのに、須洛も小鬼も………この里の人たちは私を大事にしてくれる)


 どこか罪悪感のようなものが生じ、それが三の姫の心の奥でちくりと痛む。



   ◇   ◇   ◇



 里の外、随分遠く離れた林の中で一人の男がいらついていた。

 三の姫に後を追うと約束した武士・渡辺綱である。

 彼は約束通り三の姫が鬼の里へ案内された後、大江山を登り三の姫の行方を捜した。

 しかし、山のどこを捜しても鬼の里らしきものを見つけることができない。あちこちと歩きまわっているとぐるぐると同じ場所を何度も通ってしまう。

 段々イラついてしまい今に至る。


 彼の予定では三の姫が里へ行ったすぐ後に自分も鬼の里に入るつもりだったのだ。

 しかし、例の鬼の里は一向に見つけることができない。


(山のどこを捜しても鬼の棲家らしきものが見あたらない)


 岩の上に座り、刀を地につかせとんとんと繰り返し音をたてる。

 彼が苛立つのは仕方のないことである。三の姫が鬼の里へ行ってからもう五日も経とうとしている。

 三の姫の身がどうなったかと思うと気が気ではない。

 か弱い姫が鬼に良いように触れられると思うとかっと熱くなるものを感じる。ますます苛立ちが増していく。


(今頃姫はきっと心を痛めておいでだろう)


 鬼に汚された我が身を憂い、小刀で自分の命を散らしているかもしれない。

 それとも、すでに鬼に飽きられ喰われてしまったかもしれない。


(ああ、やはり私が姫の代わりに行けば良かったのだ)


 三の姫に綱が行ってはすぐにばれてしまうと力説され、姫の言う通りにしてしまった。

 だが、ばれたらばれたでその時は鬼との直接勝負に挑めば良いことである。

 いくつもの妖怪と対峙してきたからそうなっても何の問題もない。

 何故三の姫の言う通りにしてしまったのだろうか。


「心配なら綱様が私に剣の使い方を教えてください。どんなに厳しくても私耐えますから」


 半年前にそう言った三の姫は衵扇からちらりと顔を少し覗かせた。

 真っすぐと綱を見つめる瞳を見て、綱はこの姫の言う通りにしてもいいかもしれないと少し考えてしまった。

 剣を教えるということは三の姫に何度も会いに行くことができるということである。もし、綱が自分の言う計画通りにすれば三の姫との関係はこれっきりになってしまう。

 だが何度も会い直に会えば三の姫との関係は深くなっていく。

 ようは綱は三の姫に一目ぼれしてしまったのだ。


(我ながら情けない。熱に浮かされ、己の本来の領分を忘れてしまうなど)


 武士失格である。

 同じく妖怪退治によって名をあげた仲間が知ったらどんなにこっぴどく言われるだろうか。

 おそらく五十年経ってもからかいのねたにされてしまうに違いない。


 ばさばさっ


 羽の音と共に白い鳥が綱の前に現れる。

「鳩? 何故この山に」

 そう思い、鳩の足を見ると文が括りつけられている。首を傾げながら綱はその文を手に取る。

 広げて中を見ればそれは三の姫からの文だと知る。

 三の姫の御手蹟である。去年の秋より半年、剣の稽古と鬼退治の訓練で何度か文を交わすことがあったからよく知っている。

 鬼の里についての情報を細かに記している。結界のことを知り山をいくら捜索しても鬼の里に辿りつくことができない理由をようやく知る。

 そして三の姫は鬼の棟梁の嫁として大事にされていて、今のところ特に危害は加えられていない旨が書かれていた。


『私は大丈夫ですのでご心配なく』


 そう綱に心配をかけまいとする三の姫の健気な心を感じ、綱はぎゅっと文を握りしめる。

 しばらくしても綱から文を書く気配がないと感じた鳩は羽を広げ空へと舞った。

「あ、待て………」

 綱は慌てて鳩を呼びとめようとするが、鳩は姿を消してしまった。


(返事の文をくくりつければ姫の元へ運んでくれたかもしれないのに)


 だが、今の自分は硯も紙もない。持つのは携帯食と愛刀くらいである。

(ああ、くそっ)

 せめて硯だけでも持ってくるのだった。

 綱はそう後悔した。

 そして再び文を開き中を何度も読み直す。

 三の姫の安否を知ることができただけでも少し気持ちが楽になった。

 だが、未だに三の姫が危険な場所に身を置いているのは変わりがない。


(待っててくれ、姫。かならずやお救いします)


 そして悪しき鬼などすぐに成敗してやる。


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