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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
9章 眞鬼の里
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1 潜入

 土蜘蛛の一族の住処は九州の山合の洞窟の中に存在していた。その周辺には土蜘蛛がうろついており、近辺の村は無暗に土蜘蛛がうろつきそうな場所に近づこうとはしなかった。

「だいたいこの山のこの辺だな」

 犀輪は地図を指さした。

 船から出て長時間走った先にようやく目的の山を見つけた。人里からずいぶん離れたところで須洛は近くの川で髪の染料を流した。

「………」

 洗っている最中に髪の中に隠れている小さな角に触れた。昔の角を失った後自分の命をつなぐ為に新たに生え変わった小さな角。

 無名姫に出会わなければ今も立派な角を持ったままだっただろう。

 そして佐鳥・似鳥兄妹を巻き込まずにすんだだろう。

 だが、それでも須洛は無名姫に出会ったことを悔やむつもりはなかった。

「返してもらうぞ」

 尹褄の里へ初めて入ったとたん陰鬱とした空気に須洛は眉を潜めた。かつて朝廷の祖によって追い立てられ、洞窟の中で多くの鬼たちがひしめき合い暮らしているからだろうか。

 須洛の一族も経緯は異なるが、朝廷の祖と一線を引くために山の奥に結界を張り里を作っていた。似たようなものとも思えるが、全体的に漂う空気が重く感じた。

「何しろここは反朝廷勢力の一族の里だからな」

 朝廷の祖によって滅亡の危機に瀕し、表舞台から遠ざけられた一族は多い。その中に鬼の血筋、呪術者の一族、妖との交じりものも存在していた。その筆頭のひとつがこの土蜘蛛の一族であった。昔はもう少し開け放たれた大地に村をつくっていたそうだが、朝廷の祖によって一族皆殺しに合い生き残りがここまで逃れてきたという。

 その憎しみは強く、今も一族の呪術者たちは遥か遠くの地の朝廷に呪いをかけ続けているという。

「呪いの本殿と言えばこの空気もわからなくもないだろう」

 陽凪はけだるげに呟いた。

「大丈夫か?」

 よく考えると陽凪は椿の気の中で育った鬼。そして父は真鬼一族の巫覡であった者だ。

 この空気の中で過ごすのはかなりきついだろう。

「安心しろ。そこまで私は温室育ちではない………ただ」

 似鳥にとってはどうであっただろうか。耶麻禰の母は真鬼の里という温室で育った巫女。この中で生きていくのは苦しかっただろう。

 そう思ったが、陽凪はあえて口にしなかった。

 そうなるきっかけを作ったのは須洛なのである。須洛の気を落ち込ませることを今はしたくなかった。


   ◇   ◇   ◇


 洞窟の奥から気配が感じられた。須洛はじっと目の前をみると奥から多くの土蜘蛛が現れていたのだ。なるべくぎりぎりまで気配を感じられないように進んでいたが、すでにかんじとられていたようである。

「来るとわかっていて迎えてくれたか」

 須洛は不敵に笑った。

「陽凪、犀輪。俺の傍から離れるなよ」

「己惚れるな。自分の身くらいは自分で守れる」

 陽凪は自分たちのことは気にせず、行きたい場所へ向かうように言った。

 それを聞き須洛は土蜘蛛の群れに突っ込み、村へと入った。村では土蜘蛛使いの鬼たちが待ち構えていた。須洛に一斉に襲い掛かるが、須洛はそれらをはねのけ村の奥へと進んだ。

 村の鬼にある社の中に。

 そこに一族の長姫がいて、そして千紘もいるだろう。

 社の扉の前で土蜘蛛が現れ須洛に襲い掛かった。

「思ったより早く来たね」

 若い男が感心したように言った。

「お前は」

「弧縁です。耶麻禰様の弟子で部下です」

 耶麻禰という名を耳にして須洛は目が険しくなった。ここを彼が守っているということは中に耶麻禰もいて千紘もいるということだ。

「中へ入るぞ」

「ダメです。耶麻禰様から部外者を入れてはならないと仰せつかっています」

 須洛は前へ進むと土蜘蛛が襲い掛かってきた。須洛は土蜘蛛の牙をかわし、足を掴んだ。それを持ちあげ、横へとふりなげた。

 自分の倍程の巨体であるのにかかわらず。

「はぁ、私程度の土蜘蛛では御暈の棟梁には力及ばずか」

 わかってはいたが、こうもあっさりと倒されてしまうとは。

 弧縁は近づいてくる須洛に刀を抜いて構えた。刀を振り下ろすと須洛は後退してかわした。弧縁は休みを与えずさらに切り込む。何度か刀を振り下ろすと須洛は前へと出た。

 その動きに弧縁は一瞬動揺したがそれでこの鬼に一撃くらわせられると思いそのまま踏み込んだ。

 須洛は刀の刃を左手で握りしめ右手を振り上げた。

 それにより逃げる瞬間を逃した弧縁は須洛の拳を頬に直撃してしまう。

 刀から手を放して弧縁は宙へと飛んだ。

「………」

 土蜘蛛使いの鬼としては弧縁は上の方に位置するが、須洛の方が力は上であった。年齢も考えると実戦の経験においても須洛の方が優位であった。

 御暈一族の強さが少しずつ弱っていきながらも今まで土蜘蛛の一族と渡り合えたのは須洛自身の強さがあったからだ。

 須洛は社の中へと入った。奥の部屋をみると黒いものが一面にみえた。それが何かを目でこらすと髪の毛であった。見事な長い黒髪。

 その中央に座すように一人の若い女性がいた。

 土蜘蛛使いの一族の長姫・尹褄であった。

「おい、俺の妻を返してもらうぞ」

 そういうが、女性から返事がなかった。こうして侵入者がきているというのに微動だにしないそれに須洛は奇妙に感じられた。

 おそるおそる中央の女性に近づき、触れる。その少しの動きでぱさっと人形のように女性は崩れ落ちた。

「これは………死んでる?」

 美しい女性の死体でしかなかった。その死に顔は安らかで笑っているようにもみえた。

 須洛は頭の中で混乱していた。

 敵の本拠地で親玉のもとへたどり着いたというのに肝心の親玉はすでに死んでいた。そして社の中では誰の気配も感じられない。

 耶麻禰も千紘もいなかった。


 一体どこへ。


 頭の中で必死に考えてもうまくまとまらない。

「くそ」

 須洛は懐から一枚の紙を取り出した。自分では理解できなければ知恵を借りるしかない。

 そう考え、紙に語り掛けると紙はひとりでに動き人の姿を作り出した。

 白い髪の少女・空閑御であった。

 予め空閑御によって何かあった際は使うようにと言われ渡された呪符であった。それに声をかければ紙を媒介に招聘されるという。


「これは………」


 空閑御は部屋の中の異質さを感じ取った。そして女性の姿をみて絶句した。

「これは間違いなく尹褄姫……の死体。どういうこと」

 彼女はおそるおそる尹褄の遺体に触れた。空閑御からしてみても尹褄の死は意外だった。

「………誰かに殺されたのか?」

 須洛の問いに空閑御は首を横に振って否と言った。

「いえ、この遺体からは損傷は見当たりません。呪詛も………尹褄程の巫覡であれば簡単に呪詛を受けないし、返しにも遭わないでしょう」

 現に空閑御自身、尹褄を何度か呪詛したり呪詛返しをしたことがあるが彼女は全くそれに動じることがなかった。自分と渡り合える巫女がこのように死ぬなど考えられない。

「寿命とか」

「………」

 尹褄と最後に話した内容を空閑御は思い出した。尊大なあの言い方、とてもではないが今から死に急ごうとする者の言葉とは思えなかった。自分の野望を叶える為にぎらぎらとしたあの瞳が今も脳裏をかすめた。

「嫌なこと」

 空閑御は思いついたことに嫌気がさした。

「どうした?」

「尹褄姫はこの体を捨てたのです。新たな体を手に入れたから」

 だからこそすでに何百年も使い古されていた体をあっさりと捨て去った。

「尹褄程の呪術者の依代はそうそう生まれてこないはず」

 そのため尹褄は自分の肉体に術を組み込んで、ここまで朽ちずにいさせたのだ。

「その新しい体が三の姫だったら最悪だわ」

 その言葉を聞き須洛はさあっと血の引く思いがした。

 ありえないことではない。

 千紘は真鬼一族の大事な儀式の為に育てられた巫女姫の生まれ変わりであった。ぱっと見ふつうの娘のようにみえて、魂とそれが何年も入っていた器はかなりの素質を持っていた。空閑御が巫女として育てればかなりの力を持てただろう。

「おい、じゃあ………千紘は、どこに」


 ―――ならばもう一度役目のために生きてもらいましょう。

 ご安心を。役目のときまでは大事に大事にしましょう。―――


 耶麻禰の言葉を思い出す。

「真鬼の里?」

 耶麻禰の目的は須洛を苦しめること。無名姫の生まれ変わりである千紘には果たすべき役目を果たしてもらうこと。

 それを考えると向かう場所は例の古き神に最も近い場所、真鬼の里になる。

「ですが、どうして?」

 尹褄姫が自分の肉体を手放すことが空閑御には理解できなかった。

 千紘の肉体を新たな自分の肉体にしようとする気持ちはわからなくもない。だが、その千紘の肉体で真鬼の里へ向かうなど、千紘を儀式に向かわせるようなもの。せっかく手に入れた肉体を手放すことになるだろう。いや、自分も古き神への儀式に巻き込まれる可能性がある。

「まさか………」

 空閑御は青ざめ震えだした。

 どうしたんだと須洛が問う前に空閑御はじっと須洛を見つめた。


 急いで真鬼の里へ向かいなさい。

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