2 逢瀬
それからは祝詞の後寝静まった頃に須洛は無名の社を訪れた。社の中に入るのは憚れるため無名は階の上で須洛は階下で会話をしていた。無名は須洛から外の話をしてもらい目をきらきらさせていた。
「外にはいろんなものがあるのね」
中でも無名が興味を引いたのは大江山の紅葉と海の景色であった。
「紅葉の色はあなたの髪のように美しいのでしょうね」
そういうと無名は階下の須洛の髪の色を見つめた。夜の中わずかな月明かりの中でみても美しい赤い色であった。
「見てみたいわ」
そう無名は呟いた。
「………連れて行ってやろうか。お前の役目が終わったら」
それを聞き無名は須洛の方をじっと見つめた。
「巫女の役目が終わればお前はここで過ごす必要はないだろう」
外界から遮断され身を清める為に社に籠る日々、それは儀式の為のものであった。儀式さえ終われば自由の身になれるのだろう。
「また数年後に祝詞を聞きにやってくる。その時まで覚えていれば連れて行ってやる」
「うん、楽しみだなぁ。そう考えると儀式も堪えられそう」
無名は満面の笑顔で言った。
「約束よ! 次来たとき忘れていたら怒って追っかけてやるから」
「はは、ここしか知らないお姫さまが里の外を自力で出られるかな」
須洛は意地悪気にいいそれに無名はむすっと頬を膨らませた。それをみて須洛はおおいに笑った。
一族の為に祝詞を受けるという行いに退屈な気分でいたが、表情をころころ変える少女との語らいは案外面白いものであった。
思えば自分が成人してから夜をともに過ごしたものはどこか試してくるような言い方をする大人の女性が多かった。時折このように無邪気な娘と接するのも案外悪くないと思った。
楽しい語らいを済ませ須洛はいつものように森を出て誰にも悟られないように部屋へと戻った。
「ん?」
部屋で過ごしていると重苦しい感じが一層強くなるのを感じた。外をもう一度みるが特に変わりはなさそうである。気のせいだと思いそのまま寝具の中に体を休めた。
しかし、その感触は気のせいではなかった。社の中残された無名は自分の衣を抱きしめはらはらと涙を流していた。




