4.お披露目
小鬼たちに髪を洗ってもらい良い感じにお香をしみこませてもらい、三の姫はとても気分良かった。
「姫さま、お召し物です」
小鬼たちは部屋の隅に飾られていた衣装をわっせわっせと運んでくる。着換えるのも手伝ってくれると言うのだ。
三の姫はお言葉に甘えて小鬼たちに着替えを手伝ってもらった。
新しい布で作られた衣装はするりと肌に通りとても心地いい。
「なんだかとっても良い気分だわ」
こんなに心地いいのははじめてかもしれない。
着る衣はほとんど女房たちのお下がりだった為、こんな綺麗で新品同然の衣装を着たのははじめてだ。気分が自然とあがる。
「でも、こんな品をどうやって……まさか、盗品っ」
「と……? 里で稼いだ金品で揃えた品です」
「里で稼いだって……どうやって?」
「実はこの里はこうぶつが取れ、きんぞくかこうのぎじゅつも盛んなのです。鬼の中には外まで行って里で取れた物、作った物をしょーばいする者もいますし」
「へぇ、意外にまとも」
噂では大江山の鬼は盗賊まがいのことをしているというが、きちんと働き日々の糧を得ているのに感心してしまった。
「姫さま、どうです? とーりょや里の者が姫さまの為によーいしたものです」
それを聞き、一瞬でも盗品だと疑ったことがなんだか恥ずかしい。
少し落ち込む三の姫に小鬼たちは衣装を身に付けた彼女を褒めそやした。
「姫さま、きれいです」
「お雛さまのようです」
「ありがとう」
雛人形のように可愛らしい小さな生き物にそう言われるとなんだか照れてしまう。
「はぁい、準備は整………」
迎えに来た朱音が部屋の中を覗きこみ、意味不明の感激の声をあげた。
「はぅあ、可愛いっ!!」
花を散らしながら近づいてくる紅葉色の髪の鬼に三の姫ははっとして、几帳の後ろへ隠れる。
朱音が右へ行くのなら左の屏風の後ろへ行き。朱音が左へ行くのなら右の几帳の後ろへと隠れる。
「あら、なんで隠れるの?」
「いえ、何となく………」
三の姫はごにょごにょ口を濁す。
昨日、胸や体のあちこちを触られた時のことをまだ根に持っていたのだ。あれから、三の姫の脳内では朱音の近くにいては危険と認識してしまっている。
「ふぅん」
朱音はくすりと笑う。何か企んでいるといったような表情である。三の姫は勿論警戒を怠らなかった。
朱音は几帳の後ろへと周り三の姫は急いで几帳の周りを回ってしまおうとした。その時、朱音はすかさず三の姫の長い裳裾を踏みつける。
ぐらりと体勢を崩した三の姫は床に倒れこむ。
「うふふ、これで姫をじっくり堪能できるわ」
怪しい笑みと共に朱音は三の姫の上に乗りかかる。
「ちょ、やめて……衣装が崩れる」
「だって、姫が大人しくしないからよ」
朱音はぎゅむっと三の姫を抱きしめた。胸に顔を埋められた三の姫は顔を真っ赤にさせる。
(いや、胸が大きいっ……う………)
羨ましいと少しでも思った自分が情けない。
「うぅん、やっぱり小さいわね、姫。栄養が足りていないのね」
「え、栄養ってどこに」
三の姫は何とか朱音の胸の拘束から逃げ出し、己の胸を庇うような仕草をする。それを見た朱音は目をぱちくりとさせた。
「…………っふ………っふっふっふ、なぁに? 気になるの? なら朱音姉さんが素晴らしい技術を以てして姫の胸を開発してあげてもいいわよ」
「開発って何っ。私をどうするのっ!! というか衣装が崩れる!!」
「大丈夫、後できちんと直してあげるから」
「朱音さまー、そろそろおじかんです」
小鬼たちが朱音にお披露目の時間が近づいているのを報せる。
「あら、残念………じゃぁ、小鬼たち、一緒に姫の衣装を着直すのを手伝って」
「崩したのは朱音さまです」
「ええ、ごめんなさい」
朱音はけろりと小鬼たちに謝る。その上で手伝うのをお願いするのだ。
仕方なしに小鬼たちは三の姫の衣装を直すのを手伝ってやる。ついでに新しくできた皺も直していく。
本当に良い働きをする小鬼たちである。
三の姫は綺麗に着直された衣装を確認して小鬼たちの働きに感心した。
彼らがいれば女房という職業は必要なくなってしまうな。
「それではおもやへしゅっぱつです」
「みんな、姫さまをまちどおしくしております」
そう言いながら二匹の小鬼たちは袙扇を三の姫に差し出す。それには華やかな桜の絵が描かれている。ついている紐の色合いもとても綺麗。
「ありがとう」
三の姫は袙扇を広げ、朱音に案内されるまま母屋へと向かった。小鬼たちが言う通り母屋にはすでに多くの鬼と人たちが集っている。
一族の棟梁がわざわざ呼びよせた嫁の登場に歓喜の声をあげる者がいた。これには少しびびってしまう。
「さぁ、姫こちらです」
朱音に促されるまま三の姫は自分の席に座らせる。そこは主演の席であった。隣の席には須洛が座っていた。
「うぅ」
須洛が顔をあげ三の姫はさっと衵扇で隠してしまう。
昨晩追い出してしまった男にどう顔を合わせればいいかわからなかった。
「ほら、早く座らないと宴が始まりませんよ」
そう言い、朱音は須洛の横にぽいっと座らせた。
これより宴が始まった。小鬼や侍女たちが料理とお酒を次々と運んでくる。
まずはじめに須洛の杯に酒が注がれる。須洛はその酒を飲み、残りを千紘に渡した。三の姫はおずおずと杯を受け取ると須洛はそれに酒をさらにつぎたす。
三の姫は悩みながらも周囲の様子を見て、くいっと一気に酒を飲みほした。
ここから宴は賑やかなものになる。小鬼たちは美味しい御馳走に花を散らしながら頬張って行く。鬼も人も酒を飲み交わし楽しげに会話をしている。
(これがこの里のよくあることなのか)
三の姫は都では見ることのない光景をまじまじと見つめる。
鬼と人が楽しげに酒を飲み交わすなど想像したことなどなかった。なのに、目の前ではそれがずっと昔から当たり前だったかのようにある。
そして同時に人がこんなに集まると賑やかになるものなのかと感じられた。
幼い頃から秋の紅葉の宴の際、母屋の方がとても賑やかなのを思い出す。だが、三の姫は母屋に行くことはなかった。招かれることもなかった。ただ静かな西の対にずっと引き籠り、そこから遠くの賑やかな声を聞き過ごすだけであった。
「食べないのか?」
横から声がして三の姫はえって声をあげる。三の姫が未だに食事に手が付けられていないのを指摘しているのだ。
目の前に広がるのは豪華な御馳走。こんなに多くの料理を目の前で見たのは初めてである。
「うぅん、こんなに食べきれないから………どうして良いかわかりません」
「好きなのを食べれば良い。残りは小鬼が喜んで食うしだろう」
「うん」
三の姫は箸を手にひとつだけ口に含める。
「宴は苦手か?」
「え、いえ………その」
三の姫は困ったように笑う。
「今まで宴というものに出たことないから、どうしていいか………」
しかも、この宴の主役は自分である。誰もが三の姫を注目する。小鬼たちは自分が美味しいと思った料理を三の姫に薦めに来てくれる。
「これはお前の為の宴なんだ。お前が楽しめれないと意味がない」
「す、すみません」
「謝る必要はない」
「…………」
三の姫はぐっと下を見つめた。
そういえば、昨夜のことをまだ言っていない。
「あの、昨夜はすみませんでした………」
「それも必要ない。まだ疲れの取れない時期に無作法だった。悪い」
最後に須洛は小さく謝ってくる。これに三の姫はどうしていいか困惑する。鬼が素直に謝るなど聞いたことがない。
なんだか、悪いことをしてしまったなとかえって申し訳なさがさらにこみあげてしまう。
「大丈夫だ」
須洛はそっと三の姫の髪に触れた。不安そうに俯く三の姫を気遣っているのだろう。
「俺とお前は夫婦になったのだ。なら、お互い心通わせなければならない………お前が俺を受け入れてくれる時まで待つさ」
そして髪に口付けをする。彼の仕草を見て三の姫は胸の奥が熱くなるのを感じた。
(あれ? 何だろう………)
「全く、いちゃいちゃするのは宴がお開きになってからにしてちょうだい」
朱音が皿を持って三の姫と須洛の元へ近づく。
「おお、朱音。どうしたんだ?」
「姫に食べて頂きたいものがあるの」
「私に?」
朱音が差し出した皿は肉の塊であった。肉に味付けしてまるまる煮込んだ品物にこれに三の姫はうっと眉を寄せる。
「な、なんですかっ。これはっ!」
「これは猪肉よ。とっても栄養があって美味しいんだから」
「なんでっ」
正直に言うと三の姫は獣肉を食べたことがない。そして、獣肉を食べる行為に恐怖を抱いている。
「私が思うに姫はやせ過ぎているのよ。ちゃんと食べなきゃ胸も大きくならないわよ。須洛は巨乳が好きだからね」
「っぶ」
酒を飲んでいた須洛は吹きだしてしまった。
三の姫はじっと須洛を見つめた。
「いや、俺は、胸の大きさは気にしない」
「でも、今まで抱いっ………もご」
一瞬で須洛は急いで朱音の口を抑える。
「その話を姫の前でするな」
顔を真っ赤にしひそひそと朱音に命じる。須洛の慌てようが楽しい朱音はくすりと笑う。そして須洛の耳に囁き不敵に笑う。
「あら何。ばれたくないの? 今まで抱いた女がみんな巨乳だなんて」
「馬鹿っ!」
内緒話だから三の姫には聞こえていないとはいえ、須洛はかなり慌ててしまう。
三の姫はじぃっと二人の様子を見てにこりと笑った。
「仲がいいのですね」
「違うっ………ああっ、もう」
須洛は朱音をおしのけ、三の姫の方へ近づく。
「え、きゃ」
三の姫は軽々と須洛によって担ぎあげられた。
「ちょっと主役を独り占めなんてずるいわよ」
「ずるいです」
朱音の野次につられ近くにいる小鬼も野次を飛ばした。
「うるさい。俺の嫁なんだからいいだろう。朱音、後の宴は適等にしてろ。俺と姫は休む」
そう言い須洛は三の姫を母屋から連れ出した。朱音はくすくす笑いながら先ほどの猪肉を手に掴んでひと齧りした。
◇ ◇ ◇
須洛に担がれ移動する三の姫は須洛の頭にしがみつきおろおろとした。
「あ、あの………須洛様」
視界が普段よりも一層高く感じ少し怖い。天井をこんなに近いと感じるのははじめてである。下を見れば床が随分遠いもののように感じられる。廊の外の地面などはもっと遠くに感じてしまう。
いつもと違う視界が怖くて三の姫は須洛の頭にしがみつく。くしゃ、と髪に触れその中でごつりと固いものの存在に気付き三の姫は首を傾げた。髪の中に突起のようなものがあるのだ。
(まさか角?)
わさわさと触ってみると両側頭にひとつずつ白い角が生えているのをみる。さわり心地はなんと表現していいのだろうか。獣の牙のような固さであった。
それが今まで紅葉色の髪の中に隠れているなど思ってもいなかった。
(そういえば私を迎えに来た鬼たちも角があった)
この鬼が頭に二本の角を持っても何の不思議はない。ひょっとしたら口の中を覗きこめば鋭い牙が隠れているのかもしれない。
(………やはりこの男は鬼)
じっと須洛を見下ろしていた三の姫は急に喉の奥に気持ち悪いものがこむあげるのを感じた。
「…………………うぅっ。す、須洛様……お、おろし……気持ち、わるい」
三の姫は須洛の背を強く抑えぎゅっと衣を握り異常を訴える。強い嘔吐感が三の姫にこみあげてきたのだ。
今まで飲んだことのない量の酒を煽った後で背の高い大男に担ぎあげられ揺られながら移動をしているのだ。
酒と慣れない視界の中の移動に揺られ酔いが増悪してしまったのだ。
三の姫の異変に気付いた須洛は慌てて彼女を下ろした。三の姫は口を抑え、おぼつかない足取りで廊端の方へ歩く。欄干にもたれかかりうぅっと呻きながら庭の土を見つめた。
「だ、大丈夫か? 姫」
須洛は慌てて三の姫の背を撫でる。
「うぅ………」
「わ、悪い。全然気付かなかった。気持ち悪いのか? 吐いた方が楽になるぞ」
(吐く………吐く?)
三の姫は地面を見つめこれから自分が吐くのを想像した。
「い、嫌です」
三の姫は強く首を横に振った。
鬼とはいえ、誰かが見ている前で吐くなどできない。自分がそんなみっともない真似をするなど三の姫は許せなかった。
口を抑え我慢するが、うぅっと呻く。喉の奥からこみあげる嘔吐感はかなりの苦痛である。
(でも、嫌………この男の前でなど)
そう思うが、額から汗がにじみ出て、目から涙がこみあげてきた。肩を震わせ嘔吐感に耐える彼女の姿を見かねた須洛は強く命じるように言った。
「いいから吐け」
そう言い須洛は三の姫にそう言う。須洛は自分の指を三の姫の口の中につっこんだ。舌をたぐり、嘔吐反射を起こす場所に指を触れさせる。その瞬間、三の姫は抑えきれなくなり庭に向って嘔吐してしまった。
◇ ◇ ◇
部屋の中へ運ばれた三の姫はそのまま寝所へ横にされた。着せられていた衣装はある程度脱がせる。帯も軽く緩まされずいぶんと楽になったと思う。
だが、気分は沈んでいる。
先ほどの嘔吐でかなり疲れてしまったのだ。
片付けなければ、と言う三の姫を制止し、須洛は後で片付けさせると言いこの部屋まで無理やり連れこまれてしまったのだ。
「どうだ、姫………」
三の姫を部屋で休ませしばらくどこかへ行っていた須洛は椀と薬包を持って戻ってきた。
「すみません………とんだ無作法を」
「いや、いい。あれは俺にも原因があるからな」
三の姫に酔いを酷くする程の揺れを与えてしまったことを須洛は後悔していた。
「飲め。酔いによく効く」
須洛は三の姫に丸薬と水が入った椀を差し出しす。
上半身を起きあがらせた三の姫は椀と薬包を受け取る。だが、薬包は開かずに水だけを飲もうとする。見るからに苦そうな薬を飲む気がしない為自然とそういった行動をとったのだ。
須洛は仕方ないと三の姫から薬包と水を奪い、薬を口に入れ水を含み三の姫に口付けして飲ませる。
「………んっ、にっが」
ごくりと飲んだ後三の姫は後味の悪さにおえっとなりそうになる。それに須洛は椀を差し出し、三の姫はそれをくいっと飲み干す。
「だが、よく効くぞ」
「うぅ………」
三の姫は呻きながら須洛の胸元に顔をこすりつける。これに須洛はおっと声を出した。
「どうした」
須洛が三の姫の頬を撫でると三の姫はその手をとり自分の額にとりつけた。
「気持ちいい………」
須洛の手はひんやりとしていて、熱を冷ますのに丁度いいようである。
「須洛様の手はきもちいい………」
「はは、そうか。なら好きなように使うが良い」
「ん」
三の姫は目を閉ざしうつうつと寝いってしまった。
「おや、寝てしまったか」
これには驚く。昨夜のことがあるというのに、泣きじゃくることなく須洛が傍にいても眠ってしまった。しかも、猫のように甘えるようにすりよせて。
「酒の力というやつか」
須洛は三の姫の額を撫でながら、感心してしまった。
三の姫の首元を見ると鎖骨が見え、ごくりと喉を飲み込む。
無防備な今、酒で夢うつつな今ならばことを進めても良いのではと心の隅で考えてしまう。
「いや、駄目だ。お互い気を許し合った時にやるんだ」
それまで我慢する。できるさ。
「だから安心して眠れ。姫………」
姫と呟いたと同時にちょっと切なくなる。そういえば彼女からまだ名を聞いていない。
知っているのは紅葉少将の三の姫という呼び名のみである。
だから須洛は未だに彼女のことを姫としか呼べない。
「そのうち、教えて欲しいな………お前の名前」
そう囁きながら須洛は自分の胸に身を傾けていた三の姫を横にさせた。
そしてそのまま三の姫の傍を離れようとしたが、手をぎゅっと握られてしまう。
三の姫は眠りながらもひんやりとした気持ちいい手を自分の頬に乗せてしまう。そして離れないように上から手を抑えつける。
これに須洛は困ったように項垂れる。
「姫、あまりそういう風にされると俺も我慢できないぞ」
そう言いながら須洛はごろんと横になり、添い寝する形に入った。三の姫の頬を見ると酒のせいでまだ頬がほてってている。
ぱちりと目が覚める。頭が重く感じ思わず額を抑える。
「あぅー、飲みすぎた」
あまり酒は飲んだことなかったのだが、どうやら自分はそんなに強い方ではないようである。
今度から自重しながら呑もうと三の姫は誓った。
「ん?」
視界に紅葉が見えごしごしと目をこする。
(今は春だから紅葉なんかあるはずが………)
そう考えながら紅葉をじっとみつめるとそれは紅葉ではなく紅葉色の髪であった。
そしてそれが誰の頭かおぼつかない目で見つめ続ける。
それは須洛であった。
鬼の一族の棟梁たる彼が三の姫の眠る袿の中で一緒に眠っていたのだ。
「えっ………」
「おお、起きたか?」
須洛はふぁあっとあくびをして起きあがった。
「な、なんであなたが………」
「いや、姫を寝かしつけたら部屋を出ようと思ったのだが、姫が俺の手を握って放さないから仕方なく」
須洛は苦笑いして昨夜のことを説明した。
そうだったのか。
三の姫は頭を抑え、昨晩のことを思い出す。須洛に担ぎあげられたところまでは覚えているが、その後のことは全く覚えていない。
「そ、そうなの……」
「まだ何もしていないから安心しろ。姫の合意がない限りは決して手は出さんからな。そう誓った」
だから安心しろと須洛は豪語した。
「……いやぁ、まぁ、ここにいても姫が困るだけだし俺はそろそろ退散するとしよう」
「なんで外に出る必要があるのです?」
「だって姫が困るだろう」
「べ、別にいいじゃないですか。あなたは私の夫でしょう? ならもう少しゆっくりしてもいいじゃないの?」
三の姫は顔を真っ赤にさせ俯きながら言う。
それに須洛は口を開け驚いた。
「そ、そうだな。俺は姫の夫だから姫の寝所にいてもおかしくないか」
はははと照れて笑う。何の疑いもなしに笑う男の能天気さに三の姫はなんだかばつの悪い気分を味わった。
(だって寝所にいてもらわないと寝首をかくチャンスが減るじゃない)
三の姫は別に須洛を夫と認めたから寝所にいてもいいと言ったわけではなかった。
彼女の本来の目的、大江山の鬼の棟梁たる須洛の首とるためだった。
それ以外に鬼と寝所を供にしたいという理由はないではないか。
(でも………)
三の姫はそっと胸を抑える。目の前の男の笑顔をみるとなんだかこのあたりが痛むのである。それがどうしてなのか三の姫は理解できなかった。