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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
7章 土蜘蛛の里
43/68

1.人と鬼

 館に侵入してきた渡辺綱、碓井貞光、坂田金時は母屋の方へかけあがった。彼らの目的は酒呑童子の首と攫われた姫の身柄であった。それと同時に陽動でもあった。

 賑やかだった酒の宴も静まった頃の突然の来襲に鬼も人もまともな返しができずにいた。

 ようやく敵と認識した瞬間に鬼たちは綱たちの手によって倒されていった。

「やめなさいよ」

 紅葉髪の鬼が三人を呼びとめる。朱音であった。

 その表情は思った以上に穏やかであった。

「突然やってきて随分不作法なのね」

「お前が酒呑童子か?」

 小柄で少女のような風貌をした金時が尋ねる。朱音はそれにくすりと笑った。

「さぁ、人から何と呼ばれていたか。もうあまり気にしなくなったの」

 まるで年上の姉が幼い弟に言い聞かすような甘い口調である。完全に馬鹿にされていると金時はむっとし、刀を握り直す。

「やめろ。鬼の挑発にのるな」

 横からごんと拳が降り金時はぐへっと声をあげた。貞光が窘めたのだ。

「お久しぶりね」

 朱音は綱に向かってにっこりほほ笑んだ。

「綱、酒呑童子と知り合いか」

「ああ、この山に捜索したときに」

 はじめて出会ったのは大江山に一人入り、三の姫を救い出そうとした時であった。しかし、遭遇した朱音によって山の外へ放り出された。

「あの時のあなたは可愛かったわ」

 朱音はくすりと笑って自分の唇を指でなぞった。それに綱は刀を抜き朱音に向かって切りかかった。

「乱暴ね」

 朱音は身をひるがえし交わした。

 その表情は余裕に満ちていたが、すぐに慌てた。着地した後ろに回り込んだ金時にも切りかかられたのである。

「ふぅ、三人の殿方の相手はきついわ」

 余裕のある笑みは少し崩れ気味で汗を滲ませていた。

「おい、酒呑童子」

 綱は朱音に声をかけた。

「三の姫はどこだ」

 その声に朱音はぴくりと反応した。

 三人の武人を進んで相手にしているが、その心の裏では行方不明になった千紘のことが気がかりだった。そして里の中で土蜘蛛が出現したと他の鬼から報告を受けている。

「さぁ、あなたたちの方が知っているのではないかしら」

「どういうことだ?」

「まさか土蜘蛛とつるんで里に押し入るなんて思わなかったわ」

「土蜘蛛? お前たちの味方だろう。何を言っているんだ」

「まさか、あんな連中と一緒にしないで欲しいわ」

 ここまで言っても綱たちはわけがわからないといった表情を向けた。朱音としてははったりのつもりであったが、本当に土蜘蛛のことに関しては知らないようである。

 偶然紅葉の宴で里全体が酔いつぶれる頃、千紘が何かに操られたように須洛に致命傷を負わせた。そして、千紘は喪失し、土蜘蛛が里内に侵入した。当然里全体の体制が崩れる。それを狙ったかのように綱たちはやってきた。

 土蜘蛛が利用したにしても随分狙いすぎている。ないと思ったが朝廷側が裏で土蜘蛛とつるんでいるのではと思った。

 だが、本当に知らないようである。


 なんか気持ち悪いのよね。



   ◇   ◇   ◇



 うす暗い祠の中、身の丈の何倍もある黒い髪の少女が座っていた。土蜘蛛の長姫・尹褄である。

 尹褄はじっと目の前におかれた盆を見つめた。盆の中には黒髪が収まっている。

 はじめはそれを媒介にし、髪の主と視界を同調させていた。髪の主は千紘である。先日、千紘が自ら切った髪をそのまま土蜘蛛の里まで回収してきたのだ。

 尹褄はそれを利用し少しずつ時間をかけ、髪の主に呪詛をこすりつけていた。大江山の鬼の里の最強の術者にも見つからないように。

「ほぅ」

 髪が突然燃え始めた。嫌なにおいが鼻をつくが尹褄は動じなかった。

「久しいな、お前の姿を見るのは」

 そう言うと白い髪の女性が尹褄の目の前に立っていた。御暈一族の巫女・空閑御である。

 普段おっとりとして笑顔をみせる空閑御は厳しい表情をして尹褄を睨みつけていた。

 千紘にかけた呪詛を通じ、千紘を使い須洛を傷つけ死に至らしめる呪詛をかけたのが尹褄であるというところまで到達したようであった。

「はじめからあなただろうと思っていました」

 空閑御が声を出す。今までにない冷たい響きであった。

 それに尹褄がくくっと笑った。

「私の元に来るのに随分時間がかかったようだな」

「ええ、我が棟梁の応急処置に手間取りました」

「なんだ、あの小僧はまだ生きているのか。しぶとい奴だ。500年前も」

 そう言いかけた瞬間、強い風が尹褄の頬を凪いだ。瞬間、尹褄の頬から一線の赤がひかれた。

「はは、お前らしくない。こんなに怒るなど」

「怒りたくもなります。これ以上うちの里の子を傷つけたらどうなるか、わかってます?」

 空閑御は瞳を開けた。今まで誰も見たことないと言われていた巫女の瞳である。それを見て尹褄はうっとりとした。

「相変わらず美しいな。その瞳は………神に愛された者だけが持つことが許される色」

「おだてても何も出ませんよ」

「ふふ、そうだな。お前にねだってもしょうがないことだ。ところで良いのか。お前の祠にも人が武器を持って押し寄せてきている」

「………お前が入れ知恵した」

「人聞きの悪い」

 ほれほれ早く行かないとまずいのでは、と尹褄は空閑御に戻るように勧めた。

 その頃には千紘の髪は全て燃え尽きようとしており、空閑御はそれとともに消えた。

「………っ!」

 空閑御が消えた瞬間、尹褄は肩の力を抜き顔を両手で覆った。空閑御につけられた傷をそっと触れる。するとまるで脆い割れ物のようにぱりぱりとひびが出てきた。

 それを見て尹褄は焦った表情になった。



   ◇   ◇   ◇



 祠の中、千紘によって致命傷を負った須洛はうっすらと瞳を開けた。


 ち、ひろ………


 視線の先に求めていた者はそこにはいなかった。白い髪の古くから知る美しい巫女・空閑御であった。

「大丈夫ですか? 須洛」

「空閑御………俺は、千紘に」

「ええ、姫にまじないのかけられた小刀で刺され致命傷を負ったのです」

 護身の為にかけたまじないは尹褄によって操られ須洛を傷つけることに使ってしまった。

 しかも、まじない以外にも尹褄は毒素を塗り込んでいた。

 その為、須洛は非常に危険な状態にまで落とされていた。

 空閑御がすぐにとりかからなければ須洛は今頃命を落としていただろう。

「………」

 須洛は胸の傷を見つめた。ひどい痕であった。確かに刀につけられた呪いはかなりのものだったのだろう。

「まさか、私が姫の護身にと持たせた刀が土蜘蛛によってこのように利用されるなんて」

 思ってもいなかった。

「土蜘蛛………一体、どうやって」

「三の姫が捨て置いた髪………あれが土蜘蛛の長姫の手に渡り、それを呪いの媒介に使われてしまった」

 そして千紘を自在に操り、持っていた小刀に少しずつ土蜘蛛の呪術を吹きこんでいったのだ。空閑御にわからない程度に慎重に。

「穴グラに生きる蜘蛛の分際でやってくれるじゃないか」

 どんと須洛は床に拳を打ち付けた。

「千紘………姫は?」

 それを聞き空閑御はすまなそうに項垂れた。

「ごめんなさい」

 いなくなってしまった。

 それを伝え須洛は起き上がった。

「どこへ?」

「わからないわ。私は須洛の治療に専念して姫の所在どころではなかった。途中いなくなったのを他の鬼が気づいたの」

 須洛は床に置かれた己の衣に袖を通した。そしてすぐに社を出ようとした。

「どこへ行くの」

「千紘を捜しに行く」

「今は自分の身を一番に考えなさい」

「そんなことできるかっ!」

 今の千紘を放っておくことなどできない。

 土蜘蛛に操られたとはいえその手で須洛を傷つけてしまったのだ。その事実に千紘はどんなに傷ついていることだろう。もしかすると自分がここにいてはいけないものだと思い込んでいるかもしれない。

 早く見つけ出して安心させたい。ただ自分の傍にいればそれでいいのだと抱きしめたい。

「あなたは一族の棟梁よ。もう少し全体を見て」

「空閑御………お前は知っているはずだ。俺がどんなに千紘を待ち焦がれ求めていたか」

「………」

「一族のことは確かに大事だ。俺は大江山の鬼の一族・御暈の棟梁………一族を守らなければならない」

 だからこそ自分の身を粗末にはできない。せめて次の世代に伝えられるまでは。

 朱音は棟梁の一族の血をわずかであるが持っている。須洛、空閑御を除けば彼女が一番祖の血を持っているのだ。例え人と鬼の子であろうが。

 自分に何かあれば朱音に全てを任そうと思っている。

「だめよ」

 空閑御は厳しく言った。

「朱音は確かにいざというときは棟梁になってもらうわ。だけど、あなたがいる限りはそれは許さない。須洛の血ではなければこの里の者は納得しないわ」

 朱音は須洛の右腕としては認められている。だが、山を捨てた理燈の血を許していない者はまだ大勢いるのだ。

「そんなの………」

 どさっと大きな音と共に戸が開かれた。いや、壊されたといっていいか。

 壊れた戸とともに床に転がるのは須洛の部下の鬼たちである。須洛が戻るまで外で控えていたのだろう。

 その鬼たちがぼろぼろの姿になっている。ひどい怪我である。

「どうした。お前たち………」

「成程、お前が酒呑童子か………朱天童子とも書くが確かに見事な赤い髪だ」

 冷たい男の声が響いた。

 戸の向こうにいたのは人の武人二人。源頼光と部下の卜部季武であった。

「お前たちは何者だっ!」

「鬼に名乗る程の名はない。だが、勝手に上がり込んだのだ。名乗るのが礼儀だな」

 頼光はふむと思いなおし、自己紹介を始めた。

「私は源頼光だ。朝廷の命で大江山の鬼を狩りにきた。そしてこっちは卜部季武、私の部下だ」

「ああ、その名は何度か聞いたことがある」

 異形の者たちを退治することで武名を轟かせている人間がいるというのは須洛も知っていた。土蜘蛛も何頭か退治したというその腕はなかなかだということも。

「まさかお前たちが土蜘蛛と手を組むとは思ってもいなかったな」

 その言葉に季武は首を傾げた。

「それはどういう意味ですかな」

「よせ、どうせ我らを動揺させる為の手だ」

 頼光の言葉に須洛は皮肉げに笑った。

「よく言う。里に入れたのは人の軍勢ではなく土蜘蛛の癖に」

「鬼め。我らを愚弄するな」

 いくら大江山の鬼を退治するのが頼光一行の悲願であったとしても、憎むべき土蜘蛛と手を組むはずがない。

 そう季武は叫んだが、後ろから押し寄せる殺気にぞっとした。目の前に酒呑童子という強敵がいながら、後ろの方の冷ややかな殺気に反射的に振り向いてしまった。

 開け放たれた扉の向こうから押し寄せるものは須洛の目にもしっかりと認められた。

「っち、俺の里に土足でやってきやがって」

 土蜘蛛の奴らめ。

 向こうから押し寄せるのは五匹の大きな土蜘蛛であった。結界が一時的に解除されたため里に今まで入ることができなかった里周辺に隠れ潜んでいた土蜘蛛たちが大挙として押し寄せてきたのだ。

 季武はその光景にぞっとした。今まで土蜘蛛をみたことも退治したこともあるが、あんなに巨大な土蜘蛛を一度に5匹も目にかかることがあるとは思わなかったのだ。

 社周辺にまですでに数匹現れたということは今頃須洛の館にも無数の土蜘蛛がいることだろう。

 朱音や数名の手練がいるとはいえ、宴の席で浮かれて大酒をくらった者たちだ。里の人を守りながら戦えるか疑問である。

 すでに何人か里の者は食われたであろう。

 それを考え、須洛は苛立ちが隠せなかった。

 一刻も早くこの5匹を退治し、館の方へ向わなければ。

 そしてここを落ち着かせたらいなくなってしまった千紘の後を追わなければならない。

 一番に千紘を追いかけたいというのに、棟梁である身で里を守らなければならないという枷がついてまわる。

「空閑御、もう一度結界を頼む。今以上に押し寄せられるとたまったものじゃない」

「とはいいましてもあなたにかけられた土蜘蛛の呪詛を祓う為にかなりの力を消耗しました。元の結界を張るには時間がかかります」

 須洛はふと鳩尾の傷に触れた。千紘に刺された部位である。

 土蜘蛛の姫に操られていたとはいえ、それに気付かず千紘に深い傷を負わせてしまった。

 しかも、その千紘をすぐに追いかけられないようにこのように障害を置いて行くのだ。

「本当に土蜘蛛は好かんな」

 そう吐き捨てる須洛を余所に、季武はこの出来事をどう処理すべきか考えていた。大江山の鬼の一族と土蜘蛛の一族は対立しているという話ははじめてのことであったし、こうして複数の今まで見たことのない巨大な土蜘蛛が押し寄せて来ようとしていたのだ。

 朝廷の命令通りに酒呑童子である須洛の頸を跳ねようにもその前に土蜘蛛の餌食になることは必至である。

「おい、お前。その背の弓で俺の援護に回れ」

 悩んでいる季武に対し須洛が提案した。季武と頼光の背負っている弓矢を指差しながら。

 鬼の思っていない申し出に季武は反発した。

「な、鬼の援護になど」

「ここで俺たちがあれこれしててもしょうがないだろう。人間のお前らが土蜘蛛に狙われながら俺の頸を取れるわけでもない」

 今考えていた悩みを中てられ季武はうなってしまう。

「なら、ここは共闘しておけ。俺もできれば体力は温存したい」

 病み上がりである身、一度に5体の土蜘蛛は骨を折る。

「あの5体を退治した後に俺の首を好きに狙えばいい」

 その前に千紘を追ってとんずらするがな。

「頼光様………」

「確かに、ここで土蜘蛛はあの鬼に任せ私たちは援護に回るのが良いだろう」

 本当に土蜘蛛が大江山の鬼の敵であるならば。

 ここは自分たちよりも体力がある須洛を働かせておけば自分たちの労は避けられる、

「あの鬼が土蜘蛛全てを退治終えたら射るのだ」

 頼光は小声で季武に言った。そのだまし討ちのような作戦に季武は驚いてしまった。反論する前に頼光は己の弓を取り出し矢を番える。

 ひゅんと音とともに矢が走る。それとともに須洛は5体の土蜘蛛の元へ走り出した。

 矢は先頭の土蜘蛛の目に命中した。土蜘蛛は突然の激痛にうなった。

「すっげ、命中」

 須洛は感心しながらうなりいななく土蜘蛛の横に回り拳を放つ。その衝撃に土蜘蛛は体半分が変形し、倒れ込んでしまった。

 季武は唖然とした。

 頼光の矢の腕前にも驚いたが、土蜘蛛を一撃で倒した須洛の強靭さにも驚いてしまった。

「私の援護はいらないのでは」

 そうぼそっと呟いてしまった。そうはいっても上司が矢を放ったのだ。自分が何もしないわけにはいかない。頼光に倣い、矢を番え土蜘蛛の方へ放つ。

 頼光程の命中ではないが、土蜘蛛の足にかかった。それでも、土蜘蛛の動きを止めるにいたらなかったが。一瞬の隙を作るには成功した。

「よし、季武。その調子で頼む」

 そう言い頼光は弓の構えをといた。突然の上司の行動に季武はさらに動揺したが、須洛の援護を止めるわけにはいかなかった。のりかかった船である。季武はやけになりながら矢を放った。

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