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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
【4】椿鬼 中
23/68

2.船の上

「ん………」

 千紘はふと目を覚まし首を傾げた。となりで眠っていたはずの陽凪がいないのだ。

 きょろきょろと周りを見ると外から声がする。

 椋木の声と陽凪の声だ。

 一体何を話しているのだろうか。千紘はゆっくりと音を立てないように屋形の入り口へと移動した。御簾のすぐ傍に寄ればばれてしまうから端の壁際にてじっとする。

「私と姫をどうするつもりだ」

 陽凪の声は険しいものであった。それに千紘はじっと聞き耳をたてる。

 今ここで外に出たらこの会話は途絶えるかもしれない。

 だから袖で口を隠しうっかり出るかもしれない声が漏れないようにした。

 これは自分にとって今一番知りたい情報なのだ。

「ご安心を。危害を加える気はしませんよ、今は」

 あくまで柔らかく優しい声音で言った。これに千紘は少しむっとした。

 先ほど陽凪を痛めつけ千紘を脅した癖によくそのような言葉が吐けるもの。

 いやそもそも今はと言わなかったか。ではいずれどうなることなのだろうか。

「私を捉え椿鬼を土蜘蛛の支配下に置こうとしているのか?」

「陽凪姫。伊都馬一族と呼んでください」

 椋木の一族の本来の呼び名である。だが土蜘蛛を操る故古代の人からは土蜘蛛が彼らと同一視し土蜘蛛と総称する場合が増えてしまった。それには伊都馬一族の鬼は複雑な気持ちであったという。

 そんなことは知ったことではないと陽凪はそんな態度をとったのか椋木は苦く笑った。

「いいえ」

 椋木は今の陽凪の質問に答えた。

「椿鬼は鬼の中で弱小の一族。支配下に置こうが置くまいが何も変わりはしません」

 それに陽凪は少々腹を立てる。

 自分の一族をそれ程重要視していないというと言われたようなものだからだろう。

「では何故主らは沫村にやってきた」

「それは御暈一族を動かせる為ですよ」

 伊都馬は今まで九州の山奥に潜んでいた。その中でも昔一族を滅亡の危機にまで追いやった一族の末裔を憎んでいる。


 彼らに報復を。


 その為に彼らの拠点である京に近い場所を欲していた。そして大江山は目的の為にとても都合がよい近さであった。

 何としてでもこの山を得ようと度々様子伺いをしているが大江山の主である須洛は首を縦に振らなかった。

 だが伊都馬一族は引き下がろうとしなかった。

 彼らは大江山をいざとなれば奪ってでも手に入れようとした。そして時折使い魔を遣しては御暈一族周囲を煽った。

 伊都馬一族は御暈一族と戦っても構わないという姿勢を示す。その為に九州からじょじょに勢力を伸ばしていった。

 すでに御暈一族と良好の関係を結んでいた鬼の一族をいくつか支配下に置いている。

 そしていつもの通り様子と煽りの為に土蜘蛛を遣ったとき土蜘蛛の罠に一人の姫がかかった。

「その主が土蜘蛛から引き出した情報ではまだ幼い穢れを知らない清らかな少女だったといいます。土蜘蛛が我を忘れ食そうとした程だとか。贄としてこれ程適した者はいない。これに伊都馬の長はたいそう興味を引かれました」

 千紘はそれに思わず声を漏らしそうになり一層強く口を抑えた。

 その贄に適した姫というのは自分のことだと。


「おまけに御暈の棟梁が京からわざわざ呼び寄せた妻だというではないですか」

「つまり三の姫は御暈を意のままにする為の人質にもなるし、役にたたなければ生贄にもできる」

 陽凪は眉間に皺を寄せ椋木の言葉をまとめてみた。その通りだと椋木は頷いた。陽凪は困ったようにため息をつく。

「今回、沫村に土蜘蛛を何匹か遣したのは御暈一族の主力となる鬼を動かすためです」

 他の鬼の一族ならばともかく鬼の中で最弱の椿鬼の村を徘徊するのは効果があった。狙い通り御暈一族で強い鬼たちを率いて棟梁自ら偵察に来たのだ。

 しかも他の鬼の里にも鬼の遣いを出しているという。

 つまり大江山には主力となる鬼たちはでかけ手薄になったということである。

「その隙に三の姫を奪えないかと思っていました」

 だが、運の良いことに彼女も沫村へ参るという。

 これには椋木はしめたものと思った。そして千紘に良い感情を抱いていない水面を懐柔し千紘を連れ出すことに成功した。

 陽凪は額に手をあてうな垂れる。

 椋木の目論見を聞き警戒すべきだったと後悔した。長姫として村に残り結界を強化し土蜘蛛に備えるべきだった。

 同時に彼女はまんまと水面に腹をたてた。

(これが椿鬼の為にならないというのを何故理解できないのか)

「そしてまんまと陽凪姫も手にすることができました」

 ということは陽凪はただのついでだというのか。千紘を大人しくさせるために良い餌になったとはいえ。

「別にあなたを軽んじているわけではありませんよ。実は私はずっとあなたに会ってみたいと思ったのですよ」

「ほう」

 陽凪は自分は別に土蜘蛛なんかに会いたくなかったと呟く。

「あなたは他の椿鬼とは異色な存在です。椿鬼は鬼の中で最弱の部類。唯一の長所といえば結界術に長けているというところだ。長姫には荒波を鎮める力を持つが、他の椿鬼にはそれはない。実際他の鬼の一族と戦えば即負けるのが目に見えている。だから椿鬼はかかさず村に結界を施しそこから出ることをしない。外の出入りは人に任せていました」

「ふん、我が一族について結構勉強しているようであるな」

 これに陽凪は不服ながら感心するように言った。

「その中で陽凪姫。あなたは唯一村の外を出ることに躊躇いを持ちません。これは今までの椿鬼一族では異例のことです」

 それを聞きながら千紘は以前須洛から聞いた話を思い出す。

 椿鬼一族のことを。これは今椋木が言ったとおりのことである。

 そして、確か水面の姉がよく外出することを夜伽代わりに語ってくれた。

 千紘は重たい瞼を押さえながら須洛に質問した。どうして姉君は外に出ることができるのだと。

 これに須洛はこう応えていた。彼女は外に出ても身を守る術を心得ていたと。

 他の鬼の一族に対抗できるだけの強さを持っている。さすがに土蜘蛛などを使役する鬼や須洛並の鬼には敵わないので逃げるらしいが。

「私はこう考えるのです」

 千尋はそのことを思い出す最中、椋木が続けて言おうとするのにはっとして意識を向けた。


「あなたが椿鬼の中で異例の強さを持つのは父親の血が関与しているのではないですか?」


 この言葉に千紘は混乱した。陽凪の父親がどうして関係しているのだろうか。

 椋木の考えに陽凪は大きくため息をつく。

 長く何も言おうとしない。これが否定ではないととった椋木はやはりと続けた。

「あなたの父親は真鬼一族の鬼なのでは」

 真鬼という名詞に千紘は一生懸命思い出す。確か須洛が鬼の大元の一族だったと語っていたはずである。だから真祖の鬼・真鬼と呼ばれていると。

 陽凪は椋木の考えに鼻で笑ってみせた。

「何故そう思う」

 その声の色から僅かに動揺の色が見えた。それに椋木は満足そうに笑った。

「そう警戒しないでください。私とあなたは似た生い立ちなんですよ」

「似た?」

「私の母は真鬼一族なんです」

 その告白に陽凪は驚き目を大きく見開く。これは彼女にとって予想外の展開だったからだ。

 一方屋形の中の千紘は混乱している。彼らの語る名詞をひとつひとつ思い出しながら聞き耳をたてているのだが途中からわけがわからなくなってしまった。それでも聞き耳を立てるのをやめない。

 陽凪はじっと椋木を見つめた。もう動揺を隠す様子は一切ない。

「今、何と言った? 主が真鬼? 土蜘蛛ではないのか?」

「勿論私は伊都馬の鬼ですよ。父は伊都馬一族なんです。ですが母は真鬼、混血児です。ですから苦労しましたよ」

 思い出すように椋木は苦く笑った。

「昔は同盟を結んでいた一族の裏切りで伊都馬は滅亡寸前までに追い込まれました。それ故に他所の鬼に対してずいぶん冷たい」

 今の朝廷の帝の祖先がまだ九州にいた時のこと。

 土蜘蛛を操る鬼の一族を退治するために情報を集める必要があった。その為にその一族と同盟を組んでいた別の鬼の一族を懐柔し情報を得て土蜘蛛の一族を追い詰めたという。

 それ故伊都馬一族の朝廷に対する恨みもさることながらその裏切りの一族への恨みも相当根深い。それが外界の鬼に対する差別にも繋がったという。

 他所から来た真鬼の娘も相当苦しみながらも夫を持ち椋木を産んだ。

「真鬼は伝説の鬼の大元の一族。ですが伊都馬の鬼たちは信じられず大事にされるための嘘と周囲の鬼たちは考え母に冷たくあたりました」

「何故主の母は土蜘蛛の村におったのか」

「母の話では大昔罪を犯したらしく兄ともども真鬼の里を追い出されたそうです」

 その追い出し方もかなり徹底していた。兄妹を引き裂き孤独にさせるようにばらばらに飛ばした。妹の方は伊都馬一族の村の近くに飛ばされた。

「なるほど。お前が真鬼の血を持っていたとする。だがそれが私と何の関係にある?」

 椋木は着物の襖を開けた。これに陽凪は驚き声をあげた。

「な、何を!」

「これを」

 椋木は胸元にものを示す。ひとつの瑠璃色の勾玉に一本の紐が通されている。それを椋木は首にかけていたのだ。

 その勾玉を見て陽凪は目を見開いた。そして自らの懐の匂い袋を取り出した。その中を開けると中から同じ瑠璃色の勾玉が。

 それを見て椋木はやはりと確信した。

「この瑠璃の勾玉は母の形見です。これと全く同じものを母の兄が持っていると。それを持っているということはあなたの父は私の母の兄………私とあなたは従兄弟同士ということになりますね」

「………」

 陽凪は何も応えない。否定しようにも目の前に輝く瑠璃の勾玉を見て何もいえなかったのだ。

「陽凪姫」

 椋木は陽凪の傍らに近づく。これに陽凪は後ろへ下がろうとするが足を捻ってがくんと崩れた。それを倒れないように椋木が支える。

「一緒に真鬼の里へ行って見たいと思いませんか?」

「何?」

「あなたが旅を続けるのは消息不明となった父を探しているから。そして父の故郷も見たいため」

 違いますかと尋ねられ陽凪は視線を他所に向ける。その表情はとても切ないものであった。先ほどまでの気丈なものとは違う。弱弱しく彼女の瞳が潤みそこから涙が零れる。

 千紘は身を乗り出し御簾の向こうの光景を見る。

 彼女の目には陽凪と椋木が抱き合っているように見えた。

 自分を攫った敵が相手とはいえこういった場面を見て何だか切ない気分になる。隠れてみるのも悪いことのような気がした。

 それでもつい見てしまう。

 美しい男女の姿が月の光に照らされ、背景は薄暗い中きらきらと輝く満点の星と海の姿。

 それが須洛と水面に姿が重なる。

 その瞬間強く胸が締め付けられる心地を覚えた。苦しくて切ない。

 今頃、須洛は何をしているだろうか。

 千紘のことを心配しているだろうか。

 それともまた心配をかけさせてとあきれ果ててしまっただろうか。

 後者を考えるともっと苦しくなる。

 そんな須洛に邪魔者はいなくなったと水面が何か行動を起こしていないだろうか。

 一緒に寝所で夜を共にしているのを想像してしまう。その様子がとても絵になる。目の前の陽凪と椋木の姿同様にとても美しい絵物語のようだ。

(………いやっ)

 千紘は首を大きく横に振り、御簾の向こうの光景を見たくないと屋形の奥へ戻る。床に投げ出されている袿を拾い頭からすっぽりと被りその場に倒れこむ。

 今自分の状況を改めて整理する。

 自分は土蜘蛛の贄になるかもしれない。あのおそろしい土蜘蛛に食べられてしまうのか。それを想像しただけでぞっとする。

 こんなに夜不安に感じることはない。

 いつもは大江山の鬼の里で大事にされて気づいたら須洛が傍で千紘を安心させるように添い寝をしてくれているのだ。

 それが何よりも安心して千紘は深い眠りにつけた。

 はじめの頃はあんなに警戒していた須洛の腕が今ではとても恋しい。

 そして須洛の腕の中で眠っている水面を想像する。否定してもその光景は脳裏に浮かんでくる。

 須洛の腕の中に自分以外の姫がいるなんていやだ。

 そして気づく。須洛の腕の温もりを、あの腕の中を自分の居場所のように感じていた。

 ありがたいことだった。

 なのにいつの間にか当然のもののように思えた。

「どうした? 眠れないのか?」

 上から撫でる手のぬくもりを感じる。千紘は袿から顔を出すと目の前に陽凪が心配そうにこちらを見つめていた。

「うなされていたのか? うなされるだろうな。こんな土蜘蛛の舟なんぞ」

 陽凪はうんうんと頷きながら千紘の額を撫でた。べっとりと汗で髪が張り付いている。

「だが安心せよ。私がいる限り土蜘蛛の好きにはさせん。姫をしっかり守るぞ」

 千紘はぐっとこみあげてくるものを感じ大粒の涙を零した。これに陽凪は慌てて千紘の体を抱き寄せる。千紘は無意識に陽凪の胸に顔を埋めくぐもった声で泣いた。陽凪は安心させるように千紘の背中を撫でた。


   ◇   ◇   ◇



「だいぶ落ち着いたようだな」

 陽凪は千紘の頬を撫でる。ぐしゃぐしゃになった千尋の顔は真っ赤でまるで赤ん坊のようだった。

「すみません。もう大丈夫です」

 ぐずぐずと声を漏らしながら千紘は俯く。

「よい。このような状況だ。遠慮せず私に頼るがいい」

 にこりと笑う陽凪を見て千紘はふとある女性を思い出してしまった。それにどうしたと陽凪は首を傾げる。

「あ、いえ………陽凪姫てなんだか朱音さんに似ているなて思ったんです」

 これに陽凪は頬を引きつらせる。彼女としては遺憾なことだったようである。

 そして千紘の肩を強く掴み確認するように言う。

「私のどこが朱音に似ていると?」

「え……おおらかなところが。姉のような、そんな安心した雰囲気が」

「おおらか? あの女が? あれは遠慮がないというか破廉恥というか……とにかく! 私とは全く正反対の女だぞ」

 力強い言葉に千紘は自分の言ったことがよほど陽凪にとって残念なものだったのだと感じた。

「えーっとそういえば朱音さんはお茶目というか冗談が多いところがあって確かに陽凪姫とは別かなぁ」

「勿論!」

 陽凪はふんと鼻息を荒らして言う。これに千紘はあははと笑うほかない。

「でも、須洛は二人を愛しても仕方ないと思います」

 きっと自分が男性だったら朱音のように明るさに、陽凪のようなしっかりしたところに惹かれるだろう。

 悲しいことだが、二人ならば他の姫と違い納得できる。

 悲しげに笑う千紘に陽凪はますます理解しがたいと顔全体で感情を露にした。

「姫よ。今何と?」

「え? 陽凪姫と朱音さんが須洛の恋人だとお聞きして」

「一体、どこでそんな話を聞いた!」

 陽凪は身を乗り出して千紘に問いただす。千紘は動揺して目を泳がせる。

「なるほど。沫村の者が言っていたのだろう。あれは気にするな。真っ赤な嘘だから」

 どうやら沫村でそういった話が広まっていたのだろう。

「嘘?」

 千紘の鸚鵡返しに陽凪はこくりと頷いた。

「少なくとも私は須洛とそのような関係になったことはない。私はあんな子供よりももっと渋い大人な無精髭男が好みだ」

 須洛なんぞ子供子供。

 陽凪はそう言いながらぱたぱたと手を振って否定する。

 これに千紘は目をぱちぱちとした。

「ええと。でも、水面姫が」

「水面か! あやつめ!!」

 千紘はうっかり情報源をばらしてしまい陽凪は拳を強く握り締めふるふると震えた。

「あの話はな。しばらく都合が良いからそういうことにしようと須洛と示し合わせたのだ」

 何故そのようなことをしなければならないかというと須洛と陽凪はお互い一族の長の座にある。一族の為に跡継ぎを作る義務もあり、年寄り連中から結婚するようにと勧められた。

「私はまだそんな気が起きぬし、須洛も想い人がおってそれ以外の女を娶る気はなかった」

 そこでお互い恋仲だということにすればしばらく黙らせることができる。

 そう考えそういうことと話を進めたのである。

 須洛が千紘に婚約を申し付けたところで関係は破綻ということにした。

「故に姫は何も気にする必要はない。姫は須洛が五百年間嫁にと望んだ姫なのだから」

「五百年?」

 千紘は信じられないと思った。

 千紘はまだ齢十五。五百年前には当然彼女はまだいない。

 そういうと陽凪は驚いた表情をした。何故その当然のことに驚くのか千紘は理解できなかった。

「何と、姫は知らぬのか?」

「知らぬとは、何を?」

「須洛は何も言っていないのか?」

 何のことを言っているのか千紘にはさっぱりである。

「どうやら須洛は何も言っておらぬようだな」

「あの、一体何を? 須洛が五百年間嫁にってつまり私以外の誰かを望んでいたということでしょうか?」

 それで千紘を代わりに娶ったということか。

 そう思うと悲しく思う。だが、千紘は五百年前はいなかったのだ。

「違う。とにかく須洛が五百年間待ち望んでいたのは主だ」

「でも、私は」

「主なんじゃ!」

 否定を強く拒まれ千紘はわけがわからないと混乱した。

「わかっておる。信じがたいと思うが、須洛はずっと主を待っていたんじゃ」

「待つ?」

「姫は輪廻というのを存じているか?」

 生きる者が死に別の者に生まれ変わりそれを繰り返すことだったと思う。

 そう言うと陽凪はこくりと頷いた。

「五百年前、姫の前世は須洛に出会っている。そして適わぬ恋をし死別したのじゃ」

「え、ええと」

 突然そんなことを言われてもぴんとこない。自分の前世が須洛に出会っていたなんて信じられない。

「須洛はずっと姫を恋い求め、待っていた。角を失っても姫にもう一度会いたいと強く願い角を再生させた程だ」

 そう言い陽凪は千紘の頬を撫でる。慈しみをこめて優しく。

「須洛は姫だけなんじゃ。姫を幸せにしたい、ただそれだけの為に須洛は待っていた」

 幸せにしたい。その言葉を聞き千紘はふと思い出す。

 幸せになって欲しい。

 出会った間もなくの頃須洛は千紘に言った。千紘が幸せになれるというならば命など惜しくないと、自分を殺そうとする千紘の刃を受けようとした。

「姫よ。何があろうと須洛を信じよ。あれは姫以外を愛さぬ。ようやく姫に出会い結ばれた今ならば尚更姫を裏切る真似などしない」

「でも、私は覚えていません。須洛にはであってまだ四ヶ月しか経っていないし」

「姫は須洛が好きか?」

 突然聞かれたことに千紘は顔を真っ赤にさせる。その反応を見て陽凪は悟ったように笑った。

「好いておるのか」

「………はい」

 一度は殺そうと思った相手だが、千紘はあの紅葉色の髪の美しい鬼に惹かれていった。そして彼の腕に迷わず身を預けるようになった。

「そうか。それはよかった。前世は好いていたとしても現世で同じ者を好きになるとは限らんからな」

 幸い千紘は須洛に想いを寄せた。

 その事実に陽凪は満足げに笑った。そして千紘の両頬を両手で包み込む。

「ならば尚更、姫を須洛の元へ返さねばな」

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