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紅葉鬼~鬼に嫁いだ姫~  作者: ariya
【2】鬼の里でのひととき
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3.遭遇

 雨が降り続け、足元が悪い中それでも綱は山を登った。

 ぬるぬると泥が足を引っ張るがそれでも気にしない。

 この二月、仕事の都合上来れなかったが、ようやく時間が取れ急いで大江山へと再び足を運んだ。

 目的は二月前に大江山の鬼にとついた紅葉少将家の三の姫である。

 彼女を鬼から救い出すまではこの場を引きさがる訳にはいかない。


 二月前を最後に送られた文を思い出す。

 内容は大江山の鬼に嫁いだ三の姫こと千紘からの別れの文であった。

 自分は鬼の妻として生きて行くことを決めたのだからもう忘れてくれというもの。

 それに綱はぐっと拳を握りしめた。

 未だに彼はその文の内容を信じられずにいるのだ。しかし、あれは紛れもなく千紘の手跡。

 きっと何かの間違いである。

 鬼に酷いことをされ、そうした文を書くことに至ったに違いない。

 やはりあの時何をしてでも彼女を山から連れ出すのだった。

 綱が辿りついたのは例の滝の場所。千紘とここで再会して別れた場所である。

 その場所に足を踏み入れた綱はふと滝の近くにいる女に首を傾げた。

 袿ですっぽりと頭まで隠し顔が見えないが女である。

 はじめは千紘かと思ったが、千紘よりも随分と背の高い女である。

「もし」

 綱はおそるおそる近づいて女に声をかける。女はくるりとこちらの方へ振り返った。

 袿の隙間から見える白い肌に滴り落ちる雨の雫が何とも言えない色香を匂い立たせていた。

「あなたは?」

「私は怪しい者ではない。渡辺綱という源氏の流れを汲む者。何故このような場所に女性が一人……」

 そういうと女は俯きよよと泣く。

「鬼に攫われてしまって、命からがら逃げて来たのです。そして疲れここで休んでいたところ」

 そして綱の胸元に寄りそう。その時に薫る匂いに思わずくらりとした。

「お願いします。私を故郷へ連れていってください。年老いた母はきっと心配していることでしょう」

「………ひとつ、尋ねて良いでしょうか?」

 それに女ははいと頷く。

「あなたは都から攫われた姫を御存じありませんか?」

 女は首を横に振った。

「いいえ、鬼の屋敷に連れて来られたのは私一人……ひょっとすると既に鬼に喰われたのかもしれない」

 そう言いながら女はますます泣いた。もう少し逃げるのが遅ければ自分が喰われていたかもしれないというのだ。

「お願いします。早くここを出ましょう」

 そう言いながら女は綱を引っ張っていこうとする。それに綱は振り払う。

 腰に佩いた刀に手をかける。

 物騒な物腰に女は怯えた。

「おかしな猿芝居はやめにしろ」

「芝居?」

「誤魔化すな。先ほどから匂うこの薫り、何か術を仕込んであるな。私は容易くその術にかからないぞ」

 それに女はくすくすと笑いだした。

「思ったより勘の鋭いこと」

「鬼め!!」

 綱は踏みこみ、女に刀を切り付けようとした。風の薙ぐ音とともに雫が飛び散り、女は宙に翻った。その拍子で袿が放り出され、地面に落ちる。水を吸った袿は重い音を立てた。

「やだ突然野蛮ねぇ」

 木の方へ移動した女・朱音はくすくすと笑った。滴り落ちる雫で濡れる髪は鮮やかな紅葉色である。

 その色を見て綱は険悪な目で朱音を睨んだ。

「お前が、酒呑童子か!!」

 そう言われ、朱音はきょとんとした。そしてああと思い出したように頷いた。

「そうだったわ。外の者たちはそう呼んでいるんだったわ。でも、残念。私は酒呑童子じゃないわよ」

「じゃぁ、その髪は何だ! 酒呑童子は血のように紅い髪をしているというだろう」

「そうねぇ、外の人からは多分こう呼ばれていたかしら」


 茨城童子。


 それが朱音が外の者から呼ばれている名である。だが、本人としてはいまいちぴんとこない。外の者が勝手につけて呼んでいる名なのだ。

 他にも同様に勝手につけられた鬼たちがいる。

 彼らも朱音と同様にそれが自分のことだという実感がわかない。

 気にいった者は好んで二つ名のように使っているが。

 朱音の呼び名を聞き、ますます綱は険しい表情をした。それに朱音はくすくすと笑った。

「そんな目で睨まないでちょうだい。せっかく可愛い顔が台無しよ」

「愚弄するな! 鬼め」

 刀の切っ先を朱音の方へ向ける。

「あなたでしょ。最近、この山を徘徊しているのは。最近ちょっとごたついててね。危ないから早く京へお帰りなさい」

「そうはいかない。私はここで引き下がるわけには」

「何が目的?」

「姫を取り戻す」

 その言葉を聞き、朱音は目をきょとんとさせた。

「姫って誰の事かしら?」

「紅葉少将家の三の姫だ! お前たち鬼が先日掻っ攫った姫であろう」

「ああ」

 それは千紘のことを言っているのだと朱音はようやく納得した。

 しかし、掻っ攫ったとは聞き捨てならない。棟梁・須洛は使者を寄こし、きちんと挨拶をして姫を嫁にと望んで千紘は自分の足でこの山に登って来たのだ。

 掻っ攫うというより迎え入れるという方が正しい。

 そう訂正したいがとても聞いてくれる様子はない。

「そういうあなたは姫とどういう関係かしら? 紅葉少将家に仕えていた武士なのかしら」

 おそらく違うだろう。紅葉少将が千紘の為に武士を寄こすはずがない。紅葉少将の千紘への関心のなさは須洛同様朱音もしっかりと見聞きしたことである。

「恋人だった、とか?」

 からかい半分で朱音が尋ねると、綱は顔を赤く染めた。

「な、そんなわけないだろう!」

 むきになって綱はぶんぶんと首を横に振った。

(これはなんというか……可愛い)

 朱音はくすりと微笑み、綱の方へ近づく。綱は刀を振り上げるが、綱の懐へ朱音は潜り込む。

 目と目が交錯する。

 刀を朱音めがけ下ろせば仕留められる。

 そう思った綱だったがぽろりと柄を放してしまった。水音と共に刀が地に落ちる。

 綱は目をぱちくりとさせた。

 今自分は何をしているのだろうか。

 唇の柔らかさに触れ、しばらく考える。そしてはっとした。

 今自分は朱音に接吻されているのだ。

 口の中に甘いものが広がる。驚きのあまり反射的にごくりと飲みこんでしまった。

 綱は強く朱音を押しのける。

 ごしごしと唇を拭くその仕草に朱音はくすりと笑った。そしてぺろりと唇を舐める。

 その姿は艶めかしく普通の男ならばぞくりとするものであったが、綱の中にあるのは怒りのみである。

「鬼め」

「やだ、怖い。まさかはじめてだったの? 姫よりも随分年上だからてっきり経験者だと思っていた」

「それ以上破廉恥なことは……」

 突然視界が揺れるのに綱は首を傾げる。何があったと考える間もなく膝をつき、ばたりと倒れてしまった。

「大丈夫。毒じゃないわ。軽い睡眠薬と物忘れの薬」

 朱音は綱を担ぎ、山を降りた。山の麓の村まで届けてやるつもりである。

 本当は山入りで放り出す予定だったが、この雨の中では体を壊してしまう。

「私ってとても優しいわ」

 そう軽口を叩きながら、軽々と男を担ぎ山を降りた。

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