表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第2章 暴れまくりのお転婆英雄
92/162

第82話 奈落の森と悪魔の饗宴

 ここがダンジョンの中とは、到底思えない。


 鬱蒼と生い茂る森の中。頭上には星々が瞬く夜空が広がり、踏みしめる足元には柔らかい土が敷き詰められている。ただし、空には月が無い。周囲を照らすのは細々とした星明り。そして、ネザクの使用した《天魔法術:無月の万華呪法》の淡い輝きのみ。


「あれ? 急にフォルマークの気配が減り始めたみたいな……」


 カグヤの指示で黒魔術インベイドの気配が濃厚な方角へと慎重に歩みを進めていた一同は、ネザクの言葉に立ち止まる。


「どういうこと?」


「うん。骸骨騎士団がガーゴイルよりも強い奴と交戦して、負けているみたい。《無月の万華呪法》の再生回数が増えてる」


「そう、新手のお出ましってわけね。まあ、第二十階位ぐらいの『魔』で抑えきれるとは思ってなかったけど。……で? 防衛線は突破されそうな勢い?」


 森の中に散開させた三百体の骸骨騎士団は、カグヤの言うとおり、一種の『防衛線』を築き上げていた。近づく者を排除する護衛部隊。しかもそれは、何度倒されても《無月の万華呪法》の効力により復活する不死身の兵士だ。

 とはいえ、ある程度以上の実力差があれば、骸骨騎士をなぎ倒し、その復活より早く突破を図ることは不可能ではない。


「……ごめん。それどころじゃないみたい」


 ネザクはなぜか、謝罪の言葉を口にする。すると、その直後──


「敵ですわ! 正面と右手側……それから後ろからも来ますわよ!」


 霊戦術ポゼッションによる気配探知を行っていたリリアの声。それに続くように、周囲に暗い影が落ちる。辺りを照らしていた《無月の万華呪法》も、頭上に出現した何者かによって打ち消されてしまったらしい。


「な、なんだあ、ありゃあ!」


 エドガーは、リゼルを背負ったまま空を見上げて叫ぶ。ばさばさと羽音を立て、空に浮かぶモノ。漆黒の肌に漆黒の髪。頭部に生えるねじれた二本の角は、まるで悪魔のようだ。


 ──いや、『悪魔のよう』ではない。まさにこの存在こそが、本物の悪魔そのものだった。世に言う『悪魔』のイメージは、はるか昔に自然顕現したこの『魔』によって形成されたのだから。

 

「ルシフェル!」


 ネザクが声を上げて呼びかける。だが、紅く輝く瞳の魔人は、その言葉にまったく反応を示さない。ただ虚空にて、六枚羽根を羽ばたかせ、冷厳にこちらを見下ろしている。


「……嘘。あれが、堕落天王ルシフェル、なの?」


 ルヴィナが震える声でつぶやく。


 暗界第四階位の『魔』であるルシフェルは、伝説級を除くあらゆる『魔』の中で、最も有名で、最も凶悪な存在として知られている。特に月影一族の間では、かの『魔』を召喚できたなら、歴史に名を残す偉大な術者になれるとさえ言われていた。


「へえ、強敵じゃん! 面白くなってきた!」


 嬉々として紅い神剣を手に出現させ、頭上を見上げるエリザ。だが、ルシフェルは間髪入れず、背中の翼から無数の黒い羽根を発射する。


「……危ない! 発動《天魔法術:無月の障壁呪法》」


 ネザクの術が発動し、頭上に不可思議な紋様の刻まれた半透明の障壁が出現する。

 放たれた羽根は、ネザクの障壁へと雨のように降り注ぐ。激しい轟音とともに周囲に広がった爆発は、地を揺るがし、無数の木々をなぎ倒していく。土煙と障壁、双方が消えた後には、周囲に無事な木々は無い。その分だけ見晴らしの良くなった場所には、リリアの警告通り、新たな『魔』の姿があった。


「……びっくりだわね。これじゃまさに、暗界の『魔』のオンパレードじゃないの」


 カグヤはネザクやリゼルと行動していた関係上、暗界の『魔』には詳しい。だから、目の前に現れた集団が、どれだけ馬鹿げたものであるのか、否が応にも理解してしまった。


 まず、正面に一人の男。白いひげが顔の下半分を覆っており、老人のように見えなくもない。だが、大柄な身体を瀟洒な鎧に包み込むその姿は、まさに威風堂々たる偉丈夫だ。鎧には真紅のマントを羽織り、頭には王者の証ともいうべき王冠を着けている。

 王侯貴族にでもいそうな雰囲気を備えた男だが、鎖の付いた恐ろしく巨大なトゲ付き鉄球を武器にしているという時点で、明らかに人外の化け物だ。そんな彼の名は、暗黒の帝王ブラックバロック。暗界第五階位の『魔』であった。


 次に右前方から二体。一体は鎧兜に身を包んだ黒騎士だった。同じく漆黒の馬にまたがり、白銀に輝く剣だけが、不気味に浮き上がって見える。暗界第六階位、暗黒の騎士ジェダ。


 そして、彼が跨る馬。それこそが三体目の『魔』だった。暗界第七階位の『魔』、地を走る凶馬マルガ。口から毒々しい緑色の煙を吐き、血走った目をしたその姿は、大人しくて穏やかな生き物としてのイメージが強い『馬』という存在からは、大きく外れた代物だった。


 さらに背後からは、大剣を構えた筋骨隆々の大男、暗界第八階位の『魔』である堕剣士グラウルダロスが歩いてくる。彼の背後には、比較的階位の低い暗界の『魔』が多数並んでいた。


 だが、高位の『魔』が居並ぶ壮観な光景に驚いている暇はない。


「ち! 第二射が来る! 発動、《白霊彗星》」


 ここで反応が速かったのは、一行の中では飛びぬけて戦闘経験の多いアリアノートである。彼女は頭上に浮かぶルシフェルが二撃目を放つより早く、構えた弓から爆発的な白光を射ち放つ。


「ちょ、ちょっと! こんな至近距離で何を!? 発動、《わたしの闇》!」


 ルシフェルは六枚羽根の自動防御を展開するが、アリアノートの得意技ともいうべきこの魔法の前には、流石に後退せざるを得ない。激しくぶつかり合う黒と白の力。頭上すぐ近くで炸裂したその余波を、カグヤの特異魔法が残らず吸収する。


「エリザ! 奴はお前に任せた!」


「うん! りょーかい!」


 衝撃で吹き飛ばされたルシフェルに向けて、エリザが駆け出していく。


「ちょっと、危ないじゃない!」


「お前の能力は事前に聞いていた。その上で、あの程度の余波なら問題ないと判断したまでだ」


「む……」


 聞きようによっては信頼ともとれるアリアノートの言葉に、カグヤがわずかに鼻白む。


「ほら、何をやっている! 敵はまだ残っているぞ。お前はこの迷宮では敵の魔法を吸収するくらいしかできないんだから、せめて護りぐらいはしっかり働け!」


「ああ、もう! いちいち余計なことを言わなくても、わかってるわよ! みんな! 災害級の黒魔術インベイドは、生半可な耐性じゃ防げないわ。ネザクとエリザ以外は、わたしからあまり離れないようにしなさい!」


 凶馬マルガが吐き散らしてくる『心を殺す毒』の煙。カグヤは己の《闇》を広げ、それを確実に吸収していく。憎まれ口を叩きながらも、カグヤはアリアノートの采配に内心で舌を巻いていた。


 この中でも最大の強敵を迷いなくエリザに任せるあたり、アリアノートはエリザの実力を最上級のものと見なしている。さらに、彼女はここまでの道中で、この場の仲間の能力について完全に把握し、それを元に瞬時に仲間へと指示を下し、自らも最適な行動をとっていた。


「勉強になるわね……」


「ああ。『英雄とは、ただ強いだけのものを指す言葉ではない』とは、学院の標語だったな」


 ルヴィナとルーファスは感心したように言いながら、それぞれの術を周囲に展開していく。暗黒の騎士と凶馬のコンビは、遠距離からの毒煙では埒が明かないと判断したのか、一気に間合いを詰めてくるところだった。


「発動、造形白霊術クリエイト・イマジン、《雨蜘蛛の糸》」


 ルーファスの声とともに、暗黒の騎士ジェダが駆け抜けようとする空間に、網のようなものが出現する。しかし、ジェダはものともせずに光り輝く剣を振るい、半透明の魔法の網を斬り裂いた──かに見えた。その直後、ほつれた網は糸となり、幾重にも騎士の身体に絡みついていく。


 だが、その間も地を走る凶馬マルガの動きは止まらない。猛スピードでこちらに向かって駆け寄ってくる。


「将を射んとすればまず馬を射よ。ではなく、『馬ごと射よ』ですわね。……発動《水鏡兵装:黒雷弓》!」


 地に片膝を着き、低い姿勢で慎重に狙いを定めたリリアは、黒雷の矢を放つ。激しく電撃を撒き散らしながら進むその矢は、そのままマルガの胸元に突き刺さり、その勢いで人馬は激しく転倒する。


 直後、黒雷は騎乗していたジェダの身体のまとわりつき、激しく火花を散らしながら放電を続ける。ルーファスの魔法《雨蜘蛛の糸》は、受けた電撃を溜めこみ、増幅しながら維持し続けていた。

 魔法であるにもかかわらず、あたかもアリアノートの星具によって放たれた矢のように『消えない魔法』。それがルーファスの『造形白霊術クリエイト・イマジン』だった。


 それでも、流石は災害級と言うべきか、ジェダはふらふらと覚束ない足取りながらも立ち上がり、手にした剣を振りかざす。

 しかし、凶馬マルガは動かない。こちらは余波ではなく、直撃だ。暗愚王でさえ防ぎ切れなかった『星辰』を宿した矢をまともに受けた以上、送還は免れなかった。倒れたまま、その姿を消滅させていく。


 立ちあがりながら、ジェダは光り輝く剣を振った。斬撃の形に生み出された閃光は、波状攻撃となってルーファスたちに迫る。それは、暗黒の騎士の黒魔術インベイド。威力こそ大したものではないが、その輝きには見る者に、『回避してはならない』という思い込みを付与する危険な力を秘めていた。通常であれば、初見での回避は極めて困難な代物だ。


「発動……《わたしの闇》」


 呟くカグヤの声に合わせ、彼女の周囲に《闇》が広がり、迫りくる無数の剣閃をひとつ残らず飲み込んでいく。


「……来ますわよ!」


 だが、息つく暇はなかった。全身を巡る黒雷の余波をどうにか耐えきったジェダは、恐ろしいほどの速度でルーファスたちに向けて跳躍してくる。災害級の身体能力を最大限に生かした斬撃は、まともに受ければ武器ごと身体を一刀両断にされかねない。


 しかし、跳躍により一気に距離を詰めたはずのジェダは、なぜか剣を振り被った姿勢のまま、空中で動きを止めていた。


設置型白霊術セット・イマジン、条件発動」


 ルーファスがあらかじめ周囲に展開していた無数の術式。


 ジェダの攻撃行動は、そのうちの七つの発動条件を満たしていた。三重の風の結界、炎の弾幕、降り注ぐ光の矢などなど、多種多様な魔法がジェダを襲う。『星心克月』を会得し、多少なりとも『星辰』を魔力に宿すルーファスの魔法には、災害級の『魔』ですらダメージは免れえない。実際、先ほどの黒雷によるダメージも含め、暗黒騎士の身体は限界に達していたらしい。ほどなくして甲高い音を立て、その鎧が砕け散る。


「……ふむ。中身は無かったのか」


 砕け散った鎧の中には、肉体は存在していなかった。暗黒の騎士ジェダは、鎧だけの『魔』である──少なくともルーファスはこのとき、自分が倒した敵の正体をそう捉えてしまった。


 しかし──ぎらりと輝く剣。主を失って地に落ちたかに思えたソレは、まるで意志を持った生物のように浮き上がり、ルーファスの首めがけて横薙ぎの軌道を描く。


「なに!?」


 完全な不意打ちに、ルーファスの反応が遅れる。設置型白霊術セット・イマジンも先ほど発動した直後であり、防御魔法を発動する余裕さえなかった。迫りくる凶刃は、今にもルーファスの首を跳ね飛ばそうとしている。


 刹那、鋭く伸びた紅い閃光が、ジェダの『本体』である輝く剣の刀身を貫き砕く。


「……《水鏡兵装:紅天槍》」


 リリアのつぶやき。ルーファスの命を救った紅い光の正体は、彼女の左肩の辺りから伸びた、真紅の槍だった。


「……すまない。助かった」


「油断は禁物ですわよ」


 リリアの声と共に、肩から『生えた』紅い槍は姿を消した。


「ところで、今のはなんだ?」


「『吸血の姫』の特異能力のひとつ……《紅天爪》を元にした《水鏡兵装》ですわ。爪ではなく、肉体そのものから槍を生み出す。とっさのことでやむを得なかったとはいえ、……使い方を誤ると服が破れるのが欠点ですわね」


 リリアは、肩口部分が裂けた制服を気にしながら顔をしかめる。


「……なるほど。だが、利点も多いな」


 ルーファスは感心したように言う。接近戦において、身体のどこからでも瞬時に自由に槍を突き出すことができるということは、大きなアドバンテージとなる。ましてやその槍は、災害級の『魔』ですら一撃で倒しうる攻撃手段なのだ。


「……何を見てますの?」


 低く冷たい少女の声。


「む? なんだ?」


 考え事をしながらぼんやりとルーファスが視線を向けていた先は、リリアの肩口。ちょうど制服が裂け、手で押さえていなければめくれてしまいそうになっている部分だ。


「……それに何が『利点』なんですの?」


 少女の体が震えている。ここにきて、ようやくルーファスは事態に気付く。


「……ふむ。まあ、手遅れだな……」


 防御用の白霊術イマジンを周囲にイメージしつつ、諦めの言葉を吐く。だが、リリアは流石に戦闘中であることを意識してか、ふんと鼻を鳴らすと周囲の敵に意識を向けたのだった。


 第五階位の『魔』、暗黒の帝王ブラックバロックの相手はネザクが、第四階位の『魔』、堕落天王ルシフェルの相手はエリザが、それぞれ勤めつつ、離れた場所へと誘導しながら戦っている。一方、後方では第八階位の堕剣士グラウルダロスと無数の『魔』の群れを相手に、アリアノートとルヴィナが応戦していた。


 グラウルダロスは、暗血色の刀を振り上げる。この『魔』には、特定の相手に自身の斬撃を認識させることで、強力な衝撃波を具現化する特異能力《血闘決刀》がある。


「発動、《狂乱の音速連弾》」


 その寸前。アリアノートが連射魔法を叩き込み、堕剣士は怒涛のように押し寄せる無数の魔弾の勢いに押され、よろよろと後退した。

 さらに、すかさずアリアノートは別方向へと分裂する魔弾を発射。出現した無数の『魔』を殲滅。さらに再び堕剣士へと連射魔法を叩き込み、刀の振りおろしを妨害する。

 ──強力な災害級の『魔』の動きを封じつつ、その他の敵を討つ。十年前の邪竜戦争でクレセント王国と戦った時も、アリアノートの戦術は『一部の例外』を除いて、ひたすらその繰り返しだった。


「顕現せよ、《モルフィスの絶叫》」


 一方のルヴィナは『白霊戦術イマジン・タウティクス』を発動させ、霊界第十四階位の『魔』、絶叫の死人モルフィスの『叫び声』だけを具現化し、グラウルダロスの後ろから迫りくる低級の『魔』の群れめがけて叩きつける。


「顕現せよ、《ハルレシアの冷身水》、顕現せよ、《ゲヘナの熱血火》」

 続けて幻界第十七階位の『魔』、湖岸の妖精ハルレシアの能力である『身体活動を鎮静化する水』を浴びせかけて動きを止め、獄界第十四階位の『魔』、業炎の獣人ゲヘナの『闘争心を火に変える炎』で敵の身体を焼き尽くす。


「とんでもないところに来ちゃったよなあ……。でも、この面子なら楽勝か」


 ただ一人、リゼルを護るという大義名分で戦闘に参加していないエドガーは、皆の戦いぶりを眺めて呆れたようにつぶやいた。


「……どうやら、そんなに甘くはなさそうよ」


 しかし、カグヤは周囲から放たれる黒魔術インベイドをひたすら吸収しつつ、ある方向に指を向ける。


 ──そこには、ルーファスとリリアが倒したはずの暗黒の騎士ジェダ、そして地を走る凶馬マルガの人馬一体となった立ち姿があった。

次回「第83話 天魔の少年と降魔の少女」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ