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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第2章 暴れまくりのお転婆英雄
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第81話 英雄少女と白星弓の守護妖精

 休憩を終え、広間の出口に辿り着いた彼らは、信じがたい光景を見ていた。


「な、なんだこれ?」


 リゼルを背負ったまま、エドガーが驚愕に声を震わせている。


「……ここ、本当にダンジョンの中ですの?」


 リリアは呆れたように首を振る。


「い、いや、だってこれ、どう考えても……森、だよな?」


 エドガーが言うとおり、一同の眼前には、暗く生い茂った森の景色が広がっている。一方、後ろを振り返れば、石畳の整然と並ぶ大広間が広がっている。


「……ここは暗界『第三階位』の体内よ。何があっても不思議じゃないわ」


 地下三十階までの階層。それだけを見る限り、ここは『欲望の迷宮』の名に相応しい、財宝とトラップ満載のダンジョンだった。だが、その実態は、欲に塗れた人間を誘いこみ、その恐怖や無念を喰らって『真月』を回収する役割を担う『月の牙』だ。


 心象暗景メイズフォレスト。


 カグヤの言葉に、特殊クラスの面々がごくりと唾を飲む。伝説級の『魔』の腹の中。そう思えば、周囲に生えた樹木の一本一本がおぞましい化け物に見えてくるようだった。そして、それからいくらもしないうちのこと。慎重に森の中を進んでいた彼らは、嫌な気配を周囲に感じ始めていた。


「……気を引き締めろ。どうやら囲まれているぞ」


 アリアノートが警告の声を発しながら、『白星弓シャリア』を構える。彼女の深緑の視線が向かうその先からは、木々の枝葉をかき分けて何体かの化け物が姿を現す。


「ガーゴイル?」


 ネザクが懐疑的な声で言う。彼にとっては、あらゆる種類の『魔』の姿は、見慣れたものだ。暗界第二十七階位の石像の魔兵ガーゴイルなどは、その使い勝手の良さもあって頻繁に召喚する『魔』のひとつでもある。


「……なんだろう? 何かが違うような……」


「来るぞ!」


 最初は二、三体かと思われたガーゴイルたちは、次から次へと姿を現し、奇怪な叫び声をあげながら飛び掛かってくる。


「発動、《烈火の拡散弾頭》」


 アリアノートの白星弓から放たれた炎の矢は、無数に分裂しながら正面から迫りくるガーゴイルの一団を飲み込んでいく。


「上からも来たか。……発動、連鎖白霊術チェイン・イマジン、《天網の導火線》」


 ルーファスが頭上を見上げてつぶやくと同時、網目のような赤い光が出現し、舞い降りてきたガーゴイルたちを包み込む。すると、網の結節点を中心に連鎖的な爆発が巻き起こり、石でできた魔兵の身体は粉々に撃ち砕かれる。


「みんな! エドガー君とカグヤ先生を中心に円陣を組むわよ!」


 ルヴィナの号令を受け、連携のとれた動きで陣を組む特殊クラスのメンバーたち。だが、そうしたチームプレーに慣れていないネザクだけは、反応が遅れた。


「ガーゴイル? 僕だよ」


 それどころか、自分に爪を振りかざそうとするガーゴイルに対し、呑気な言葉をかけていた。しかし、その『ガーゴイル』は、そんな言葉など聞こえていないかのようにネザクに迫る。


「え?」


「危ない、ネザク!」


 間一髪、割って入ったエリザの神剣が、そのガーゴイルを斬り裂いた。


「何をぼーっとしてるんだよ。戦わないと!」


「う、うん……」


 ネザクにとって『魔』から攻撃を受けたのは、霊賢王の時を除けば、これが初めてのことだった。召喚されて使役されている『魔』でさえ、彼が本気で働きかければ容易に『支配』することができたはずだ。しかし、今は何故かそれが通じない。


「ネザク。こいつらは普通の『魔』じゃないわ。ここが『心象暗景メイズフォレスト』だというのなら……彼らも恐らくその一部。つまり、霊賢王と同じでしょう。伝説級には『ルナティックルール』を使ったとしても、『支配』は通じないのかもしれないわね」


 実際、先ほどからカグヤは敵の『魔』に対し、黒魔術インベイドを仕掛けているが、あまり通じた様子はなかった。


「……うん、わかった」


 ネザクは、手の中に古びた錫杖を出現させる。


「えーっと、それじゃあ……」


 《無月の天魔錫杖》をかざしながら、ネザクは攻撃手段を選択する。錫杖を手にした瞬間、ネザクの前には無数の可能性が広がる。星喚術プレイを除くあらゆる魔法の使用。それぞれを融合させた新しい術式の確立。無限ともいえる戦闘スタイル。


 ネザクは、選択肢が多すぎるがゆえに迷う。しかし、エリザは迷わない。一瞬のことではあったが、それでもネザクの動き出しは、赤毛の少女が跳躍するのに出遅れた。


「発動、《降魔剣術:斬月の一刀両断》!」


 横一文字に振り抜かれる紅水晶の神剣。そこから放たれる黄金の閃光がガーゴイルを群れごとまとめて一刀両断する。彼女もまた、星喚術プレイのみの使用とはいえ、その戦闘スタイルは可変にして無限である。それでも彼女は迷わない。その選択が『最善』かどうかではなく、『好み』かどうかで行動する。


「よーっし、次!」


 特殊クラスのメンバーやカグヤたちがリゼルを護るべく円陣を組む中、エリザは敵の群れの中に踊り込み、縦横無尽に暴れていた。

 円陣を挟んでエリザの真逆の位置には、アリアノートが陣取っている。エリザとは対照的にほとんど場所を動くことなく、多彩な魔法や弓矢を用いて次々と敵を射ち落としていた。


「……でも、このままじゃ埒が明かないかな」


 ネザクは錫杖を頭上に掲げる。


「発動、《天魔法術:無月の万華呪法》」


 錫杖の先から出現した光球。それが少年の頭上高く出現し、暗い森を明るく染めたその直後。

 霊界第二十階位の『魔』──十体で一体の骸骨騎士団フォルマークの集団が出現する。その数およそ三百体。おぞましき骸骨の戦士たちは、光が届く限りの場所にゆらりと幽鬼のように佇んでいる。


「かかれ」


 ネザクの号令と同時、彼らは一斉に周囲のガーゴイルたちに襲いかかる。


「うん。これで片付くかな」


 ネザクが無数に増殖させたフォルマークは、ガーゴイルよりも階位が高く、その分強力な存在である。さらに言えば、ネザクの使った《無月の万華呪法》には、頭上に光球が存在する限り、何度倒されても出現させた『魔』の数を維持する効果まであった。


「……どうやら、ようやく一息つけそうですわね」


 リリアが周囲の気配を霊戦術ポゼッションで確認しながらつぶやく。森に出現し続けるガーゴイルを、フォルマークたちが無限に駆逐し続けることで均衡状態が生まれたようだ。


「……にしても、ますます化け物じみていくよな。二人とも」


 背中にリゼルを背負ったまま、エドガーが呆れたように言う。


「そう言えば、エクリプスの『亡霊船団』だったか? エレンタードを蹂躙した凶悪な兵器だったそうだが、その大半を二人が片付けたという話だったな」


「ええ。なんでもその後、エレンタード国王様から叙勲式に招かれたとか」


 ルーファスとルヴィナが思い出したように言葉を交わしていると、アリアノートが感心したように言葉を割り込ませてくる。


「なに? そうか。それは大したものだな。救国の英雄ともなれば、ただの叙勲だけではないのだろう? 領地の1つぐらい封ぜられても不思議ではない。実際、アルフレッドもそうだったしな」


 アリアノートは、問いかけるような目をネザクに向けた。


「え? ああ、ううん。だって僕、英雄じゃなくて魔王だし。皆を助けたのだって、『魔王』として当然のことをしたまでだからね」


「魔王として当然? ふむ。まあ意味は分からないが、君は褒美は受け取らなかったのか」


 アリアノートは、不思議そうに首をかしげる。


「だが……エリザは、貰ったのだろう?」


「え? ううん。貰わないよ」


「なに?」


「だって、あたしは世界最高の英雄になりたいんだもん。いちいち国を救ったぐらいで勲章とか領地とか、いらないよ。ネザクみたいに言うなら、『英雄』として当たり前のことをしたって感じかな?」


 あっけらかんとした顔で笑うエリザ。そんな彼女に、一同はやれやれとばかりに呆れた顔をしていた。しかし、そんな中にあってアリアノートだけは、厳しい視線をエリザに向けて首を振る。


「エリザ」


「え?」


「それは違う」


「違うって……何が?」


エリザは、きょとんとした顔で訊き返す。


「それはまったく、『英雄』として当然の行いではない。君はそこで、褒賞を断るべきではなかった。少なくとも君が『英雄』であろうと言うのなら、その行いは完全に間違いだ」


「な、なんで? どうして、そんなこと言うのさ」


 思いもかけないアリアノートの言葉に、当のエリザばかりか、他の皆も驚いたように彼女を見た。


「いいか? 君は国を救ったんだ。君は褒められるべきで、称えられるべきなんだ」


「え? で、でも、あたしは別にそんなの……」


「必要ない、か? 君はそれでもいいかもしれない。……だが、君はそれ以上に重要なことを忘れている」


「重要なこと?」


「──君に救われた人々の気持ちだ。彼らは君に、礼すら言わせてもらえないのか? 君を称えることすら許されないのか?」


「そんな! あたし、そんなつもりじゃ……」


「君のやったことは、そんな彼らの気持ちを踏みにじる振る舞いだ。君が本物の英雄たらんとするならば、賞賛は『甘んじて受ける』べきだ。……そうしてこそ初めて、人々は君の背中を見て、勇気をもらえる。世界中の人間に夢と希望を与える存在。それこそ『世界最高の英雄』ではないのか?」


「…………」


 エリザは、衝撃を受けたように黙り込む。


「もしかして、アリアノート様がなかなかファンスヴァールから、こちらにいらっしゃらなかった理由は、それなのですか?」


 代わりにそう尋ねたのは、ルーファスだった。


「ああ、まあ、それだけじゃないけどな。『亡霊船』から国を護り抜いた後、祝勝会やら褒賞式やら、色々なイベントもあったし、国民向けのパレードにも参加していた」


 苦笑気味に笑うアリアノート。実際には、彼女を黒霊賢者の元に帰すまいとするエルフ族の仲間たちを振り切るのにも時間を費やしてはいたのだが、それはここでは黙っておくことにした。


「……うん。そうだよね。そのとおりだよ。あたしもやっぱり、なんだかんだ言って、舞い上がってたのかもしれない。王様の気持ちも他の皆の気持ちも、なんにも考えてなかった。今思えば、式典でも酷いこと言っちゃったと思うし……」


 酷く落ち込んだ顔で肩を落とすエリザ。いつもは太陽のように明るく笑う彼女がそんな顔をすると、場の雰囲気全体が一気に暗くなるかのようだ。だが、場に沈黙が落ちかけたところで、カグヤが不機嫌そうに口をはさむ。


「……あんたねえ。言ってることは正論かもしれないけど、相手は子供なのよ? もっと言い方ってもんがあるでしょうが」


「ふん。相応の実力を持つものを、いつまでも子ども扱いしてどうする。お前が弟を甘やかすようにしていては、彼らの成長を阻害するだけだ」


「子ども扱い? 甘やかし? そんなことを言ってるんじゃないわ。思いやりが足りないって言ってんのよ!」


「思いやっているさ。これがエリザのためだと思うからこそ、わたしとて厳しい言葉も口にするんだ。植木も水をやりすぎれば根腐れするものだ。……これではネザクも苦労が多いのではないかな?」


「え? い、いや僕は別に……」


 ヒートアップしていく二人の言い争いのさなか、急に話を振られたネザクは、何も言えずに首を振る。


「こ、こら! そこの胸無し女! なにを許可なく他人の弟に同意を求めてるのよ!」


「んな! む、胸は関係ないだろう、胸は! だいたい貴様こそ……聞いた話じゃ、随分と多くの学院関係者に色目を使っているらしいじゃないか。この尻軽女が! その無駄にでかい脂肪もその程度の役には立っているみたいで結構なことじゃないか。ええ?」


「ぬあんですってえ!?」


「ああ、もう!! いい加減、喧嘩は止めようよ!!」


 仲間同士の争い事が嫌いなエリザは、痺れを切らしたように叫ぶ。普段ならこれで大概の喧嘩は収まるのが常だったが、今回は戦闘直後の気が高ぶっている場面と言うこともあってか、なかなかそうはいかなかった。


「ほら、あんたがくだらない説教をし始めるから、雰囲気が悪くなっちゃったじゃない!」


「くだらなくなどない! それに雰囲気など貴様がこの場にいるという時点で、とっくに最悪だろうが!」


「あうう、駄目だ。どうしてこうなっちゃったんだろ……」


 エリザは、がっくりとうなだれるようにしてぼやく。ネザクはそんな様子を見て、くすくすとおかしそうに笑う。


「あはは。でもさ、二人ともエリザのことが、すっごく好きなんだよね。でなきゃ、エリザのために、あんなに必死になれるわけないもん」


 その声は、思いのほか大きく辺りに響いた。直後、その場がしんと静まり返る。カグヤとアリアノート、二人の言い争いの声までもが、ぴたりと止んでいた。


「え?」


 不思議そうに首をかしげるエリザ。


「うふふ。そうですわね。ネザクくんの言うとおりですわ。……ということで、そちらで仲良く固まっていらっしゃるお二人? エリザが好きという点ではお互いの想いは同じなのですから、他ならぬエリザのためにも、その辺で矛を収めてはいかがですか?」


「う……」


「ぬ……」


 済ました顔で声をかけてくるリリアの言葉に、わずか頬を赤らめ、ばつの悪そうな顔をする二人。お互いに顔を見合わせ、それから渋々と頭を下げる。


「わ、悪かったわよ。……あなたがエリザに言ったこと、確かに間違っていないと思うわ。人の気持ちが考えられない奴が、英雄に相応しいはずがないものね」


 カグヤは、ここにはいない誰かのことを思い起こしながら謝罪の言葉を口にする。


「いや、こちらこそムキになって済まなかった。エリザが好き好んで誰かの気持ちを踏みにじるような奴じゃないことぐらい、十分わかっていたつもりだったのだがな。つい、きつい言い方になってしまったことは反省している」


 神妙な言葉を口にするアリアノートは、エリザにも申し訳なさそうな視線を向けている。


「いいよ、そんなこと。アリアノートさんの言ったこと、すごく勉強になったもん」


 エリザは気にしていないと言うように首を振る。だが、根が素直な彼女は、余計な感想まで口にしてしまった。


「いやまあ、一時期は幻滅と言うか、残念な人なのかなーとか思っちゃったこともあったけど、やっぱりアリアノートさんってすごい英雄だったんだね」


「残念?」


 聞き咎めたようにアリアノート。


「え? あ、ああ、いや、ごめんなさい。その……禁月日にさ……胸がどうとかって言ってた時のことなんだけど……」


 それは、エリザの理想の英雄像が無惨にも破壊されたあの日のことだ。


「……胸? 残念? エリザ、それは何か? わたしの胸が残念なことになっていると、そう言いたいのかな? ん?」


「え? あ! いや、そういう意味じゃ……」


 怖い顔をして迫ってくるアリアノートに、ようやく自分が言葉の言い回しを間違えたことに気付く。


「ふっふっふ! やっぱり君には、英雄としての心構えを一から叩き込んでやらなければならないようだな。……その身体に」


「ちょ、ちょっと待ってってば!」


 ぶんぶんと首を振るエリザに、一歩、二歩とにじり寄っていくアリアノート。


「……はあ。先輩英雄と学院の先生がこの調子じゃ、やっぱりここは、わたしがしっかりするしかないのかしらね……」


 暗界第三階位、心象暗景メイズフォレスト。伝説級の『魔』の懐深くにおいて繰り広げられる賑やかな光景に、ルヴィナは処置なしとばかりに首を振る。

次回「第82話 奈落の森と悪魔の饗宴」

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