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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第2章 暴れまくりのお転婆英雄
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第80話 少年少女とダンジョン探索

 『欲望の迷宮』は、底の知れないダンジョンだ。これまでの最大踏破階層数は地下三十階。記録を打ち立てたのは、迷宮に眠る財宝を求めてトレジャーハンターが結成した、当時でも有数の実力者を集めた探索隊である。そしてその他にも、もう一組。


「……驚いたわね。まさかあなたたちが、地下三十階まで到達していたなんて」


 ほのかな照明の下、無限に広がるかのような空間に声が響く。だいぶ疲れているのか、彼女の足取りは重い。


 迷宮の場所自体は、学院から歩いて一日とかからない。だからこそ学院の卒業試験としても使われていたのだろうが、それもこの『迷宮』の真実を知らなかったからだと言うべきだろう。


「でも、わたしとしては、この『迷宮』が暗界の『魔』そのものだったことの方が驚きです」


 カグヤの隣を歩くルヴィナは、少し疲れたような顔をしている。


「実際、俺が聞いた限りじゃアズラル先生も知らなかったらしいし、どうしてカグヤ先生はそんなことを知ってるんですか?」


 カグヤの背後からそう問いかけたのは、今も眠り続けるリゼルを背負ったエドガーだった。

 期せずして学内でも評判の美少女を背負うことになった彼だったが、実は内心の喜びを必死に押し隠していたりする。そんな不謹慎な考えがバレた日には、女性陣から半殺しの憂き目に遭わされるのは間違いないだろう。


「もちろん、リゼルに教えてもらったのよ。彼女の話は抽象的でわかりづらいけど、色々な情報と付き合わせれば、わかることはあるわ」


「……第三階位。わたくしも、そうなのですよね?」


「……霊賢王の話が本当なら、そういうことになるわね。この星界に満ちた『真月』を回収するため、四月界の神によって星界に突き立てられた四本の牙。それこそが『第三階位』。この『心象暗景メイズフォレスト』と同様、『冥府血統ブルーブラッド』も、形は違えど同質のものよ」


 カグヤの淡々とした言葉に、リリアは目を伏せて黙り込む。


「で、でも! リリアさんはリリアさんだよ。『魔』だとかブルーブラッドだとか……そんなの関係ないよ」


 皆の最後尾を護るように歩くネザクが、語気を強めて言い募る。


「……ありがとう、ネザクくん。ええ、彼女……リゼルだって、同じだわ。『魔』であろうと何であろうと、彼女は彼女。そういうことですわよね?」


「うん。そうそう!」


 リリアの前向きな発言に、ネザクは嬉しそうに顔を輝かせた。


「……それにしても、この部屋。随分と広いな」


 それまで黙っていたルーファスが、碁盤の目のように規則正しく並んだ石畳の空間を眺め、うんざりしたようにつぶやく。


 『欲望の迷宮』地下三十階。かつて特殊クラスのメンバーが黒魔術インベイドのトラップによって撤退を余儀なくされた部屋である。不気味に輝く光源が天井に設けられているため、地下とはいっても周囲が見渡せないわけではない。だが、それでも周囲の壁が確認できないほど広大な部屋だった。


「いったい、どこまで続いているんでしょうね」


 ルヴィナが不安げな声で言う。この部屋に入ってから、それなりの時間が経ってはいるが、未だに出口らしきものが見えてこないのだ。


「そうね。ここに仕掛けられていた黒魔術インベイドそのものは、どこかの猪突猛進英雄少女が破壊してしまったけれど……いえ、『魔法を破壊する』とか、自分で言ってて意味わからないけど……それはともかくとして、この部屋自体も厄介だわ」


「どういう意味ですか?」


「この部屋の構造は、人の感覚を狂わせるようにできているようよ。本来なら黒魔術インベイドとの相乗効果で、一度迷いこんだら死ぬまで抜け出せない仕組みになっているんじゃないかしら」


 カグヤは足元の石畳を指差して見せる。よく見なければわからないが、石畳は真四角の石板で組まれているように見えて、微妙に形が歪んでいる。規則正しい目に沿って真っ直ぐ進んでいるつもりが、いつの間にかあらぬ方向に進むことになるという仕掛けのようだ。


「だとすると、ここから先は慎重に進んだ方がよさそうですね」


 ルヴィナもまた、真剣な顔でカグヤに頷きを返す。だが、その直後。


「みんな、みんな! 出口発見!」


 真紅の神剣を振り回し、はるか前方から駆け戻ってくるエリザの姿。


「………いや、だからね? それはおかしいでしょ?」


 がっくりと、うなだれるようにカグヤ。


「カグヤ先生、彼女に常識を期待するだけ無駄だと思いますよ……」


 どうにか言葉を返したルヴィナの声にも力は無い。


「ん? どしたの。二人とも?」


「……いいえ、なんでもないわ」


 きょとんとした顔で問いかけてくるエリザに、ルヴィナは気の抜けたような顔で首を振る。


「……言ってる傍からまったく……あの子ったら本当に、獣みたいな方向感覚ね。どうしてそんなにあっさり出口を見つけてこれるわけ?」


 カグヤが呆れてつぶやいていると、そこに新たな女性の声が割り込んでくる。


「わたしも見てきたが、やはり、この先が本番という言葉に間違いはないようだな。出口の『向こう側』は、かなり普通じゃなさそうだ。いったんこの辺で、休憩を取った方がいいかもしれない」


 エリザの後ろから姿を現したのは、アリアノートだった。


 地下三十階まで降りてくるまでの道のりは、それだけでもかなりのものだ。実際、一行の中でも比較的体力のないルヴィナやカグヤなどは、アリアノートの提案に安堵の息をついていた。


「アリアノート様も、よくエリザについていけるな」


「ですわね。まあ、彼女もハイエルフですし、華奢に見えて、体力も人間離れしているのかもしれませんわ」


「……そういう君も、思ったより疲れていなさそうだな?」


「え?」


 リリアはルーファスの言葉に目を丸くする。言われるまで意識もしていなかったが、考えてみれば自分の体力もルヴィナとそれほど違わないはずなのに、今は全く疲れを感じていなかった。


「……あの後、からですわね」


「どうした?」


「いえ、なんでもありませんわ」


 リリアは胸中の不安を押し隠すようにしながら、それ以上この話題に触れさせまいとして首を振る。仲間に余計な心配をかけても仕方がない。そう思ってのことだったが、この場合、相手が悪かった。


「なんでもない? いや、明らかに何かを思い悩んでいるように見えるぞ」


「……少しは察してくださいな」


 不機嫌そうにルーファスを睨むリリア。


「ああ、だから察している。君の様子は普通じゃない。だから俺は、『どうした』と訊いている」


 リリアの鋭い視線をまともに受け止め、微塵も揺るがず訊き返してくるルーファス。


「察する場所が間違っていますわよ。……大したことじゃありません。ただ、自分の身体の変化に戸惑っているだけですわ」


「身体の変化? ……そうか。まあ、君もまだ成長期だと言うことだろう。むしろ喜ぶべきことではないのか?」


「喜ぶ? どういう意味ですの?」


 ちぐはぐな答えを返すルーファスに、きょとんとした顔をするリリア。だが、彼の言葉の意味を理解するにつれ、その顔が赤く染まっていく。身体は怒りに震え、ツインテールの白金の髪があたかも逆立っているかのようだ。


「……うわあ、これ、やばいぞ」


 リゼルを床に敷いたシーツの上に横たえていたエドガーは、リリアから発せられる馴染み深くも禍々しい気配に怯えた声を出した。


「どうしたの、エドガー?」


 一方、『経験』の浅いネザクにはわからないらしく、不思議そうにエドガーへと問いかける。


「……ネザク。後学のために良く見ておけよ」


「え?」


「こういうのをな。……『口は災いの元』って言うんだぜ」


 エドガーの言葉の語尾に重なるように、金切り声が響く。


「この変態が! 死にさらせ!」


 いつもの上品な口調からは考えられないリリアの言葉。それにネザクが驚く暇もなく、激しい雷撃の音が炸裂する。漆黒の雷がルーファスを巻き込み、爆ぜた。


「え、ええ!? うそ!? あれ、死んじゃうってば! ルーファスさーん! ルーファスさーん!」


 悲鳴にも似た叫び声をあげるネザク。リリアの一撃は、それほどまでに手加減抜きに放たれている。少なくともネザクには、そうとしか見えなかった。


「いや、まあ、心配するな。どうやらルーファス先輩もぎりぎり最低限の防御用白霊術イマジンは使っているらしいから。それに最近じゃ、アレ専用で条件発動式の設置型白霊術セット・イマジンを開発したとかしないとか言ってたしな」


 慣れた調子で落ち着かせるようにネザクの肩を叩くエドガー。


「ぎりぎりって何!? 全然安心できないよ! ほら、どう見ても黒焦げだし……」


「まあ、あのままほっといても、しばらく置いとけば復活するぞ、あの人」


「……もういいです。やっぱりエリザの仲間って、とんでもないんだね」


 もはや理解不能とばかりに肩を落とすネザク。


「あっはっは。ネザク。これくらいで驚いてちゃ、あたしたちのクラスじゃやっていけないよ?」


「……うん。まあ、そのとんでもない人の代表格が、君だもんね」


「むー! なんだよそれ」


 諦めたように息を吐くネザクに、エリザは拗ねたように頬を膨らませる。


「やれやれ、お子様のお守りは大変ね」


 そんな喧騒を眺めつつ、ルヴィナと共に床へと腰を下ろすカグヤ。


「ええ、問題児ばかり多くて……おまけに全然言うとおりに動いてくれませんし……」


「心中お察しするわ」


 カグヤとルヴィナは比較的相性が良いらしく、ここまで来る間にも二人の間では気の合う会話が多かった。だが、相性が良い人間がいれば、当然、相性が悪い人間もいるのが世の常である。


「……ふん。言っておくが、わたしはお前のことをまだ信用したわけではないぞ。だからこそ、こうして同行させてもらったと言っても過言ではない」


 少し離れた場所に、カグヤの正面に対峙する形で座り込むアリアノート。彼女は深緑の瞳に剣呑な光をたたえてカグヤを見据えている。アリアノートから見れば、カグヤは愛する夫を虜囚の憂き目に遭わせた憎い相手でもあった。


「嫌ねえ。この期に及んで疑り深いにもほどがあるわよ。……やっぱり、器の大きさは胸の大きさに比例するのかしらね?」


 一方のカグヤも、冷たい口調で罵詈雑言を彼女に向かって叩きつける。


「むぐ! き、貴様……いい気になりおって。少しでも妙な真似をすれば、わたしの矢が貴様を射抜く。せいぜい気をつけることだな」


「あらあら、負け惜しみ? いえ、別にわたしは『こんなこと』で勝ったつもりになんかならないわよ? どっちかって言うと、肩が凝って疲れるのよねえ。これ」


 カグヤは横座りの姿勢のまま、器用にも胸を張って笑う。


「むぎぎぎ! 誰が負け惜しみなど言ったか! 貴様の言うとおり、そんなもの、無用の長物ではないか!」


「そうね。まったくだわ。たまたま持って生まれたと言うだけで、こんなにも苦労しなければいけないんだもの。参っちゃうわね」


「は、ははは! それ見ろ!」


 若干顔を引きつらせながら、無理矢理笑うアリアノート。傍で見ていたルヴィナには、そんな彼女の姿が痛々しくて見ていられなかった。何故と言って、彼女には後に続くカグヤの言葉が予想できたからだ。


「……ほんと、わたしが『女性』に生まれたばっかりにね。その点、貴方が羨ましいわ」


「…………!!」


 アリアノートは、顔を真っ赤にして絶句した。そしてそのまま声にならない叫びをあげ、手にした弓に矢をつがえかけては、荒く息を吐いてそれを思いとどまる。


「……ね、ねえ、ネザク。アリアノートさんがカグヤ先生に厳しいのは、まあ、アズラルさんのこと以外にも『理由』があるからわかるんだけど、なんでカグヤ先生はあんなに意地悪するのかな?」


 ネザクの隣にどっかりと座りこんだエリザが、二人の女性の仁義なき言い争いを見つめながら尋ねる。


「え? あ、うん。多分だけど……アリアノートさんって、アルフレッド先生に似てるんだよ。まっすぐで正義感が強くて、人を疑うことを知らない感じっていうのかな?」


「ふうん。そんなものかなあ」


 エリザは納得いかなげに首をかしげる。もっともネザクとしては、同じ理由から、カグヤがエリザを気に入っていることの方がわからない。今の特徴は、そのままエリザにも当てはまりそうなものではないのか。


 かつてネザクはそんな疑問をカグヤにぶつけてみたことがあったが、彼女はそんな指摘に対し、静かに首を振るだけだった。


「違うわよ。彼女とアイツは全然違う。似ているようには見えるかもしれないけど、でも、……彼女は、全然違うわ」


 ネザクに優しい瞳を向けて、小さくつぶやく。そんな彼女の言葉は、ネザクにはいまいち意味が分からない。カグヤには、エリザのことがどう見えているのだろうか。


「ん? どしたの、ネザク。あたしの顔になんかついてる?」


 そんなことを考えながら、ぼんやりとエリザの顔を見つめていたためだろう。エリザが赤銅色の目を瞬かせ、ネザクの顔を覗き込んでくる。間近に迫る少女の顔に、少年は心臓の鼓動が高まるのを感じた。


「う、うう。な、なんでもないよ」


 そう言って横を向いてしまうネザク。


「ふうん。変なの。なんか顔赤いし、熱でもある?」


 そんな言葉と共に、少女のしなやかな手がネザクの額にそっと触れる。


「ふえ? え? エ、エリザ……」


「うん。熱は……ないみたいかな?」


「だ、大丈夫だってば」


 動揺を隠しきれないネザクは、思わず声が上ずってしまう。


「うーん、やっぱりおかしい。額で確かめないとわからないのかな?」


「え? ええ? ちょ、ちょっと、エリザ。そ、その……ち、ちか、ちかちか!」


 顔が近い。間近に迫るエリザの顔を見て、ネザクはすでにパニック寸前だった。


「……ほらほら、そこの二人。こんなところでイチャイチャしないの。お姉ちゃん、妬けちゃうわよ」


 見かねたカグヤは、ネザクへの助け舟のつもりで、からかうような声をかける。もっとも、実際に声に不機嫌さが滲んでいるのは、『妬いている』のも本当だからなのかもしれない。


「え? べ、べべ別に! いちゃいちゃなんかしてないよ!」


 ネザクに顔を近づけた姿勢で固まったエリザは、至近距離でネザクの顔をまじまじと見つめた後、何かに気付いたように後方へと跳躍した。膝立ちの体勢からよくもここまで、と思うような距離を置いてから、顔を赤く染めてぶんぶんと首を振る。


「ちょっと、そんな風に距離を置いたりしたら、まるで嫌がってるみたいじゃない。ネザクが傷つくでしょう?」


 再び咎めるようなカグヤの声。見ればネザクは、どことなく悲しげな顔でエリザを見つめている。


「い、いちゃいちゃするなとか、離れるなとか……ううー! だったらどうしろって言うんだよ!」


 戦闘センスは抜群でも、異性に対しては間合いの取り方ひとつ、満足に見極められないエリザだった。

次回「第81話 英雄少女と白星弓の守護妖精」

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