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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第2章 暴れまくりのお転婆英雄
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第78話 英雄少女と学院長の強権

「まさかあたしの目と鼻の先で、そんなことがあっただなんて……」


 学院の会議室で、エリザが悔しそうに唇を噛む。霊賢王の襲撃があった場所は、エリザも生活している女子寮の近くだ。そんな場所で自分の大事な親友に起きていた危機を察知できなかったことに、エリザは悔しさを抑えきれない。


「仕方がないよ。霊賢王は周囲に結界を張っていたみたいだし、僕だってアクティちゃんから知らされなければ気付かなかったと思う」


 彼女の隣に腰かけたネザクが、慰めるように声をかける。


「……まったく兄上も馬鹿なことを」


「アズラル。そんなに気に病むな。結局は彼の自業自得だろう?」


「うん。わかってるよ。ハニー。ありがとう」


 昔から見下され、利用され続けてきた相手とはいえ、アズラルにとっては血の繋がった兄でもある。因縁や確執もあるのだろうが、仲が良かったころの思い出など、兄弟だからこその感傷もあるのだろう。それきりアズラルは黙り込んでしまう。


 本来なら饒舌で仕切り屋なところがあるアズラルが沈黙したことで、会議室は静寂に包まれた。


「……しかし、本人の遺体も残っていないとなれば、真偽のほどは確認しようがありませんな」


 その静寂を打ち破るように、そんな言葉を口にしたのは副院長のエルムンドだ。


「あら、あなた。わたしの言うことを疑ってるの? 随分な度胸じゃない」


「……鵜呑みにするには話が大きすぎますからな」


 挑発ともとれるカグヤの言葉にも、エルムンドは冷静に言い返す。実際、彼にしてみれば新参者のカグヤやその仲間たちは、手放しで信用するわけにはいかない相手だった。


「エルムンド。やめてくれ。彼女はもう仲間なんだ。疑うなんて良くないぞ」


「しかし、アルフレッド様……」


 慌ててアルフレッドがたしなめる言葉に、エルムンドは反論しようとした。が、しかし。


「いいのよ。むしろ、そうやって最悪の事態に備えて、警戒を怠らない姿勢は好感が持てるわ。……どっかの誰かさんみたいに人を信用し過ぎて自滅しかねないお人好しよりは、よっぽどましね」


 そんなカグヤの言葉に、傷ついたような顔をするアルフレッドを見て、やれやれと息を吐く。どうにもこの二人の関係は難しい。そう言いたげなエルムンド。その隣では、エリックが肩をすくめて同じ顔をしていた。


「もう! そういうまどろっこしいのはいいからさ! 問題はそういうことじゃないでしょ?」


 再び沈黙が場に落ちかけたところで、エリザが叫ぶ。


 事件の概要としては、外部からの侵入者が学院の生徒を襲撃して攫おうとした挙句、教師と別の生徒に発見されて撃退された、ということになる。そのため、この会合の表向きの名目は、学院の教師たちが今後の対策を練るために集まっているというものだ。


 だが一方、教師以外にも、生徒であるはずのエリザとネザクの二人が参加している。当事者の一人であるリリアは保健室におり、エリザはその代理として強引にこの場に顔を出したのだ。


 とはいえ、彼女の言う『問題』は、また別のところにあった。


「……リゼル。大丈夫かな」


 ネザクが不安げな声でつぶやく。事件から一夜明けたこの日、依然としてリゼルの意識は戻らなかった。


「リリアを助けてくれた人が苦しんでるんだよ? 助けてあげなくてどうするのさ!」


 立ち上がり、腕を振りかざして声を上げるエリザ。しかし、アルフレッドは返事をせず、難しい顔で考え込んでいる。代わりに口を開いたのは、やはりエルムンドだった。


「……エリザくん。君の気持ちはわかる。だが、彼女は暗界第二階位の伝説級の『魔』なのだろう? そんな存在を助けるために……『欲望の迷宮』の最下層を踏破するというのは、いくらなんでも……」


 リスクが大きいうえに、結果として敵となりうるかもしれない相手に、強大な力を取り戻させるきっかけになりかねないのだ。ただでさえ、『魔王』という不確定要素を抱える学院の管理者としては、簡単に首を縦に振れる話ではない。


「カグヤ。君の話は信じる。でも、そのために学院の生徒を危険にさらすことはできない」


 アルフレッドは長考の末、苦渋に満ちた声を絞り出す。


「……わかってるわよ。わたしはただ、彼女を治す方法はないかと聞かれたから、答えただけ。迷宮にはわたしとネザクで行くわ。それでいいんでしょう?」


「だから! あたしも行くって言ってるじゃん!」


「駄目だ。あの迷宮が彼女の言うとおりのモノなのだとしたら、いくら君でも危険すぎる。僕はここの学院長として、生徒である君にそんな危険な真似はさせられない。卒業試験もあそこで行わせるのは止めるつもりだよ」


 アルフレッドは厳しい顔で首を振る。ついで、ゆっくりとカグヤに目を向ける。


「……カグヤ。君も、それにネザクもだ。学院の教師、それに生徒である君たちに対しても、同じくそんなことは許可できない」


「……勝手なことを言うわね。わたしは教師なんてやりたくてやってるわけじゃないのよ」


 低く冷たい声とともに、アルフレッドを睨むカグヤ。


「……規則を守れないなら、君も……ネザクも、この学院にいてもらうわけにはいかなくなる」


「そんな! 酷いよ! 先生!」


「エリザは黙っていなさい。……カグヤ、考える時間はあげるよ。君とネザクにとって、どうするのが一番いいか。よく考えてみるんだ」


 アルフレッドはあくまで厳しい口調を崩さない。ともすればカグヤの機嫌を取ろうとすることの多かった彼にしては、考えられないような態度だった。


「……これだから、これだからわたしは、あなたが嫌いなのよ。わたしは、今も昔も、……あのときだって。あなたのそういうところが大嫌いだった」


 冷たく言い残し、席を立つカグヤ。


「あ……カグヤ!」


 慌ててネザクがその後を追う。


「……見損なったよ。先生。あたし、先生がそんな人だとは思わなかった!」


 続けて椅子を蹴って立ち上り、烈火のごとく怒りをあらわにして叫ぶエリザ。


「……言っておくけれどエリザ。君も、もしこの言いつけを破って『欲望の迷宮』にいったりしたら……退学だよ」


「……くそ!」


 アルフレッドの言葉に、エリザは激しく机に拳を叩きつけ、猛然と会議室を飛び出していく。議場には、嵐の後のような静けさが残った。


「……ははは。随分と嫌われちゃったね。僕も」


 乾いた声で笑うアルフレッド。


「いえ、よくぞ言ってくださいました。彼女はああ言いましたが、むしろわたしは、あえて憎まれ役となられたあなたを、改めて尊敬いたします」


 エルムンドは胸をなでおろすように言う。


「……だが、彼女の話が本当なら、あの魔人はリリアのために自分の身を犠牲にしてくれたのだろう? だと言うのに、……らしくないことをするものだな」


 それまで黙っていたアリアノートが、不機嫌そうに吐き捨てる。


「まあまあ、ハニー。僕としては、むしろ『らしい』と思うけどねえ」


 にやにやと笑うアズラル。そんな彼に何を感じたのか、アルフレッドが問いかける。


「何か言いたいことでも?」


「いやいや、何でもないよ。何もないさ。それより、この会合の本題は別にあるんだろう? だがまあ、今後は僕が学院の護りを固める措置を講じようじゃないか。だから君は、『安心』したまえよ」


「…………」


 なおもにやにやと笑い続けるアズラルに、ぴたりと押し黙るアルフレッド。そんな二人に、アリアノートはいぶかしげな視線を向けていた。




──リリアはと言えば、もちろん、自分の体調不良が理由で保健室にいるわけではない。白いカーテンに囲まれたベッドの上で、闇色の髪の少女が一人、寝息を立てる様子もないままに横になっている。一見すると死んでしまっているようにさえ見えるが、彼女の手を握るリリアには、一応の体温らしきものが感じられていた。


「……まったく、何の真似ですの? こんな状態になるまで無茶をして、どうしてわたくしなんかを……」


 震える手で横たわる少女の手を握ったまま、リリアはもう何度目になるかわからないつぶやきを漏らす。


「元々は敵同士でしょう? 今回だって貴女は、敵に操られたわたくしに傷までつけられたというのに、それでどうして……。わたくしがネザクの友達になったから? そんな理由で貴女は……」


 声を震わせ、昏々と眠り続ける少女の顔を見つめ続ける。


「……そんなわけがないでしょう?」


「え?」


 突如として背後から聞こえてきた女性の声に、リリアは驚いて振り返る。


「カグヤ先生? それに、ネザクくんも?」


「前に僕が言ったじゃないか。リゼルはリリアさんのこと、すごく褒めてたって。きっと前にリリアさんと戦った時、よっぽどリリアさんのことが気に入ったんだよ」


「き、気に入ったって……」


 リリアは眠ったままのリゼルとネザクの顔を交互に見つめ、戸惑ったような顔をする。そんな彼女に、ネザクは満面の笑みで繰り返す。


「つまり、リゼルはリリアさんのことが大好きだってことだよ」


「わ、わざわざ言い直さなくてもいいですわ!」


 顔を赤くして抗議の声を上げるリリア。それから、気を取り直したようにカグヤへと向き直る。


「カグヤ先生。あの話は、本当ですの?」


「なんのこと?」


「『欲望の迷宮』のことです」


「ええ、本当よ。……暗界第三階位の『魔』。この星界に穿たれた、四本の『月の牙』のひとつ。心象暗景メイズフォレスト。俗に『欲望の迷宮』と呼ばれる場所の奥深くに、リゼルを回復するための鍵があるわ」


「……そうですの」


 リリアは何かを確認するように、小さく頷く。


「ああ、そうそう。さっきの会議の結果だけど、交渉決裂ね。学院関係者は誰一人、あの迷宮には近づいてはならない。この言いつけを破ったものは例外なく退学、あるいは学外追放処分だそうよ」


「なんですって?」


 カグヤが言い放った言葉に、目を丸くするリリア。するとそこに、勢いよく部屋の扉が開かれる音が響く。


「リリア! 支度するよ! リゼルを助けるんだ!」


 威勢の良い声と共に、全身に怒りをみなぎらせたエリザが駆け寄ってくる。


「……ああ、なんとなく、話の流れがわかりましたわ」


 長年の付き合い、というほどではないが、それでもエリザの相棒を務めるリリアにしてみれば、いきなりで意味不明としか言いようがない彼女の言葉も、十分に察しがつくものだった。


「あたしは決めたんだ! 退学になろうが何だろうが、自分の恩人ひとり救えないで何が『英雄』だよ。もう、かまうもんか! リリアもいいよね?」


「うふふ。まったく貴女ときたら。カグヤ先生から話を聞いていなければ、今の話、わたくしにはちんぷんかんぷんですのよ?」


「あ、そういえば説明してなかった……あはは」


 ようやく少し落ち着いたように、エリザは頭を掻いた。


「でも、返事はもちろん決まっていますわ。祖国の皆には迷惑をかけることになりますけど、わたくしがこの学院に来たのは、真の英雄になるためなんですから」


 それまでの意気消沈した表情から一転、リリアはエリザに力強く頷きを返す。


「よーっし! さすがはリリア! そうこなくっちゃ!」


「こらこら、ちょっと待ちなさい」


 嬉しそうに笑うエリザに、カグヤはあきれたように声をかける。


「なに? ……あ! これはあたしたちが勝手にすることなんだから、気にしなくていいよ」


「あのねえ……決まってるでしょう? わたしもネザクも同行するわよ」


「え? でも、それじゃネザクが退学になっちゃうじゃん。せっかく入学したばかりなのに……」


 心配そうな顔で言うエリザに、ネザクは首を振って笑う。


「いいんだよ。エリザ。短い間だったけど、学校に通えたのは、すごく楽しかった。でも、リゼルのためだもん。後悔はないよ」


「ネザク……」


「それにさ……エリザも一緒に退学になるなら、それでもいいかなって思って」


「え?」


「だ、だって、僕……エリザがいるから……」


「あ、う……そ、そっか。うん……」


「……仲が良いのはいいけれど……人のこと忘れてないかしら?」


 揃って照れたように顔を赤くする二人の間に、カグヤは少し不機嫌そうな顔で割り込む。


「大体、あなたたちもアイツのこと、わかってるようで、あまりわかっていないのね」


「え?」


「いい? わたしたちがこれからやるべき最初の仕事はね……」


 カグヤはその場をぐるりと見渡しながら、顔の前に一本の指を立てる。


「──あの馬鹿を止めることよ」




──その日の夕方。


「……というわけだ。まったく、愉快な話だろう?」


「いやいや、何が愉快なんですか。先生って、ほんとに性格悪いですね」


 学院の食堂の一角で、とある師弟が話し込んでいた。


「性格が悪いとは酷いなあ。僕としては彼の心情を慮っていたからこそ、黙っていたのに」


「……だったらここで、俺相手にだって話さないんじゃないですか?」


 つぶやく少年の足元で、ガシガシと何かがぶつかる音がする。


「それは仕方がないさ。何せ相手は伝説級の『魔』なんだぜ? その懐に潜り込もうっていうんだ。『戦力』は、一人でも多い方がいい」


「ああ、そういうことですか。俺は構いませんよ。腕試しにはちょうどいいでしょうしね」


「……えい! えい!」


 小さな掛け声とともに、激突音は鳴りつづける。


「……でも、俺たちも挑戦したあのダンジョンが、そんな代物だったとは未だに信じがたいですね。まあ、確かに危険なダンジョンではありましたけど……」


「えい! とう!」


 ごつごつと響く音。


「でも、前に言っていたじゃないか。地下三十階で黒魔術インベイドのトラップに遭遇したってさ。まあ、カグヤの話じゃ、その先があの迷宮の本番ってことになるらしいけどね」


「なるほど……って……」


「えい! ふう……はあ、はあ、はあ……」


「いやいや! 息切れするまで蹴り続けるとか、この幼女、どんだけ俺に恨みがあるんだよ!」


 椅子に腰かけた彼の足元で、肩で息をしているのは、花柄のワンピースを着た三歳くらいの幼女だった。ふわふわとした金髪が愛らしい彼女の名は、エレナ・リールベルタ。何を隠そう辺境国家リールベルタ王国の王女様だ。


「あはは! 羨ましいねえ。すっかり懐かれちゃってるじゃないか」


「懐かれてるって……これがですか?」


「うう、へんたいの足が折れないよう……」


 さらりととんでもない言葉を発する幼女を見下ろし、エドガーはがっくりと肩を落とす。


「それじゃ、君の役目はわかるよね?」


「ええ。まあ、できればルーファス先輩と……それからルヴィナ先輩の協力も仰ぎたいところですけどね」


「もちろん、彼らには声をかけてあるさ。戦力は多い方がいいと言っただろう? 僕に抜かりはないよ」


 にこやかに笑う黒霊賢者。そんな彼を見て、エドガーはまだまだ自分は師匠には及ばないなと思いつつ、こうはなりたくないとも考えてしまうのだった。

次回「第79話 星霊剣士とお仕置きの時間」

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