第77話 吸血の姫と霊賢王の毒(下)
リリアはその日、上機嫌で校内を歩いていた。スキップこそしていないが、自然と鼻歌が出てしまうほどに軽い足取りで廊下を進む。彼女の歩みに合わせるかのように、ツインテールに分けた白金の髪が律動的に揺れていた。
すれ違う男子生徒は残らず足を止めて彼女に見惚れ、女生徒でさえうっとりとした溜め息をついている。彼女は入学した当初から、エリザと共に学内中にその悪名をとどろかせ、『吸血の姫』として畏れられていたはずだった。
だが、そんな畏れは過去のもの。今や彼女は、学院全体のアイドルともいうべき人気を獲得している。
「ふん、ふふーん。うふふ! 楽しみねえ」
かつては冷たい印象を与えるばかりだった人形のように整った顔立ちも、そこに年相応の少女らしい華やかな笑みが加わったことで、天使か妖精を思わせるほど愛らしいものとなっている。
学院内では、きっと彼女は恋をしたのだとかいった噂が囁かれ、その『お相手』を色々と予測する者や絶対にそれを認めない者に二分した大論争まで巻き起こっていた。
だが、リリアを上機嫌にしている理由は、そんな彼らの想像の斜め上を行くかのようなものだった。
「ネザクくんには、どんな服が似合うかしら?」
──彼女は一人、うきうきとした足取りで、可愛い『着せ替え人形』のことをあれこれと思い浮かべている。
「色々と試してみたいところだけど、祖国からの仕送りも無駄にはできませんし……ここはひとつ、わたくしの私服から試してみようかしらね」
「随分と楽しそうね」
ぶつぶつと独り言を言いながら歩く彼女は、横合いからかけられた声に気付き、立ち止まる。
「ああ、カグヤ先生。今日の授業は終わったのですか?」
「ええ、なんとかね。……まったく、困るわね。黒魔術が珍しいのはわかるけど、何も授業が終わった後まで質問攻めにしなくても良さそうなものなのに……」
後ろ手に大講義室の扉を閉めつつ、カグヤは疲れたように首を振る。
「うふふ。カグヤ先生は、それだけ生徒に人気があるのですわ」
「そうなのかしら? ……まあ、いいわ。そうそうリラから聞いたのだけど、ネザクをからかうのもお手柔らかにね。あの子ったら気が弱いから、どこまでも言うことを聞いてくれちゃうけど、限界が来るといきなり脱走しちゃうのよ。今のあの子に脱走されると、探すのも一苦労だわ」
「ええ、その辺の『情報共有』に、ぬかりはありませんわ」
にんまりと笑うリリア。
「……愛されまくりの魔王様も大変ね」
これにはさすがのカグヤも、愛する弟への同情の言葉を口にする。彼女としては一抹の寂しさを感じないわけではなかったが、これでいいのだと自分を納得させていた。
かつてのように、『色』の無い弟に自分の色を押し付け、その存在を無理矢理『固定』することに意味はない。もうそんな必要は無いまでに彼の存在は世に広まっているし、今もなお、こうして彼を愛してくれる人がいるのなら、何も心配はいらないのだから。
「これから、寮に戻るの?」
「はい。ネザクくんのお着替えを取りに行かないといけませんから」
「お着替えね……。じゃあ、ネザクはどこに行ったのかしら?」
「先ほどまでは特殊クラスの訓練でしたけれど、『お母さん』が寮のお部屋をチェックするのだとかで、いったん自室に戻ると言っていましたわ」
「そ、そうなんだ……。ほんとに大丈夫かしら、あの子……」
あちこちで愛情過多な扱いを受けている弟のことが、流石に心配になってくるカグヤだった。
「それでは、失礼します」
「ええ、またね」
──リリアはカグヤと別れた後、本校舎を出て、女子寮への道を歩いていた。
それほど離れた場所にあるわけではないが、地形の関係上、女子寮は若干小高い丘の上に建っている。だが、何故か彼女は丘の斜面に整備された道を外れ、風除けの木立が並ぶ場所へと足を向けた。
「……誰だか知りませんけど、いい加減、出てきたらどうですの?」
手にいくつかの霊戦術の触媒を掴み、臨戦態勢で誰何の声を発するリリア。
「……さすがは『吸血の姫』。大した索敵能力だな」
木立の陰からは、見慣れない一人の男が現れる。
「ふん。白々しい。気取られることが目的で気配を隠そうともしなかったくせに」
「おまけに賢くもあるか。これは僥倖だな。見てくれが良くとも頭の悪い女では、正直気の進まないところではあった」
すらりとした長身の男は、リリアには見覚えのない相手だ。だが、その服装には覚えがあった。
「……まさか、エクリプスの?」
彼が身に着けた衣装は、北の大国エクリプスの王国貴族が好んで纏うタイプのものだ。リリアの故郷である黎明国家プラグマ伯爵領は、エクリプスの属国であり、かの国の貴族には何度かリリアもあったことがある。
「『花嫁』には、名を名乗るが礼儀だろうな。……我が名は、エルスレイ・エクリプス。エクリプス王国の国王である」
「……なんですって?」
驚きに目をみはるリリア。仮にも一国の王ともあろうものが、他国の学院の敷地内で、こんな形で立っているなど馬鹿げた話だ。だが、長い黒髪を軽くまとめた髪型に、怜悧で整った顔立ちなどの特徴は、彼女の伝え聞く大国の若き王そのものだった。
「あなたがエルスレイ陛下だとして、何の用ですの? 確か王都で捕虜になった後、帰国したと聞いていましたけれど……」
リリアがそう訊くと、エルスレイは途端に不快げな顔になる。
「ふん。俺が仮にも宗主国の君主とわかった時点で、もっと別の口の利き方があるのではないか? 『吸血の姫』よ」
「……あなたが本物だと決まったわけではありませんわ。あなたが本物の王族だと言うのなら、それこそこんな無粋な形でわたくしに声をかけてくるはずがありませんもの」
「言ってくれるではないか。まあ、よかろう。それより、何の用かと聞いたな? ならば答えよう。俺は、お前を妻として迎えに来たのだ」
「な、何を馬鹿な……正気ですの?」
エルスレイの言葉は、ともすれば愛の告白にも聞こえかねないものだが、リリアは顔をしかめて訊き返した。自分はまだ、十五歳だ。もちろん、王族としてなら結婚に早すぎると言うことは無い。しかし、属国とは言え仮にも一国の姫君に対し、このような形で学院内に無断侵入までしておきながら言うような台詞ではない。
「正気だとも。そして、本気でもある。ククク、光栄に思うがいい。お前はその気高き蒼い血ゆえに、俺に……否、偉大なる存在の母として選ばれたのだ」
「…………」
リリアは触媒を手にしたまま、二歩、三歩と後ずさる。目の前の男は常軌を逸している。それだけに何をしてくるかわからない。
「言っておくが、お前の意志など関係ない。お前はただ、黙って俺の子を宿せばよい。そうすれば、俺はあの御方から大いなる力を授けていただくことができるのだ」
「気持ち悪いことを、ぬかしやがらないでくださいな。怖気が走るし、反吐が出るわ」
リリアは身震いするように吐き捨てる。そんな彼女を見て、エルスレイは不快げに顔を歪めた。
「貴様……それが王に対する口の利き方か? 生意気な小娘め。ならば俺が貴様を躾けてやるとしよう」
エルスレイは右手を軽く掲げる。その手には、何も握られてはいない。霊戦術師でありながら、魔力の『憑代』となる触媒すら手にしてはいなかった。だが、それでも濃密な魔力の気配が周囲に満ち溢れていく。
「これは一体……」
「ククク、不思議か? 俺には、触媒など必要ない。霊賢王様の影を宿したこの身には、《絶体王星》──この星界そのものに魔力を憑依させ、操る力があるのだからな」
ざわざわと周囲の木立が揺れる。気づけば、それまで何の変哲もない樹木だったものが、奇怪に枝を伸ばし、うねうねと不可思議な動きを見せていた。
「く! 発動、《死の守護騎士》!」
リリアは骨と金属の混じった粉を足元に振り撒き、全身に甲冑を纏った骸骨騎士を召喚する。
「馬鹿め。その程度のアンデッドで俺が倒せるものか」
その声に応じ、しゅるりと伸びた木の枝は、恐ろしい速度で死の守護騎士に迫り、手にした剣ごと絡め捕り、縛り上げた。そしてそのまま、鎧騎士は骨の身体を粉々に砕かれていく。
「く! まだですわ! 発動、《奪う亡者の腕》」
すかさず発動する『吸血の姫』の特異魔法。精気吸収能力を持った半透明の亡霊の腕が、エルスレイに迫る。だが、彼はそれを避けもしない。ただ、無力な少女を嘲笑うかのように、愉快気に肩を震わせている。
「く! 精気吸収が効かない?」
「くはは! どうした? これだけか?」
「……仮にも貴方は王族。殺したくはありませんでしたけど、止むを得ませんわね」
リリアは《黒雷弓》を発動させるべく、構えをとる。だが、彼女にとっては、最初からその手段を取らなかったことが災いした。
「その王たる俺が、いつまでもお前の自由にさせると思うか?」
「え? きゃあ!」
いつの間にか、足元の地面から土を固めた腕のようなものが伸びてきている。リリアはそれに足首を取られ、引きずられるようにして転倒してしまった。
「く! 無礼者! 離しなさい!」
「ふん。とんだじゃじゃ馬だな。調教するのも手間がかかりそうだ」
掴まれた足首から、奇妙な力の波動が流れてくる。途端にリリアの身体からは平衡感覚が失われ、思うように立ち上ることができない。
「ち、力が……!」
「さて、それではわが花嫁を連れ帰るとするか」
倒れたリリアに、ゆっくりと歩み寄るエルスレイ。
「──あらあら、エクリプスの王族は随分と強引なのね。そんなことじゃ女性にもてないわよ?」
「なに?」
突如として割り込んできた新たな声に、エルスレイは辺りを見渡す。
「ここよ。おバカさん。……まったく、貴方ときたら、何処まで馬鹿なのかしら。霊賢王に身体を譲り渡すなんて、本当に馬鹿。……それがどんな事かも知らずにね」
「き、貴様は! 黒の魔女!」
「はあ……何でみんな、わたしのことをそんな呼び名で呼ぶのかしら?」
エルスレイが振り向いた先は、先ほどまで彼が立っていた木立の間だ。そこにいつの間にか、黒衣黒髪の女性が立っていた。
「ククク! ちょうどよい! 貴様には煮え湯を飲まされたばかりだ。ここでその報いを受けさせてやろう!」
今度はカグヤに向けて、周囲の器物を操作しようとするエルスレイ。
「自分の花嫁だと言うのなら、目を離すべきじゃないんじゃないかしら?」
「なんだと?」
カグヤの言葉に振り向くエルスレイ。
「大丈夫ですか?」
「……ここは素直に礼を言っておくわ」
そこには、学院の制服を身にまとう黒髪の少女、暗愚王リゼルアドラの姿がある。細身ながらも力強い彼女の腕に抱えられたまま、リリアはばつが悪そうに礼を言っている。
「馬鹿な! 俺の《絶体王星》が破られただと?」
「何があなたのよ。霊賢王の力でしょう? 新しい玩具を与えられて喜ぶのはいいけれど、ソレは取り返しのつかない遊びなのよ?」
「ぐ……! 俺を愚弄するか!」
呆れたように言うカグヤをエルスレイは憎悪の視線で睨みつける。
「……貴様らごときが俺を止められるものか」
だが、その時だった。
〈やめておけ。貴様ごときでは、暗愚王には敵うまい〉
「え? う、な……意識が……! 嘘だ! こ、こんな、話が違う!」
〈霊戦術の適性は良かったが、なまじ『星心克月』などを有していたせいか、支配に時間がかかったな〉
「あ、あがあああ!」
虚空から聞こえる不気味な声。その声と同時に、エルスレイは頭を抱えてうめき声をあげた。
「……早くもお出ましのようね。リゼル。影とは言え、相手はあなたと同じ第二階位なんでしょう? どう? やれるかしら?」
「問題ない。彼は敵だ。わたくしは、ネザクの友だちを……あの日の『彼女』と同じ色をしたリリアを護る」
「……そういう意味で聞いたんじゃないんだけど。まあ、いいわ。なら、リリアはわたしに任せて、あなたが奴の相手をしてくれる?」
「わたくしは、承知した」
苦しむエルスレイの脇を駆け抜け、リゼルが地に降ろしたリリアの元まで駆けつけるカグヤ。
「大丈夫?」
「は、はい。少し力が入らないだけですわ。でも、あいつはいったい……」
「さっき言った通りよ。リゼルが日常的にあなたの周辺を見張ってくれていなかったら、危ないところだったわね。後で改めて、あの子にお礼を言っておいてくれる?」
「……わかりましたわ」
複雑そうな視線をリゼルアドラの背中に向けながら、リリアは力無く頷く。
〈…………さて、準備は整った。わたしの邪魔をすると言うのなら、暗愚王よ。君もただでは済まさぬぞ〉
「蒼の者。やはり、純潔を穢しにきたか」
〈穢す? これは異なことを。わたしはミナレスハイド。霊界第二階位の霊賢王だ。そのわたしがこの星界に顕現するためだ。──冥府血統ブルーブラッド。第三階位の『魔』であるその小娘が協力するのは、当然のことであろう〉
先ほどまでとは、まるで別人のような声で笑うエルスレイ。──否、『ミナレスハイドの影』
「お前はわたくしが、送還しよう」
リゼルの手の中には、わだかまる黒い闇。
〈やはり、『黒月』の考えはわからぬ。愚かなるがゆえに最強の力を得た魔人。かつては『星心障壁』でさえ破壊してのけた貴様も、ついには狂ったか〉
リゼルの使う魔法は、闇と精神を操る黒魔術でありながら、物理的な破壊力を備えたものが多い。
暗愚王リゼルアドラの特異能力──《星心黒月》
その実態は、星界そのものにすら、『思い込み』を作用させる力だ。
だが、そんな圧倒的な力を前にして、霊賢王の影は平然としている。
〈先ほどの女の言葉ではないが、暗愚王よ。ブルーブラッドからは、目を離すべきではないぞ〉
「なに?」
「……発動、《紅天爪》」
禍々しき紅い爪。魔闘術の系統に分類される特異能力の発現。少女のしなやかな手の先から鋭く伸びたそれは、暗愚王の背中をざっくりと切り裂く。
「ぐ……!」
思わぬ不意打ちに、身をよじって振り返るリゼル。
「リリア? いったい何を?」
「危ない、カグヤ」
リゼルは一瞬でカグヤの元まで跳躍し、その身体を抱えるようにリリアから飛び離れる。だが通り過ぎ様に、その脇腹を再び紅い爪が切り裂いていく。
「ぐ、うう……」
間合いを開けて着地したリゼルは、苦しげに脇腹を押さえる。普段なら瞬時に回復させてしまうだろう程度の傷。にも関わらず、彼女は消耗した様子を見せていた。
〈『冥府血統』の有する紅き力。暗愚王もかつての力を持たぬ状態とはいえ、その身体をかくも簡単に傷つけるとは大したものだ。……蒼月の『魔』でありながら、あらゆる色を映しとる。マハ様の思し召しが何かはわからぬが、実に便利な手駒だな〉
「リリア……?」
リゼルに抱えられたままのカグヤが目を向けた先には、両手の先に紅い爪を長く伸ばした白金の髪の少女がいる。蒼い瞳に虚ろな光をたたえ、ゆらりと立ち上がる。
〈いい子だ、ブルーブラッド。それでこそ我が花嫁にして、我が母となるもの〉
その後ろへと歩み寄り、少女の肩を抱えるようにして笑う霊賢王の影。
「あなたが操っているの?」
〈操る? ククク、そんな生易しいものではない。わたしは霊賢王。この娘の『蒼い血』の中に、支配の『毒』を溶かし込む程度のことは造作もない。これでこの娘は、わたしの永遠の下僕。この呪いは、何人にも解くことは叶わぬ〉
「……カグヤ」
リゼルは何かを言いたげに、カグヤを見る。
「毒……常時発動型の『呪』となると、わたしには厳しいわね。あれが一時的に霊戦術で操っているだけなのなら、《わたしの闇》で何とかなるでしょうけど……でなければ、あるいは……」
カグヤは厳しい顔で首を振る。エリザの親友であり、ネザクとも仲良くしてくれている少女を失うことは、彼女にとっても身を切られるような苦痛だった。それこそ、己の『奥の手』をここで使ってしまってもいいと思うほどに──
「……いいえ、カグヤ。あなたは駄目」
「え?」
唐突なリゼルの言葉が、彼女の決意を押しとどめる。
「あなたはわたくしの憧れ。だから、ここで『力』を使うは、わたくしの役目」
「……リゼル」
カグヤは驚きの目でリゼルを見た。まさか彼女が、自分の心の内を見透かしてこようとは思わなかった。だが、一方で聞き捨てならない言葉もある。
「……わたしがあなたの憧れ? よくわからないけれど……でも、あなたなら彼女を救うことができると言うの?」
そうは言ってみたものの、リゼルはカグヤにも意味の分からない言葉を口にする。
「……彼女の血は、『蒼く』ない。それに、あんな真似は神が許さない」
〈相談は終わったか? ここでお前たちが引くならよし。引かないなら、この娘の命は無い。わたしとしてはここで駄目でも、また百年待てば新たな血統は手に入るのだ。どちらでも構わぬ〉
この言葉は、はったりだ。今回、霊賢王が己の影を顕現することに成功したのは、何らかの偶然が重なった結果に過ぎないだろう。であれば、今のタイミングを逃すはずはない。カグヤにはそれがわかるが、それでも絶対とは言えないだけに、黙ってリゼルを見守るしかない。
「霊賢王。お前は誤解している」
〈なに?〉
「彼女は、マハの花嫁。……なれど、『憧れの花嫁』は誰のものでもなく、ましてや決して、お前のものではない」
リゼルは、いつになく厳かな口調で断言する
〈……わたしは霊界の王だ。つまり、わたしこそが『蒼月』を象徴するもの。つまり、マハ様の力は、すべて我がために在るといってよい。ならば『第三階位』とて同じこと〉
馬鹿にしたように笑う霊賢王の影。その声に呼応するように、リリアは紅い爪を掲げ、片方をリゼルに突きつけ、もう片方を己の喉元に押し当てる。
〈さて、落ちぶれた暗愚王の力とやらが、我ら二人にどこまで通じるか見せてもらおう〉
「下衆め……」
人質を片手に『我ら二人』と言って笑う霊賢王に、カグヤは吐き捨てるように言う。だが、一方のリゼルは自然体のままで立ち尽くしている。
「……発動、《星の抱きし心の闇を覗くモノ》」
祈るように目を閉じたまま、リゼルがつぶやく。すると、彼女の制服が風にはためき、その周囲に黒々とした何かが集束していく。
〈馬鹿な! 今の貴様の状態で、そんな力が使えるわけが……い、いや、やはり気が狂ったのか? だ、だが、これは……まさか黒月の『魔』を?〉
術の正体を悟ったのか、霊賢王の影は狼狽えたように大きく首を振る。
「く! ブルーブラッド! 奴を切り刻め!」
「遅い。……自ら砕けよ、『星心障壁』」
リゼルの声に合わせるかのように、何かが砕ける音が響き渡る。
次回「『マハ』~その手の花を輝く蒼に」




