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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第1章 愛されまくりの魔王様
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第70話 復旧工事と王の密会

 北の大国エクリプスによるエレンタード王国への宣戦布告から始まり、電撃的な侵攻作戦によって瞬く間に王都エレンタードの陥落へと至った一連の戦乱は、終わってみればわずか二週間余りという短い期間で終息を迎えていた。


 エクリプス王国の国王エルスレイは、五英雄のアルフレッドとアズラルによる王都奪還作戦の末に捕縛され、圧倒的な力でエレンタード王国軍を蹂躙した『亡霊船団』も壊滅した。


 十年前に世界を救った英雄は、今もって世界に冠たる偉大な存在としてあり続けている。それがまず、この戦役を通じて人々が抱いた感想だった。しかし、徐々にではあるものの、人々の間には新たな情報が広まっていく。


 英雄少女エリザ・ルナルフレア。

  

 アルフレッドの一番弟子ともいうべき彼女は、『亡霊船団』との戦いでは圧倒的な存在感を示し続け、最後には敵国の首魁たるエルスレイを捕縛するという活躍を見せた。彼女の活躍ぶりは、かつての国境線での戦いのときから彼女を知る者のほか、城内での彼女の戦いぶりを目撃した者たちの間でも語り草となっている。

 

 少年魔王ネザク・アストライア。


 彼は突如として西方より進軍を開始し、星界最強の国家クレセント王国を陥落させ、かつてはエレンタードとの国境で五英雄と互角の戦いを繰り広げた。人々を恐怖と絶望の底に突き落とす、禍々しい魔王の名を冠する少年。しかし、何を思ったか彼はその後、エレンタード王国に協力してエクリプスの『亡霊船団』を退けるに至る。特に王都奪還作戦においては、国王とロザリー王女の救出を果たすという働きまで見せている。

 可愛らしい少年であり、彼に救助された王女のロザリーを始め、王城内の女性たちはうっとりと頬を染め、彼の活躍ぶりをあたかも英雄のように語ったと言う。


「急展開にもほどがあるだろ……。まったくついていけないぜ」


 手元の図面を見つめ、部下の騎士たちに細かい指示を出しながら、エリックはぼやく。魔王ネザクが世界征服を果たすための一大決戦。その舞台である学園都市エッダに到着してから、既に一週間が経過している。


 とはいえ、その一週間のうちに起きた出来事は、彼らの立ち位置を大きく変化させていた。


「エリックおじさま! 言われてた資材、買ってきたよ!」


「おう、じゃあ、そこに置いておいてくれ」


 『工事現場』にしつらえられた監督者用の席にどっかりと腰をおろし、エリックは少女の声に指示を返す。彼はリールベルタ王国の軍に所属していたころは、軍事施設の補修などの土木工事にもよく駆り出されていたため、こうした現場には慣れていた。


「いや、エリック殿がいてくれて助かりました、何分わたしは学院経営には慣れていても、こうした工事関係には疎いものですから。本当にありがとうございます」


 簡易式のテーブルを挟んで相向かいに座る初老の男性が、先ほどの独り言に反応してか、生真面目に声をかけてくる。


「……いや、そこで礼を言われても困りますがね。だいたい、この学院がここまでぶっ壊れたのも、俺らが侵攻したせいでしょうし」


 敗者が勝者の損害を償うのは当然のことだ。とはいえ、それでもなお、この状況には違和感を覚える。


 宿で待つ自分たちのところにシュリが現れ、こちらが敗北した旨を告げられた時も実感はなかった。誰一人死者はなかったものの、連れて行かれた学院はぼろぼろに崩れた酷い有り様で、だと言うのに、敵も味方も和気あいあいと会話を交わしているような状況だったのだ。


 正直、壮大な詐欺にでもあっているような気分だった。


「皆に好かれる魔王様……か。まあ、ネザクに関しては、あれでよかったのかもな」


 エリックはネザクたち三人がここを出発する直前、少年の新たな『夢』を聞かされていた。実のところ彼自身、前々からネザクという少年は、凶悪な魔王の名を騙り、力ずくで世界を征服するには優しすぎるところがあると思っていた。


 もともと絶対に叶わないだろう絵空事に付き合うつもりでいた彼にとっては、そんな少年の新たな夢は、これまでと同じく荒唐無稽で馬鹿らしく、それでいて、これまでよりもなお一層、心躍るものに思えたのだった。


「ぐえええ! 重い! 重い! 重いですって! いくらなんでも、もう限界だって!」


 突如、復旧工事が続く学院内のグラウンドから少年の声が響く。見ればそこには、グラウンドの大穴を埋めるための土砂が入った袋を山ほど背負う銀狼族の少年の姿がある。


「ほら、シュリさん。バランス的にまだ右側なら乗せられそうよ」


「……う、うん」


 シュリは砂袋を抱えたまま、全身を痙攣させて踏ん張る少年の真後ろで、戸惑い気味の声を上げている。


「あ、あの……さすがにこれは、きついんじゃないかな? 人が……というか、生物が持てる重量を超えてると思うにゃ……」


「何を言ってるのよ、シュリさん。あなただって、この変態には酷い目に遭わされたんでしょう? いいのよ。ほら、言うじゃない? 変態に人権はないって」


 白い髪に銀の瞳をした少女。月影の一族ではあるようだが、イリナやキリナではない。あの二人はアクティラージャと共に、母のミリアナの待つ国元へと事の顛末を伝えに行っているはずだった。


「ル、ルヴィナ先輩……。いくらなんでもそれは酷いっす……」


 少年の呻き声に、ルヴィナと呼ばれた少女は冷たい視線で応じるのみだ。


「ささ、シュリさん。やっちゃって」


「う、うん……ごめんね、エドガー。シュリ、ルヴィナ姉様には逆らえないにゃ……」


 一週間前はむしろ、このシュリこそが、この少年に一番きつく当たっていたはずだったが、彼の特殊クラス内での扱いを見るにつけ、流石に同情の念に駆られているようだ。


「それ!」


「うぎゃああああ!」


 案の定、限界を超える荷を背負わされた少年は、断末魔の悲鳴と共に潰れていく。


「何をやってるんだか……」


 やれやれと息を吐くエリック。あんな風にじゃれていては、復旧工事もなかなか進まないだろう。


「まあ、国内がまだこんな状況ですから、人足の手配も追いついていません。苦肉の策として他の生徒たちにも手伝ってもらってはいますが、何と言うか……まだまだかかりそうですね」


 エルムンドが申し訳なさそうに言う。自分の学院の生徒たちの破天荒ぶりには、彼自身、頭を悩ませているようだ。


「いやいや、心中お察しいたしますよ。うちの魔王も魔女も、似たようなものですからね」


 なんとなくエリックは、そんな彼に親近感を抱いてしまうのだった。


 とはいえ、こまごまとした部分の修復は、急ピッチで進んでいた。その立役者は何と言ってもルーファスだ。


「……連続白霊術チェイン・イマジン発動、《造形の砂岩》」


 彼の周囲で無数の岩塊が持ち上がり、意のままにその形を変えていく。土砂を押し固め、壊れた部分を補強するように繋がる。彼は白霊術イマジンを駆使し、人の手を使えばそれなりに時間がかかる作業を、複数同時に並列してこなしていく。


「よし、ここは大丈夫そうですわね。では、次に行きますわよ」


 リリアは、修復箇所を満足げに眺めた後、ひとつ頷くと次の場所を指し示す。そんな彼女に、ルーファスは不満そうな声を上げた。


「ちょっと待て。さっきから俺ばかりが仕事をしているような気がするぞ」


「何を言っていますの。役割分担ですわ。わたくしの役目は、あなたの魔法による修復に問題が無いか、点検することです」


「そ、それが役割分担か?」


「何か文句がありまして?」


「……いや、なんでもない」


 胸を張って言う少女に、ルーファスは諦めたように言葉を返すのだった。


「……それにしても王都奪還の一報が入って、もう三日だ。そろそろうちの魔王様も、戻ってきてくれて良さそうなものなんだがなあ……」


 工事の様子をぼんやりと眺めつつ、エリックは再びつぶやく。

 アルフレッドたちを一刻も早く助けに行きたいと言うエリザの要望で、ネザクと『亡霊船団』に詳しいカグヤとが高速飛行でこの場を後にしたのは、一週間以上も前のことだ。だが、あまりに慌ただしい出発であったせいで、カグヤからは『後は任せた』とのみ告げられ、彼は状況の把握さえまともにできないまま、今日に至っている。


「入ってきた情報では、彼らは一躍、時の人になっているようですし、なかなか解放してもらえないのかもしれませんな」


 彼がどうにか今の状況に順応できたのも、学院の副院長だというエルムンドが話の分かる良識人だったおかげだ。親子ほどに歳の離れた相手ではあったが、得難いパートナーを得た気分だった。


「……なんというか、色々とよろしくお願いします。エリック殿」


 どうやら、そう感じていたのは相手も同じだったらしい。お互いに苦笑しながら握手を交わす。と、そこへ、エリックと同じ状況でありながら、彼より遥かに素早く状況に順応してしまった人物が現れる。


「みなさーん! そろそろお昼の時間です。休憩にしませんか?」


「今日は星霊亭もお休みなので、わたしたちが学院の食堂をお借りして、お弁当をつくってきましたよ!」


 ルカとリラ。二人のメイド少女だった。二人は既に、この工事現場で皆の給仕役を甲斐甲斐しく行うという役割を獲得しており、メイドというものにあまりなじみがなかった学院の生徒たちからも、大変な人気を博していた。


「おべんと、おべんと、嬉しいな!」


 その後ろからは、二人のお手伝いをしていたらしい三歳の幼女が危なげな足取りで歩いている。くりくりとした瞳が愛らしい金髪の少女だが、重そうに弁当の包みを一つ、抱えて歩く彼女を見て、辺境とはいえ一国の王女様だと思う人間はいないだろう


「あ! ごはん、ごはん!」


 シュリが猫まっしぐらとばかりに、ルカとリラの元に駆け寄っていく。


「じゃあ、これくらいにしてお昼にしましょうか」


 一方、ルヴィナは落ち着いた様子でゆっくりとその後を歩く。


「いやいや! できれば背中のこれをどかすの、手伝ってくださいよ!」


 叫びつつ、自分が下敷きになった荷をどうにかどかし、這い出してくるエドガー少年。木陰の芝生にシートを広げ、車座になって座りながら、和やかな昼食会が始まった。


「いい加減、慣れなきゃ駄目なんだろうけどなあ……」


 エリックはぼやく。一体何がどうなったら、総力戦を覚悟して戦いに臨んだその場所で、敵だったはずの相手と共に昼食会を開催することになるのだろうか。


「うふふふ! エレナは相変わらず可愛いですわね」


 軽やかな笑い声。声の主は確か、リリア・ブルーブラッドという名の少女だ。聞いた話では国境線での戦闘でも、今回の戦闘でも、あのリゼルアドラを相手に一歩も引かずに戦い続けたということだが、とてもそうは見えない。


 絹糸のような白金の髪をツインテールにまとめ、上品な笑みを浮かべている。人形のように整った顔立ちにその優雅な所作も相まって、男なら誰もが見惚れてしまいそうな美少女だった。


「リリアお姉ちゃん大好き!」


 リリアの手から弁当のおかずをもらいながら、そんな風に笑うエレナを見て、エリックは背筋を寒くする。どうやらあの幼女、学院の特殊クラスのメンバーの誰が権力者であり、誰が実力者であるかを、肌で感じ取っているらしい。その証拠に……


「あ! へんたいさんがきた!」


「俺は変態じゃない!」


 ようやく荷物の下から這い出してきたエドガーを指差し、エレナはけらけらと笑っている。


「ええ? へんたいでしょ? あはは!」


「ぐぬぬ……くそ、小さいと思っていい気になりやがって……」


 凄むように睨みつけるエドガーに対し、途端におびえた表情を浮かべるエレナ。


「うう、ルヴィナお姉ちゃん。あのお兄ちゃんが怖い……」


 涙目になりながら、隣に座るルヴィナの身体にしがみつくエレナ。


「よしよし、大丈夫? エレナちゃん。……ちょっと、エドガーくん? こんなに小さい子を怖がらせるなんて、どういうつもり?」


「ええ? い、いや、俺は……うう……」


 ルヴィナに厳しく睨みつけられ、言葉を失って黙り込むエドガー。


「陛下。アンタの娘さん。どんどん悪女になっていくよ……」


 遠く離れた故郷にいるはずのかつての主君に向けて、そんな言葉をつぶやくエリックだった。


 ──その日の夜。


 王都奪還に向かったネザクたちにも同行せず、昼間の復旧工事にも姿を現さないでいたリゼルアドラは、とある人影と対峙していた。

 青々とした月光に照らされる平原は、かつてネザクとエリザが激しい戦いを繰り広げた場所だ。


「……久しいな。暗愚王よ。かつての『ルナ・ハウリング』には驚かされた。どんな手段を使ったかは知らぬが、まさかあそこまで強引な手段で『星心障壁』を突破できるとは夢にも思わなかった。できればその方法、私にも教えてほしいものだな」


 蒼く揺れる人影は、リゼルに向かって親しげに話しかける。


「何の用だ。蒼の者」


 対するリゼルの言葉は少ない。彼女は、この土地に彼の気配を感じてからしばらく、ネザク達への同行を断ってまで、ここで彼を待ち続けていた。


「蒼の者か。くくく。君も人が悪い。いや『魔』が悪いかな? 伝説級と称される我らにとって、色の違いなど些細な問題だ。所詮は『手段』の違いに過ぎない。そうだろう? 我らはもともと一つの存在。唯一にして『真』なる月だったのだからな」


 対する人影は、あくまで饒舌だ。


「何の用だ」


 繰り返すリゼル。


「ふむ。こたびの件で、我が霊界が受けた損害は思いのほか大きい。第十階位の喪失。それに第五階位の裏切り。いずれも予想外の事態だ。だからこそ、私が動く。今のような『影』としてではなく、私自身がな。君のように野蛮な方法ではなく、あくまでスマートに『星心障壁』を攻略しよう」


「どうやって?」


「マハ様が生み出した『第三階位』。それから、私が最近見出した、憑代となるべき人間。この二つを組み合わせれば、私はこの星界の内側に『生まれる』ことも可能となる」


「……『純潔』を汚すのか?」


「霊界のためだ。『蒼月』──否、マハ様もお許しくださるだろう。そもそも、もともとはそのための『第三階位』だろう? それより、私の方こそ君に聞きたい。君は何をやっている? どうして星界の民を殺さない? ──殺せば殺すほど星界を暗黒に染める。それが君ではないのか? 『霊賢王』と呼ばれる私にも、そんな君がそうして遊んでいる理由だけは、わからないな」


 蒼い人影は、口の端を歪めて笑う。


「……わたくしは、ネザクを護る」


 だが、そんな言葉が返ったことで、それまで余裕を見せていた蒼い影が、初めて動揺の気配を見せた。


「……馬鹿な! 君までも……とうとうそこまで狂ったか。アクティラージャといい……アレは本当に危険な存在だな。本能に狂うのも結構だが、その本能は本来、我らが『真月』に還るためのものだろう。目的意識を失っては、本末転倒と言うものだ」


「消えろ」


 リゼルは腕を一振りする。すると、蒼い影は吹き飛ぶように搔き消えた。


「……くくく。そのざまでは、君にはかつての力はあるまい。せいぜい、この星界が蒼く染まるその日を楽しみにしているがいい。その時こそ、私も君も、還るべき場所に還れるのだから……」


 蒼い影が消えた平原に、不気味に笑う声だけが木霊する。

次回「第71話 少年少女と叙勲式」

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