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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第1章 愛されまくりの魔王様
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第68話 英雄少女と奇襲攻撃

「……退却する」


 エルスレイの決断は早かった。絶対の力を誇るはずの『亡霊船団』が化け物じみた二人の少年少女に次々と撃ち落とされるのを見て、動揺しなかったわけではない。大いに驚愕し、焦り、怒りに打ち震え、そして恐れた。


「……エ、エルスレイ様。奴ら、一体何者なのでしょうか?」


「さあな。だが、予想外の事態には違いない。戦況を立て直す必要があるだろう。この場を全速力で離脱する。旗艦の舵は俺に寄越せ。他の船にも伝達しろ」


 だが、彼には部下がいる。圧倒的なカリスマ性を持って君臨するエルスレイには、部下の前で無様な姿を見せることなど、耐え難い屈辱だった。だからこそ、平静を装った。そして、装うことによって実際に頭に上った血を下げていた。


「承知いたしました!」


 そんな彼の姿に、狼狽えていた部下たちも冷静さを取り戻したらしい。慌ただしく撤退に向けて準備を開始する。


「……王都に戻る。ひとまずは城塞を拠点にしつつ、王族どもを人質にして均衡状態を創りだそう。その後、奴らの正体を突き止め、ゆっくりと対策を練ればよい」


 さすがと言うべきか、この頃にはエルスレイは演技ではなく、真の意味での平静さを取り戻している。


 ──その頃、ネザクとエリザの二人は、それぞれが三隻目の『亡霊船』を撃沈させたところだった。


「あれ? 逃げ始めた。……って、速い!」


 ネザクは漆黒の六枚羽根で宙を舞いながら、船団の最後尾にあった一際立派な船が猛烈な速度で戦線を離脱していくのを見た。とっさに追いかけようとした彼の前には、残りの『亡霊船』が退却しながら行く手を遮るかのような進路を取っている。


「……邪魔だな」


 冷たく言いながら、自分に向かって放たれる蒼い光弾の嵐を杖の一振りで弾き散らすネザク。続いて彼は、錫杖の輪の中心にわだかまる暗黒に、魔力を集中しはじめた。


「ネザク!」


 その時、彼の耳に響いた声。目を向ければ、リンドブルムの背に乗ったまま、自分に向かって手を振っている少女がいる。


「逃げられちゃったね」


 魔力の集中を解除したネザクは、エリザに向かって手を振り返しながら笑いかける。


「うん。でも、先生たちは助けられたし、良かったよ。カグヤにもお礼を言わないとね」


 すでにエリザは、カグヤにすっかり打ち解けてしまっているようだ。しかし、ネザクには、それが不思議でならない。確かにカグヤは、人当たりの良い性格ではある。けれど、気に入らない相手とは馴れ合わないし、ネザクから見て、エリザのようなタイプは、彼女と一番性格が合わないのではないかと思っていた。


「礼なんていいわよ。他ならぬあなたの頼みなんだしね」


 いつの間にか、アズラルの黒鳥が二人の傍まで近づいて来ていた。


「……助かったよ。ありがとう。二人とも」


 エリザに向かってにこやかに笑いかけるカグヤの隣で、すっかり意気消沈した様子のアルフレッドが礼の言葉を口にする。


「ううん。先生が無事でよかった! でも、どうしたの? 元気なさそうだけど……」


 エリザが心配そうに問えば、アズラルが肩を震わせて笑う。


「あははは。いやいや、大したことじゃないよ。彼ってば、久しぶりに再会した幼馴染に相手にしてもらえなくて、ちょっと拗ねちゃってるだけだからね」


「ア、アズラルさん!」


 慌てて彼の肩を掴み、うろたえた声を出すアルフレッド。見れば、その横でカグヤはつんと横を向いたまま、彼の方を見ようともしない。エリザは思わず目を丸くした。


「え? アルフレッド先生とカグヤって、幼馴染だったの?」


「……ただの腐れ縁よ」


 エリザの疑問にも、そっけない返事を返すカグヤ。ますます訳が分からなくなってくるエリザだった。


「まあ、積もる話もあるだろうけど、まずは場所を変えよう。こんな上空じゃ落ち着いて話もできないしね」


「……そうね。結局、エルスレイには逃げられてしまったわけだし、今後の対策を考えましょう」


 アズラルの提案にカグヤが頷く。




 ──王都エレンタードにて。


 アルフレッドに一隻、ネザクとエリザに三隻ずつ撃沈させられた『亡霊船団』は、牽制のために森林国家ファンスヴァールを攻撃させている二隻を除けば、残り四隻となっていた。


 それでも王城の屋上部分に着艦した旗艦『ミナレスハイド』を初めとする蒼黒い船の存在は圧倒的で禍々しく、エレンタード城内の人々から抵抗する気力を根こそぎ失わせている。

 さらに言えば、エクリプス国王であるエルスレイ自身、『星心克月』を会得した霊戦術師ポゼッショナーである。王都陥落時には、彼が従えるアンデッドの軍団によって守備兵の多くが犠牲になっていたこともあり、城内は依然としてエルスレイの支配下にあった。


「……さて、困ったことになったな。国王よ」


 エルスレイは玉座に深く腰掛け、謁見の間の床に這いつくばる初老の男性を見下ろしている。国王、との呼びかけが本当であれば、彼こそがエレンタード王国の国王、ベルモント二世その人であるはずだ。しかし、着ている服は埃と垢に塗れ、髪はぼさぼさ、口周りには手入れもされていない髭が伸び放題に伸びている。


「……よ、よくも余を地下牢などに」


 力無くかすれた声。二週間以上にもわたる牢獄での生活は、王族として何不自由ない生活を送ってきたベルモント二世にとって、地獄そのものだった。


「まあ、そう言うな。こんなこともあろうかと、お前を生かしておいてやったのだ。感謝して己の役割を果たすがいい」


 冷たい声で言い放つエルスレイの顔には、残忍で嗜虐的な笑みが張りついている。彼はこの時、大国の王を惨めにも足元に這いつくばらせる愉悦に、昏い喜びを感じていた。


「や、役割、だと?」


「そうとも。お前の身柄は解放してやる。だから、アルフレッドに降伏を勧めてやれ。大事な主君の命であれば、否やは無かろう」


 あまりにも意外なエルスレイの言葉に、思わず絶句する国王。人質となるはずの自分を解放しては意味がないではないか。そう言おうとしたが、あるものを見て、再び絶句。


「お、お父様……」


 いつの間にかエルスレイの玉座の横に、後ろ手に縄をかけられた少女の姿がある。無論、ただの少女ではない。きらびやかなプリンセスドレスに身を包み、黄金のティアラを頭に乗せた彼女の名は、ロザリー・エレンタード。ベルモント二世の愛娘であり、この国では唯一の王女だった。


「き、貴様……」


「心配するな。国王よ。わたしは好き好んで女性を殺害するような趣味はない。とはいえ、君やアルフレッドがこの王女を救う価値なしと思うのであれば、『それ相応の扱い』をさせてもらうことにはなるだろうな」


 王女の手を縛る縄の先には、彼女の後姿に好色そうな視線を向ける数人の兵士たち。エルスレイは、この役割をあえて彼らのような粗野な兵士に任せている。そして、何事かを言い含めてあるに違いない。それは恐らく、温室育ちの高貴な姫君にとっては、死よりも惨いことだろう。ベルモント二世は歯噛みする思いで彼を睨む。


「く……外道め」


「う、ああ……お、お父様、こ、こわい……」


 怯えた声で身体を震わせるロザリー。長く伸ばされた金髪は緩やかに曲線を描いており、長いまつ毛に縁どられた緑色の愛らしい瞳は、恐怖のためか涙に濡れている。

 まだ十代半ばほどの少女ではあるが、王族ならば婚姻していてもおかしくない年齢である。いずれは隣国にでも嫁がせることは考えていたが、その決断がなかなかできずにいたほど、国王にとっては可愛い一人娘だった。


「お前自身は、いざとなれば国のために命を捨てる覚悟はあるのだろうが、彼女はその歳にしてようやく授かった初めての王女だったのだろう? くくく、お前の娘に対する溺愛振りは有名な話だ。アルフレッドも女子供には甘い男と聞いている。ならば、お前自身を人質にするより、有効とは思わないか?」


 エルスレイは愉快気に笑う。だが、有効だと口では言いながらも、彼の狙いは別のところにある。それはすなわち、時間稼ぎだ。敵に国王という名の『足手まとい』を押し付け、王都奪還のための軍勢集めをさせる。その間に正体不明の敵に対処するための方策を考え、ファンスヴァールに派遣中の二隻を呼び寄せる。烏合の衆が相手なら、いくら寄り集まったところで『亡霊船団』の敵ではない。


「さて、どうする?」


 決断を迫るエルスレイ。苦渋に満ちた顔で唇を噛むベルモント二世。しかし、その時だった。


「な! なんだ!?」


 轟音と共に城内を激しい揺れが襲った。兵士たちが驚き戸惑う中、エルスレイは玉座から立ち上がり、周囲に控えていた臣下の一人に声をかける。


「状況を報告しろ!」


 その直後、伝令の兵士が飛び込んできた。


「て、敵襲! 敵襲です!」


「なに?」


 エルスレイは驚愕に目をみはる。


「馬鹿な。こんなに早くだと? 奴ら、国王の命が惜しくはないのか? ……いや、そういう問題ではない。この城には『亡霊船』四隻分の総力を結集した防御壁を展開しているはずだ」


 たとえ、数万の軍勢から一斉に魔法攻撃を受けたところで、揺らぎもしないだろう『死霊の障壁』の強化版だ。にも関わらず、城内を襲う揺れは、なおも続いている。


「くそっ! 出撃する!」


 エルスレイは腰の小物入れから毒々しい色の骨や貴重な魔石の数々を取り出し、周囲に振り撒いた。すると、禍々しい外見の無数のアンデッドが姿を現す。


 出撃すると言いながら、彼の心はすでに国外への脱出を決めている。


「へ、陛下。お、俺たちはどうすれば?」


 エルスレイがベルモント二世への脅しのために招集していた兵士たちは、出撃の言葉に戸惑いを隠せないようだった。


「好きにしろ。もう人質にも意味はない」


 こうも電撃的に攻撃を仕掛けられては、仕方がなかった。人質を使った交渉事は、離れた場所であるからこそ有効であり、敵の眼前で行うものではないからだ。エルスレイは、彼らを一瞥もせずに歩き出す。


 一部の優秀な部下を除き、残りは全員捨て駒にする。そうすることで、己が逃げるための時間を稼ぐ。彼は脳内でそんな算段を立てていた。


 しかし、どんな算段も、常識が通じない相手には通用しない。謁見の間を飛び出し、屋上にあるはずの旗艦に向かおうとしたエルスレイは、その高い索敵能力によって何かを感じ、ふと廊下の窓から外を見た。


 蒼季も終わりに近づきつつあるものの、夜空には依然として蒼く輝く月が浮かんでいる。そんな蒼月を背後にして、真っ赤な髪をした少女が両手を広げて飛んでいる。いや、飛んでいるのではない。『飛び降りて』きているのだ。それも、寸分たがわず自分がいる廊下の窓に向けて。


「この状況では、さすがに兄上も焦りは隠せないみたいだね。自分の気配くらい、いつもならもっと上手に隠しただろうに」


 耳に届くは、聞き慣れた弟の声。『狭間の子』という半端者でしかない弟は、明らかに自分より才覚が無かった。王族に生まれながら、政治的な駆け引きに疎く、帝王学の『て』の字も知らない男だった。自分への劣等感からか、学術研究に没頭していたようだが、その成果すら自分に乗っ取られ、挙句のはては『作られた英雄』として、都合よく動いてくれた馬鹿な弟。


 そんな彼からのあざけりの言葉に、エルスレイは全身の血が沸騰するような怒りを覚えた。今回の奇襲攻撃。そのすべては、黒霊賢者の策略によるものだったのだ。このとき、彼はそれを悟った。だが、そんな事とは関係なく、目の前に迫る少女の姿は、ますます大きくなってくる。


「がっしゃーん!」


 何故か窓が割れる音を口で叫びながら、実際に窓を割り砕いて目の前に降り立つ火の玉のような少女。その燃えるような瞳を前に、エルスレイは心の底から恐怖した。


「あんたが敵の親玉かな?」


「ば、ばけものめ……」


 声が震えてしまう。目の前の少女から放たれる圧倒的な闘気に、黄金に揺らめく炎が見えるような錯覚さえある。だが、それでもエルスレイは諦めない。


「くそ! 俺はこんなところで終わる人間じゃない! かかれ! 《煉獄の骸骨兵》」


 明らかに人の骨格から逸脱した姿の骸骨兵たちは、無数に絡み合う己の骨から刃を生み出し、エリザへと斬りかかる。


「うんうん。やっぱり、親玉はそうでなくっちゃ!」


 戦い甲斐があると言いたげに、エリザは嬉々として笑う。エルスレイの使役する異形の骸骨兵たちは、通常のアンデッドとは一線を画する化け物だ。しかし、黄金の炎を伴う真紅の剣閃は、そんな彼らをこともなげに斬り裂き、塵も残さず焼き尽くしていく。


 一方のエルスレイも、エリザの力は以前の戦いで十分に認識している。並みの霊戦術師ポゼッショナーでは制御することもままならない強力なアンデッドでさえ、彼にとっては時間稼ぎの捨て駒だった。


 この隙に唯一無二の『媒体』を懐から取り出すと、渾身の術式を発動させる。


「発動、《冥王の骸》!」


 希少な材料を用いて、長い時間をかけて造り出された蒼い球体。死者の怨念そのものを球体に閉じ込めることで、術者の力量以上の化け物を生み出すことを可能としたその媒体を、エルスレイは足元の床に叩きつける。すると、彼の足元から巨大な骨の腕が出現し、続いて床の中から這い上がるように頭や肩、胴体などの全身が露わになっていく。


「へえ、 随分面白そうな敵が出てきたじゃん!」


 嬉しげに笑う少女に、エルスレイは内心でほくそ笑む。彼の召喚したこの《冥王の骸》は、ただのアンデッドではない。あらゆる敵を大量に、確実に死に至らしめるため、彼が改良を施した最高傑作なのだ。


「かかれ、《冥王の骸》」


 エルスレイの号令があるや否や、宮殿の高い天井に頭が届かんばかりの巨大な骸骨は、空洞であるはずの顎を開き、中から青白く輝く煙のようなものを吐き出していた。


「ん? なにこれ?」


 自分めがけて漂い始める蒼い雲を、不思議そうに見つめるエリザ。


「くくく、死ね!」


 彼女を包む霧の正体は、《死の雲》。それは霊界第七階位の『魔』、亡霊騎士エトルクが持つ《死の剣》の力を霧状に変化させ、それを吸い込んだものを内部から傷つけることで確実に死に至らしめる魔法だった。


 そしてそれは、確実に少女の身体を包み込んでいく。この時、エルスレイは己の勝利を確信していた。が、しかし──


「えー? なにこれ? ドッカーンって、派手な攻撃してくるんじゃないの? うーん……拍子抜けだなあ。がっかりだよ」


 そんな言葉を吐きながら、平然と蒼い霧の中を歩いてくる。仮に息を止めていても、身体のあらゆる隙間から内部に入り込む霧だ。だというのに、少女にはまるで効いた様子もない。


「ば、馬鹿な……」


 何度目になるかわからない、そんな呟き。そして再びの、紅い閃き。天才霊戦術師の最高傑作《冥王の骸》は、たった一撃で真っ二つに斬り裂かれ、黄金色の炎の中で焼き尽くされる。


「じゃあ、降参する?」


 喉元に突きつけられた、ルビーのように輝く剣を見つめながら、エルスレイは唾を飲み込み、頷くことしかできなかった。

次回「第69話 少年魔王と正面突破」

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