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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第1章 愛されまくりの魔王様
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第67話 非道の王と非常識の二人

 十隻を超える真の『亡霊船団』。圧倒的な戦闘能力を誇る無敵艦隊の中央に、一際巨大な船がある。旗艦『ミナレスハイド』。霊界第二階位たる霊賢王の名を冠する国王の搭乗船だ。その甲板に設けられた玉座に腰かけ、戦況を見つめているのは一人の男性。


 エクリプス王国国王、エルスレイ・エクリプス。まだ三十代も半ばほどの彼は、王としては比較的若い部類に入る。だが、黒い髪を長く伸ばし、瀟洒な衣装に身を包んだ彼こそ、黒霊賢者の兄にして、十年前の戦争で当時は一小国でしかなかったエクリプスを『北の大国』と呼ばれる地位にまで押し上げた立役者だった。


 彼は冷徹な眼差しで、前方に浮かぶ黒鳥とその上に立つ二人の英雄を視界にとらえている。


「この星界では、俺のように真の力を持つものこそ、真の勝者となる。過去の栄光も形ばかりの名声も、圧倒的な力の前には意味を持たぬ」


 その言葉は、玉座の周囲に集う部下たちに向けられたものだ。彼らは皆、心酔したように王を見つめ、彼の言葉の続きを待っている。天才的な手腕を誇る若き国王は、その外見からして凛々しく、美しく、理知的で、彼らが主と仰ぐに十分すぎるカリスマを備えていた。


 そして、彼自身、そのことを良く理解している。理解しているからこそ、ゆっくりと言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。


「見るがいい。あれが『英雄』だ。十年前、世界を救った誉れ高き英雄の姿だ。どうだ? まるで嵐の前の羽虫のようではないか。あるいは、波間に揺れる木の葉のようなものかな? ……まあ、いずれにせよ、一息で吹き飛ばされる儚きものでしかない」


 エルスレイは大げさに、芝居がかった仕草で黒鳥に乗った英雄たちを指し示す。部下たちからは失笑とも言える、英雄たちへのあざけりの声が漏れた。


「さてここで、諸君らに問おう。栄えある我が国に、この偉大なる『船団』をもたらし、英雄どもを過去の遺物たらしめたのは、誰の力だ?」


「エルスレイ様です!」


 一同は、まるで示し合せたかのように唱和する。しかし、エルスレイはにやりと笑って首を振った。


「違う」


 主君の否定の言葉に、思わず顔を見合わせる部下たち。エルスレイは彼らの様子をじっくりと確認した後、その心に沁み渡らせるかのように言葉を続ける。


「俺ではない。……諸君らの力だ! この時、この瞬間に至るまで、この場にいる諸君ら、一人一人が己が職責を全うし、俺を支え続けてくれたからこそだ。俺は、優れた臣下に恵まれたことを幸運に思う。諸君らこそ、俺の誇りだ!」


「陛下……」


「さあ、胸を張れ。我らは『英雄』を超えたのだ。今こそ、歴史は大きく変わる。この星界は我らエクリプスの名のもとに統一される。今日はその、記念すべき第一歩となろう」


「ははっ!!」


 部下たちの中には、感激のあまり目頭を熱くしている者もいるようだ。エルスレイはそんな彼らの姿を見やり、満足げに頷く。


 さながら霊戦術ポゼッションで器物を支配するがごとく、場の空気を支配し、優越感や選民意識と言ったものを巧みに刺激することで、人心を掌握する。いかに無能な者たちであったとはいえ、仮にも自国の臣下を囮として犠牲にする冷酷さについて、何一つ異論を差し挟ませない彼の手腕は、既に余人の及ぶところではない。


「新しい世の始まりを告げる祝砲だ。盛大に放て」


 すでに船団は、二人の英雄を半包囲するような陣形に配置されている。後は一部の艦船が副砲の蒼い光弾を弾幕として射出しつつ、残りの艦船により主砲の一斉掃射を行えば、彼らに逃げ場はない。


 エルスレイはこの時、己の勝利を確信していた。


 一方、嵐の前の羽虫と称された英雄たちはと言えば──


「囲まれちゃったね。これだと分身をつくっても、分身ごと吹き飛ばされかねないかな」


「逃げるのも難しそうですね。後方以外、全方位を塞がれている感じです」


「うーん。これまで何度か攻撃もしてみたけれど、さっきの《天元日輪の星霊剣》以外は、ほとんど『死霊の障壁』に阻まれているみたいだしねえ」


「だいたい、何なんです? あの兵器は。防御も攻撃も滅茶苦茶じゃないですか」


「そりゃ、原案協力は僕だからね。兵装の内容には万全を期したさ。まさか、それをあのレベルの魔力で運用するとは、夢にも思わなかったけどさ」


「全部、あなたのせいじゃないですか」


「まあ、そういうなよ。友達だろ? 尻拭いぐらい、快く手伝ってくれって」


 などと、軽口を叩きあっている。とはいえ、内心では悲壮感に満ちていることは疑いない。最初に口にした通り、逃げ場もなく、対抗手段もほとんど奪われている状況なのだ。


「うーん。降参する? 兄上のことだから、多分許してくれないけど」


「いいえ。最後まで戦いましょう」


「玉砕覚悟かい?」


「いいえ。最後まで諦めません。こんなところで俺たちが諦めては、あの子たちに顔向けできませんからね」


 アルフレッドがそう言うと、アズラルは盛大に息をつき、


「そうだね。まだまだ、あの子たちには教え足りないことがある。特にエドガーくんは詰めが甘いところがあるからね。最後の最後でポカミスをしでかしてなければいいんだけど」


 などと、無駄に鋭いことまで口にした。


「とりあえず、敵さんも一度主砲を撃てば、次弾の充填には多少の時間がかかるみたいだし、初撃を耐えきれば逃げるチャンスはあるかもね」


「最大限の防御魔法を使いましょう。俺の星霊楯も、全力で展開します」


「ああ、頼むよ」


 とはいえ、さすがに主砲の直撃を受けてしまえば、防ぎ切るのは困難だろう。ましてや、十隻の船に囲まれているのだ。言葉では何を言おうと、絶望的な状況には変わりはない。


「さあ、こい!」


「兄上……出来損ないの弟の、最後の意地って奴を見せてあげるよ」


 馬鹿馬鹿しいまでに強大な魔力が各船の主砲に収束し、発射の準備が完了すると同時、英雄二人も全力で防御魔法を展開する。出現した光の壁は、できるだけ主砲の力を左右に逃がすことを想定し、斜めに角度の付いたものだった。

 焼け石に水ともいえる工夫だが、そんな悪あがきを嘲笑うかのように、『亡霊船団』から死の奔流が放たれる。青と白、副砲と主砲の魔力光が入り混じり、文字どおり嵐となって荒れ狂う。


「あちゃあ、こりゃ、厳しいな」


「く! ここまでとは……」


 抗いようのない津波のような力を目前にして、二人の英雄はやがて訪れるだろう衝撃に身を固くする。


 ……と、その時だった。


「か、勘違いしないでよね! あなたのためじゃないんだから! エリザには借りがあるから、仕方なく助けてあげるだけなんだからね!」


 拗ねたような、どこか場違いな女性の声が響く。それと同時、ふわりと彼らを包んだのは、一寸先も見通せない深淵の《闇》。視界は完全に閉ざされ、周囲の景色も確認できなくなる。


「い、今の声って……まさか、カグヤ?」


 アルフレッドは闇の中、きょろきょろと周囲を見渡す。すると、その肩が軽く叩かれた。


「そうよ。文句ある?」


 聞こえた声に振り返ると、途端に闇が晴れた。


「ど、どうして君が!?」


 アズラルの操作する黒鳥の背に、第三の人影が出現している。


「うるさいわね。大きな声を出さないでよ。ただでさえ、筋肉痛が治った直後にコアルテストラの高速飛行で運ばれるとかいう、非常識な強行軍で来たのよ?」


 彼女、カグヤは目を合わせるのも嫌だと言わんばかりに、アルフレッドから顔を背けた。


「い、いったい、何が、どうなって……」


 彼らに死をもたらすはずだった膨大な魔力の奔流は、影も形も見当たらない。


「……すごいな。今のって、前に言ってた《わたしの闇》って奴かい?」


 アズラルには心当たりがあったようで、そんな風に尋ねる。だが、しかし。


「うるさい! この変態! あなたの弟子のせいで、酷い目にあったのよ? 嫌らしい真似ばかりしてくれちゃって! エリザに頼まれなければ、あなたなんか絶対に助けなかったのに!」


 憤慨したように叫ぶカグヤを見て、アズラルは思わず苦笑する。


「あはは。エドガーくんも随分、頑張ったみたいだね。でも、まあ、助かったよ。君の魔法を吸収する《闇》があれば、どうにか連中から逃げきれそうだ。よし、しっかり掴まっていてくれるかい?」


「いやよ。誰が変態になんか掴まるものですか。それに、何で勝てる戦いから逃げなきゃならないの?」


「え?」


 アズラルは、思いもよらないカグヤの言葉に目を丸くする。


「カグヤ。危険だよ。確かに今の攻撃を防げたのはすごいけど、何度も続けてと言うわけにはいかないんじゃないのかい?」


「アンタは黙ってて」


 カグヤはアルフレッドに対し、にべもない。しゅんと黙り込むアルフレッド。


「ほら、あっち。ちゃんと見なさいよ」


 カグヤが指を差した先。そこには……


「ほら、ネザク! あたしは空を飛べないんだから、しっかり船の上に落っことしてくれなきゃ困るぜ!」


「いや、エリザ……。だったら僕が戦うって言ってるのに……」


 背中から漆黒の六枚羽根を生やしたネザクは、エリザの両脇を抱えながら空を旋回している。


「よーっし、まず、あの船にしよう!」


「はいはい……」


 元気に叫ぶエリザとは対照的に、まるで子供でもあやすような声で応じるネザク少年。彼は指示されるままにエリザを船の上まで運ぶと、脇を掴んでいた手を離す。その間にも『船団』からは蒼い副砲の光弾が放たれるが、ネザクの背にあるルシフェルの六枚羽根《絶対禍塵》がそれらをすべて弾き返していた。


「ひゃっほー!」


 エリザの手には、ルビーのように半透明に輝く、真っ赤な刀身の剣がある。無防備にもそれを頭上に振りかぶり、一直線に落ちていく英雄少女。


「エリザ! なんて無茶な真似を!」


 アルフレッドが見ている前で、落下中の彼女に向かって他の船から副砲が斉射される。しかし、エリザには当たらない。彼女の身体の要所に装着された黄金の具足が輝くと同時、すべての光弾が軌道を捻じ曲げられ、あらぬ方向に逸れていく。


「そんな馬鹿な……」


 アルフレッドは、自分の目を疑うような呻き声を洩らす。副砲とは言え、その威力の程は彼自身が身をもって体験している。少なくとも、まともな防御魔法も展開せずに、ああも軽々と防げるようなものではなかったはずだ。


 しかし、驚いている暇もない。次の瞬間には、もっと信じられないことが起こっていた。


「じゃあ、いっくぞー! 発動、《降魔剣技:斬月の一刀両断》!」


 大上段に掲げた真紅の剣には、黄金の炎がまとわりついていた。エリザは落下しながら自分の身体を前転させるように、それを振り下ろす。剣閃の延長線上に伸びた金の炎は、それまで鉄壁の防御を誇っていたはずの『死霊の障壁』をあっさりと焼き尽くし、蒼黒い船体までをもバターのようにざっくりと前後に断ち割った。文字通り一刀両断となった『亡霊船』は、噴煙を上げながら浮力を失い墜落していく。


「落ちちゃう、落ちちゃう! ネザク!」


「はいはい」


 あらかじめこうなることがわかっていたのか、ネザクは二つに割れた船の真下に回り込み、落ちてきたエリザの身体を受け止める。


「な、なんだ、あれ?」


「嘘だろう?」


 あまりにも非常識な光景に、あんぐりと口を開ける英雄二人。


「サンキュー、ネザク!」


「エリザ、僕にも戦わせてほしいな。ほら、『リンドブルム』を召喚しておいたから、こっちに乗ってよ」


 ネザクがそんな言葉を言うや否や、空中にまばゆい光の球が出現し、中から幻界第四階位、銀翼竜王リンドブルムが姿を現す。


「うん。わかった! ……久しぶりだな! リンドブルム、元気だった?」


「……気をつけて乗るがいい。お前に攻撃の意志を示されると、我の鱗が禿げそうだ」


 なんとなく憮然とした雰囲気を感じさせるリンドブルムは、年端もいかない少女に馴れ馴れしくされることに、若干戸惑っているのだろうか。


 それはさておき、『災害級』の中では幻界最強の存在がここまで無造作に召喚される光景は、英雄たちのみならず、『亡霊船団』の乗組員たちをも驚愕させた。


 当然、それは旗艦『ミナレスハイド』の甲板上から戦況を眺めるエルスレイも同じである。主砲の一斉掃射が奇妙な《闇》によって防がれ、『亡霊船』の一隻が真っ二つに斬断された光景からして信じがたいものではあったが、形として目の前に現れた銀翼竜王の威容は、現実味を持って事の異常さを彼に訴えかけてきていた。


「ば、馬鹿な……、なんだ? 何が起こっている?」


 言いながら、エルスレイは遠眼鏡を掴み、黒鳥に現れた第三の人影を見る。


「あれは……黒魔術師インベイダーか? アズラルめ……どこにあんな手駒を……」


 低くつぶやかれたその声は、周囲の臣下には届かなかった。彼は歯ぎしりしながらも、改めて部下に叱咤激励を飛ばす。


「何をやっている! 『亡霊船団』の前には、『災害級』など雑魚同然だ! さっさと片付けろ!」


 彼らの王の凛とした声は、霊戦術ポゼッションの作用による拡声器に乗って、全船に届けられる。途端に混乱は収束し、船団は再び統率のとれた動きを取り戻し始めた。


「さあて、と。僕としてはこの戦いが『みんなに好かれる魔王』の第一歩になるわけだけど……こんな風に力づくで他国を侵略する連中になら、手加減はいらないよね?」


 かつての自分を棚に上げるようなことを言いながら、ネザクは六枚羽根を全開に広げる。その手には、先端に大きな輪の付いた古めかしい錫杖が一つ。


「化け物め! 死ね!」


 近くの船から主砲の光が放たれる。極太の閃光には、まともに受ければ災害級の『魔』ですら一撃で消し飛びかねない破壊の力が込められている。


「ありがと」


 なぜかネザクは礼を言いながら、手にした錫杖をそちらに向けた。

 すると、放たれた光の奔流は、まるで吸い込まれるように錫杖の輪の中へと消えていく。


「じゃあ、お返しにこれをあげるね。……発動、《天魔法術:無月の反転呪法》」


 ネザクは錫杖をくるりと回転させると、輪の中から先程吸い込んだものの数倍はあろうかという、凄まじい規模の魔力光を放出した。


「え?」


 あっけにとられる『亡霊船団』の乗組員たち。その砲撃の射線軸上には、二隻の船がいた。一隻は直撃を受けて消滅し、もう一隻も回避が間に合わず船体の半分を削り取られるように被弾。爆炎を吹き上げながら墜落していく。


「あ! 二隻いっぺんなんてずるい! よし、あたしも! リンドブルム、いくよ!」


「……承知した」


 リンドブルムは嫌々ながらも彼女の指示に従い、手近にある一隻へと飛翔する。主砲の一撃をひらりと回避し、副砲はあえて白銀の鱗で耐えてみせた。口から《経年烈火》の炎を吐き散らし、船の周囲に『消えない炎』を生み出すことで視界を覆い、その動きを封じていく。


 ネザクに召喚されたリンドブルムは、通常の召喚ではあり得ないほどの力を振るい、周囲の『船団』を手玉に取っていた。


「じゃあ、行ってくるね!」


 エリザは再び威勢よく叫ぶと、新たな船に飛び降りて、一刀のもとに斬断する。落下していくその真下に、ひらりと舞って彼女を受け止めるリンドブルム。


「なんだ、これは? なんだ、あの化け物どもは? こ、こんな、こんな非常識な話があってたまるか!」


 エルスレイは、それまでの冷静さをかなぐり捨てたかのように叫ぶ。一体何が起こったのか、さっぱりわからない。正体不明の乱入者に、十隻以上あった彼が誇る最強の『亡霊船団』は、すでに四隻が撃ち落とされているのだ。


「……言葉もないな」


 もはやアルフレッドも呆れたようにつぶやくだけだ。


「あらあら、二人して競っちゃって」


「エリザがあそこまで強くなっているのも驚きだけど……そもそもなんで、君やネザク君が僕らに味方してくれるんだい?」


 満足そうに腕を組んで戦況を見つめるカグヤに、アズラルが尋ねる。すると彼女は少しだけ嫌そうな顔をした後、軽く息を吐いて言った。


「それはもちろん、あの二人が非常識な魔王と非常識な英雄だからに決まってるでしょ?」

次回「第68話 英雄少女と奇襲攻撃」

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