第65話 少年魔王と英雄少女(決着編)
「……うう、僕の負けか」
真っ二つに折れた錫杖を手に、大の字で倒れるネザク。いったいどれだけの時間、気を失っていたのか。彼はふと、自分の身体の上に重みを感じた。
「あれ? エリザ?」
エリザは、彼の身体の上に折り重なるように倒れている。その手には、輝きを失ってもなお、形を保つ紅水晶の神剣が握られていた。
声を掛けられても、エリザは反応しない。気絶しているらしい。ネザクはどうにか身体を起こし、エリザを脇へと横たえる。
「……えっと、僕が負けたはずなんだけどな」
無防備に目を閉じて横たわるエリザは、まるで眠っているかのように穏やかに呼吸を繰り返している。
「……やっぱり、僕は君には敵わないや」
軽く微笑み、横たわる少女の頬に手を当てるネザク。こうしてみれば、彼女は可憐で華奢な美しい少女にしか見えない。なのに彼女は、誰よりも強い。戦うことだけでなく、何よりもその心の在り様が強く、そして美しかった。
彼女の顔を見つめながら、ネザクは思う。
「……僕は、そんな君が好きだよ。大好きだ」
「む、ううん……?」
「ええ!?」
つい、思ったことを口にしてしまった瞬間。エリザがタイミングを計ったように目を覚ました。
「あれ? ネザク?」
「あ、ああ。うん」
どうやら、今の言葉は聞かれていなかったらしい。ネザクは内心で胸をなでおろす。
「僕の負けだよ。エリザ。多分、君の言うとおりなんだと思う」
代わりというわけではないが、ネザクはそう言った。
「じゃあ、それなら……」
「けど、それでも僕は、『魔王』になるよ」
喜色満面の笑みを浮かべたエリザの言葉を遮るように、ネザクは断言する。
「……ああん? なんだって?」
途端、不機嫌な顔となってネザクを睨むエリザ。
「い、いや、怖いよ……エリザ。わかってるよ。ただ、エリザに教えてもらって、僕は思ったんだ。ううん。思いついたんだよ。だから、くだらないかもしれないけど、僕の『思いつき』を聞いてほしい」
「……うん」
「僕らが『魔王』って言葉をあえて使っていたのは、それが一番インパクトがあるからなんだ。まあ、力尽くで国に押し入って支配を宣言するにも、ちょうど良かったんだけどね」
「でも、そもそもなんでそんなことを?」
「……僕にはね、エリザ。『自分』が無いんだ」
「え?」
意味が分からず、きょとんとするエリザ。
今なら、ネザクにもわかる。カグヤがどうして、ことさらに『魔王』の呼称を流布し、おどろおどろしい宣戦布告を繰り返していたのか。
「この星界に生まれながら、『星辰』はおろか、『真月』すら持たない存在。夢を持たず、意志を持たず、そして何より『自分』を持たない。その代わり、世界からあらゆる影響を受け続け、それを自分の『力』に変えてしまう化け物。それが、僕なんだ」
強くなりたいと思う気持ちから生まれる、強烈な自己意識の発現──『星心克月』。しかし、彼のそれは、その真逆をいく。
『自分』を持たない少年は、そのままの状態で成長してしまえば、あらゆる色に染まり続け、やがては『新月の邪竜』を遥かに超える災厄として、星界で猛威を振るうことになっただろう。
だからカグヤは、ネザクに『魔王』という星界で最も強烈な『個性』を与えた。彼が何物にも染まらぬように──否、染まってもなお、十分な自我を保ち続けられるように。
かつてキルシュ城で彼女が言った『あなたのためなんだから』という言葉は、冗談でもなんでもなく、真実だったのだ。
「…………」
ネザクの告白に、エリザは黙って聞き入っている。
「その分、『何もない僕』には、何でもできる。……でも、それじゃ駄目なんだ。僕は、……こんな僕でも『僕らしく』ありたいと思う。そのためにお姉ちゃんは……カグヤは、僕にたくさんの『枷』をくれた。僕にたくさんの仲間をくれた」
仲間が増えることでネザクには、護るべきものが増えた。それに伴って、『できない』ことが増えた。霧の中の戦いで、ネザク自身が思うように力を振るえなかったのも同じだ。そして、エリザに指摘された通り、彼に着けられた『枷』は、ついには彼が『魔王』であることすら、許さなくなりつつある。
「でも、僕は『できない』ことができたからこそ、できないことに挑戦したい。だから僕は、『魔王』になるんだ。僕が、『僕らしく』あるために」
「……ごめん。できないことができたからできないことをしたいって、どういう意味だ?」
言葉遊びのようなネザクの言い回しに、黙って話を聞くつもりだったエリザも、思わず問い返してしまった。
「ああ、ごめん。えっと、その……昔と違って、今の僕には、できないことがある。だから、それをできるようになりたいんだ」
「それが『魔王』だっていうのか?」
「うん。……ねえ、エリザ。魔王は『世界の敵』だって、君は言ったよね」
「ああ」
この星界に根強く残る『魔王』の伝説。その原型は数百年前に星界全土に災厄を振りまいた『暗愚王』だとも言われているが、民間伝承の起源など、この際問題ではない。問題なのは、その言葉に付与されている『印象』だった。
「僕には大切な人たちがいるから、世界を敵には回せない。でも、僕は『魔王』になる。誰にも嫌われず、恐れられない。皆に好かれて愛される。そんな『魔王』になってみせる。僕は僕自身の存在をもって、『魔王』という言葉の『印象』を変えてしまいたい」
「ネザク……」
「人から影響を受けてばかりの僕が、星界全土の人々の『印象』に影響を与えるんだ。それって凄いと思わない?」
ネザクは、楽しいことを思いついた子供のように、嬉しそうに笑う。実際、それは子供の発想だ。十人が聞けば九人が鼻で笑うだろう。幼稚極まりない、現実離れした考えだ。
しかし、エリザは笑わなかった。少なくとも、馬鹿にするような笑い方はしなかった。かつて少年が少女に出会った時に見た、花が咲くような満面の笑みを浮かべ、エリザはネザクの手を取った。
「すごいじゃん! それ! あはは! さすがはネザク。最高にかっこいいよ」
自分の手を痛いくらいに強く握るエリザに、ネザクは思わず見惚れてしまう。
「何を今さらって感じだけどね」
照れ隠しのように言うネザクに、エリザは強く首を振る。
「そんなことないよ。今からだって、きっとできるさ」
「そうかな?」
「そうだよ」
二人はお互いの目を合わせ、それから息を合わせたように大声で笑い出す。そして、ひとしきり笑ったところで、ネザクが尋ねた。
「もしかしてさ。今回、エリザたちがあんな戦い方をしたのって、僕にこのことをわからせるためだったの?」
「うーん、まあね。それと、今回はあたし以外の皆も、本気で戦いたい相手がいたみたいだしね」
と、そこまで言って気付く。
「あ! そう言えば皆はまだ戦闘中かもしれないぞ。早く止めに行かないと!」
「うん。そうだねって……あれ?」
ふと、ネザクはとある方角へ目を向けた。何かがおかしい。
「誰? そこにいるのは」
それは、ネザクが誰何の声を発するのと同時だった。女性の声が聞こえてくる。
「あれ? おかしいわね。もうばれちゃうなんて。リゼル。あなた、認識阻害の魔法、ちゃんと使ってたんでしょ?」
「『彼女』の前では、効果も落ちる」
気づけばいつの間にか、そこにはリゼルに背負われた状態のカグヤがいた。
「え? ええ!? みんなも?」
エリザが目を向けた先には、リリアを初めとする特殊クラスの面々、さらにはイリナやキリナ、それからシュリと言ったメンバーまで揃っていた。
「ど、どういうこと?」
ネザクの問いに答えたのは、カグヤだった。彼女は《記憶の暴虐》の後遺症のためか、ぐったりと脱力したまま、しかし、声だけはやたらと大きく張り上げる。
「ふっふっふ! こっちも完膚なきまでに敗北しちゃった! てへっ!」
「てへって……。でも、どうしてここに? それも皆揃って」
「え? ああ、うん。暇だったから、みんなで二人の戦ってる様子とか、会話とか、盗み聞きしてたのよ。……わたしが事前に仕掛けておいた黒魔術を使ってね」
もともとは、離れ離れになった時に彼の様子を確認するための魔法だったのだが、カグヤはそれを他の全員にも聞こえるようにしていたらしい。
「なんだ。そういうことかあ。良かった。誰も死んでないよね?」
「当たり前ですわ。わたくしを誰だと思ってやがりますの?」
エリザに向かって、誇らしげに胸を張るリリア。
「まあ、俺たち二人は勝ったと言うより、半分負けていたようなものだがな」
「こ、こら! 余計なことを言うんじゃありませんわ!」
ぼそりとつぶやくルーファスに、リリアは顔を赤くする。
「いや、わたくしは勝てなかった」
謙遜するように首を振るリゼル。すると、ネザクが目を丸くする。
「……そっか。リゼルも勝てなかったんだ。すごいな。エリザの仲間の人たちも」
「あはは! 当然だろ? あたしの自慢の仲間なんだ」
ネザクの褒め言葉に、エリザは気を良くして笑う。だが、そこで、ふと気づいたように笑いを収めた。
「と、ところで、見た感じじゃ、エドガーは勝ったように見えないんだけど……」
エドガーの『見た感じ』──それは、服をぼろぼろに破かれ、虎刈りにされた頭のまま、精気の抜けた顔で呆然と立ち尽くす──そんな姿だった。
「いや、あはは……。お、俺も勝ったはずなんだけどなあ……」
いったい何があったのか、遠い目をしてつぶやくエドガー。そして、そこに新たな声が重なった。
「ふん! カグヤ姉さまの裸を見ようとしたくせに! この変態には、まだまだ全然お仕置きしたりないにゃん!」
憤慨したように叫ぶシュリ。
「ば! ちょっと待てって! おま、何言って!」
慌てて口止めに走ろうとするも、すでに遅い。
「……わたしたちが真面目に戦っている間に、そんなことしてたんだ? エドガー君も大したものねえ」
冷たいまなざしをエドガーに向けながら、ルヴィナが言う。その声は視線同様、エドガーを震えあがらせるほど冷え切ったものだった。
「……はあ、また一人、変態が増えましたのね」
やれやれと首を振るリリア。
「……あははは! ほんと、エリザの仲間の人たちって面白いね」
「と、当然だろう……。あ、あたしの、自慢? の仲間たちなんだ……。あはは……」
あまり自慢げに聞こえない口調になったのは、やむなしと言ったところだろう。
一方、カグヤはリゼルに背負われたまま、ネザクに近づき、暗く沈んだような声を出した。
「……ネザク、ごめんなさい。他にも方法はあったかもしれないのに、強引にあなたを『魔王』に仕立て上げて、それが結局、あなたを苦しませてしまったわ」
「ううん。僕が今の僕でいられるのは、カグヤのおかげだもん。もし、『魔王』を名乗ることなく過ごしていたら、僕はきっと、抜け殻だった。犠牲にしてきた人たちには申し訳ないけれど、それでも僕は、今まで歩んできた道を後悔だけはしていないんだ」
「ネザク……」
「でも、これからは違うよ。もう、国を征服するのはやめにする。……だって、そんなことをしなくても、これまでとは違う『魔王』の意味を世界中の人たちの心に刻むことができたなら、それはきっと『世界を征服』したって言えると思うから」
何をしたら世界を征服したと言えるのか? とは、かつてカグヤからその言葉を初めて示された時に、ネザクが考えたことだ。そして、これこそが彼なりの、その答えだった。
「だから、ごめんね。イリナさん。キリナさん。約束は守れないかもしれない。少なくとも、力ずくでクレセントの人たちに言うことを聞かせることは、したくないんだ」
そう言って頭を下げるネザクに、イリナとキリナは首を振る。
「ううん。いいのよ。わたしもルヴィナさんと戦って気付いたわ。自分たちの問題は自分たちで解決しなくちゃ駄目なんだって。ここでいう『自分』っていうのは、わたしのことじゃなく、国民全員のことなんだってね。……それに、うふふ! ネザクが奴隷のように言うことを聞かせる相手は、わたしだけで十分でしょう?」
「そうだぞ、ネザク。わたしたちを舐めるなよ? これでもわたしたちは『月影の巫女』の娘なんだ。国の制度改革なんてお手の物だよ。もちろん、わたしはネザクの面倒を一生見てあげるつもりだけれど、その片手間にでもやってしまえるさ」
それぞれ、最後の一言が余計な双子姫たち。不気味な笑いに、思わずネザクの顔も引きつる。
「ネ、ネザク。お前って……」
だが、彼以上に顔を引きつらせていたのはエリザだ。そんな彼女の視線に気づき、ネザクは慌てて首を振る。
「ち、違うよ! そうじゃない。そうじゃないんだ!」
エリザがしたであろう誤解を正確に理解したネザクは、顔を真っ赤にして弁明を繰り返す。だが、エリザはますます引き気味にネザクから距離を置く。表情が半笑いになっているのを見れば、途中から彼女がからかい半分になっていることは明らかなのだが、それでもネザクは誤解を解こうと必死だった。
「……あれが魔王なのか? なんというか、とてもそうは思えないのだが……」
ルーファスがそんな二人の姿を眺めつつ、つぶやく。
「でも、この状況を生み出したのは、間違いなくあの二人です。まったく、規格外にも程がありますよね」
彼に応じるルヴィナもまた、広大な焼け野原と化した平原を見渡し、呆れたように息をつく。
「……それにしても、ネザク君って可愛いですわね」
初めて間近に見る少年魔王の姿を見て、リリアは密かに笑みをこぼす。見るからに可愛らしい少年。リリアでさえ、思わず抱きしめてしまいたくなるようなその姿に、にまにまとした笑みが浮かぶのを抑えることができない。
「ところで、ネザク。大活躍だったわね?」
唐突に、カグヤがそんなことを言い出した。リリアは、そんなカグヤにちらりと視線を送る。お互いに思うところは共通していたようで、彼女たちは軽く頷きあった。
「え? あ、ああ、うん。戦うところも見てたんだっけ?」
「そうよ。でも、それだけじゃないわ。……あなたがエリザちゃんに言った、素敵な台詞の数々も、あますところなく、ぜーんぶ! 聞いちゃったんだから!」
「え? ……あ! ああ!」
何かに気付いたように叫ぶネザク。
「うふふ。でもねえ、ネザク。ああいう言葉は、彼女が起きている時に言ってあげなきゃ駄目よ?」
「カ、カグヤ!」
ネザクは、顔を真っ赤にして彼女の言葉を遮ろうとする。
「え? なになに? なんか言ってたの?」
そんなネザクに、エリザは興味津々に近づいてくる。
「ううん! 何も言ってないよ!」
ネザクはぶんぶんと首を振るが、怪しんでくれと言っているようなものだった。
「なんだよ。このあたしに隠し事か?」
エリザはむくれた顔でネザクに詰め寄る。
「ち、違うってば! ほんとに何も言ってないんだから」
「またまた、照れちゃってもう……」
「カグヤ!」
「お姉ちゃん、でしょう?」
「はう……うう、お、お姉ちゃん」
「よろしい。これからもその呼び方、変えちゃ駄目よ?」
満足げに頷くカグヤ。一方、リリアもいつの間にかエリザの傍に歩み寄っている。
「エリザも隅に置けませんわね」
悪戯っぽく笑うリリア。
「な、なんだよ。リリアまで」
「ふふふ。……でも、無事でよかったわ。戦いの最中はどうなるかと思ったけれど」
「ははは! 心配してくれてありがと」
エリザとリリアは、笑いながら軽く抱擁を交わし合う。
「エリザ……さん?」
カグヤはひとしきりネザクをからかった後、エリザにためらいがちな声をかける。
「……えっと、カグヤさんだっけ? あたしのことはエリザでいいよ」
「そう……わたしのこともカグヤでいいわ。……それより、ありがとう。あなたにはお礼を言わせてもらうわ」
「え? なんで?」
「あなたのおかげで、ネザクは強くなった。わたしにはできない方法で、あなたはネザクを助けてくれた。だから、お礼を言いたいの」
「そんなことないよ。あたしはあたしのやりたいようにやっただけだもん。あたしらの話、聞いてたんでしょ? だったらわかるはずだよ。ネザクこそ『お姉ちゃん』に感謝してるし、『お姉ちゃん』のことが大好きなんだってさ」
おどけたように言うエリザに、カグヤは柔らかい笑みを向けた。
「うふふ。そういうところだけは……そっくりだわ。あなたって、本当にアイツの弟子なのね。……でも、ネザクはわたしのことが大好き、か。だったら、あなたにも負けないわよ。いくらあなたにネザクが……」
「わ、わああ! カグヤ!」
それまで傍で二人の会話に聞き耳を立てていたネザクだったが、さすがにここで慌てたように割って入る。が、しかし──
「お姉ちゃん、でしょう?」
「お姉ちゃんって呼んであげなきゃ駄目だろ?」
「え? うあ。なんなの、この状況……」
間髪入れず、二人そろって息を合わせたかのような攻撃に、何とも言えない顔でうめくネザクだった。
──学園都市エッダにおける少年魔王と英雄少女の戦いは、こんな形で決着となった。だが、これは新たな戦いの幕開けに過ぎない。……かどうかはともかく、この戦いに参加した人物(?)の中で、残されてしまった者がいた。
「……あーあ、随分となっさけねえなあ、それでも霊界第五階位の死霊の女王様か? おい」
ルーヴェル英雄養成学院の敷地内。今やあちこちの施設が激しく損壊したその場所には、人間の姿はない。すでに混乱は収拾し、関係者は全員避難を終えている。
ゆえに、ここに響く声の主は、人間ではなかった。
「うるさいわね。あなたこそ、何よ。ぼろぼろじゃない。送還されていないのが不思議なほどねえ? 獄界第六階位の真紅の人狼さん?」
ぐったりと座り込んだまま、アクティラージャは自分に声をかけてきた相手に目を向ける。そこには、身体中に焼け焦げの跡をつくり、胴体に風穴を開けて座り込む真っ赤な体毛の狼男の姿がある。
「しょうがねえだろ。あんなの、反則技もいいところだぜ。だいたい、『吸血の姫』って言ったら、おたくらの『第三階位』だろうが。なんだって『星の力』なんか……」
クリムゾンは、第三階位という言葉に、特別なアクセントを込めて言う。
「仕方がないわ。アレはそういうモノだもの。我らが『神』……マハ様の思し召しはわからないけれど、それなりに効果は高いのよ。自由意思でありながら、最後にはマハ様の元に帰る。『蒼月』にとっては、大事な大事な『真月吸収機構』なんだからね」
「ふうん。まあ、俺には関係ねえか。で、どうするんだ?」
「どうするって、何が?」
「とぼけんな。俺だってグランアスラ様から聞かされてんだよ」
「……あのねえ。見ればわかるでしょう? なんなのよ、あの化け物。ありえないでしょう、あの二人。あんなの、第二階位にだって止められるかどうか……」
「……だな」
エリザとネザク。二人の非常識な戦いぶりは、ここにいる二人の『魔』も、各々の方法で観戦していた。
「聞いてたのと、大分違うな。あれが『星辰の御子』なのか?」
「どうかしら? そうだとしても……力が規格外すぎる気がするわね」
「じゃあ、なんだ?」
「さあ、わからないわ」
「ふうん。じゃあ、俺はとっとと送還されて、グランアスラ様に聞いてくるか。……もっとも、あのヒトはお前のとこの霊賢王と違って、その手の話にゃ興味なさげだけどな。……まあ、いずれにしても、お前だっていい加減、送還されるつもりだろ?」
「いいえ。わたくしは、このままでいいわ」
「なんだ? いくら自然顕現だって、そんな状態じゃろくに戦えないだろうが」
「いいのよ。器はあるし、わたくしは……ネザクと一緒にいたいから」
「……まあ、気持ちはわかんなくはねーがな。でも、逆に自然顕現なのが裏目に出ちまってんじゃねえのか? それじゃお前、『蒼月』を裏切ることにもなりかねんぜ」
「かもね。でも、あれを見ちゃったら、もうわたくしの手に負えるとは思えないし、それでもいいわ」
「そこまでかよ」
「そこまでよ」
「まあ、いいさ。俺らとしちゃ、ライバルは少ない方がいい。この星界を真っ赤に染めるのは、俺たちなんだからな」
その言葉を最後に、真紅の人狼クリムゾンはその姿を霞ませ、消えていく。
「色……ね。わたくしたちの『本能』とはいえ、馬鹿馬鹿しい限りだわ」
アクティラージャは、『魔』とは思えないような言葉を一人つぶやく。
第1部最終章の最終話です。
次回「第5章および最終章 登場人物紹介」の後、第2部第1章となります。




