表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 最終章 それぞれの決着
68/162

第61話 双子の姫と混血の忌み子

 霧の中で見た赤毛の少女の姿を追って、学院内を走るアクティ。念のため、『繊月の器』である双子姫を同行させているせいもあってか、大した速度は出せていないが、それでも見失うことはなかった。


 霧は限定的な範囲にしか出ていないようであり、目の前を走る少女も思ったより速くない。もっとも、過去に相対した記憶から推測される少女の性格を考えれば、これは逃亡ではなく、陽動であり、おびき出しであることは間違いない。


 アクティはそう考えていた。


「ウフフ! どこまで行くの? わたくしのことが怖いのかしら」


 だから、そんな挑発の言葉に少女が立ち止まったのも、予想通りだ。だが、そこから先は予想通りとはいかなかった。


「はあ、はあ、はあ……アクティ。あなた、ちょっと速すぎよ……」


「つ、疲れたな」


 ようやく追いついて来たイリナとキリナには目も向けず、アクティはこちらを振り返る少女を見やる。


「……どういうこと?」


 アクティの疑問の声に、少女は、顔にかかるその『白い髪』をさらりと払い、呼吸を整えるように息をつく。


「あなたが『何を見た』のかはわからないけれど、災害級の『魔』でさえ騙せるのなら、わたしの力も捨てたものじゃないわね」


「騙す? わたくしに幻覚を見せたと言うの? そんなこと、いったいどうやって……」


 だが、当然、少女がその問いに答えるわけがない。黙ったまま、後からやってきた二人の少女に目を向けている。


「……はじめまして。イリナ様。キリナ様。お二人の御高名は、かねがね伺っておりました。まさか、こんなところで、こんな形でお会いできるとは思いませんでしたけれど……」


 彼女、ルヴィナは学院指定の制服のスカートを軽くつまみ、優雅に一礼して見せる。


「あ、あなた……月影一族なの?」


「まさか月影一族がこんな所にもいるなんて」


 驚きに目を丸くするイリナとキリナ。クレセント王国の支配階級である月影一族にとって、月召術サモンの術式体系を学ぶには、国内の法術学校以上に優れた場所は無い。従って、一族の者が英雄養成学院に入学するなど、滅多にないはずのことだった。


 ルヴィナは、静かに首を振る。


「わたしは、月影一族ではありません。だから、お二人がわたしのことをご存じないのは当然です」


「で、でも、その髪と目の色は……」


 白い髪と銀の瞳は、月影一族の者にしか現れない特徴だ。


「はい。わたしには月影一族の血が流れています。それは間違いありません。でも、それでもわたしは……月影一族ではないのです」


 ルヴィナの顔には、表情らしきものは見えない。だが、その内心に複雑な思いが渦巻いているであろうことは、その声に含まれる震えから察することができた。


「……じゃあ、あなたは」


 ──混血の忌み子。


 クレセント王国では、獣人やエルフそのものよりも忌み嫌われる存在。イリナとキリナも話には聞いたことがあったが、そもそもそんな存在が生まれてしまうという『事故』自体、そう滅多にあるものではない。まさか実物が存在しようとは思ってもみなかった。


 だが、そこにもう一つの声が割り込む。


「ふうん。やっぱりねえ。随分といびつで濁った器だと思ったのよねえ。なるほど、混血だったわけね?」


「ア、アクティ!」


 イリナは咎めるような目を蒼髪の妖女に向けた。


「何よ? 本当のことでしょう? それより問題は、こいつがわたくしを騙してくれたことよ」


 イリナに向かって軽い調子で肩をすくめた後、アクティは身体をくねらせ、青白い指先をルヴィナに向かって突きつける。かつての露出の激しい衣装であれば、妖艶な雰囲気も出ただろうそんな仕草も、女戦士風の恰好をした彼女がすると、どこか滑稽ですらあるのが難点だった。


「ねえ、あなた? ここで死にたくなければ、大人しくエリザの居場所、教えなさいよ」


 だが、放たれるプレッシャーは間違いなく、災害級。それも上位に当たる第五階位の『魔』のものだ。ぞわりと空気が冷たく震え、イリナとキリナは、わけもなく自分の身体を抱きしめるように肘を抱える。


 そんな禍々しいプレッシャーを向けられながらも、ルヴィナはまったくアクティを相手にしていない。


「わたしは生まれた時から、『存在しないもの』として扱われてきました。あなたたちは、それを知らない。いつも日のあたる場所にいるあなたたちは、いつでも皆にもてはやされ、憧れられて。わたしのようなモノの存在なんて、知りもしなかったことでしょうね」


「そ、それは……違うわ! わたしたちだって、一族の特権意識は問題視していた!」


「そ、そうだ! 一族の権威を維持するために他種族を不当に排除し、その血に連なると言うだけで迫害するやり方は、正さなくてはいけないと……!」


 まさに、自分たちが常日頃から抱えていた問題意識。その象徴ともいうべき相手を前に、双子の姫は自らの主張を言い募る。けれど、ルヴィナはそれに首を振った。


「『わたし』を知らなかったくせに?」


「あ……!」


「う……」


 二人はルヴィナの発した、ただ一言を前に言葉に詰まる。ただそれだけで、何一つ言い返すことができない。


「あなたたちが本当に、その問題を解決しようと努力していたのなら、わたしに気付かないなんてことはあり得ないわ。……つまり、あなたたちは」


 ルヴィナはそこで一呼吸置くように言葉を止め、それからおもむろに二人の少女に指を突きつける。


「なんとなく、自分たちだけが『いい思い』をしているのが、悪いとでも思っていたんでしょう? ばつの悪さ、罪悪感。それとも同情心かしら? 国のことを本気で憂えているなどと言いながら、その実、あなたたちのそれは、身分の高いお姫様のお遊びに過ぎない」


「違う!」


 異口同音に、叫ぶ二人。一族を裏切るような覚悟を決めてまで、こうしてネザクに付き従ってきた自分たちの想い。そのすべてを否定するかのようなルヴィナの言葉に、彼女たちは激昂する。


「あなたこそ! わたしたちのことなんて、何も知らないくせに! 『あなたたちは高貴なるお生まれなんです』なんて言われて、種族が違うからという理由だけで、仲良くなった友達からも引き離される……そんなの間違ってるわ」


「どいつもこいつも、わたしたちの顔色ばかり窺って、自分以外の誰かを貶めて! 挙句に褒めてくれと言わんばかりに尻尾を振ってくる! それを正したいと思って、何が悪い!」


「そうね。立場の違いという奴かしらね。でも、わたしはあなたたちに自分をわかってもらおうなんて、思っていないわ。どの道、魔王の手下であるあなたたちには、……ここで死んでもらうしかないのだから」


 いつの間にか、ルヴィナの背後には、透き通るような水色の衣を身にまとう、一人の女性が立っている。


 幻界第十七階位の『魔』、湖岸の妖精ハルレシア。れっきとした戦術級の『魔』だ。並の人間なら、相対しただけで腰を抜かしかねない化け物だと言える。しかし、この場には、そんな存在を子犬でも見るかのように見下すモノがいる。


「ウフフ、そんな低位の『魔』で、この子たちを殺す? そんなこと、このわたくしがさせないわよ。そうねえ……ネザクの大事なお妾さん候補を護ってあげてこそ、わたくしの株も上がろうと言うものだわ」


「ち、違います!」


「め、妾って……な、何を言っているのだ!」


 顔を真っ赤にして否定する二人。さすがに怪訝な顔になるルヴィナだったが、その目は油断なくアクティに向けられている。


「……『屍斬血牙』」


 ぼそりとつぶやくアクティの手の中に、大鎌が姿を現す。

 霊界第五階位の『魔』、死霊の女王アクティラージャ。禍々しき大鎌を持つ死神のごとき立ち姿。だが、抗いようのない圧倒的な災害級の力を前にしながらも、ルヴィナの瞳はまったく揺るがない。


「気に入らないわねえ。その目。わたくしに、星界の民ごときが敵うとでも?」


 苛立ったように言うアクティラージャ。


「……仕方がないわね。本当は殺したくはないのだけど」


「かかってくるというなら、相手をしないわけにはいかない」


 イリナとキリナ、二人の少女はアクティラージャに『真月』の力を注ぎ込むべく、精神を集中し始める。


「ええ、それでいいわ。わたしはどうしても、全力で戦うあなたたちに勝ちたいんだから」


 ルヴィナは正面に手をかざす。


「発動。《巻き上がる粉塵》」


 発動した白霊術イマジンは、その言葉の意味に従うかのように、地面から粉塵を巻き上げ、彼女の姿を覆い隠す。


「ふん、めくらましを!」


 アクティラージャは、大鎌を一閃する。それだけで粉塵は上下に裂けるように吹き散らされるが、すでにルヴィナの姿はない。

 だが、曲がりなりにもアクティラージャは蒼月の『魔』。すなわち、霊戦術ポゼッションの使い手だ。気配探知ならお手の物だった。


「そこ!」


 繰り出される大鎌は、対象を確かに捉え、切り裂いた。その奥にあった植木ごと真っ二つに斬断される少女の身体──に、見えたものは、次の瞬間には『ハルレシア』のそれに代わる。


 自分より遥かに上位の『魔』の一撃に、あっさりと幻界へ送還されていくハルレシア。


「また、幻覚? でも、わたくしに星界の民ごときのめくらましが効くはずが……」


「発動、《巻き上がる粉塵》」


 アクティラージャが視線を巡らせてルヴィナの姿を捉えた時には、再び発動する白霊術イマジンが視界を塞ぐ。


「だから、無駄だと言っているでしょう!」


 今度は全方位に風を放ち、粉塵を残らず吹き飛ばすアクティラージャ。後ろでイリナたち二人が尻餅をついて倒れたようだが、この際それは仕方がない。


「わたくしは『星辰の御子』以外、眼中にないわ! あなたの相手をしている暇は……。な、なに、それ?」


 今度こそ敵の姿をはっきりと確認したアクティラージャは、驚愕に目を丸くして動きを止めた。そこには、彼女の恐れる『暗愚王』リゼルアドラの姿がある。


「く! どうせそれもまやかしでしょう!」


 だが、彼女が怒りに任せて腕を振り上げようとした瞬間。手にした大鎌に突如として凄まじい重さがかかり、思わずそれを取り落とす。


 見れば鎌の刃の上に、人間の頭蓋骨らしきものが乗っている。頭蓋骨の重さ自体は、アクティラージャの腕力で耐えきれないものではなかったはずだが、リゼルの姿に驚かされた直後であるのが災いしたらしい。


「な、なんなのさ!」


 動揺を隠せず、狼狽えた声を上げるアクティラージャ。

 すると今度は、真空の刃を含んだ風が吹き荒び、大地が泥のように溶けて彼女の足を地に沈めていく。続けて周囲からしゅるしゅると伸ばされ、彼女の手足を拘束するのは、黒い蛇のような鞭。


「こんなもので! わたくしの自由が奪えると思って!?」


 アクティラージャは、霊戦術ポゼッションで強引に大地を支配しながらも、力づくでの脱出を図る。だが、その直後には彼女の前に無数の錆びついた剣が突き出される。


「こ、これは骸骨騎士団の剣? ぐぎぎ!」


 黒い鞭を引きちぎって両腕を交差し、その攻撃を辛うじて受け止める。さすがに同じ霊界の『魔』であればわかる。彼女の腕に食い込む剣は、全部で十本。それは十体で一体の骸骨騎士団、第二十階位に位置する戦術級の『魔』によるものだ。


「で、でも、気配がない」


 ますます頭を混乱させていくアクティラージャ。腕に食い込む剣の力は、ただの『魔』のものとは思えない。同じ霊界の下位に位置する『魔』の攻撃なら、本来は彼女にかすり傷ひとつ負わせることはできないはずなのだ。


「な、なんなの、あれ?」


「剣だけが宙に浮いている?」


 尻餅をついたまま、その様子を呆然と見つめる双子の姫。


「こ、これは、まさか……! 『魔』の能力だけを召喚して、白霊術イマジンで具現化している?」


 うめくような、アクティラージャの声。ネザク少年がやって見せたように、召喚した『魔』そのものを複製して具現化するわけではない。そこまで規格外の業ではないが、それでもこの技術は、それ以上に複雑かつ繊細で、途方もないイメージの力が必要とされるものだ。


「……わたしには災害級の『魔』を召喚するほどの力はない。貴女の言うとおり、それが『歪な器』の──忌み子の限界なんでしょうね。でも、だからこそ、わたしは誰よりも多く、戦術級の『魔』を召喚してきた。彼らの特性を理解し、それを最大限に生かした戦術を、わたしの白霊術イマジンに組み合わせるべく、研究と鍛錬を繰り返してきた」


 アクティラージャは気付く。先ほどから自分の身体の自由を奪う力。自分の身体を傷つけてくる力。その正体に。


「『白霊戦術イマジン・タクティクス』。これがわたしの『星心克月』よ」


「星心克月!? このわたしが! 力を! くうう!」


 思う存分、全力で力を振るうことができれば、目の前の小娘を引き裂くことなど容易だったはずだ。アクティラージャはそう思う。だが、そう思った時点で、すでに彼女は敗北している。こうした一対一の戦闘においては、いかに敵に力を発揮させずに戦うか、という点こそが勝敗の分かれ目なのだから。


「ちなみに、これがわたしが使役できる最強の戦術級。暗界第十一階位の『魔』、獄炎の妖魔ボロアの力よ」


 瞬間、アクティラージャの全身を漆黒の炎が包み込む。地から吹き上げるその炎は、消えることなき破滅の火。肉体ではなく、精神を焦がし尽くす悪夢の炎だった。


「きゃああああああ!」


 それでも、これが単なる戦術級の『魔』が行使しただけの力ならば、彼女にも対抗できた。しかし、これは『星心克月』を会得したルヴィナの力──つまりは『星辰』の力が含まれるものだ。たちまち全身の力が抜け、魔力の源ともいうべき『真月』を消耗していくアクティラージャ。


「いけない! 補充を強化しないと!」


「……させないわ。発動、《走る雷》」


 いつの間にか二人の背後に立っていたルヴィナは、両手に宿した電撃を少女二人の首筋に叩き込み、あっさりと気絶させる。


「……二人ともごめんなさい。酷いことを言って。でも、これはどうしても、わたしが乗り越えなければならない問題だったの」


 気絶した二人の少女を優しく地に横たえながら、謝罪の言葉を口にするルヴィナ。彼女が戦っていたのは、アクティラージャでもなければ、双子の姫でもなかった。


 双子の姫を崇め称える一方で、忌み子の自分を『いないもの』と扱った月影一族。彼女にとって今回の戦闘は、劣等感に凝り固まった自分自身を本当の意味で乗り越えるための戦いだった。


「……変貌の魔人の能力も、そろそろ時間切れのはずだけど、上手くいっているかしらね」


 彼女は、エドガーたちがいるだろう方角へと目を向けた。

次回「第62話 悪魔の弟子と黒の魔女」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ