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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第5章 星と月、交差する道
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第58話 英雄少女と新たな戦乱(下)

「そ、それじゃ、いきますわよ?」


「うん、いーよ」


 二人の少女は、既に定番となった儀式に臨む。制服の襟をはだけ、首筋を露わにしているのは、燃える炎のような赤い髪の少女。一方、彼女の肩を両手で押さえるようにしながら、その首筋へと口を近づけているのは、白金の髪をツインテールにまとめた少女だった。


 ゆっくりとその美しい唇を開き、優しく咥えるように、少女の首へと軽く噛みつく。

 『吸血』と呼ばれるこの行為は、実のところ、世間一般で想像されているような血液をすするものではない。軽く尖らせた牙で皮膚をわずかに傷つけ、にじみ出る血を舐めとる程度のものだ。


 その本質は血を吸うことではなく、力を吸うことにある。


 もちろん、対象を殺してしまうレベルで大量の『吸血』を行うことも可能ではある。だが、彼女としては、たとえ可能だとしても、そんな獣のような真似は絶対にしたくないというのが正直なところだ。


 ……正直なところではあるのだが、だからと言って、彼女には『それができる』という事実がなくなるわけではない。だと言うのに、この赤毛の少女ときたら、こうも見事にだらしなく、脱力した身体をこちらに預けてくるのだから始末に負えない。リリアは内心で呆れつつも、『吸血』を開始する。


「うう……いつもながらくすぐったいよね。これ」


「ふぼふぁふぁいべ」


 動かないで。


「あ、ごめんごめん。」


 首筋に噛みつかれたまま、エリザはどうにか身体の動きを抑制する。そして、ようやく口を離したリリアは、すかさず彼女の首に治癒の聖水を振りかけ、霊戦術ポゼッションでその傷を消してしまった。


「最近はようやく動かなくなりましたけど、あなたって本当にくすぐりに弱いんですのね」


「うん。あ、でも内緒だぜ? 敵にでもばれたら、あたし大ピンチだ」


 そんな弱点を突いてくる敵がいるなら見てみたいものだと、リリアは呆れながら口元を軽く拭い、身体の中を流れる『星辰』を安定させようと精神を集中する。

 今でこそ慣れたものだが、初めて彼女から『吸血』をしたときは、熱い塊でも飲み込んだかのような衝撃に、激しい眩暈さえ覚えたものだった。


 それだけエリザの宿す力は、濃厚で、強烈なものだった。だが、慣れてくるとむしろ癖になってしまう『味』でもある。悔しくはあったが、それでもリリアは、自分が確実に強くなっているのだと実感している。


 それもこれも、自分のことを全面的に信頼し、あっさりと急所である首筋を預けてくる少女のおかげだった。


「……敵と言えば、ネザクくんのことですけれど、最近ではあまり動きが無いみたいですわね」


 思いついたように話題を振るリリア。最初にエリザから『あのネザク』が魔王であったと知らされた時こそ驚きはしたが、エリザの決意を聞かされて以降は、彼女はそれを応援するつもりだった。


 ただし、『想いあう二人が敵味方に分かれて争い、そしていつしか……。そんな展開になったら、すごくロマンチックですわね』などと、心の中で妄想にふけっていることは秘密である。


「……そのうちまた、戦うことになるかもな」


「ふふふ。戦うかどうかはともかく、早く会いたいのではなくて? 何せ初恋の相手だものね?」


 悪戯っぽく笑うリリアに、エリザは半眼を向ける。


「また、そうやってからかう。あたしとあいつはそんなんじゃないって、言ってるのに……」


 そう言いながらも、頬がしっかり紅潮しているあたりが、リリアには可笑しくて仕方がなかった。


 と、そこへ──


〈一年特殊クラスのエリザ・ルナルフレアくん。リリア・ブルーブラッドくん。二年特殊クラスの……〉


 魔法を用いた拡声器による校内放送が室内に響いた。


「あれ? 呼び出しだね」


「ええ、行きましょうか」


 少女二人は身支度を整えると、自分たちの寮の部屋を後にする。




 ──学院長室では、アルフレッドとアズラルが待ち構えていた。そこで特殊クラスの五人は、エクリプス王国の侵攻による王都陥落のニュースを聞かされることになる。


「もう街中では噂になり始めている情報だ。特に口止めはしないけど、むやみに騒ぎ立てないようにね」


 アルフレッドは、つとめて落ち着いた声音で言う。実際、五人の少年少女の顔は驚きに染まっていた。


「それで、君たちには頼みがあるのさ。僕ら二人はこれから、王都を奪還しに行く。君たちには、この街を護ってもらいたい。まあ、僕らが出向けばエクリプスも、この都市には攻撃してこないだろう。……そんな余裕は与えないからね」


 アズラルの言葉は、いつもと同じく飄々としたものでありながら、その実、強い決意を滲ませている。


「駄目だよ、そんなの! あたしも行く!」


 案の定、激しく抗議の言葉を発したのはエリザだった。


「もちろん、そうしてくれた方が心強いには違いない。でも、そうはいかないんだよ。恐らく今回の件は、魔王軍も把握しているに違いないんだからね。となれば、ここを空にするわけにもいかない」


 アズラルの言葉に、五人は顔を見合わせた。見たこともない『亡霊船団』の脅威はわからなくても、実際に目の前にした『魔王軍』の強さなら、彼らも身に染みて感じていた。


「魔王が……? じゃ、じゃあ!」


「そう。この機に乗じて攻めてくる可能性は高い。エリザ、君は魔王には浅からぬ因縁があるみたいだし、なによりアレに対抗できそうなのは、君だけのような気がする」


「……ネザク」


 魔王の名を、小さくつぶやくエリザ。


「で、でも、先生たちはどうなんですか? 聞いた限りでは、その『亡霊船団』って、とんでもない兵器じゃないですか。いくらなんでも、二人だけで行くなんて無謀です!」


 さすがと言うべきか、ルヴィナには『亡霊船団』の脅威のほどが理解ができているらしく、険しい顔で反対の声をあげた。


「大丈夫。俺たちは少人数の方が動きやすいし、大きいだけの兵器を相手に、正面からぶつかるだけが戦いじゃない。戦術が得意な君なら、わかるだろう?」


「そ、それはそうですけど……」


 納得いかなげな顔で言葉を途切れさせるルヴィナ。彼女に代わり、新たに口を開いたのはエドガーだ。


「俺たちが『魔王軍』を相手にして、先生たちがエクリプスの『亡霊船団』を相手にする。……つまり、以前は先生たちが前面に出て戦った相手と、今度は俺たちだけで戦うってことになりますよね?」


「おや、エドガーくん。自信がないかい?」


 からかうように笑うアズラル。


「……いえ、俄然、やる気が出てきました。早速、俺の『力』を試せるってわけですからね」


「元気なのはいいことだけど、くれぐれも羽目を外さないようにするんだよ?」


 とは言いながらもアズラルは、自分の『弟子』の力強い発言に満足げに頷いた。


「……学内のことは自分にお任せください。いつでも生徒たちが避難できる体制は整えておきます」


「うん、頼んだよ。エルムンド」


 アルフレッドもまた、、全幅の信頼を置く腹心の言葉に軽く頷く。そして、アズラルへと向き直った。


「じゃあ、準備ができたら早速出発しましょう。王都を陥落させたと言っても、内部を掌握しきるにはまだ時間がかかるはずです」


 彼にしてみれば、国王やその他の幹部たちの安否も気がかりだった。


「じゃあね。学園の平和は君たちの双肩に託された。頑張りたまえ」


 そんなアズラルの言葉を最後に、二人の英雄は学院長室を後にしたのだった。


 二人を見送った五人は、そのまま応接のテーブルを借り、早速『作戦会議』を始めることにした。学院の留守を預かるエルムンドも含め、六人による会議である。


 本来なら学院の教師陣を差し置いて、一介の生徒たちが行うような会議ではない。とはいえ、彼らは既に、全員が全員、教師より遥かに強くなってしまっている。

 そもそもの話、五英雄でさえ苦戦を強いられる魔王軍が相手となれば、ほかの教師や生徒たちでは、かえって足手まといになりかねない。エルムンドもそのことは十分承知しており、あくまで学院を運営する側の立場として、この『会議』に参加していた。

 

「いい? わたしたちは学院運営のことは素人よ。だから、そこは全部、エルムンド先生にお任せしましょう。わたしたちが考えるべきは、主に戦闘面についてよ」


 まず、ルヴィナがそう言って口火を切った。


「だが、そもそも『魔王軍』がこの都市を攻めてくるだろうか? 今なら南の獣人国家を占領する方が容易いのではないか?」


 ルーファスがそんな疑問を口にするが、彼女はそれに首を振る。


「容易いからこそ、そうしないでしょうね。今までの彼らの行動を見るに、最難関を最優先に突破しようとする傾向があるわ。その方が『後が楽』だからでしょうけど」


「……だからこそ、今回は『わたくしたち』がいる、このエッダに攻め込んでくると?」


「ええ、そうよ。特にエリザ、あなたは『魔王』と互角に戦っていたのだし、彼らにとって最大の脅威でしょうね。五英雄が北の脅威に目を向けている今こそ、あなたを排除する一番のチャンスってわけよ」


「強い力を持つ英雄は、その力ゆえに真っ先に狙われるって奴だね」


 エリザは、英雄関連の書物に書かれていただろう言葉を口にして笑う。そういう意味では、いまやエリザは五英雄に肩を並べる『英雄』だった。


 と、そこに口を挟んできたのはエルムンドである。


「話は分かるが、前回も国境付近で待ち伏せして撃退しているのだし、今回もそうするわけにはいかないのだろうか? 国境とは言わなくとも、郊外で待ち構えるような形の方が、街も安全だと思う」


 至極、常識的な提案だ。だが、それにもルヴィナは首を振る。相手は、まるで常識など通じない相手である。彼女は、そのことをしっかりとわきまえていた。


「それは無理です。彼らは『軍』とはいっても、その大半が召喚された『魔』なんですから。少人数で町に侵入した挙句、その場で軍勢を召喚することだってできるんですよ?」


 魔王軍が今までそれをしなかったのは、インパクトを重視し、魔王の名を知らしめるために過ぎない。


「……多分だけど、連中はいきなり街の人を無差別に襲撃したりはしないと思う。だから、戦えない皆は避難してもらうとしても、あたしたちはこの学園で迎え撃つのが一番じゃないかな」


「え? あ、ああ、そうね」


 珍しくエリザが全体の方針に言及してきたことに、ルヴィナは驚いた顔になったが、彼女の言い分には理があるように思えた。敵を信用すると言うのもおかしな話だが、それでもこれまでの『魔王軍』の行動を見る限り、それはそれで合理的に判断できそうな結論だった。


「わかった。では、学園内の生徒や職員、構内の売店なども含めて、戦闘員と非戦闘員の区分けなり、いざという時の避難手順なりについては、わたしの方でまとめておこう」


 エルムンドの言うことは簡単そうに聞こえて、その実、かなり煩雑で大変な作業になることは疑いない。だが、事務的な話となれば、さすがに大人である彼の独壇場だ。五人の少年少女たちは、揃って「お願いします」と頭を下げるばかりだった。




 ──それから数日後のこと。


 まさに彼らの予想通り、魔王軍は静かに音も無く、学園都市エッダへと来襲した。

 ただし、カグヤの黒魔術インベイドによって別人に成りすまし、買い物その他を存分に楽しむというその行為を、『襲撃』と呼ぶのであればの話だが。


「すごいです! これこそまさに、大都会! ネザク様に似合いそうな服もたくさんありますよ?」


「いやいや、リラさん。さっきから婦人服売り場しか見てないよね? 一応ここは敵地なんだから、さすがに僕を連れて女物の服なんか買ったら怪しまれるよ」


 黒魔術インベイドによる変装は、変装とは言っても周囲の人間の感覚を多少操作する程度のものだ。あまりに怪しい行動を取れば、化けの皮が剥がれかねない。


「わかってますよ。見るだけです。見るだけ」


 などと言いながら、リラはスキップでもしそうなほど、はしゃいでいる。隣を歩くルカもまた、呆れたようにそんな友人を見つめながらも、内心では同じように心を浮き立たせていた。何と言っても彼女たち二人は、西方の辺境国家リールベルタ王国のド田舎と言ってよい地域の出身だ。


 人間、獣人、エルフ族の区別なくごった返す人混み。さらには異文化交流の結果として生み出された珍しい商品が陳列された店の数々。彼女たちにしてみれば、ここはまるで夢の世界だ。ルカ自身、先ほどから道行く人々の先進的なファッションから目が離せないでいる。


「なんだか最近、ルカさんって、リラさんとは別の意味で服飾に凝ってるよね?」


「え? そ、そうですか?」


 ネザクの問いに、自覚があるくせに、とぼけようとするルカ。


「最近、お師匠さまは、わたくしに色々な服を着せてくれる」


 さらに隣を歩く十歳ほどの猫耳少女がぼそりと言った。ルカはその言葉に、ばつが悪そうな顔で頬を赤らめている。それこそ人形のように美しい少女が自分の言いなりに服を着替えてくれるのだ。ついつい服選びに熱が入ってしまうルカだった。


「わたくしの『可愛い』のために、こんなにも尽力してくれることに、わたくしの感謝の念は尽きない」


 少女はルカの腕をしっかりと掴み、尊敬に満ちたまなざしで彼女を見上げる。


「うう、ざ、罪悪感が……」


 うめくルカ。だが、もう一人、少し離れた場所でうめいている女性がいた。


「うう、今までの常識が崩れていく……」


 霊界第五階位の『魔』、アクティラージャ。彼女は泣く子も黙る暗界第二階位の『魔』、リゼルアドラがフリフリの服を着て、感謝の言葉を口にする姿をあんぐりと大口を開けて見ている。


「ネザクだもの。仕方ないわ」


「ネザクなんだ。仕方ないさ」


 とある条件を付けたうえで、魔王軍に協力することとなった双子の姉妹、イリナとキリナは、呆然とするアクティに慰めの言葉をかける。


「そ、そういうものなのかしら?」


 アクティは、がっくりと肩を落としてつぶやいた。

 彼女には目的がある。かつてこの学園都市エッダで会いまみえた『星辰の御子』。彼女の身柄を確保することだ。奇しくもネザク達の目的が『御子』と戦うことであるというのには驚いたが、逆に乱戦にでもなればしめたものである。どうにか彼らの目を盗み、目的を達成する。


 この時点での彼女は、まだそんな甘いことを考えていた。自分が捕縛を試みようとしている少女が、どれだけ非常識な相手なのか。彼女はいまだに知り得ていない。


 魔王軍による『真の襲撃』は、この日の翌日から開始されることになる。

次回「第59話 少年魔王と霧中の戦い(上)」

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