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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第5章 星と月、交差する道
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第56話 少年魔王と繊月の器(下)

「あ! ネザク。わたしをしつけに来てくれたのね?」


「あ! ネザク。わたしにしつけられに来てくれたのか?」


 双子の少女は、部屋で待っていたネザクを見るなり開口一番、異口異音にそう言った。


「あははは……。もう、何とでも言ってよ」


 乾いた笑いで受け流すネザクは、すでに諦め顔だ。母親の手前があってか、二人はネザクに抱きついて来るようなことはなかったが、代わりに彼の隣に座る見慣れない人物に目を向けた。


「どちら様でしょうか?」


 今度は異口同音に疑問の言葉を口にする二人。その問いに対し、アクティラージャは誇らしげに胸を張って答えた。


「ウフフ! 聞いて驚きなさいな。霊界第五階位にして、気高く美しい『死霊の女王』アクティラージャとは、わたくしのことですわよ!」


 久しぶりに気取った言葉遣いでの自己紹介ができたことに、満足げな顔をするアクティ。しかし、少女たちはと言えば、胡散くさいとでも言いたげな顔で首を傾げた。


「えっと、あなた、大丈夫? 自分のことを災害級の『魔』だと思いんでしまうだなんて、よっぽど辛い目にあったのね……」


 悲しげな顔で同情の視線をアクティへと注ぐイリナ。


「もう安心していいぞ。ここは王城クレセント。どんな目にあったかは知らないが、君を脅かす存在はもういない。だから、少し気を落ち着けようか。……な?」


 何かを言い諭すようにアクティへと言葉をかけるキリナ。


「…………」


 高揚しきった気分で口にした己の名乗りを『痛いモノ』扱いされたアクティは、しばらく沈黙を続けた後、遠い目をして呟いた。


「わたくし、わたくしは……『死霊の女王』よね?」


 誰もいない虚空へ向けて、虚ろな目のまま問いかけの言葉を発するアクティ。


「だ、大丈夫?」


「え? あ」


 ネザクに肩を揺さぶられて、アクティはようやく正気に返る。


「よ、よくもわたくしのことを虚仮にして……って、あれ?」


 アクティは抗議の言葉を口にしようとして、途中で何かに気づいたように口を閉ざした。


「……え? なんなの?」


 不思議そうな顔をする二人に、そこでようやくネザクが事情を説明する。すると二人は、見る間にその顔を青褪めさせていく。


「ちょ、ちょっとネザク。いくらなんでも無茶よ。わたしたちは貴方とは違うのよ? そんな第五階位の災害級と契約する力なんて……」


 狼狽えたように言いながら、イリナは恐る恐るアクティの顔を見る。言われてみればなるほど、高位の『魔』に相応しい威厳と存在感を備えているようだ。違和感があるとすれば、彼女が何故か母の若い頃のドレスを身に着けていることくらいだろう。


「ウフフ! なるほど、大したものだわ。二つで一つ。相互補完的な器ってわけね?」


 アクティは、一人でうんうんと頷いている。


「なに? どうしたの、アクティちゃん」


「『ちゃん』ですって!?」


 ネザクの『ちゃん』付けに驚愕の声を出したのは、もちろんイリナとキリナだ。だが、色めき立つ彼女たちを制するようにミリアナが手を掲げたことで、どうにか収まる。問題は、アクティの言葉の方だ。


「ああ、ネザクは知らないのね。じゃあ、教えてあげる。『繊月の器』である月影一族には、二種類の特異能力があるのよ。ひとつは『上弦』──これは、星界に満ちた四色の『月の力』を、無色の『真月』に変換して取り込むもの。それから、『下弦』──これは取り込んだ『真月』を保護し、『己の色』の浸食から遠ざけるものね」


 月影一族の月召術サモン適性の高さの秘密。だが、この力は同時に、月影一族の多くが他の四術の適性をほとんど持たない要因にもなっている。


「無色の『真月』……か。カグヤもそんなこと言ってたっけ? でも、アクティちゃんは『蒼月』の『魔』なんでしょう? それだと……色が無いよりは、蒼い『月の力』を初めから吸収した方がいいんじゃないかな?」


 ネザクは、アクティの話を感覚的かつ大雑把に理解したらしい。曖昧な言葉で曖昧な問いを口にする。そんな彼を見て、アクティはとろけるような笑みを浮かべる。


「うふふふ、可愛いわあ……。残念ながら、この星界に漂う『月の力』は四色が混ざり合う形で存在しているのよ。だから、『脱色』してもらった力でないと、他の色が邪魔になるってわけ。……そのための『繊月の器』なのよ」


「ふうん……やっぱり僕の『ルナティックドレイン』とは違うんだね」


 ネザクは思わず、そんな呟きを口にする。すると、それを耳聡く聞き取ったミリアナが口を挟む。


「その『ルナティックドレイン』とは、何なのですか?」


「え? ……あ!」


 問われてようやく、自分が口を滑らしていたことに気づく。今までネザクは、仲間として信頼できる相手にしか、自分の特異能力の存在を教えていなかったのだ。


「……で、でも、ここにいる皆なら、もう今さらなのかな」


 ネザクは諦めたようにつぶやくと、彼女たちに自分の能力について説明する。


『ルナティックドレイン』


 自分を知る者から強制的に『月の力』を、その色を問わずに吸収してしまう能力。その強さと効果範囲は、どれだけ多くの人間に知られているかという『知名度』、さらにはどれだけ強い印象を持たれているかという『印象度』、この二つで決まる。


 対象が多ければ多いほど、ネザクの術の力は向上し、『解放時』における吸収対象者一人あたりの負担は小さくなる。

 印象の度合いが強ければ強いほど、『解放時』における彼の特異能力は強く、多彩なものになっていく。


「ああ、不思議な子だわ。まるですべてを吸い込む深淵のようでありながら、どこまでも透き通るような魂。何度色を塗りつぶしても、すぐに透明な輝きを取り戻す。……ああ、なんて、なんて奇跡のような可愛い子なのかしら……」


 ネザクの説明を聞きながら、アクティはますます恍惚とした顔になり、潤んだ瞳で彼を見つめる。


「う……えっと、その、話が逸れちゃったけど、アクティちゃん。続きは?」


「え? ああ、そうだったわね」


 戸惑い気味のネザクの声に促され、アクティはあらためて双子の姉妹に目を向ける。


「そこの二人のお嬢ちゃん、イリナとキリナっていったかしら? その子たちは双子であるせいか、魂に繋がりがある。そっちのおば……ひいい! ミ、ミリアナさんが『上弦』と『下弦』を絶妙なバランスで維持している器だとすれば、彼女たち二人は、それぞれが片方を極端に強く保有しているのよ」


 アクティの言葉に、イリナとキリナは二人で顔を見合わせる。心当たりなら、なくはない。彼女たちは、単独でも戦術級を召喚できる強力な月召術師サモナーだ。だが、二人が一緒にいる時の方が、より強力な『魔』を扱えたような気がするのだ。


「とにかく……わたくしは、この子たちのことが気に入ったわ。磨けば恐らく母親をも超える『器』になりそうだし……契約してあげる」


「……ちょっと待って。貴女が自然顕現である以上、『真月』さえ吸収できれば、娘たちはすぐにでも用済みになるでしょう? それで契約になるの?」


「なるわよ。優れた『繊月の器』は、『魔』にとってはすごく貴重なものだもの。この星界に、あのアリアノートとかいう小娘のような存在がいる以上、いつ同じことが起きるかわからないし、そうそう手放すつもりはないわ」


 召喚された月界の『魔』にとって、星界の民との『契約』は、この星界で力を振るうための条件であり、召喚維持──すなわち星界に顕現し続けるために必要な行為でもある。

 もちろん、自然顕現さえできれば、その必要はない。どころか、他に依らず己の力を最大限に使用することも可能となるが、今回のように激しく消耗してしまった場合はそうもいかない。そして、契約対象となる相手は、当然のことながら優れた『器』であるほうが望ましいのだ。


「……そう、アリアノートがね。相変わらず、非常識な娘ね」


 アリアノートの名を聞いて、ミリアナは納得したように頷いた。なんとなくその声には、苦々しげな響きがある。


「それで……イリナさんとキリナさんはどうかな? 後は二人の気持ち次第だと思うんだけど」


「そ、そうね……キリナ、どうする?」


「あ、ああ……」


 戸惑ったように顔を見合わせる二人。ことがことだけに、流石に即答というわけにはいかないようだ。


「はいはい。考えるのは後にしましょうか」


 二人の様子からそれを悟ったミリアナは、話を打ち切るように手を打ち鳴らす。


「そろそろ夕食の時間だし、食事を用意するわ。もちろん食べていくでしょう? ネザク」


「う、うん!」


 当然のように食事に誘うミリアナに、ネザクは顔を輝かせて答えた。


「あ! 母様。今日はわたしも手伝うわ」


「わたしも手伝うぞ。これから一生、ネザクの面倒を見てあげるためにも、料理はしっかり覚えないとな」


 イリナとキリナは台所へ向かうミリアナの後を追うように、部屋から出て行った。それを見送ったネザクは、隣に座るアクティへと振り返る。


「念のため言っておくけれど、あの二人に何かあったら僕が許さないからね」


 いつもの彼とは違う、力強い言葉。アクティは目を丸くして彼を見た。


「……心配しなくても、可愛いネザクの大事にしているモノを壊したりはしないわよ。ましてや、『繊月の器』ならなおさらね」


「……モノ、ね」


 月界の『魔』は、星界の民を『人』とは思っていない。ネザク以外に対しては、その根本に変わりはないようだった。


「それにしても、本当に随分あの二人のことは大事みたいね、ネザク?」


 にやにやと笑いながら、ネザクの顔を覗き込むアクティ。


「え? な、なに?」


「ウフフ、実際、どっちの子が本命なのかしら? それとも二人ともお妾さん候補なのかしらね」


「な!? め、妾って何言ってるんだよ。あの二人はそんなんじゃ!?」


 叫んだ直後、ネザクは慌てて口を閉ざす。うっかり台所まで聞こえてしまいそうな声を出してしまっていた。不安げに台所の方へ視線を向けるものの、向こうから誰かが戻ってくるような気配はなかった。

 ネザクは胸を撫で下ろしたが、実際には先ほどの声は、台所の三人に聞こえてしまっていた。彼女たちは、クスクスと笑いながら料理を続けている。


「ネザクは、ほんとに可愛いな」


 鍋の火加減を確認しながら、キリナが頬を緩ませている。


「うんうん。どうしてだか時々、無性に抱きしめてあげたくなっちゃうのよね」


 イリナは食材を器用に切り刻みながら、頬を紅潮させている。


「お母様もそう思いません?」


 イリナにそう問われて、料理の味付けを確認していたミリアナは、思わず身体を硬直させる。


「……彼は侵略者です。平和だったこの国を占領して、その際に多くの犠牲者を出した『魔王』です。わ、わたくしは、そのことを忘れるわけには……」


「母様、母様……」


 上の空で言葉を口にしていたミリアナは、キリナに袖を引っ張られて我に返る。


「え?」


「お砂糖、入れ過ぎ」


「あ!」


 慌てて手を止めるも、器にはたっぷりと砂糖が盛られてしまっていた。


「い、いけない……」


 上澄みの部分はどうにかすくい上げたものの、全体に溶け込んでしまった部分はどうにもならない。いつになく甘い煮込み料理が出来上がってしまいそうだった。


「ふふふ、母様がそんなに動揺しているところなんて、始めてみた気がする」


 イリナがおかしそうに笑うのを聞いて、ミリアナは大きく息をついた。実のところ、彼女の心には非常に大きな葛藤があった。


 彼女は月召術師団の団長として、英雄『月影の巫女』として、この国を護り続けてきた。そんな彼女からすれば、故国を力づくで奪い取った侵略者は憎むべき敵のはずだ。だが、その侵略者は無邪気で可愛らしい少年の姿をしていた。

 当たり前のように自分に話しかけてくる少年の目を見れば、彼が純粋に自分を慕ってくれているのだとわかってしまう。

 当たり前のように同じ食卓を囲む少年の顔を見れば、彼が本当に自分の料理を喜んでくれているのだとわかってしまう。

 

 そのたびに、彼女は先ほどのような言葉を自分に言い聞かせ、己の内の『本能』を押し殺し続けてきたのだった。だが、この日、とうとうそれにも限界が訪れることになる。


 それは、ミリアナたち三人が用意した料理を食卓に並べ、食事が始まってすぐに起きた。


「いただきまーす!」


 ネザクは両手を合わせてそう言うと、早速皿に盛られた煮込み料理に手を付けた。ちなみにこのときのアクティはといえば、食事がそもそも必要ではないため、ソファに座ってぼんやりとその風景を眺めている。


「うん。……お、おいしい」


 いつもなら開口一番、ミリアナの料理の腕を褒め称えるネザクの言葉も、どこか歯切れの悪いものになっている。


「あはは! 無理しなくてもいいのよ、ネザク。今日はちょっと、お砂糖を入れすぎちゃったのよ。まあ、お母様もお疲れなのかしらね?」


「こ、こら、イリナ……」


 悪戯っぽく笑うイリナに、ミリアナは恨みがましげな視線を向ける。


「まあ、多少甘すぎるかもしれないが、なんだかんだとネザクを甘やかしている母様だ。これもその一環だと思ってくれればいいんじゃないか?」


「……キリナまで」


 意味が分からないことを言うキリナに、ミリアナは諦めたような視線を向ける。


「ご、ごめんなさいね? 本当はつくり直しした方が良かったのかもしれないけど……でも、おいしくなかったら無理しなくてもいいのよ? 残してくれればそれでいいから」


 ミリアナはいたたまれなくなって、ネザクにそっと声をかける。しかし、ネザクはその言葉に弾かれたように顔を上げ、首を激しく左右に振った。そして……


「そんな! 残したりなんかしないよ! せっかくお母さんが作ってくれた料理なんだもん。おいしくないわけないじゃないか!」


 と、叫んだ。


「………………………………」


 時間が止まったような静寂が、その場を包み込む。唯一響いたカランという音は、イリナが箸を取り落としたことによるものだ。イリナもキリナも、目を皿のように見開き、口をあんぐりと開けたまま動かない。ミリアナも中途半端な姿勢のまま、石のように固まっている。


「あ、え、……あ! い、いや、その! そうじゃなくて……!」


 周囲の異変から、自分の発言を思い返していたネザクは、そこでようやく思い至る。


『お母さん』──その言葉は年頃の少年が目上で身近な年上の女性を相手にした際に、誤って呼びかけてしまう表現としては比較的ポピュラーなものだろう。


 とはいえ、ここでは、その破壊力は絶大だった。


「き、きゃあああああ! 可愛い! 可愛いわ! ネザク! わたし、こんな弟だったら大歓迎よ!」


「うんうん! そうかそうか! なんだ、ネザク! 弟になりたかったなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに! そうなれば、わたしが一生面倒を見てあげるのも楽になるものなあ!」


「うわあああ! ち、ちが! そうじゃなくて! うわああ!」


 狂喜乱舞する双子の姉妹に、顔を真っ赤にして支離滅裂な叫びを上げる少年魔王。先ほどまでの静寂から一転、一気に騒がしくなった食卓のまわりで、ゆらりと動く影が一つ。


「あ、あれ?」


 気づけば、いつの間にか立ち上がっていたミリアナは、ネザク少年のすぐそばに立っていた。


「……もう我慢できない。もう我慢できない。限界よ。限界なの。……もう限界だわ」


 虚ろな瞳のまま、うわごとのように呟き続けるミリアナ。


「あ、あの、ミリアナさん?」


 あまりに鬼気迫る彼女の様子に、ネザクが怯えを含んだ声で問いかける。しかし、彼女は首を振った。


「『お母さん』よ」


「え?」


「お母さんって、呼んでいいのよ? というか、呼びなさい。呼ぶのよ、いい?」


 言いながら、ぎゅっと力強くネザクを抱きしめるミリアナ。その暖かく、柔らかな感触に驚いたネザクではあったが、やがて顔を赤くしながら小さくつぶやく。


「……う、うん。お……おかあ、さん」


「きゃああああああ!」


 ますます激しい叫び声をあげる双子の姉妹に、それまで傍観を続けていたアクティまでもが混じり、狂乱の騒ぎは続く。ミリアナはますます力を込めて、ネザクの身体を抱きしめるのだった。


 『月影の巫女』ミリアナ・ファルハウト。これは彼女が『母性本能』という敵の前に、生涯で二度目の敗北を喫した瞬間でもあった。

次回「第57話 英雄少女と新たな戦乱(上)」

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