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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第4章 英雄のはじまり
53/162

─少年魔王と英雄少女(再会編)─

 今回の戦闘に先立ち、エリザ達四人に言い渡されたのは、いざという時の遊撃隊の役回りだった。敵の戦力が依然として未知数である以上、前線に全戦力を投入することは避けるべきだ。

 状況の変化に対応できる後詰めはどうしても必要であり、アルフレッドたちが彼らにその役目を任せたということは、それだけその実力を買っているということの表れでもあった。


 五英雄それぞれが難敵を前に苦戦しはじめる中、戦場に強力な『月獣』が出現したことを受けて、アルフレッドから出撃のタイミングを任されていたルヴィナは、ここが頃合いだと判断する。


「よっし! それじゃ、いっくぞー!」


 しかし、エリザはルヴィナの言葉が終わるのも聞かず、真っ先に戦場へと飛び出していった。


「あ! 待ちなさい! まったくもう……」


 呆れたようにその後ろ姿を見送りながらも、ルヴィナは他の二人に『月獣』との戦闘を優先するよう指示し、自分は上空を舞う怪鳥の姿を見据えるのだった。


 ──戦場を疾駆する真っ赤な髪の小柄な少女。学院の制服の上から要所を護る真紅の具足を身に着けた彼女は、窮地に陥った魔法騎士たちの元へと駆け寄っていく。


「みんな! あたしが来たからにはもう安心だぜ!」


 騎士の一人を背中から槍で突こうと試みる一匹のリザードマン。強固な鱗を備えた魔獣戦士は、地を這うように駆け抜けたエリザの斬撃によって、悲鳴も上げずに切り裂かれ、その肉体を消滅させる。


「だ、誰だか知らんが助かったぜ!」


 助けられた騎士はそう言いながら振り返り、ついで、ぎょっとした顔をする。外見だけなら可憐ともいうべき美しい少女が、にやりと笑って「仲間だろ。礼はいらないよ!」と男らしい言葉を残し、颯爽と身をひるがえして次なる敵へと躍りかかっていくのだ。驚くなと言う方が無理だろう。


 一匹のリザードマンに戦斧の一撃を叩き込み、辛うじて送還させた巨漢の騎士。しかし、彼の目の前では、彼自身の背丈を遥かに超える巨大な『月獣』が咆哮を上げながら鉤爪付きの腕を振り下そうとしていた。


「……こりゃ、俺、死んだな」


 故郷に残してきた妻や娘の顔を思い出しつつ、あきらめの表情を浮かべる騎士。すでに回避できるタイミングではない。体格の差から言って、防ごうとして防げるような一撃ではないだろう。最後にせめて騎士として、敵に背中だけは向けず、目も逸らさずに果てていきたい。そんな思いで目の前の怪物を見つめる。


 が、しかし。


「やらせるか!」


 唸りを上げて振り下ろされる化け物の剛腕は、甲高い少女の声と共にあらぬ方向へと弾け飛ぶ。代わりに騎士の視界に飛び込んできたのは、燃え盛る火の玉を思わせる、目に鮮やかな紅の色だった。


「あたしが相手だ!」


 怪物は四本の腕を縦横無尽に振り回しており、相対する魔法騎士たちも容易には近づくことさえできないでいた。しかし、その少女は踊るように飛び跳ねながら、あっという間に間合いを詰め、その巨体を切り刻んでいく。


「う、嘘だろ……何者だ?」


 勇ましくも美しい赤毛の少女の雄姿。初めは、そんな彼女を戸惑うように見つめていた魔法騎士たちも、次第に感極まったような歓喜の声を上げていた。

 勝てる。負けるはずがない。諦めかけていた心に勇気が灯る。騎士たちの誰もが、降ろしかけた腕を上げ、止まりかけた足を動かす。英雄少女の背中には、味方の士気を高揚させ、勇気づける力があるかのようだった。特に十年前の邪竜戦争を知る騎士たちにとっては、颯爽と戦場を駆けるその姿は、星霊剣士アルフレッドの姿を想起させた。


 ──そうして戦場を駆けまわるうち、エリザはイデオンの危機を察知したのだった。


「イデオンさん! あたしが助けに来たぜ!」


「馬鹿野郎! 死にてえのか!」


 朦朧とする意識を覚醒させ、叫ぶイデオン。だが、ルシフェルの翼に弾かれ、ベルゼブブに右腕を『咀嚼そしゃく』されたダメージは見た目以上に大きく、とっさに反応することができない。自分の目の前に割り込む少女を、止めることができない。魔王が振り下ろす蒼い剣に向けて、少女の手にした銀の楯が掲げられる。


「うあ!」


 ぶつかり合う剣と楯。爆発のような音が響き、魔王は後方へ弾き飛ばされる。


「いったあ……」


 エリザの方は飛ばされることなく、足を踏ん張り持ちこたえたようだが、腕に走る痺れに顔をしかめている。


「何でここに来た! アルフレッドが言ったことを忘れたのか、てめえは!」


「うるさいな! 危ないと思ったから来たんじゃん! それよか……その腕、大丈夫?」


「……く、まったく、てめえって奴は……」


 エリザから心配そうな目で見つめられ、思わず言葉を失うイデオン。


「心配するな。腕が無くなったのなんざ。これでかれこれ三度目だ。すぐに生えてくる」


「……は、生えてくるって……あはは! そんな、トカゲじゃないんだから」


 イデオンのあまりの物言いに、おかしそうに笑うエリザ。彼女と話していると、イデオンはここが戦場であり、先ほどまで自分が絶対絶命の危機に陥っていたことを忘れてしまいそうになる。


 だがそのとき、それを現実に引き摺り戻すような声が響く。


「……やっぱり、来たんだね。エリザ」


 低く、小さくつぶやかれる声。エリザは自分の名前が呼ばれたことに反応し、声のした方へ振り向く。


 するとそこには、ゆっくりと身を起こす金髪の少年の姿。きらびやかな装飾のついた軍服に身を包む少年は、その美しい顔に悲しげな笑みを浮かべてエリザを見ている。


「……やっぱり、お前……ネザクなのか?」


 震える声で尋ねるエリザ。


「うん。そうだよ。あの時も、そう名乗ったでしょう?」


 そう答える少年の顔には、悲しみの色はすでにない。むしろ嬉しげな笑みに変わっている。


「……確かに、嘘をつかれた覚えはないかな」


「でも、言わなかったことはある。だから、エリザ。改めて自己紹介するよ。僕はネザク。……魔王ネザク・アストライアだ」


「……じゃあ、あたしも名乗ろう。あたしはエリザ。世界最高の英雄……になる予定の、エリザ・ルナルフレアだ」


 かつて自分と夢を誓い合った少年が、世界を席巻しつつある魔王であるという衝撃の事実に、エリザは気丈にも落ち着いた反応を返している。けれど、その顔は苦しげに歪んでおり、口元はきつく噛み締められている。


「どうしたの? エリザ。……そんな顔、しないでよ」


「……どうしてだよ、ネザク。どうしてこんなことをするんだ?」


 絞り出すような声。それに対し、ネザクは穏やかな笑みで応じる。


「これが僕の夢だからだよ。そのために君の夢とぶつかるのなら、僕は君を倒さなくちゃいけない。……でも、いいよね? あの時誓ったとおり、君には僕の夢が叶うことを祝福してほしいな」


「ふざけるな! なんだよ、これは! こんなふうに、お前は……。こんなの許せるか! お前が『魔王』だっていうのなら……ここで、あたしがやっつけてやる!」


「うん。それができればエリザの夢は叶う。……だから、お互いの夢を賭けて、勝負だ」


 言葉と同時、魔王ネザクの背中に漆黒の六枚羽根が広がる。そのまま右腕を伸ばし、エリザに向かってコアルテストラの雷撃を放つネザク。


「くそ! どうして!」


 エリザは左腕に着けた楯でそれを防ぐと、右手に握った大剣を振りかざし、声を張り上げてネザクへと飛び掛かる。


「馬鹿が! 無防備に突っ込むな!」


 彼女の気合いの声に、イデオンの叫びが重なる。そしてその直後、彼が危惧した通り、エリザの正面には漆黒の六枚羽根が展開される。堕落天王ルシフェルの翼は、触れるだけで対象を破壊する特異能力──《絶対禍塵》を有している。

 イデオンの身体が動かないのも、最初に受けたそのダメージの蓄積によるところが大きかった。


 しかし、叩きつけられた大剣は、黒い障壁と化した六枚羽根をあっさりと斬り裂いた。

 その隙間に身体を突込み、さらに魔王ネザクに迫るエリザ。


「すごいや、エリザ! まさかルシフェルの翼を斬るなんて!」


「言ってる場合か!」


 エリザは振りきった大剣を、返す刀で振り上げる。しかし、直前でほとばしる雷撃の嵐が彼女の行く手を遮った。


「くそ!」


 身体の痺れに顔をしかめながら、上空を見上げるエリザ。そこには、宙を舞う魔王の姿がある。


「……なんだよ、これは」


 二人の戦いぶりに、イデオンは開いた口が塞がらない。確かに、アリアノートからも彼女が災害級の『魔』を単独撃破した話は聞かされていた。だが、それでも、ここまでのものとは思いもしなかった。


 魔王ネザクは、浅く斬り裂かれ、わずかに血がにじむ胸元を押さえている。


「やっぱりエリザには、特別な力があるんだね。『ルナティックドレイン』も効かないし……でも、そうだね。『効く相手』ならそこにいるか」


 ネザクの紅い瞳が、イデオンを見下ろしてくる。その次の瞬間──


「う、ぐうううう……!」


 イデオンの全身を襲う、かつてないほどの強い脱力感。彼はガクガクと身体を震わせたかと思うと、地に膝を着き、ついには倒れ伏してしまった。


「イデオンさん!? ……ネザク、いったい何を!?」


「選択的な『ルナティックドレイン』だよ。この戦いでまたひとつ、僕の知名度・印象度は格段に上昇する。エリザ。僕は時間が経てば経つほど強くなるよ。今のうちに倒さないと、いくら君でも勝てなくなる」


 見れば、魔王の胸元にあった傷は影も形もなくなっている。彼はそのまま、ふわりと地面に降り立った。


「……気に入らないな。得意げな顔しちゃってさ」


 ネザクに指を突きつけるようにして、エリザ。

 彼女は大剣をガントレットに変化させ、一気に加速してネザクに駆け寄る。唸りを上げて迫る、岩をも砕くエリザの拳。しかし、それは寸前でネザクに手首を掴まれ、動きを止める。


「な!」


「さすがは『銀牙の獣王』の力だね。腕力も僕の方が強くなったんじゃないかな?」


 言いながらネザクは彼女の腕を引っ張り、勢いに任せて投げ飛ばす。


「うわあ!」


 地面に叩きつけられ、息を詰まらせたエリザは、それでも機敏に反応し、続くネザクの攻撃を避けるべく飛び起きた。ネザクにはその動きがわかっていたようで、特に追撃することもなく、再び出現させた六枚羽根を背中で羽ばたかせている。

 


「イデオンさんの力だって?」


 エリザはうずくまったままのイデオンに視線を送る。どうやら彼は、それまでの獣化モードが解除されてしまっているようだ。


「力を奪ったって言うのか?」


「うん。そうだよ。僕に対して『強い印象』を抱いてくれた相手からなら、僕はこうやって選択的に『月の力』を奪うことができる。これが僕の『ルナティックドレイン』。誰も逆らうことのできない力……のはずなんだけどね」


 唯一にして絶対の力のはずが、何故か目の前の少女には通じない。だがネザクは、そのことが嬉しくて仕方がない。自分の力が通じない相手。自分が直接触れても死なない相手。そんな相手と全力で戦えることが、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。


「……じゃあ、仕方ない。あたしのとっておきの必殺技を見せてやるよ」


「あれ? 今まで手加減してたんだ。らしくないね、エリザ」


「手加減じゃない。英雄ってのは、最後の最後に見せ場をつくるものだろ?」


「あはは。やっぱりエリザは面白いな。……ううん、そうじゃない。話してて、すごく楽しいんだ。できればずっと、こうしていたいな」


「……奇遇だな。あたしも実は、結構楽しい。……でも、あたしはみんなのために戦っているんだ。だから、ここで終わりにしないとな」


「英雄だもんね?」


 ネザクが茶化すように笑うと、エリザは唇をかみしめるようにして言う。


「なんで……魔王なんだよ」


「え?」


「なんでもない。いくぞ……発動《英雄兵装:星霊の剣》」


 声と共に、エリザの手の中には真っ直ぐな刀身をした、黄金に光り輝く剣が出現する。それは、あたかも星霊剣士の持つ最強の星具のような、美しい剣だった。


「……我が身に宿れ、リンドブルム」


 ネザクの全身が白銀の輝きに包まれ、手には激しく燃え盛る炎が宿る。それは、『消えない炎』だ。銀翼竜王の特異能力《経年烈火》。かつてミリアナは、相棒のこの能力を駆使することで、戦場を火の海に変え、長期戦になればなるほど驚異的な力を発揮していた。


 輝く星の剣を携え、エリザは駆ける。

 手の先に灼熱の炎を構え、ネザクはそれを迎え撃つ。


 消えないはずの真紅の業火を斬り裂きながら、黄金の剣閃がネザクに迫る。しかし、その直後。何かが砕けるような音が響き渡る。黄金の欠片が飛び散る中、掲げられたネザクの手には、漆黒の六枚羽根を圧縮した黒い球体が握られていた。


 銀翼竜王の《経年烈火》を目くらましに、堕落天王の《絶対禍塵》を叩きつける。非常識極まりない、魔王の力。


 しかし、必殺の一撃を砕かれてもなお、エリザは止まらない。体勢を崩しながらも腕を伸ばし、ネザクの襟首を掴みとる。予想外の行動に虚を突かれたネザク少年は、そのまま後ろに押し倒される。


「なんでだよ! どうして魔王なんだ? お前みたいないい奴が、世界を苦しめて皆を傷つける夢なんか……どうして! そんな夢、認められるわけがないじゃないか!」


 赤銅色の瞳にたまる大粒の涙。頬に落ちる一粒が、馬乗りに近い状態で押し倒されたネザクの思考を停止させる。


 エリザが腕を振り上げる。しかし、ネザクは振り下ろされた手を獣王の力で難なく受け止め、彼女の身体をそのまま引き寄せるように胸元に抱え込む。


「わぷ! な、なにを……!」


「ごめん。エリザ。でも、君には言っておきたくってさ」


「え?」


 エリザは頬を紅潮させた顔を、どうにかネザクの胸から離す。


「僕の夢は、魔王になることじゃないよ」


 魔王──それは、闇から生まれ、流血をすすり、死肉を喰らい、他者の恐怖や絶望を愉悦と為す悪魔のごとき王。


「なんだって?」


「それは手段であって、目的じゃないんだ」


「じゃ、じゃあ……」


「僕の夢はね……『世界征服』なんだ」


「せ、せかいせいふく?」


 エリザは呆気にとられた顔で固まる。


「……なんだよ。何もそんな意外そうな顔しなくってもいいだろ」


「い、いや、だって……『世界征服』でしょ? 昔、あたしの家の近所に、『僕は将来、世界を征服するんだ!』って叫んでた、小っちゃい子がいたけどさ……」


 荒唐無稽にも程がある。エリザは自分のことを棚に上げながら、そう言いたげな顔をする。


「僕は本気だよ」


 ネザクは真剣な顔でエリザを見据える。


「……だろうな。こんなこと、冗談じゃできないもんな。実際、こんな風に戦争まで起こして、死ななくてもいい人を死なせてるんだ」


 エリザもまた、厳しい視線をネザクに向ける。


「うん。わかってる。僕はそれを誰かのせいにするつもりはない。……カグヤに言われるまでもなく、わかってたんだ。僕はもっと多くの人に知られなくちゃいけない。たとえどんな手段であれ、人の心に残らないといけない。それが僕の『存在意義』だと思うから」


「……存在意義?」


「簡単だよ。君が英雄を目指す理由は、『かっこいい』からでしょう? かっこいいって言うのはさ、『理想とする在るべき姿』って奴に、しっくり収まるものを指していう言葉じゃないか。だから、その意味で言えば、僕は『かっこよく』あるために、この星界全土に名を知らしめたいのさ」


「簡単だよって……どこが簡単なんだよ。それとも、あたしの頭が悪いのか?」


 憮然とした顔で言うエリザ。ネザクはそんな彼女の顔を見て、楽しそうに笑う。


「あはは。でも……君なら、わかるはずだよ。君は強い。普通じゃない。君だって一度くらい、考えたことはあるはずだ。ないとは言わせないよ。『どうして自分は、普通じゃないんだろう? 普通じゃない自分は、普通に生きてちゃ駄目なんじゃないだろうか?』 ってね」


「あ、あたしは……」


 エリザは言葉を失ったように口ごもる。自分が英雄を志した理由。その中に、今のネザクの言葉と同じ想いが無かったとは、言えなかった。


「だから僕は、『魔王』になる。僕はきっと、こうしなければ生きていけない。……ううん、生きてちゃいけないんだ」


「…………」


 魔王退治を志す英雄少女。

 戸惑いに揺れる彼女の瞳には、儚げに笑う少年魔王の姿が映っていた。


「僕は後悔しない。だってこれは、僕が決めた、僕の道なんだ。僕は僕の夢を誰にもはばかるつもりはないし、誰にも恥じるつもりはない」


 かつて自分が彼に言った言葉を、今この状況で口にされて──ようやくエリザは気付く。あの日のことを思い出す。どやすように背中を叩き、文字どおり彼の背中を後押ししたのは、他ならぬ自分だった。


 だが、それでも──


「違う! 自分勝手に大勢の人を犠牲にしておいて、何が『恥じるつもりはない』だよ! どうして魔王なんだ! どうして……」


 悲しげに言葉を詰まらせるエリザに、ネザクは不思議そうな顔を向けた。


「──なに言ってるんだよ。エリザが言ったんじゃないか」


「え?」


「……自分の夢が他の誰かの夢を潰すことになっても、正々堂々勝負して、負けた方が勝った方を祝福できれば最高だって。僕、その言葉にすごく感動したんだ」


「な……」


 思いもよらないネザクの言葉に、虚を突かれたように目を丸くするエリザ。しかしネザクは、そんな彼女に向かって、さも当然と言わんばかりに言葉を続ける。


「だったら……僕に敗れた人たちは、僕を祝福してくれればいい」


 少年は、無邪気に笑う。はたして彼は、己の言葉の意味を理解しているのだろうか?


「な、なにを、言って……?」


 少女はただ、絶句する。彼の言葉の意味は分かる。けれど、だからこそ、彼の心がわからない。


 どうにか論理的に言い諭してやりたくても、エリザはそれを上手く言葉にできなかった。自分の言葉を曲解し、誤った方向へ進む彼に、かけてやるべき言葉が見つからない。


 あっけなく、あまりにも簡単に、エリザの言葉に影響を受けたネザク。

 一途で純粋で、そして何より……『色』の無い少年。

 どんな色にも容易く染まる、無垢なる魂。


「どうしたの? 変な顔して。……とにかく、君の夢が『魔王退治』なら、僕を倒せばそれが叶うんだ。負けるつもりはないけど、もしそうなったら、僕はエリザのことを祝福するよ」


「…………」


 エリザは黙り込んだまま、彼の笑顔に目を向ける。そしてついには、諦めたように大きく息をついた。考えている時間はない。今はただ、覚悟を決めて頷くしかなかった。


「わかったよ。……なら、続けようか?」


「もちろん。負けないよ」


「こっちの台詞だ」


 二人は再び立ち上がり、間合いを空けながら構えをとる。


 だが、その時。


〈みんな、そこまでよ。魔王軍は、今回は負けを認めて引き下がることにするわ。だから剣を収めてちょうだい〉


 カグヤから、黒魔術インベイドによる停戦の呼びかけが響き渡ったのだった。

次回「─暗愚王と限りなく澄んだ水─」

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