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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第4章 英雄のはじまり
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第38話 英雄少女と城下の戦い(下)

「……すごいわね、あの子たち。まさか、あそこまでとは思わなかったわ」


 今、まさに戦闘が繰り広げられている正門前広場。そのすぐ傍に建つ一軒家の二階の窓から、カグヤは高みの見物とばかりにその様子を見下ろしていた。どうやら元々この場所に来ることが彼女の計画だったらしく、アズラルが連れて行かれた寂れた建物は、この一軒家のすぐ裏手にあるものだったのだ。


 アズラルは窓枠に置かれた鳥かごに入れられたまま、リリアたちの戦いぶりを黙って見守っていた。見る限り、確かに強化されたオンテルギウスは脅威だが、彼らなら勝てない相手ではないはずだった。


 そう、この魔女が何もしなかったならば……


「うふふ。何か言いたそうな顔ね?」


「……黒魔術インベイド。恐怖を刺激するタイプか」


「ご名答。でも、あの子たちって特殊な訓練でもしているのかしらね? あんまり効いた様子が無いんだけど」


「…………」


 アズラルとしては、沈黙を貫くほかはない。この魔女は恐ろしく頭が切れる。どんな些細な情報でも渡すべきではなかった。とはいえアズラル自身、なぜ彼らがあれほどまでに黒魔術インベイドに抵抗できているのか、不思議ではあった。


「うーん、最後にやってきたあの子、勇ましいわね。なんだか癪に障るから、あの子だけもう少し強力な魔法にしようかしら? ……発動《恐怖の泉》」


 広場を見下ろす窓から手を伸ばし、カグヤは新たな黒魔術インベイドを放つ。


「くそ!」


 自分が何もできないことが歯痒くて仕方がない。アズラルは祈るような気持ちで広場の様子を見つめ続けた。




 ──広場に飛び込んできたエリザは、低い姿勢のまま一体のオンテルギウスに接近し、鋭い拳の一撃を叩き込む。小柄な少女の一撃は、それまで周囲に群がる骸骨兵たちを粉々に叩き壊していた『強化月獣』を吹き飛ばし、その巨体を壁へとめり込ませた。


「エリザ!」


「よかったわ! いいタイミングで来てくれたわね」


 特殊クラスのメンバーから、歓喜の声が上がる。もちろん、この間も黒魔術インベイドの効果は依然として続いている。しかし、燃え盛る炎を思わせる少女の勢いに、場の雰囲気は一瞬にして形勢が逆転したかのような、楽勝ムードへと塗り替えられていた。


「おバカ! まったく、何処に行っていましたの!」


 リリアは、間近に迫るオンテルギウスに向けて、無造作に《黒雷破》をまとった腕を振りかざした。すると、ただそれだけで、強靭な肉体を誇るはずの『強化月獣』が、全身を黒焦げにして崩れ落ちる。ほとんど無意識でやったことらしく、彼女はピクピクと痙攣するオンテルギウスに一瞥もくれないまま、エリザへと駆け寄っていった。


「そんな虫でも払うみたいに……。怖いよ、リリア……」


 そんなリリアに、さすがのエリザも戸惑ったような顔を向けている。


「うるさいですわ!」


 構わず抱きつくリリア。


「うわっと、ははは。ごめんごめん。心配かけちゃったかな?」


「べ、別に、心配なんて……」


 そう言って、すぐにエリザから身体を離すリリア。


「……これで、どうにかなりそうね。相変わらず、味方にするとこんなに心強い子もいないわ」


 ほっと息をつくルヴィナの視線の先には、調子を取り戻してきたルーファスが、一体のオンテルギウスを打ち倒す姿があった。彼女が召喚したデモンズピエロも徐々にではあるが、オンテルギウスを圧倒し始めている。


 ただ、エドガーだけが苦戦続きのようだ。


「エリザ。こっちは大丈夫よ。エドガーを助けてあげなさい」


「う、うん!」


 リリアに言われて、エリザはエドガーに目を向ける。

 エドガーは、心の底からこみあげてくる『恐怖』に抵抗しながら、オンテルギウスの攻撃をかわし続けていた。


「くそ! これくらいで!」


「エドガー! 大丈夫か?」


「エリザ……」


 駆け寄ってくるエリザに、エドガーは安堵の息をつく。そしてその直後、激しい自己嫌悪に襲われ、大きく首を横に振った。


「来るな、エリザ! これは俺の戦いだ!」


 鋼鉄のように固めた拳で、オンテルギウスを殴り飛ばすエドガー。

 ここに至るまで彼は、黒魔術インベイドの効果に抵抗しながらも、戦う意志をなくしてはいなかった。だが、駆け寄ってくるエリザの姿を見た瞬間、彼の心からは、それまでの恐怖が吹き飛んでしまった。どころか、これで助かったとばかりに、心の底から『安心』してしまったのだ。


 それはつまり、彼がエリザを頼ってしまったことを意味する。英雄王の息子として、誰にも恥じない自分でいなければならないのに、年下の少女に助けられて、ほっとしている自分がいる。エドガーには、それが許せなかった。


「俺は負けない! だから助けなんかいらねえよ!」


 救いの手を打ち払うような拒絶の言葉。だが、それを見たエリザは何を感じたのか、笑みを浮かべて頷きを返す。


「うん! わかった! がんばれよ!」


「おう! これで終わりにしてやる! ……発動《炎熱の剛拳》!」


 エドガーは、赤熱した拳をオンテルギウスに叩きつける。


「おらおらおら!」


 エドガーは、殴られた箇所から火炎を上げながら後退するオンテルギウスに向けて、間髪入れずに息もつかせぬ連続攻撃を叩き込む。


「こ、これはそろそろ、逃げた方がいいかも……」


 正門の上で逃げ腰のシュリ。その耳に、聞きなれた声が響く。


「無理させちゃってごめんね。シュリ。そろそろ退散しましょう。オンテルギウスも無事な奴がいたら、わたしが後で回復させておくわ」


「了解にゃん!」


 待ってましたとばかりに、シュリは逃げ出す。正門の上から別の建物の屋根まで、驚異的な脚力で一気に跳躍。エリザたちが気づいて反応するよりも早く、町の中へと消えていく。


「あ! あの泥棒猫、また逃げた!」


「エリザ。もういいわ。とにかく、早くここを出ましょう」


「ああ、長居は無用だ。敵に黒魔術師インベイダーがいるとなると、不利は否めないからな」


 ルヴィナとルーファスの声を受け、エリザは悔しそうに追跡を断念したのだった。



 ──その一部始終を見守っていたアズラルは、ようやく安堵の息を吐いた。


「……まさか黒魔術インベイドに抵抗するとはね。アルフレッドの奴、やってくれるじゃないか」


 声には出さなかったが、アズラルは内心、アルフレッドの周到さを称賛していた。どんな意図があってのことかは知らないが、アルフレッドは彼らに、滅多に遭遇することのないはずの黒魔術師インベイダー対策まで伝授していたらしい。でなければ今頃、彼らは全員、あの場でうずくまって動けなくなっているはずだ。


 一方、カグヤは口元に指を当てながら、広間に現れた赤毛の少女を見下ろしている。


「最後に来たあの子……、わたしの魔法が全く効かなかったわね。かなり強い恐怖を植え付けたはずなのに……ねえ、猫さん? あの子、何者なの?」


「……さあね。ははは。捕まえられなくて残念だったね」


 カグヤの問いにも、アズラルは茶化すように笑う。だが、カグヤは気だるげに首を傾けて彼を見た。


「あら、そういう態度はいただけないわね。それじゃ、あの子たちの正体を確かめるためにも、次はもっと強力な術にするわ。発狂するくらい強烈なのなんて、どうかしら?」


 楽しそうにつぶやくカグヤの周囲には、新たな黒魔術インベイドを発動させるための魔力が展開されつつあった。それを見て、アズラルは猫の瞳をすっと細める。


「……そこまでにしてほしいな。それ以上やるなら、僕だって黙ってはいないよ」


「そんな状態で、どうするつもり?」


「この命に代えてでも、君を止める。それだけさ」


 決意を込めたアズラルの声に、カグヤは冷たい視線を向ける。緊張感の漂う空気の中、一人と一匹のにらみ合いが続いたのは、ほんの数秒のことだった。カグヤは軽く肩をすくめる。


「……わたし、自己犠牲って奴が嫌いなのよね。ほんと、大っ嫌い。反吐が出るわ」


「そうかい。それで?」


「……嫌いなものは見たくないの。だから、ここでやめておいてあげる。もともとあの子たちは、帰してあげる予定だったしね」


「負け惜しみかい?」


「いいえ。だって仲間も戻らないとなったら、第二陣が来るかもしれないでしょう? あなたが敵の手に落ちたことを、他の五英雄に知らせてあげる役目が必要だわ。……ま、それぐらいの役割は、『未来の英雄』の少年少女にさせてあげてもいいんじゃない?」


「…………」


 どうやらエリザたちの素性は、ばれているようだ。五英雄の学院への集結。黒霊賢者が率いる偵察部隊。その中に含まれる少年少女。恐らくはそうした条件から見抜いたのだろうが、大した慧眼だった。


 結局、アズラルが拘束されたことで、五英雄は残り三人となった。だが、五英雄という存在は、一人一人が万の軍勢に匹敵する力を備えている。一人でも残っている限り、脅威としては十分なのだ。まさか彼女は、残り三人も一人ずつ攻略していくつもりなのだろうか。


 駄目元でそう聞くと、カグヤは意外にも真面目に答えてきた。


「まさか。小細工はここまでよ。三人ぐらいなら、後は力業でいけそうだしね」


 こともなげな言葉に、アズラルは絶句する。ここまでの話を聞く限り、彼女は馬鹿ではない。だとすれば、今の言葉も無知や無謀からは縁遠いものだろう。


「……アリアノート。気を付けろよ」


 今も自分の『本体』の傍にいてくれるはずの妻のことを思い、アズラルはそう内心でつぶやいたのだった。




 ──それから三日あまり。


 ルーヴェル英雄養成学院の医務室にあるベッドのひとつは、一人の男性によって占領され続けている。そしてそのすぐ近くには、片時も離れないとばかりに小柄な女性が寄り添っていた。新緑の髪に深緑の瞳。長くとがった白い耳。


「……アリアノート。少しは休んだらどうだい?」


「心配はいらない。食事も睡眠もしっかりとっている」


 アリアノートと呼ばれた女性は、少女のような顔立ちのエルフ族だった。それも、エルフ族の中でもダークエルフ以上に希少な存在であるハイエルフだ。


 アリアノート・ミナス。森林国家ファンスヴァールの精鋭、白霊兵団の団長。


「でも、それ以外の時間はずっとそこにいるじゃないか」


「いつ彼からメッセージがあるかわからないんだ。離れるわけにはいかない」


 いたって平然とした顔で言うアリアノートは、寝台で眠ったままの男、アズラルの妻だった。彼女は、三日前から目を覚まさなくなった夫の状況を冷静に分析している。彼女の推測では、今の状態は分身体に極めて強いリンクを継続している時のものだと言う。


 当然、本人が意図してのものではないはずであり、何らかの原因でそうした事態が起きているのだとすれば、いずれは助けを求めて彼自身の肉体に何らかの変化が表れる可能性もある。アリアノートはそう主張して、彼の傍から離れようとしないのだった。


「……まったく、夫が心配ならそう言えばいいだろうに、苦しい言い訳をするもんだよなあ」


 イデオンなどは呆れたように言いはしたが、彼とて自分の息子を引率しているはずのアズラルの異常は、気になるのだろう。学院の生徒たちの間では、ここのところ毎日、医務室の前をうろうろする銀髪の大男がいるとの噂が広まっていた。


「そうそう、そのことなんだけど、エリザたちが帰ってくるみたいだよ」


「なに?」


 アルフレッドの言葉に、アリアノートは弾かれたように立ち上がる。


「さっき、ルヴィナが飛ばしてきたらしい低級の『魔』が手紙を持ってきたんだ。詳しいことは書いていないけど、彼女たちの到着はもうすぐだよ」


「そうか……ならば、待とう。アズラルからのメッセージなら、彼女らに託されている可能性の方が高い」




 ──それからさらに四日後。ようやくエリザたち五人は学院に到着した。


「おかえり、みんな」


「ただいま、先生!」


 エリザは元気よく返事を返す。ミリアナの無事を早く知らせたくて仕方のない彼女は、嬉しそうに報告を始める。しかし、アルフレッドの口からアズラルの容体を聞かされると、途端にしょんぼりと肩を落としてしまった。


「捕まったって言っても、分身のことだけだと思ってたのに……」


 喜怒哀楽の落差が激しい少女だった。


「とにかくみんなはまず、身体を休めることだ。話は明日にでもしよう。今日はゆっくり休みなさい」


 アルフレッドは、早急にアズラルのことを話してしまったことを後悔しながらも、エリザたちに休養を勧める。アズラルは眠り続けてはいるが、少なくとも命に別状はなさそうだ。念のためアリアノートが体力維持の白霊術イマジンをかけたりもしてはいるが、それも必要ないかもしれない。




 ──そして翌日。


 エリザたち五人は、出発前に五英雄が会談を行ったあの会議室に集まり、今や三人となってしまった彼らに対し、自分たちが経験してきた事件、収集してきた情報を伝えた。


「……ミリアナが生きていたのは良かったが、ますます敵の正体がわからなくなったな」


 つぶやいたのはイデオン・バーミリオン。エドガーの父親でもある銀牙の獣王。がっしりとした身体つきに端正な顔立ち、銀の髪に狼の耳を生やした銀狼族の男性だ。


「『月獣』使いに黒魔術師インベイダーか。珍しい取り合わせだな。それに、『魔王』に至っては、他人が召喚した『魔』を乗っ取る能力があるということ以外は不明ときたか」


 アリアノートも難しい顔でつぶやく。


「すみません。大した情報が集められず……」


「いや、ルーファスたちはよくやってくれたよ。敵が特殊すぎるだけだ。情報収集としては十分すぎる成果だろう。だが……アズラルがな。あの馬鹿め。油断などするからだ!」


 珍しく感情的な声を出すアリアノート。普段の冷静な彼女からは考えられない振る舞いに、ルーファスが驚いた顔をしている。


「落ち着けよ、アリアノート。不測の事態だったんだろうさ。それでもガキどもを無事に帰したんだぜ? あいつにしては、大したもんだろうが。実際、敵に黒魔術師インベイダーがいるなんて予想外だったしな。アズラルは、そいつにやられたんだろう」


 イデオンは意外なほど冷静な声で、アリアノートを諌める。


「はい。多分そうだと思います。最後にアズラル様の声を聞いたのは、この鈴からで……」


 と、ルヴィナが懐から鈴を取り出した直後のことだった。鈴から光が放たれる。それは会議室の壁に投影され、一人の人物の姿を映し出した。


「やあ、どうにか会議室までコレを持ち込んでくれたみたいだね。この術を使うときは、あの魔女にばれやしないか冷や冷やしたものだよ」


「アズラル!」


 アリアノートが叫ぶ。だが、映像のアズラルは答えない。どうやら記録された音と映像の情報のようだ。


「心配かけてごめんね、ハニー。時間が無いから聞いてほしい。僕は敵に捕まった。強制的に僕を『アズラエル』にリンクさせるなんて強引にも程がある術だけど、それだけに敵の技量は僕より上だと思っていい。黒魔術インベイド対策は厳重に頼む。それから、ミリアナは無事だよ。僕を捕まえた彼女がそう言っていた。どうやら僕をおびき出すために、ミリアナの生死をあえて伏せていたらしい。直に会ってもなお、目的も正体もわからない敵だよ。……わかったのは、二つだけだね」


 そこで意味深に言葉を切るアズラル。狙ってのことだったのかは、わからない。だが、続く彼の言葉は、一同に不可視の波紋を投げかけた。


「ひとつ。彼女には、僕ら五英雄の中に知り合いがいるらしいこと」


 その言葉に、思わず顔を見合わせる三人の英雄たち。


「そして、もうひとつ。……彼女の名は、『カグヤ・ネメシス』」


「なんだって!?」


 その声は、静まり返った会議室に不気味なほど大きく響いた。


「心当たりがある人はいるかな? 僕が言えるのは、今のところこれだけだ。どうにか頑張ってこの状態から脱するつもりだけど、それまで僕の身体の面倒、よろしく頼むね」


 そこでぶつりと映像と音声が途切れる。だが、その場にいる者は皆、既にその映像に目を向けてはいなかった。彼らの視線が向かう先には、先ほどの声を上げた、一人の人物がいる。


 ──その人物の名は、星霊剣士アルフレッド・ルーヴェル。

次回「第39話 少年魔王と黒霊賢者(上)」

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