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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第4章 英雄のはじまり
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第37話 英雄少女と城下の戦い(上)

 『黒の魔女』に敗北を喫したとはいえ、アズラルにはまだ、やらねばならないことがあった。それは、自分が連れてきた少年少女を無事に学院へと帰すことだ。

 しかし、アズラル自身は身動きが取れない。そのため彼に残された手段は、恐らく自分の帰りを待っているであろう彼らに、一刻も早く国外脱出を果たすよう伝えることだけだった。


「……彼らに渡したあの鈴に、メッセージを送るしかないな」


 大きめの鳥かごのような入れ物の中で、アズラルはそのための術式をこっそりと念じる。カグヤという自分を超える黒魔術師インベイダーを前にしては、生半可な黒魔術インベイドは見破られてしまう。だが、霊戦術ポゼッションならば話は別だ。


 周囲の風に魔力を憑依させ、術式をあの鈴まで届かせる。霊戦術ポゼッションでは、実体のはっきりしない『風』を直に操るのは至難の業だが、それができるからこそ彼は『賢者』と呼ばれるのだ。


「何をぶつぶつ言っているのかしら?」


「なんでもないよ、レディ。でも、この扱いはないんじゃないかな? 僕は猫であって鳥じゃないよ?」


「仕方がないでしょ? あなたは霊戦術ポゼッションも使えるみたいだし、地面との接触だって避けてもらった方がいいもの」


 カグヤと名乗ったこの女性、見かけによらず随分と用心深い。彼が風に魔力を憑依させて操れるとまでは思わなかったようだが、逆に言えば、それができなければ彼には打つ手がなかったということになる。


「うふふ。そんなに不安がらなくても大丈夫よ。すぐにでもあなたの仲間に会わせてあげる」


「……なんだって?」


 動揺を声に出さないように心掛けたつもりだが、どこまで通じただろうか。アズラルは舌打ちしたい気分だった。


「あなた、一人で来たわけじゃないでしょ? それならもう少しましな憑代を使いそうなものだし、それに……わたしの『検問』でもあなたの周囲には数人の仲間がいたみたいだものね」


「……通常の検問の代わりに、君が術を使って検問していたのかい?」


「ええ、そうよ。黒魔術インベイドの気配を確認するだけのものだけどね。そうねえ、あなたが術で語りかけていた人数は……ざっと五、六人ほどだったかしら?」


「く!」


「もちろん、逃がさないわよ? ……発動《千の夜の夢》」


 彼女の声と同時、アズラルは不可視の波動が町全体を覆っていくのを感じた。


「馬鹿な……なんて術だ」


 効果範囲が広すぎる。詳しい術の効果はアズラルにも読み切れないが、恐らくは範囲内の人間に何らかの精神干渉を仕掛けるものだろう。


「……聞こえる? シュリ。お仕事の時間よ。町の正門のあたりに、あなたのペットを配置して、絶対誰も通さないようにしてくれる?」


「何をするつもりだ?」


 聞いても無駄と思いつつ、アズラルは尋ねる。


「ちょっとした腕試しよ」


「腕試し?」


「ええ、だっておかしいじゃない。あなたが《影法師》の憑代に選ぶなら、情報収集に適した人間の姿にするべきよ。なのに、あえてその姿で来たってことは、よほど他の仲間を信頼していたか……他に何らかの理由があったか」


 鋭い。実のところアズラルは、少女たちの思いをくみ取って憑代を選んでいた。人間の姿で自分が行動すれば、彼女たちに自分のサポート役をさせてしまうことになる。ミリアナの生存を確認する役目を、彼女たち自身に全うさせてやりたい。そんな親心のような思いから、彼は様々な不便があることを承知の上で、この姿を選んでいた。


「さて、それじゃ見学に行きましょ?」


「……みんな、無事でいてくれよ」


 アズラルも鈴による伝令だけは成功させていたが、うきうきとした声で笑う魔女を見ていると、どうしても不安は尽きないのだった。




 ──最初に異変を察知したのは、月影亭にて他の二人と合流したリリアだった。


霊戦術ポゼッションの魔力? 風を直接操るなんて……」


 驚きを隠せない顔でつぶやきながら、スカートのポケットから鈴を取り出すリリア。


「どうしたんだ、リリア?」


 エドガーが尋ねたその語尾に重なるように、別の声が辺りに響く。


「みんな、すまない。僕は敵に捕まった。早くこの街から逃げるんだ」


「え? い、今の、なに?」


「鈴から声が?」


 突然の声に、ルヴィナとルーファスの二人も驚いて自分の鈴を取り出した。


「繰り返す。僕は敵に捕まった。早くこの街から逃げるんだ」


 その声は、さらに二度繰り返した後、ぷっつりと途絶えた。


「どういうことだ?」


「……そのままの意味ですわ。まさか、あのへんた……いえ、アズラル様が捕まるとは驚きましたけど、このままではわたくしたちも危険ですわ」


 リリアは、人混みの中で感じた圧倒的な気配の主のことを思い返しながら皆に告げる。


「で、でも、エリザはどうするんだよ?」


 エドガーは焦ったように言う。


「彼女も鈴は持っていたはずよ。とにかく、賢者様の言葉には従うべきね」


 対してルヴィナは、なるべく冷静な声で言葉を返す。ここは動揺するべきではない。周囲に敵がいるとすれば、自分たちの存在を気付かれないようにすることが何より先決だった。四人はゆっくりと頷きあうと、月影亭を後にする。


 だが、店を出て一歩。さらなる異変が彼らを襲った。


 街中の人間たちが、虚ろな目でこちらを見ているのだ。明らかにおかしい。


「……さて、どうやってここを突破したものかな」


 ルーファスは落ち着いた声音で言うと、周囲の人間たちを牽制するようににらみつける。すぐに襲ってくることはなさそうだが、下手に近づけば何が起こるかわからなかった。


 四人には知りえないことだったが、この黒魔術インベイドは、カグヤが長い時間をかけて徐々に町の住民に刷り込んだ魔法だ。だからこそ、広範囲に瞬時に、多数の人間が支配下に置かれている。

 だが、逆に言えば、この街の滞在時間が短い旅人たちには有効ではない。彼らは街の変化に驚きを隠せないようで、しきりに住人たちに声をかけ、身体を揺さぶっている。


「どうやら、近づいても問題はなさそうだな」


「ええ、そうね。でも、これってつまり……あぶり出し?」


 ルヴィナの推測は正しい。異常な街で正常な動作をする者。それこそが侵入者である。存在を気付かれない方法など、既になかった。


「一気に行くぞ!」


「ええ!」


 四人は一斉に駆けだした。人混みの間を駆ける間も、住人たちは大した動きも見せてこない。ルーファスを先頭に、四人は一気に街の出口である正門に向かって走り抜ける。だが、ようやく正門が見えてきた、ちょうどその時だった。


 門の前の広場には、噴水がある。石畳の広場は普段なら人々の憩いの場にもなる場所なのだが、今やそこに人の姿はなく、代わりに闊歩していたのは凶暴さで知られる数体の『月獣』だった。


「待ち伏せだと?」


 ルーファスが後続を手で制するようにしながら立ち止まる。


「『月獣』を使うなんて……まさか、あの時の金虎族か?」


「はっはっは! よく来たな! 大怪盗シュリ・マルクトクァール様の力を見せてやるにゃ!」


 エドガーの言葉どおり、そこで待ち受けていたのは金虎族の少女、シュリだった。彼女は高い正門の上で仁王立ちに立ちつくし、腰に手を当てて広場を見下ろしている。その猫の瞳がやってきた彼らを捉え、そして……まんまるに見開かれる。


「げげ! あの時のやつら! ……う、う。カグヤ姉様……シュリ、こんなの聞いてないにゃ……」


 しょんぼりと耳を項垂れさせるシュリ。だが、一瞬後には気を取り直したように顔を起こす。


「で、でも、あの怪物娘はいないみたいだし……。い、今のシュリはあの時とは違うんだから! この門は何人たりとも通さない。降参するなら今のうちだよ!」


「うるさいわね。……あなたにはもういっかい、ちゃんとした躾が必要みたいね?」


 低い声で言いながら、シュリのことをきろりと見上げるルヴィナ。


「う……ま、負けないよ! 今回は本気なんだからね。……発動、《魔獣の演武》」


「なに!?」


 その瞬間、周囲の『月獣』たちの肉体が膨張するように形を大きく変えていく。


 シュリが発動させたのは、『魔戦術』だった。

 霊戦術ポゼッションで支配した『月獣』に魔力を憑依させ、魔闘術クラッドでその肉体を変異・強化する術。


「ふっふっふ! シュリが強化した『オンテルギウス』は、単体で戦術級の『魔』とだって渡り合えるのだ!」


 唖然とした様子でその変化を見守る四人を見下ろし、胸を張って高らかに笑うシュリ。


 紫の体毛に四つの目を持つ四足獣のオンテルギウス。だが、今やその姿は、二本足で立ちあがる人型の獣へと変化していた。剛魔獣ラスキアを想起させる隆々とした筋肉に、前以上に禍々しい光を放つ四つの瞳。


「う、ぐ……麻痺の眼光か」


 オンテルギウスには苦い経験のあるエドガーがうめく。入学試験の時より力をつけた今の彼には耐えられないほどでもないが、それでも通常のオンテルギウスが放つものとは段違いのプレッシャーだ。


 そんなオンテルギウスたち──『強化月獣』とでも呼ぶべき化け物が、全部で五体。彼らの前に立ちはだかっている。


「戦術級の『魔』と渡り合う、ね。じゃあ、試してあげるわ。……黒き月より落ちる影、我が前で踊れ。混沌に浮かび、戯れに命をもてあそぶ悪魔よ。顕現せよ、『デモンズピエロ』」


 ルヴィナの召喚の呼びかけに応じ、石畳の床から伸びあがるように現れたのは、一人の道化師。奇怪なメイクを顔に施すピエロそのもののように見えて、彼のまとう服は黒を基調とし、骸骨の頭をあしらった不気味なものだ。


 暗界第十七階位の『魔』、道化の悪魔デモンズピエロ。


「あ、あはは。ほんとに召喚するんだ……。でも、負けないにゃん!」


 シュリの掛け声とともに、一斉にオンテルギウスが襲いかかる。


「……発動、《撹乱の光》」


 ルーファスが麻痺の眼光を撹乱し、周囲に散らすための白霊術イマジンを展開する。これだけ強力な眼光では、流石に至近距離で浴びるのは危険だった。


「……発動《鋼鉄の獣王》!」


 全身の皮膚を鋼鉄に匹敵する強度に変え、同時に腕力を強化する魔闘術クラッドを発動させながら、先陣を切るように敵と組み合ったのはエドガーだった。


「エドガーくん! 毒の息にも気を付けて!」


「はい!」


 ルヴィナの声を受け、エドガーは口を開けようとしていたオンテルギウスの顎に拳の一撃を叩き込み、腹に蹴りを放って間合いを取る。人間なら骨が砕けんばかりの一撃だが、オンテルギウスは少しふらついただけで体勢を立て直す。


「くそ! タフな奴だな! 発動、《剛剣牙》」


 両腕に鋭い牙状の突起物を出現させると、エドガーはオンテルギウスへ向けて突進を仕掛けていく。


「発動《死騎兵》、発動《死弓兵》、発動《死飛兵》、発動……」


 リリアの周囲には、無数のアンデッドが出現しつつある。彼女は肉体の強度で言うなら、四人の中でもルヴィナに並んで最弱だ。

 だからこその物量作戦。彼女の生み出したアンデッドたちは、彼女に迫るオンテルギウスの他、ルヴィナに接近しようとする敵をも標的にしていた。


「……発動《奪う亡者の腕》」


 続けて発動する精気吸収魔法が、オンテルギウスから体力を削り取っていく。


 これは、戦闘開始直前にルヴィナから耳打ちをされた作戦だった。決定打に欠ける攻撃方法ではあるが、堅実で負けの可能性の低い戦術でもある。こうして時間を稼ぎ、他の仲間が敵を打ち倒すのを待って数的優位を生み出すのだ。


 一方、召喚されたデモンズピエロは、手にした髑髏どくろをオンテルギウスに投げつけていた。今や人型となったオンテルギウスは、腕を使ってそれを防ごうとするが、勢いに圧されたかのように手を弾かれ、身体への直撃を許してしまう。


 強い衝撃にたたらを踏んだオンテルギウスの足元には、地響きを立てて地面にめり込む髑髏がひとつ。


「あのドクロ……、見た目通りの重さじゃないの?」


 シュリは驚いて目を丸くしている。だが、彼女の忠実なしもべであるオンテルギウスは、怯むことなくデモンズピエロに襲い掛かった。口から吐く黒い炎が、よけ損なったデモンズピエロの左半身をわずかに焼き焦がす。


 だが、デモンズピエロは痛みを感じる素振りも見せず、手にした縄を放り投げる。オンテルギウスはそれを素早く回避するが、縄は蛇に姿を変え、その足元へと食らいついた。即座にそれを踏み潰し、鉤爪のついた腕をデモンズピエロに振り下ろすオンテルギウス。


 『強化月獣』と戦術級の『魔』の一進一退の攻防は続く。ルヴィナはルヴィナで、同時に自分自身も他のオンテルギウスを相手にしなくてはならず、細かい指示を『魔』に出している余裕はないようだった。


 そんな中、特に優勢に事を運んでいたのは、ルーファスだった。


 彼は『白霊剣技イマジン・ソード』による特殊な身体運びで敵の攻撃をことごとく回避しながら、執拗に相手の目を狙い続けた。オンテルギウスの四つの瞳。麻痺の眼光を放つ目だ。


「発動、《白剣の烈光》、発動《紫剣の雷光》、発動《青剣の冷光》、発動《赤剣の熱光》」


 どれだけ強化しようと『月獣』のベースは生物だ。目を狙われれば、視界が奪われる。そうやって動きを封じたオンテルギウスに対し、ルーファスは立て続けに連続攻撃を叩き込む。頑強な肉体も底なしの生命力も、無防備な状態で急所を狙った攻撃を叩き込まれ続けては、ひとたまりもなかった。


 一方のシュリは、ただ正門の上に立っていたわけではない。五体の『月獣』に指示を出すと同時に、彼らの肉体の強化や傷の回復など、あらゆる魔法を行使し続けていた。


「うう、分が悪くなってきたにゃん……回復が追いつかなくなりそう……」


 特に霊戦術ポゼッションによる回復には、媒体となる道具が必要だが、シュリの手持ちの『聖水』も残りが少なくなりつつある。一方、魔闘術クラッドでの回復には道具こそいらないものの、対象に直接触れる必要がある。


 自分も門から飛び降りて戦いに参加すべきだろうか?。そう考えなくもないシュリではあったが、しかし、その場合のリスクは、あまりに大きい。だがここで、シュリに思いもよらない救いの手が差し伸べられた。


「うう!」


「うあ!」


「きゃあ!」


 突然の違和感に、呻き声を上げて胸を押さえるリリアたち。


「こ、これは……黒魔術インベイド?」


 『欲望の迷宮』地下三十階において、トラップ発動型の黒魔術インベイドを受けて以来、特殊クラスのメンバーは、アルフレッドからその対策となる精神の制御法を伝授されていた。とはいえ、一朝一夕にできるものではない。どうにか術への抵抗はできているものの、戦闘の最中においては致命的な隙になりかねない状況だった。


「おや? なんだか知んないけど、今がチャンスだね!」


 彼らの動きが鈍ったことで、オンテルギウスへの回復魔法に手が回るようになったシュリは、内心でほくそ笑む。


「く、くそ!」


 中でも特にエドガーは、混乱の極みにあった。精神を侵食する不安や恐怖のために、『強化月獣』の攻撃を回避する動きに無理が生じる。攻撃に転じる体勢が取れず、結果としてさらに追撃を受ける。どうにかガードしても、魔闘術クラッドによる腕の強化にもムラが出てしまい、ダメージを緩和しきれない。


「こ、このままじゃ……」


 突然何者かから仕掛けられた黒魔術インベイドの影響を受け、ルヴィナが戦況の立て直しに苦慮していた、その時だった。


「みんな! 待たせたな! あたしが来たからには、百人力だぜ!」


「うそ! なんでここで、あいつが来るの? 最悪だにゃん……」


 広場に飛び込んできたのは、英雄少女。エリザ・ルナルフレア。


 状況としては、敵が一人増えただけだ。だが、その一人が『彼女』であるということだけで、シュリは何故か、自分の敗北が決定づけられたかのような気にさせられてしまうのだった。


次回「第38話 英雄少女と城下の戦い(下)」

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