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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第1章 すべてのはじまり
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第4話 英雄少女と吸血の姫

 寝台では、一人の少女が規則正しい寝息を立てている。ふわりと彼女の身体を包むのは、柔らかな羽毛布団。腰まで流れるようなプラチナブロンドの髪は、寝台一杯に広がっている。まだ十代も半ばの少女でありながら、切れ長の目は閉じたままでも美しい曲線を描き、朱を差したかのような紅い唇は、ぞっとするような色気さえ漂わせている。


 完成された美。未成熟な少女の身体に、それが体現されるというアンバランス。誰もがため息とともに見惚れるだろう眠り姫は、朝の光を浴びる寝台で、すやすやと眠りについている。


「ん、んん……」


 その歳の少女とは思えない艶めかしい声を出しながら、寝返りを打とうとする眠り姫。


 ……と、そのときだった。


「リリア! おっはよー!」


「ぐげろふげふあ!」


 鳩尾に強い衝撃を受けた眠り姫は、カエルがつぶれるような声を上げ、身体をくの字に折り曲げて跳び起きる。


「あははは! 起きた起きた」


 快活に笑う声の主は、楽しげに目尻にたまった笑い涙をぬぐっている。


「……エ~リ~ザ~! わたくしを乱暴に叩き起こすのは止めなさいと、あれほど普段から言っているでしょう!」


 叩き起こされた少女の方は、目尻にたまった苦悶の涙をぬぐいながら、その声の主を睨み付ける。


「えー? だって朝だぜ? 朝って言ったら、1日で1番テンションが上がる時じゃん」


「そんな奇特な方はあなただけですわ……。まったく、わたくしの朝の優雅なひとときを邪魔するなんて、万死に値しますわよ」


 からからと笑う赤毛の少女──エリザを見て、リリアは大きく息をついた。


「そ、それにしても、ぷくく……」


「な、なんですの?」


 いきなり笑い出すエリザに、戸惑いの視線を向けるリリア。


「『ぐげろふげふあ』だって。リリアが! あははは!」


 エリザの笑い声に、リリアの病的なまでに白い頬が見る間に赤く染まっていく。


「きいい! 今日と言う今日は許しませんわ! そこに直りなさい! 高貴なる吸血の姫、リリア・ブルーブラッドの名において、今日こそあなたに身分の違いと言うものをわからせてやりますわ」


 青い血の色をした瞳で、リリアはギロリとエリザを睨む。彼女の故郷の国では、『吸血の姫』の名を知らぬ者はいないだろう。この英雄養成学院の同期生程度の連中なら、この眼光ひとつで震え上がらせることができるはずだ。しかし、エリザは意にも介さず、にこにこと笑っている。


「わかったわかった、ごめんごめん。謝るからさ、早く朝食に行こうぜ。あたし、腹ペコなんだ」


「いつもそうやって、ごまかして……謝ると言うなら、誠意を見せなさい」


「誠意? どうやって?」


「き、決まっています。……あ、あなたの血を、す……吸わせなさい」


 リリアは、たったこれだけの言葉を言うのに、相当の勇気を必要としていた。当代の『吸血の姫』は、親しいモノの血しか吸わない──それが彼女の流儀だ。そして、彼女自身がそれを自覚しているからこそ、簡単には口にできない言葉だった。


 だが、そんな言葉を投げかけられた当のエリザはといえば、


「ん? いーよ」


 『はい、どうぞ』とばかりに普段から開けている制服の首元を大きく広げ、リリアとは対照的に健康そうな肌をむき出しにする。肌の下に透けて見える血管やその中を流れる血液さえも感じ取れそうな至近距離にまで、首元をずいっとリリアに近づけるエリザ。


「あ、え……う……」


 エリザの大胆極まる態度に、リリアは酷くうろたえた顔になった。滑らかな肌の首元を見つめて、唾を飲み込みつつ、結局はそれを手で押しのけるようにして言う。


「ま、まったく、あなたという人は……。い、いいから、さっさとしまいなさい! 女性がむやみに肌を露出するなんて、はしたないにも程がありますわ」


「えー? なんだよ、リリアがしろって言ったんじゃん」


 そんな言葉を交わしながらも、自分をちっとも恐れないこの赤毛の少女に、今日も今日とて、何故か敗北させられた気分になるリリアだった。



 ──英雄少女と吸血の姫。二人がこの学生寮で同室となり、今のような関係性を築くには、時を少しだけ遡る必要がある。


 二人がルーヴェル英雄養成学院に入学したのは、つい一か月半前のことだ。史上最低の成績でトップ合格を果たしたエリザに対し、リリアはゴールした順番こそ二番目でありながら、極めて優秀な成績で合格していた。


 当然ながら、リリアの方はそんなエリザをライバル視する。しかし、入学直後のクラス分けでは、リリアは特別上級クラス、エリザは普通クラスへと配属された。それは学院側とすれば、エリザの『成績』から言って当然の措置のはずだった。


 しかし、入学から一週間がたったその日、学院側はそれが大きな誤りであることを知る。最初の一週間は、学院の授業も基礎的知識の座学授業などが中心となっていた。そのため、その日の授業は戦闘面での実技を教える機会としては、初めてのものだった。


 最初のこうした授業では、まずは生徒の実力を測るため、特別上級から普通クラスまでの三クラス合同による戦闘訓練を実施するのが常である。合同授業は年に何回か行われ、その状況次第ではクラス替えも行われる。だが、当然のことながら、入学試験の直後である初回の授業では、そんな想定はされていなかった。


 学院の教師陣は当然、入学試験の際のエリザの戦いぶりを聞かされてはいた。だが、それを目の当たりにした教員は、何故か辞表を提出して田舎に帰ってしまったため、実感として『それ』を理解する者は、ごくわずかだった。


 だから、こんなことが起こる。


「え? ちょ、嘘だろう?」


「なんだよ、あの女……」


 学院のグラウンドの中央付近。がやがやと騒ぎ出す生徒たちの輪の中心で、一人の男性が目を回して気絶している。そしてもう一人、それを見下ろすように赤い髪の少女が立っていた。


「あれ? どしたの、先生? 大丈夫? もしかして調子悪かった?」


 きょとんとした顔で、不思議そうに声をかけるエリザ。ようやく意識を取り戻したその教師は、彼女の顔に恐ろしいモノでも見るような目を向けている。これまで順番に生徒たちに稽古をつけていた彼は、十年前の邪竜戦争においてもそれなりに活躍した戦士である。現役を退いたとはいえ、年端もいかない少女に敗北するほど落ちぶれてはいないはずだった。


「えっと、ほんとに大丈夫?」


「…………」


 酷く心配そうに、ちょっと撫でただけで倒れてしまった相手を気遣うように、手を差し伸べてくる少女。彼女には、それが相手の心をどれだけ傷つけてしまうのか、まるでわかっていない。そして、それがわからないままに、彼女は『とどめ』の言葉を口にする。


「体調が悪いなら言ってくれればいいのに。弱きを助け、強きをくじくのが、あたしの理想の英雄像なんだぜ? なのに、これじゃあたし、単なる悪者みたいじゃないか」


 弱いモノには優しい英雄。


「う……」


「え?」


「うわあああああん!」


 四十歳は過ぎているだろう大の大人が、子供のように泣きながら走り去っていく。通常クラスの生徒たちは、そんなシュールな光景を唖然としたまま見送った。赤毛の少女は、首を傾げながら皆を振り返る。


「先生、どうしたんだろうね? 誰か、なんか知ってる?」


 エリザの問いかけに、皆は一斉に首を振った。中には、明らかに自信を喪失した顔の生徒もいる。エリザの番が回ってくるまで、実に12人の生徒が先ほど涙を流して走り去った教師との訓練に挑んでいた。


 しかし、その12人は誰一人として彼に土をつけることもできないまま、散々に叩きのめされて地を這いつくばる結果となっていた。それでも中には筋が良いと褒められ、これからの訓練に大いに自信をつけた少年もいたはずなのだ。


「……だから言ったのに」


 校舎の一階にある一室から、遠眼鏡でその様子を見ていた青年がこぼす。同じ部屋にいた副院長のエルムンドが所在なさげに下を向いている。


「この学院に例外はない。生まれも素性も身分も問わない。英雄になる素質がある者だけを英雄になるべくして育て上げる。それはいいけど、例外的な存在は例外的な方法で育てるしかないだろう?」


「……ごもっともです。アルフレッドさまのおっしゃるとおりでした」


 うなだれるエルムンド。それを見て、アルフレッドは温和な顔立ちに笑みを刻む。彼は、この生真面目すぎる副院長のことが嫌いではない。だいたい、英雄としての名声だけで教育者としての心構えもよくわからない自分が学院長などをやれているのも、すべて彼のおかげなのだと思っている。


 なにはともあれ、残念ながら『何人たりとも特別扱いしない』との副院長の信念が通じる状況ではないようだ。


 これは学院史上初めて、入学直後にクラス替えがなされる特例が生まれた瞬間だったが、事態はこれだけに収まらなかった。アルフレッドが視線を戻した先で、新たに騒ぎが起こった場所があった。


 それは、特別上級クラスが集まる生徒たちの輪。今年度の入学生73人中21人が選抜されて組織された、特に素質ある子供たちのクラスだ。


 ──輪の中心には、一人の少女。


「どう? 見まして? あの赤毛の小娘にできて、わたくしにできないはずはありませんのよ!」


 白金のツインテールを振り乱し、勝ち誇ったように笑う彼女の名は、リリア・ブルーブラッド。黎明の国『プラグマ伯爵領』において、百年に一度生まれると言われる『吸血の姫』。

 彼女の前にも、倒れ伏す教師が一人。特別上級クラスを受け持つだけあって、彼は白霊術イマジンを使いこなす優秀なエルフ族の魔法騎士だったはずだ。しかし、そんな彼が白目を剥いて気絶している。


「……彼女もエリザに張りあったのか。やれやれだな」


 実際のところ、年に一人くらいは、このように教師を上回る才を持つ子供が入学してくることもある。そうした特別な才能ある子供は、いずれは実技訓練をアルフレッドが直接指導するようになるのが通例だ。


 たいていの場合、彼らは高名な術者の子であったり、英雄の血を引いていたり、ダークエルフなどの希少種であったりと、初めから自分の能力の高さをわきまえており、大人に恥をかかせないだけの分別も持っていた。そのため、これまではこうした問題が生じたことはなかった。


 だが、エリザには、自分の力量が教師を凌駕していることに対する自覚がない。

 一方のリリアには、自分のプライドに他の何かを優先させるような分別がない。


 どこまでも正反対のように見えて、結果とすればその実、二人は似た者同士だった。


「やっぱり、あの二人。俺が面倒見るしかないんだろうなあ」


 ──あの二人の面倒を見る。


 アルフレッドは、その前途多難な道のりを前にして、深い深いため息を吐いたのだった。



 かくして特殊(?)クラスに配属されることになった二人は、当然のように学生寮でも同室を割り当てられることになった。当然と言うか、それは単に、元々のルームメイトたちが彼女らを恐れた結果でしかなかったのだが。


 周囲から見れば今も大差ないように見えるが、同室になった当初は、二人の仲は険悪そのものだった。ほとんど一方的にリリアがエリザを敵視している状態だったが、エリザの方も喧嘩を売られて大人しくしている性分ではない。

 

 二人は、ことあるごとにぶつかり合った。授業での訓練以外では禁止されている、魔法を使ってのバトルを繰り広げたことさえあったが、負けず嫌いな二人は互いに譲らず、なかなか決着がつかない。


 ──そこで二人は休みの日を使い、とある計画を実行に移すことにした。


 それは、どちらが優れているかを確かめるため、共通の課題に挑戦することだった。そして二人が選んだのは、よりにもよって学院の最上級生が卒業試験の一環として挑む、『欲望の迷宮』の探索だった。


『欲望の迷宮』は、底の知れないダンジョンだ。深く潜れば潜るほど、希少で高価な財宝や魔法の道具が発見できる。だが、このダンジョン自体、いつ誰が何の目的で造ったものなのか判然としない。


「確か卒業試験では、この迷宮の地下十階を踏破することが目的だそうですわ」


 迷宮の入口に立つ二人の少女。そのうちの一人が言う。彼女はいつもの学院の制服ではなく、故郷から持ってきた血のように青いドレスを身にまとっている。


「じゃあ、決まりだな」


 不敵に笑う少女。赤銅色の瞳は、これから始まる冒険を思ってか、楽しそうに輝いている。こちらは学院の制服を少し着崩し、華美な装飾の剣を腰に佩いた、いつも通りのスタイルだ。


「決まりですわね」


 二人は確認するまでもなく、お互いに頷きあった。この時点の二人に聞いたとしても決して認めなかっただろうが、長年連れ添った相棒のように息がぴったり合っている。だいたい、休みの日に二人そろって『お出かけ』の計画を練っていた時点で、仲の良い友達以外の何物でもない。


「目指すはその倍、地下二十階の制覇」


 二人は揃って、同じ目標を口にした。


 この迷宮の深さは、底が知れない。すなわち、最下層まで到達した者がいないということだ。深く潜れば貴重な宝に出会える代わりに、強力な魔物が多く出没し、仕掛けられた罠の危険度も格段に高くなる。


 この当時の迷宮の踏破階層は、およそ地下三十階。それも、強い魔力を持つダークエルフや強靭な肉体を誇る銀狼族など、腕利きの傭兵たちを揃えたトレジャーハンターによる成果だ。

 三十階までたどり着くだけでも、彼らは多くの犠牲を払った。しかも三十階については、厳密には踏破したとは言えない。彼らはそこで尋常ならざる化け物に遭遇し、命からがら逃げかえったというのだから。


 そのトレジャーハンターは、持ち帰った宝で巨万の富を得たと言われているが、犠牲となった傭兵やその仲間たちへの報奨が少なかったために、不満を抱いた彼らによって殺害されてしまったとのオチまで付いていた。


 つまり、己の実力とダンジョンの難度、手に入る宝への欲望と己の命を、天秤にかけねばならない場所なのだ。


 そんな危険なダンジョンの地下十階制覇を卒業試験として課す学院は、十分に非常識だと言える。それだけ育成した生徒の能力に自負があるのだろうが、地下十階でも並みの戦士に攻略できる場所ではないのだ。


 それを思えば、この少女二人が異口同音に口にした『二十階制覇』という言葉が、どれだけ無謀な試みなのか、わかろうというものだった。


次回「第5話 少年魔王と暗愚王(上)」


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